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桜の蕾の頃

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春は出会いの季節とか、そんなのをどこかで聞いたような気がした。

だからなのか、桜が彼女との出会いを連れてきた。

それは、桜がまだ蕾だった頃。


とある事故で入院することになり、今までいた世界とは隔絶されたように感じる。

病院の日々はあまりに退屈で、外にいた方が幾らかマシかな、と一人でよく外に出ていた。

あんなただ白い室内にいてもに鬱々とした感情しか湧かなかったから。

まぁ、リハビリも兼ねて?

「今日はどういうルートで回ってみようかな」

数少ない楽しみは比較的広い敷地内をどういう風に回るか考えること。

「うーん……うーん……」

だけど、その日はなかなか決まらなかった。

とりあえず回れるところはもう全部回っちゃったから。

「おやおや、迷える子羊よ。何かお困りですか?」

「え?」

変に役を作った声が後ろからかけられた。

胸元のロザリオを両手で握るように持ち、祈るように目を閉じている少女が立っていた。

「なんだ、寝ぼけてる人か」

ボクはあまり関わりたくなかったからそっとその場を離れた。

「何か悩める事があるのなら相談にのりますよ。さあ、この――」

その場から動かず独り言を続けていた。

「あぁいうのには関わらないのが一番だよね」

春の陽気が包む世界をゆったり進む。

ポカポカと暖かい日差しの中を少し冷たい風が頬を撫でていく。

「うーん、良いてん―――イタダダダ、痛い痛いっ」

ガシッと肩が掴まれ、ミシミシと骨が悲鳴をあげ出す。

「なに、無視決めてくれてんのよ、あんた」

痛みにこらえながら振り向くと……そこには般若がいた。

フシュー……と口から重くて低い空気を出してる。

「いや、あの、ボクに言ってると思わな――痛い痛い!爪まではやめてよっ」

「ほぉー、周りにあなた以外に誰かいたと」

「えっと……ほら、ボクには見えないだけで」

「私は霊感少女でも電波女でもないわー!」

首に彼女の腕が巻き付く。

「ぎ、ギブギブ、痛い、あ、ホントにもう……だ……め……」

そして、ボクはそのまま絞め落とされた。

病院なのに。

もちろん彼女はこっぴどく怒られたみたい。

ただ、ボクの記憶に残ってるのは太陽が透けてキラキラと輝く彼女の髪だった。



次の日は絞め落とされたせいかあまり体調が良くなかったので、病室で過ごしていた。

ベッドで本を読んだり、ボーっと病院へやってくる人の様子を眺める。

そうしてると、長い髪と胸元のロザリオを揺らす少女が目に入った。

「また来たんだ」

昨日、ボクに酷いことした人と紛れもなく同一人物。

そそっと窓際から姿を隠しながら様子を伺う。

「ん?」

今日の少女は手に少しの花束を入れた袋を下げていた。

何だろう、お見舞い?

そのまま少女は病院の入口に消えていった。

とりあえず、もう暇つぶしになるようなのが無くなってしまった。

うーん、トイレ行こっと。

暇だと飲み物飲む手が止まらなくなっちゃうの、なんでなんだろう。

そのまま部屋を出て廊下を進んでちょっとした広間がある。

そこでは見舞いにきた家族との団欒や長期入院患者達の憩いの場としてよく使われてるのをよく見かける。

見舞いの人が来なく、今だけ入院のボクにはあまり縁がない。

それでも羨望しないと言えば嘘になる。

「あ、おばあちゃ――キャッ」

「あっ」

広場を見ながら歩いてたらエレベーターから出てきた人とぶつかってしまった。

「すみません、大丈夫ですか?」

起き上がって尻餅をついてる相手に手を差し出す。

「あ、いやいや、こちらこそすみません。って、患者さんじゃないですか!?そっちこそ大丈夫で―――」

『あっ』

目か会った瞬間、同じ単語を発していた。

「昨日の怪力女!」

「迷える子羊くん!」

何だよ、その呼び方変だろ。

「あ、その、あの、昨日はちゃんと謝れなくて。今日謝りに行こうと思ってたの」

「別に良いよ」

「え、あんなことしちゃったのに?」

「うん、許さないから」

まだ首元に違和感残ってるんだから。

「そっち!?」

「あら、マイちゃん来たのね。今日は大人しくしててね」

「あ、どうもー。えへへ、気をつけます」

へー、マイって言うんだ。

通りすがりに看護師さんに話しかけれて苦笑いを返す。

「しずさーん!マイちゃん来てますよー」

看護師さんが広場に向けて少し声を張って呼びかけた。

「あら、マイ、いらっしゃい」

「おばあちゃん!今日は綺麗なお花咲いたから持ってきたよー」

マイはそのまましずさんに抱きつく。

しずさんは白髪が美しく背筋がシャキッとしてる人だ。

よしよしと頭を撫でられて、マイは嬉しそうに目を細めてる。

まるで、膝の上で丸まった猫みたい。

「あの子はお友達かい?」

「うん、迷える子羊くんだよ」

「いや、だから迷ってないし、子羊でもないし、友達でもないし」

あってる情報が何ひとつない。

「ひどいよ、子羊くん。あの熱く抱き合ったことを忘れたの?」

締め上げたの間違いだろ。

「あらあら、そうなの。マイは頑張ってるのね」

「そうだよ、おばあちゃんに早く元気になってほしいから」

「ふふふ、ありがとうね」

どこか品があるというか良いおばあちゃんなんだろうな、何となくそう思う。

そのままじゃれてる2人を横目に目的のトイレに向かう。

「あ、ねぇ!君、名前何て言うの!?」

「…………」

「ねぇねぇ」

無視して歩き続ける。

「待ってよー」

「う……今、腰周りに抱きつかないで」

さっきぶつかって尻餅ついた時にお尻冷えたみたいで、けっこう限界なの我慢してるんだから。

「じゃあ名前教えてよー」

「いいから離し……て」

「教えてくれるまで離さない」

さらに抱きしめる腕を強める。

「お、お願いだから、離して……!」

強まる尿意。

「だから、なーまーえー」

「はぅ……分かった、分かったから!」

限界が近づいてくる。

「さ……サクヤ」

腰周りの拘束がやっと外れた。

ふぅ、危なかった。

「サクヤ、て言うんだ。よろしく、サクヤくーーん」

「ひっ」

と思ったら、抱きついてこようとしたから、全力で避けてトイレに向かう。

「ぐえっ」

後ろでカエルが潰れたような声をしたけど、気にしてる余裕なんて無かった。
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