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追及 2
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「うーん……」
腕組みをして必死に思い出そうとする佐々木。できれば、付き合いの長いこいつから話を訊き出したい。だが、刑事さんとの約束もある。時間がない。
「安藤、お前からも話を訊かせてくれ」
「私は……」
「警察の捜査は確実に進んでいるし、お前が重要参考人であることも既に特定している。
もう逃げ切れないことぐらい、お前も分かっているだろう?そうじゃなかったら、ここ
には来ていないはずだ」
会社では言ったこともないくらい語気を強めた。安藤は眼を伏せて考えていたが、やがて思いきったように口を開いた。
「分かりました先輩。だけど、これから話すことは先輩にとって必ずしも良い話とは限
らないすよ」
「佐々木と同じこと言うんだな。分かってるよ」
「私と琴音は中学時代からの親友でした」
「琴音……。そうか、琴音はいたんだな」
琴音はいない。半信半疑ながらそう思っていた。
登録していたはずの琴音の電話番号やメールアドレスがなくなっていたのも、私が発作的に消してしまったのだろう。
安藤は会社の入社が私より遅いので後輩扱いだが、年齢は私と同じだ。琴音は私や安藤の二学年下になることから考えると、中学時代は一年かぶることになる。
「私はいじめや親の不仲が原因で小学6年の時から登校拒否になっていました。
ついには両親が離婚して母親についていくことになった関係で、母親の故郷の中学校
に入学することになったんすけど、既に性格の歪んだ私は一日も学校に行くことはあり
ませんでした。
結局、母親は私の祖母や親戚連中とうまくやっていけず、居心地が悪くなって一
年もしない内にまた引っ越すことになったんすよ」
彼女はまるで他人事のように自分のことを説明した。
「過去の自分が不幸だとか、他の人に比べて恵まれていなかったとか、今更そんなこと
を言うつもりはないですし、そんなことを皆さんに同情されても仕方ないので、その辺
の事情は省きます。
一年弱しかいなかったその田舎町で、私はいつも小さな丘の中にある公園で一人で遊
んでいました。
遊んでいたと言っても何をしていた訳でもないんすけど、家にいても祖母ちゃんや親
戚連中から厄介者扱いを受けるだけだったんで時間を潰していると言った方が正しいす
けど……。
その公園は人が来ることもあまりない公園だったんで、人間嫌いの私にはうってつけ
の場所でした」
「そこで出逢ったのが琴音?」
安藤は私に微笑んで頷く。その笑顔は私に見せたものというより、過去の楽しい思い出に向けられたもののような気がした。
「私が公園にいると、琴音は現れたんす。
彼女はじめじめと薄暗い性格だった私に話しかけてくれました。
当時中学一年だった私から見た小学生の琴音はガキ臭くて嫌いでした。
最初は鬱陶しくて無視していたんですが、琴音はそんな私の態度を気にする様子もな
く屈託ない笑顔で毎日話しかけてきたんす。
私はそんな彼女のことが羨ましかった。憧れていたんだと思います。
本当に嫌いだったら、公園に行かなければ済む話ですからね」
安藤の優しい表情を見ているだけで、彼女にとっていかに琴音の存在が大きかったかが分かった気がした。
人生のどん底で泥水をすすっていた安藤にとって、琴音は人間としての魂を吹き込んでくれた存在だったのだろう。短い言葉でも、彼女と琴音との深い信頼関係が形成されていたことが分かる。
「いつの間にか、私達は親友になっていました。
特に学校にも行かず、友達も全くいなかった私にとって琴音は唯一無二の存在で、そ
れは転校後も変わりませんでした。
それどころか絆は強くなっていった。
琴音は何も育たない渇いていた土に種を蒔いて、潤沢な水で芽を出させてくれたんです。
でも、琴音にとってショッキングなことが起きた……。
それは彼女の父親が運転していた車が海に転落し、家族を失ってしまった事故です」
私は思わず口を挟んだ。
「おいっ、それって……。それって……。俺が付き合っていた相手はつまり……」
「月野遥さんの妹です」
安藤は断言した。
腕組みをして必死に思い出そうとする佐々木。できれば、付き合いの長いこいつから話を訊き出したい。だが、刑事さんとの約束もある。時間がない。
「安藤、お前からも話を訊かせてくれ」
「私は……」
「警察の捜査は確実に進んでいるし、お前が重要参考人であることも既に特定している。
もう逃げ切れないことぐらい、お前も分かっているだろう?そうじゃなかったら、ここ
には来ていないはずだ」
会社では言ったこともないくらい語気を強めた。安藤は眼を伏せて考えていたが、やがて思いきったように口を開いた。
「分かりました先輩。だけど、これから話すことは先輩にとって必ずしも良い話とは限
らないすよ」
「佐々木と同じこと言うんだな。分かってるよ」
「私と琴音は中学時代からの親友でした」
「琴音……。そうか、琴音はいたんだな」
琴音はいない。半信半疑ながらそう思っていた。
登録していたはずの琴音の電話番号やメールアドレスがなくなっていたのも、私が発作的に消してしまったのだろう。
安藤は会社の入社が私より遅いので後輩扱いだが、年齢は私と同じだ。琴音は私や安藤の二学年下になることから考えると、中学時代は一年かぶることになる。
「私はいじめや親の不仲が原因で小学6年の時から登校拒否になっていました。
ついには両親が離婚して母親についていくことになった関係で、母親の故郷の中学校
に入学することになったんすけど、既に性格の歪んだ私は一日も学校に行くことはあり
ませんでした。
結局、母親は私の祖母や親戚連中とうまくやっていけず、居心地が悪くなって一
年もしない内にまた引っ越すことになったんすよ」
彼女はまるで他人事のように自分のことを説明した。
「過去の自分が不幸だとか、他の人に比べて恵まれていなかったとか、今更そんなこと
を言うつもりはないですし、そんなことを皆さんに同情されても仕方ないので、その辺
の事情は省きます。
一年弱しかいなかったその田舎町で、私はいつも小さな丘の中にある公園で一人で遊
んでいました。
遊んでいたと言っても何をしていた訳でもないんすけど、家にいても祖母ちゃんや親
戚連中から厄介者扱いを受けるだけだったんで時間を潰していると言った方が正しいす
けど……。
その公園は人が来ることもあまりない公園だったんで、人間嫌いの私にはうってつけ
の場所でした」
「そこで出逢ったのが琴音?」
安藤は私に微笑んで頷く。その笑顔は私に見せたものというより、過去の楽しい思い出に向けられたもののような気がした。
「私が公園にいると、琴音は現れたんす。
彼女はじめじめと薄暗い性格だった私に話しかけてくれました。
当時中学一年だった私から見た小学生の琴音はガキ臭くて嫌いでした。
最初は鬱陶しくて無視していたんですが、琴音はそんな私の態度を気にする様子もな
く屈託ない笑顔で毎日話しかけてきたんす。
私はそんな彼女のことが羨ましかった。憧れていたんだと思います。
本当に嫌いだったら、公園に行かなければ済む話ですからね」
安藤の優しい表情を見ているだけで、彼女にとっていかに琴音の存在が大きかったかが分かった気がした。
人生のどん底で泥水をすすっていた安藤にとって、琴音は人間としての魂を吹き込んでくれた存在だったのだろう。短い言葉でも、彼女と琴音との深い信頼関係が形成されていたことが分かる。
「いつの間にか、私達は親友になっていました。
特に学校にも行かず、友達も全くいなかった私にとって琴音は唯一無二の存在で、そ
れは転校後も変わりませんでした。
それどころか絆は強くなっていった。
琴音は何も育たない渇いていた土に種を蒔いて、潤沢な水で芽を出させてくれたんです。
でも、琴音にとってショッキングなことが起きた……。
それは彼女の父親が運転していた車が海に転落し、家族を失ってしまった事故です」
私は思わず口を挟んだ。
「おいっ、それって……。それって……。俺が付き合っていた相手はつまり……」
「月野遥さんの妹です」
安藤は断言した。
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