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墓参り 2
しおりを挟む賑やかな夕食を過ごしたあと、一番風呂を頂いた俺は縁側でのんびり夜風にあたっていた。
祖父はノートパソコンでなにか仕事をしていて、祖母は後片付けを済ませたのに台所でなにかをしている(手伝うと言うとまた断られた)。
キーボードを叩く音と、時折台所から聞こえる音が耳に心地いい。
ゆったりとした時間に思わず舟を漕いでいると、頭の上を軽く小突かれた。
「いてっ……玲央?」
「ん」
痛みにうしろを振り向くと、そこには風呂上りで上半身裸の玲央が、スイカを食べながら別のスイカを俺に差し出している。
「ババアからだ」
「ん、ありがと……」
黄色いスイカを受け取ると、玲央はそんな俺の横にドカッと腰を下ろす。
というか……
「服着なよ」
「まだ暑い」
なんとも、まぁ。
家ではけっして見ることのない年相応……ではないけれど、孫として寛ぐ玲央の姿はなんだか可愛い。
けして素直ではないのだけど、祖父と祖母に甘えている玲央を見ていると、なんだか面白くてしようがない。
「んだよ」
「いーえ、なんでもー」
思わずクスクス微笑む俺の横で、玲央が若干ふて腐れたようにスイカをかじった。
「トラちゃん、トラちゃん。良いものがあったわよ」
「ふ?」
玲央と並んでスイカを食べていると、なにかを抱えた祖母が俺たちの近くまでやって来た。
その正体に気づいた玲央が珍しく慌てた様子でスイカを食べる手を止めた。
「おい、ババアっ」
「なぁに? レオちゃん?」
「……っ」
にっこり。ただ微笑んでいるだけなのに、祖母からの威圧がすごい。あの玲央を圧倒している……。
勝ちましたと言わんばかりのいい笑顔を浮かべた祖母が、抱えていたそれを俺たちの前に広げた。
「……わぁ……っ!」
それは、俺と玲央の幼少期のアルバムだった。
「黒い髪の玲央だ……!」
「……」
それは本当に小さい頃の写真ばかりで、俺なんてまだ赤ちゃんだ。
ベビーベットで泣いている俺の頬を楽しそうにいじる玲央の姿は、今じゃ想像もつかないほど可愛らしい。
泥まみれになって林檎を持つ玲央が、意地悪そうに俺にそれを見せびらかしている写真もある。
かと思えばひどく危なっかしい手つきで俺を抱えていたり、逆に俺に髪の毛を引っ張られている写真もある。
不思議なことに俺と玲央の姿ばかりだが、アルバムをめくっていくと変な写真が目に付いた。
「……顔、が」
恐らく親父だろう男の写真がすべて、顔だけ切り抜かれていたのだ。
それに、親父と玲央が一緒に写っているとき、玲央の表情はなんだか暗い。
不審に思って玲央のほうを見ると、スイカを食べ終えた玲央が視線だけをこちらに寄こしてきた。
「俺が全部切り抜いた」
「……」
どうして? と、聞きたいくせに言葉がでない。
困ったままアルバムをめくる手を止めていると、そこに祖母が手を重ねてきた。
「……あなたたちのお父さんはね、お酒を飲むと変わっちゃう人だったのよ」
「……え?」
「トラちゃんが産まれる前から、あの人は娘に手をあげていたわ……いいえ、娘だけじゃない。レオちゃんにもね、トラちゃんが産まれてから手をあげていたのよ」
――え?
待って、待ってくれ。嘘、そんなの俺……聞いてない。
思わず玲央のほうを見ると、向こう側を見つめる玲央は「昔のことだ」と呟く。
まるで鈍器で頭を殴られたようにショックで身を固めていると、そんな俺の頭上を今度は祖父が撫でてきた。
「娘が小虎くんを身ごもったときも、それは望まない妊娠だったんだ。酒で暴れた彼は娘を乱暴に抱いたらしくてね、そのときに君をお腹に宿したんだよ」
「……う、そ……」
じゃあ俺は、望まれては、いなかった?
「私たちもね、最初は娘が小虎くんを産むことに反対したんだ」
「……お、れ…」
「でもね、トラちゃん」
ぐるぐると理解したくはない現実が頭の中を行き交う。
そんな俺の思考を止めたのは、他でもなく、祖父と祖母の二人だった。
「トラちゃんのお母さんはね、絶対に産むって言ったのよ。トラちゃんは望まれなかった子じゃない。トラちゃんが私を母として選んでくれたんだから、絶対に産むって……そう言ったのよ」
「……――っ!」
なにかが胸の奥底ではじけ散る。
思わず手に触れる祖母のしわだらけの手を、たどたどしく握ってしまった。
「だからねトラちゃん、生まれてきてくれて、ありがとうね」
たどたどしく握った俺の手を、祖母が両手で包みながら微笑む。
「私たちの孫になってくれて、ありがとう小虎くん」
弱々しく俯きがちだった俺の頭を、祖父が優しく撫でながら微笑む。
ぽろり。と、涙がこぼれ落ちた。
それを拭うことも忘れて下唇を噛みしめる。
そうじゃなきゃ、俺は馬鹿みたいに幼稚な言葉を叫んで、赤ん坊みたいに感情だけを吐き出してしまいそうだった。
幸せなんだと、これ以上ないほど幸せなんだと、この自然あふれる山の中で、叫んでしまいそうになる。
「……っ……ふ、くっ……」
それでも堪えきれずにいた声が唇から漏れ出ると、ふいに知っている手が俺の目尻を親指で拭った。
「馬鹿トラ、嬉しいなら素直に泣け。そのほうが可愛げがあるって前に言ったこと、もう忘れてんのか?」
「――……れ、お……っ!」
若干呆れた顔して、でも決して俺を見放したわけではない温かな瞳に、ついに涙がぼろぼろと音を立てて溢れだした。
肩を震わせて俯く。
祖母の触れる手が、祖父の触れる手が、玲央の触れる手が、別々の温かさを持ちながらも、その全てが俺を優しさで包み込む。
「ごめ……っ、ごめ、なさい……っ、おれ、俺、なんにも知らなくて……なのに、あんなワガママ、いっぱい……っ! 玲央、が、傷ついてるのも知らないで、俺ばっかりワガママ言って、ご、ごめん、なさい……っ!」
しゃくりを上げながら、だらしなく涙をこぼして頭を下げた。
離婚の理由は玲央の俺への暴力だと聞いていたし、玲央が親父に暴力を受けていたことなんて知らなかった。
なのに俺は自分ばかりが被害者だと思い込んで、玲央の過去を知ろうともせず、我儘ばかりで振り回してきた。
玲央は、玲央はそんな俺にちゃんと歩み寄ってくれていたのに、俺は兄貴としての玲央しか見ていなかったのだ。
「……クソったれが俺に暴力をふるっていたのは本当だ。けどな、俺がお前を最初に殴ってからだよ」
「……で、も……っ! 理由、が、あったん……でしょ……?」
「……さぁな。あんなクソったれの考えなんて俺には分かりもしねぇし、分かりたくもねぇ。けどな、だからって俺がお前を殴ってきたことを正当化する気はねぇよ。小虎、お前は被害者だ」
「……ふっ、……うぅ……っ」
本当はどんな経緯で玲央が俺を殴り、玲央が親父に殴られていたのかは分からないけれど、それでも親父から受けた暴力のせいで俺を殴っていたと、決して親父のせいだと言わない玲央が、どうしようもなく愛しい。
俺はそんな玲央に首を横に振り、声にならない感情を必死に伝えようとする。
「……馬鹿トラ、ほら見ろ、これがおふくろだ」
なのに玲央はあえて俺を無視してアルバムをめくった。
ついそちらを見てしまうと、そこには赤ん坊の俺を愛おしく抱きしめる一人の女性の姿が写っていた。
「……かあ、さん……?」
「あぁ、美人だろ?」
「……ん」
黒い重みのある髪は真っ直ぐ腰まで伸びており、優しそうに目尻の下がる瞳は一心に俺を見つめている。
整った顔立ちは、母さんの膝に手をついて俺を覗き込む幼少の玲央と、とても似ている。
「玲央と……似てる」
「馬鹿。俺がおふくろに似てんだよ。つーかお前だって似てんだろ、鼻の形とかおふくろそっくりじゃねぇか」
「……そう?」
「あぁ、そうだよ」
いつになく優しい玲央が笑いながら俺の鼻をつまんだ。
そんな俺たちを見ていた祖父と祖母は、なんだかとても嬉しそうに俺と玲央をまとめて抱きしめてきた。
「……っ! おい、ジジイ、ババアっ」
突然の抱擁に玲央が抗議の声を上げるが、そんなものは聞こえないと二人の腕の力は増す。
勢いで玲央の胸に顔をつける俺は、先ほどまでの悲しみもどこへやら。
この温かみがどうしようもなく愛おしくて、いつもの香水とは違う、玲央の汗ばんだ香りのする体に抱き着いた。
傍から見ると、それは俺と祖父と祖母が、獰猛な野獣を抱きしめているような図に違いない。
「……たくっ」
離れる気配のない俺たちに諦めがついたのか、玲央がため息をついて俺の頭の上に顎を乗せてきた。
異様な密着率だけど、玲央と祖父と祖母の香りが交じり合って、この上なく幸せな気持ちになる。
この温かで優しさに満ち溢れた時間が、永遠につづけばいい。
そう思いながらさらに玲央に身を寄せると、黄金の獅子はなにも言わずに俺の背中をそっと撫でた。
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