入れ替わった彼女

確認 １

　仕事から帰宅した時には、遥も琴音も来ていなかった。
　今日も一人だ。
　遥は仕事が忙しいと言っていたので、晩ご飯を無理に作らなくてもいいと伝えておいた。真っ暗な室内と同じで、空気も冷え込んで重くなっていた。
　明日は休みなので、今夜はゆっくりできる。キッチンに入って簡単な料理を作ると、食事を簡単に済ませた。
　イスに腰掛けてぐったりしていると携帯電話がなった。
　遥からの電話かと期待して画面を見ると、佐々木の名前が出ていたのでがっかりしながらも電話に出る。
　「もしもし？」
　「伊吹か？」
　「伊吹じゃなかったら誰だよ」
　「悪い悪い。クラス会どうすることにした？」
　「そうだな。保留で頼む」
　「分かった。それにしても……」
　電話の奥で佐々木の声が少し弾んだ気がした。
　「どうしたんだよ？」
　不快な気持ちで訊ねた。
　「あっ、いやな。お前何か良いことあっただろ？」
　「はっ？何でだよ？」
　「声だよ」
　「声？」
　佐々木は「そうだよ」といいながら話を続けた。
　「声が楽しそうなんだよ。何か良いことあったんだったら教えろよ」
　「何かあった訳じゃねえよ」
　「前電話した時に比べて機嫌が良さそうな気がしたからな」
　佐々木は大雑把に見えて人をよく見ている。昔から相手の体調を察する能力が秀でていた。だからこそ学校の人気者だったのだろう。
　　彼は昔から明るい性格で、クラスのムードメーカーだった。
　所謂お調子者という部類で友達も多く、どんな性格の人間とも仲良くなる魅力があった。普通お調子者だと先生に怒られることが多いが、先生でも彼のことを嫌っていた人はいなかったように思う。
　今思うと、佐々木はお調子者ではなかったかのように思う。相手の心情を読み取ることが殊更長けているのだ。
　誰かが大事なプリントを失くしたと聞けば日が暮れるまで一緒に探し、教室で野球ごっこをしていた時に他の生徒が誤って花瓶を割ってしまった時には一緒に先生に謝罪していた。損得感情で動くようなことは決してしなかった。私もあいつには何度も助けられた。
　彼のそんな人柄をみんな理解していたのだと思う。だから佐々木がいたクラスにいじめという問題は存在していなかった。クラス全員が結束してしまうのだ。今思うと不思議だが、佐々木には恐ろしい程人間的な魅力があった。