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第一章 舞台の幕が上がるまで

41話 不可解な話と伸ばされた手

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 「あなたがゲームとやらのヒロインとして、彼女を処刑するのだそうよ。第一王子殿下の愛欲しさにね」

 
 脳がエラーを引き起こし、私は返事が出来なかった。告げられた言葉が理解できなかったのだ。
 もちろん、言葉自体は伝わっている。しかし、意味するところが理解できない。

 ゲームのヒロイン、これは一先ず良しとしよう。私もここがRPG世界ではないかと思っていたのだ。その理由は主に三つ。

 一つは、現実世界では有り得ない髪と瞳の色だ。まあ、これ自体は異世界の仮定としただけで、RPG世界かどうかまでは考慮に入れていない。
 二つ目は、魔術が存在する世界であること。これはかなり大きなファクターだった。現実世界ではなく、いわゆるファンタジー世界なのではと判断した。
 そして三つ目に、私が国有数の魔術師になる才能を秘めていたことがあげられる。わざわざ転生したこともあり、何か自分に役割があるのかもしれないと考えた。

 これら三つを総合して、私はこの世界がRPG世界ではと仮定した。もちろん、違う世界の可能性だってある。だが、私にとって馴染みのあるファンタジー世界とはRPGだった。

 小説や漫画にもファンタジー世界は描かれている。しかし、映像のインパクトというのは強い。ゲームなら自分がその世界に入り込み、キャラクターを動かすことができるのだ。私の中では、すっかりRPG=ファンタジーの図式が出来上がっていた。

 子どもの頃は、よくその世界観に浸ったものだ。仲間を増やし、モンスターを倒す。旅の中で様々な困難に立ち向かい、最後は感動的なハッピーエンドを迎える。
 苦しいレベル上げに耐え、エンドロールを迎えたときの達成感は筆舌に尽くしがたい。極力早くエンディングを観れるよう、必死になった甲斐があるというものだ。

 何しろ、私には制限時間があった。我が家は貧乏な家。ゲームなど買ってもらえない。幸い、型落ちのゲーム機を親戚から譲り受けたが、ゲームソフトは別だ。親切な友人が貸してくれて、何とか遊ぶことができたのである。
 あまりにも長い間借りるのは申し訳なく、必死にゲームにかじりついたのは言うまでもない。

 そんな記憶があるからか、私が真っ先に考え付いたのはRPGだった。子どもの頃、夢中になったものと重ね合わせたのだ。


 さて、ここに来て問題が浮上する。RPG世界でヒロインが誰かを処刑する……そんな悲惨な話があるだろうか。

 もちろん、世の中には様々なストーリーが溢れている。一部のストーリーの中に、ヒロインが誰かを殺す展開があっても可笑しくはないだろう。少々ダークだな、とは思うが。話の作り次第では、引き込まれる作品になるだろう。

 しかし、処刑と言われると首を捻ってしまう。
 処刑とは、刑に処すること、または死刑に処すことである。復讐などの完全な私刑はさておき、国に則って考えれば一個人が処刑などできやしない。ましてや、私は子爵令嬢。公爵令嬢を処刑できる権限などあるはずがない。

 聖女の身分を考慮に入れたとしても、処刑は話が飛躍しすぎではないだろうか。
 そもそも、私という存在が何らかのファクターになったとして、それで処刑したという評価になるのか。刑の確定や執行は、国の定めに従って行われる。私の一存でできることではないというのに。

 表面上は固まったまま、あれこれと思考する。そんな私の姿に、ソフィーは申し訳なさそうな顔で口を開いた。

 「いきなりこんなこと言われても、困るだけよね。ごめんなさい、シャーリー」
 「いえ! その、驚きはしておりますが、謝られることでは……」

 公爵令嬢に謝られるなど、こちらとしても居心地が悪い。慌てて返事を返すと、彼女はほっとしたように息を吐いた。イアンの顔もどことなく安堵しているように見える。

 「ただ、どうしても理解が及ばないところがあると申しますか……私が公爵令嬢たるあの方を処刑など、非現実的すぎるのではと……」

 しどろもどろになりながら告げる私に、二人は無言で頷く。二人とも不自然な話だと思っているらしく、私はほっと息を吐いた。

 「君の指摘は最もだ。処刑など、そう簡単に起こるものではない。それも、色恋沙汰ならなおさらだ。処刑よりも注意すべきは暗殺だろうに」

 事もなげに言うイアンに、ぎょっと目を丸める。暗殺。なるほど、闇が深い。
 驚く私をよそに、ソフィーも納得したように頷いている。貴族社会とはそういうものかと、遠い目をした私は悪くないだろう。

 「えぇと、そもそも、そのゲーム? ですか? それは一体どのようなものでしょうか」

 もちろん、ゲームという定義は知っている。私には前世の記憶があるのだから。
 ……ということは、件の公爵令嬢も転生者ということになるが、一先ず置いておこう。脇に置くものが多すぎて頭が痛いが、このままでは理解するのに時間がかかり過ぎる。

 「何でも乙女ゲーム、というものらしい。僕にもよく分からないが、ヒロインが恋をする物語だと聞いている」

 ――乙女ゲーム

 ここに来て、自分と最も縁遠いものがやってきた。乙女ゲーム。どのようなものかは知っている。
 しかし、自分でプレイしたことはなかった。理由は二つある。

 一つ目がゲームの仕組みについてだ。私には、ゲームの中で苦手な部類がある。嫌いなのではない、なのだ。ストーリーはとても気になるが、自分でプレイすることができないもの。それはマルチエンディングゲームだ。

 ストーリーの重厚さは素晴らしいと思う。しかし、プレイすることができない。私は、選択肢を選ばねばならないゲームが苦手なのだ。

 RPGにもマルチエンディングものはある。けれど、そういったタイプはプレイすることがほとんどなかった。話の本筋を左右しない程度の選択肢ならば気にしないが。

 だが、乙女ゲームやノベルゲームはそうではないだろう。どの選択肢を選ぶか、それがゲームの進行に大きな影響を及ぼす。私は、そういったゲームが苦手だった。

 中学生の頃、一つだけノベルゲームをプレイしたことがある。ダークな印象のあるゲームだ。周囲からの評判も高く、ワクワクしながらスイッチを入れた。
 そして始まるゲーム。何が悪かったのだろう。私はその日の内にバッドエンドを引き当てた。それも、主人公がヒロインに殺されるというエンディングだ。

 中学生の私は、その衝撃に固まった。ヒロインって味方じゃないの? まだお子様だった私には、衝撃が強すぎた。
 後から思い返せば、まぁそうなるよねと思えるエンディングではあった。一人の人間の挙動が描かれたストーリー。その結末としては納得できる流れだった。

 だが、当時の私は受け止めきれなかった。私が主人公を殺してしまった、そう思ったのである。選択肢を選んだのは私なので、あながち間違いではないだろう。

 次こそハッピーエンドを見るぞ! と意気込めればよかったものの、そうはならなかった。
 そっとゲームソフトをケースに戻し、翌日友人に返却した。クリア早くない? と聞かれたが、一つのルートしかみていないため当然である。真っ先にヒロインに殺されましたと告げると、友人は腹を抱えて笑っていた。許すまじ。

 そんな軽いトラウマもあり、私は選択肢によって進めるゲームが苦手だ。当然乙女ゲームもプレイしていない。選択肢を選んで攻略対象と恋を育むゲーム。私がプレイできるはずもなかった。

 とはいえ、大学生になり、乙女ゲームくらいはプレイしてみようかと思ったこともある。コマーシャルで見かけるキラキラとした絵柄は、心惹かれるものもあった。見目麗しい外見に、ときめくような台詞。現実の恋愛では中々見られないシチュエーション。気になってしまうのも無理はない。

 だが、ついぞ手に取ることはなかった。私がキャバ嬢として仕事をしていたためだ。
 そう。乙女ゲームをプレイしたことがない理由。二つ目は私の仕事が原因だった。

 相手に見目麗しさがあるかはともかくとして、仕事場で疑似恋愛をしているようなものなのだ。もちろんそういった営業ばかりではないが、お客様に根強い人気があるのが色恋だ。お客様に好意がある風を装い、お店に呼ぶ営業手法である。
 お客様自身も、それを夜の街の楽しみとする方がいた。中には本気でハマってしまうお客様もいるため、扱いには注意が必要だが。
 
 つまり、何が言いたいのかというと、疑似恋愛はお腹いっぱいだったという話だ。乙女ゲームに少し心が惹かれても、「いや、リアルで山ほど疑似恋愛してるだろ」と冷静な自分の声が響くのだ。気にするな! プレイしてみろよ! と今の私ならば言えるのだが、当時の自分にそんな余裕はなかった。

 来る日も来る日も売り上げを追いかけ、お客様と駆け引きをする日々。
 出勤日しか合わない相手。プライベートで会うことなど一切ない人々だ。退勤したら関係ないと言いたいのだが、現実はそうではない。休みであろうと、誰かしらとスマホでやり取りをしていた。自身の出勤日に店に来てもらうためだ。

 日々仕事に明け暮れる私は、すっかり疲れ切っていた。選択肢のあるゲームが苦手なことに加え、日々の疑似恋愛。乙女ゲームへ手を伸ばすことはできなかった。夜を上がったらやってみようかな、そう考えながら見送ってきたのである。

 そんな私に突如かけられた乙女ゲームという単語。その発想はなかった、そう口にしなかっただけマシというものだ。
 やったことのないゲームを即座に思い浮かべる人間はそういないだろう。だって魔術あるし、魔物もいるし。RPG脳な私は、自然とそちらを想像していたのだ。

 「お、乙女ゲーム……ですか」

 自分の目が泳いでいるのが分かる。内面は絶賛混乱中のため、取り繕うのも難しい。

 幸いにして、双子は私が混乱しているのに理解を示してくれた。初めて聞く単語だし、混乱するのも無理はないと。
 初めて聞く単語ではないのだが、と内心申し訳なく思うも口にはしなかった。出す必要のない言葉は、腹に落としておくべきだ。

 「あぁ。そもそも、その話を聞いたのは僕だ。僕はジェームズ殿下の側近候補でね。その兼ね合いで彼女と顔を合わせることもある」

 王城でコードウェル公爵令嬢から話を聞いたようだ。婚約者と親交を深めるという名目で、第一王子がお茶会を開いたらしい。
 その際、将来関わりが増えるからと、側近候補たちも同席したそうだ。今後のためにいい関係を築きたいと、コードウェル公爵令嬢から提案があったらしい。

 「実際のところ、親交を深めるとは名ばかりだった。彼女がしたかったのは僕らを味方につけることだったのだろう」
 「味方に、ですか?」
 「そうだ。いずれ君に処刑される、その未来を回避するための味方だ」

 馬鹿馬鹿しい、というかのように吐き捨てるイアンに、私は困ったように眉を下げる。
 正直なところ、何が何やら、という心境だ。彼女が何と第一王子たちに話をしたのかは分からない。けれど、私にとっていい内容ではないことくらいは想像がつく。

 「彼女は、言葉で明確に君を責めることはなかった。処刑されるというのも、あくまで君を虐げたことが原因だと。裁かれるのは当然の報いだったとも言っていたな。
 彼女は君を虐げるつもりはないと言っていたが、内心何を思っているのかは定かではない」
 
 イアンの話では、私を責めるような発言は一切なかったそうだ。それは殿下や他の側近候補も同様らしい。
 前提として、他者を虐げたことによる断罪劇だからだろう。虐げられていたとされる私を、批難する声はさすがになかったようだ。

 「殿下や他の者たちは、彼女を慰めていたよ。君がそんなことをするとは思えない、気にする必要はないとね。話がそこで終われば良かったんだが……」

 ちらり、とこちらを見る彼に、手をぎゅっと握る。彼の口ぶりから察するに、私にとって困る発言が飛び出す可能性がある。緊張からか、握る手に冷や汗が浮かんでいた。

 「彼女が殿下に告げたのだ。『そのような未来を起こしかねない自分より、聖女であるアクランド子爵令嬢の方が殿下に相応しい』とね」
 「は?」

 告げられた言葉に理解ができず、ポカンと口を開く。令嬢としてあるまじき姿ではあるが、今ばかりは許してほしい。本当に理解できない発言だったのだ。彼女は、一体何をしたいのだろうか。

 「……コードウェル公爵令嬢は、今の婚約に何か思うところでもおありなのでしょうか」

 私の問いに、ソフィーが「そう思うのが普通よね」と呟く。
 普通であれば、婚約者に対して他人を勧めることはしない。ましてや彼女の言う “私を虐げ処刑される”未来は、彼女自身の意思で避けられるものだ。虐げることで処刑されるのであれば、虐げなければいい。それだけだろう。

 「君の疑問はもっともだ。普通に考えれば、婚約者に対してそんなことは言わない。婚約を解消したいのでなければね。
 彼女を見る限り、殿下を疎んでいるようには思えない。むしろ心から慕っているように見える。彼女が自分の知る未来とやらに恐怖するのなら、君を虐げなければ済む話だ」

 そう告げるイアンに、私も無言で頷く。
 原因が分かっているのならば、それに対処すればいい。彼女の言葉を信じるのであれば、そもそも彼女は私を虐げる気はないという。なおさら婚約解消を促す必要がない。

 「なぜ彼女がそんなことを言ったのか。その意図を知りたいと思うのは当然だろう? もちろん、彼女に直接確認したところで話をしてはくれないだろう。
 だから、別の方法で確かめさせてもらったんだ」
 「別の方法、ですか?」

 怪訝そうな表情で言う私に、イアンは薄く笑みを浮かべて頷いた。どのような方法で確認したのか、それを問おうと口を開いたが、声にならなかった。私が問いかけるより早くソフィーが口を開いたからだ。

 「……そろそろ頃合いかしらね」
 「あぁ、移動しようか」

 ソフィーの言葉に頷いたイアンは、私へと手を差し出した。手に触れることなく視線を投げると、彼は薄い笑みを浮かべたまま言葉を紡いだ。

 「さぁ、シャーロット嬢。お手をどうぞ。君の疑問を解決したいのならば、この手を取るといい」

 晩秋の冷えた風が肌に触れる。身体を芯から冷やしていくかのような空気は、この夜風が原因だろうか。それとも、自身を取り巻く想像し得ない出来事からか。

 瞼を伏せ、そっと手を伸ばす。私の手が触れると、イアンは緩やかに笑みを深めた。

 鬼が出るか蛇が出るか。こぼれそうなため息を静かに飲み込んだ。
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