入れ替わった彼女

チャロコロ

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彼女の意図 1

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 いつもより早い帰宅に遥は驚いていた。
 「はやっ、帰ってくるのはやっ!まだご飯できてないよ」
 「まあな、あー疲れた。メシは急がなくてもいいよ」
 「うん、でももう少しでできるから」
 「遥?」
 「ん……?」
 敢えて遥と呼んだ。遥は確かに返事をした。
 やはり彼女は月野遥だった。
 仕事が忙しかったとはいえ、くだらないことで悩んでしまった。
 躊躇せずに最初から名前を確認すればよかったんだ。
 どっからどう見ても遥なのに。深い溜息が出た。
 「何よ、溜息なんかついて」
 「疲れが溜まってたんだよ」
 「さっきも訊いた」
 遥は少し頬を膨らました。
 「今日、課長から言われちゃったよ」
 「クビだって?」
 「笑えないジョークだな。まあ似たようなものかもな」
 「どうしたの?」
 料理中の手を止めて近づいてきた。
 「当分仕事を休むように言われたよ。仕事のやりすぎでおかしくなってたのかな?」
 「……そうなんだ、最近忙しそうだったもんね。課長さんの言う通り少し休んだら?」
 「休んでもやることないしなぁ。戻っても俺の席はないかもな」
 「それだったら転職したらいいじゃん」
 「簡単に言うなよ」
 「あら、でも今の仕事が全てじゃないでしょ?」
 「そうだけど……」
 「遥、俺八月に何かあったのか?」
 「何で?」
 遥の表情が一瞬変わった。
 「何があったんだよ?」
 「んー?特に何もなかったと思うけど」
 「何か知ってるだろ」
 「婚約した時期だったってことぐらいかな……」
 「そうだけど、その他に何かあっただろ?」
 「あったよ」
 「何?何があった?」
 遥は間髪入れずに応えた。
 「……経済的に自立するんだ、って」
 「えっ?」
 「『経済的に自立するんだ』って言ってた。
  婚約を決めた時、結婚するにはお金もかかるし、給料も少ないからもっともっと仕事するって言 いだしたの。
  私は再三反対したんだけど、あなたは言う事を訊いてくれなかった。あなたはどんどん仕事を増 やしていった。過労で顔色が青白くなっていくあなたを見る度に、私は何度も止めたんだよ。
  一時期なんて碌に帰っても来なかったじゃない」
 課長、後輩と遥の話から、私が自分の意思で仕事を増やしたことは間違いないようだ。確かに婚約前に比べると、今貰っている給料は格段に多い。
 恥ずかしい思いが溢れてきた。
 課長も遥も私のことを心配してくれていたんだ。
 それなのに私は独り善がりなことばかりしていたんだ。
 それどころか、課長を恨み、遥にいらぬ疑いをもっていた。遥のカバンを漁っていた姿を客観的に考えてみると、完全に不審者だ。遥はそれでもついてきてくれた。
 「いろいろ迷惑かけたようだな」
 「大変だったのはあなたの方よ。でもカバン漁るのとかはもう止めてよ」
 遥は腕白な少女のように笑った。私もつられて笑ってしまった。
 「……それはもう言わないでくれ。これからのことはゆっくり考えるよ」
 「それで良いわ。タイミング良く時間もできたしね」
 「そうだな」 
 「それと、もう一つ提案って言うか、お願いがあるんだけど」
 遥が二冊の雑誌をテーブルの上に置いた。 
 「何だこれ?ああ、不動産の雑誌か……。っておい!」
 「引っ越しをしたいなと思って」
 「引っ越し?何でまた?」
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