上 下
84 / 100

84 他の者。

しおりを挟む
 私達は怯えていました。

「えっ、えっ?」
《お待ちしておりました、来訪者様》

「来訪者?あ、言葉が、何で」
《ご説明させて頂きます、その前にお部屋を案内させては下さいませんでしょうか》

「あ、はい、お願いします」
《はい、では先ずコチラが……》

 そして私達の怯えは、現実となった。
 懸念通り、感染症を罹患した。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 彼は本当に申し訳無さそうに、謝罪してくれた。
 そして兵達の看病を率先して行った、とも。

《助かりました》
「いえ、本当にごめんなさい、無症状でも何か病気を持っているかも知れない。そう知っていたのに、分かっていたのに、本当にごめんなさい」

《いえ、幸いにも死人は出ては居りませんし》
「死なないだけで、今回は運良く、偶々後遺症が残らなかっただけかも知れません。本当に、ごめんなさい」

 衛生観念はクリア。
 後は倫理観、道徳観念に死生観。

 私達とは似て非なる世界の者。
 もしかすれば拒絶し、害悪となるかも知れない存在。



「実は、僕もそう思っていたんです」 

 ココの死生観は、僕も考えていた事だった。
 絶対に自死はダメ、殺される為に害する事もダメ。

 なら、苦しい者はどうしろって言うんだろうって。

 ずっと答えが出なかった、分からなかった。
 来世が有るなら来世に期待すれば良い、なのに、どうして死んじゃダメなのか。

 それは優しくないから。
 自分が悲しいから、困るから。

 本当に愛しているなら、時には手放す事も大事だと説く癖に、手放さず苦しめる。

 矛盾でいっぱいの向こう。
 けどココは単純で簡単だ。

 苦しみを長引かせる事を悪とし、時には尊厳を守る為に魔獣に食べて貰う。

 鈍感な分からず屋が酷い世界だとか言いそうだけど、なら苦しんでみたら良い。
 酷く不自由で辛い人生を、自分で歩んでみたら良い。

《酷だとは思われませんか》
「生かされる方の身になれば、そうは思わないですよ」



 死生観クリア。
 後は道徳観念をクリアし、知識を活かすのみ。

 出来るなら、活かして欲しい。
 彼には得られるだけの地位が与えられ、出来るなら、幸せになって欲しい。

《失礼します》
「あ、あの、少し考えてみたんですけど……」

 齎された事への対価に、彼は案を出した。
 道徳観念クリア。

 後は、この案が良策か愚策か。



《行ってらっしゃいませ》
「うん、はい、行ってきます」

 本当に、ただの思い付きだった。
 お客さんの要望に沿った品種改良を行う、花屋。

 一応、ココにも花屋は有るんだけれど。
 種類が豊富な分、既存の花だけで十分だからか、変わった花が全然無くて。

 品種改良を行う程に花が好きか、そうした者に知り合いが居る場合だけ、内々に改良し譲渡するだけ。

 青い薔薇が見たくて、僕が個人的に王宮の庭師に頼んだ時、もっと他の者にも興味を示されたいって聞いて。
 それで思い付いたのが、品種改良の花屋。

 いずれは品種改良された花だけを置く花屋を、出来るならアチコチに置ければって相談したら。
 あっと言う間に、そうした事を学べる状態になって、折角だからと旅行する事になって。

《ほれ、もう少し陽に当たる様にせんか》
「はいはい、ごめんね、つい物思いにふけっちゃって」

《全く、花の事をなんも知らん、手入れも知らん分際で。コレから更に大変じゃぞ、広めるにも努力が必要じゃし》
「うん、ありがとう、ドリアード」

 とってもお世話になった姫様に、要らないかも知れないけれどお土産を買った。
 親切に、優しくしてくれた人だから、いっぱい恩返しがしたいんだ。



《お帰りなさいませ》
「あ、はい、ただいま帰りました」

《お疲れでしょう、今日はゆっくり》
「あの、ご迷惑かも知れないんですけど、お土産が有るんです」

《あ、ありがとうございます》
「その、それがちょっと量が多くて、出来るなら欲しい物だけを受け取って貰えると助かるんですが」

《そんなに、ですか》
「すみません、好みを聞く事もしなくて。勝手に選んだので、気に入らない物も有ると思うので、はい」

《少し、お見せいただいても宜しいですか?》
「あ、お時間、大丈夫ですか?」

《はい、勿論》
「あの、1番自信が有るのが、コレなんですけど……」

 硝子と銀細工で出来た、花の髪飾り。
 宝石箱、香り袋、他国の民族衣装。

 綺麗な飴細工に、ハーブの詰まったガラス瓶、花びらの入った紅茶。

 1つ1つ、何処で買ったか、何故選んだのかを教えて下さった。
 どれも、私に似合うから、と。

《こんなに、ありがとうございます》
「あ、無理しないで下さいね、好みも有るでしょうし。実は、まだ有るんですけど」

《見せて下さい、是非》

 いつか、お相手が出来てしまうかも知れない。
 そう思いながら送り出しました。

 諸外国を見回らずして、婚姻を成すべきでは無い。
 だからこそ、決して思いを告げる事は無かった、付いて行く事も我慢した。

 彼の幸せの為、選択肢は狭めてはならい。

 コレは単なる恩返しかも知れない。
 けれど、私には十分。

「あの、本当に1つだけでも気に入って貰えればと思って」
《もし、全て欲しかったら》

「勿論、凄く嬉しいですけど」
《ありがとうございます、大切にします》

「あの、本当に」
《アナタのお嫁さんになる方は、きっと幸せになれます、私が保証します》

 泣かないつもりだったのに。
 こんなに、恋心とは制御が効かないだなんて、悔しい。

《何じゃ全く、両思いじゃったとはの》
「僕は、アナタがお嫁さんだったら幸せだろうなと、思ってます」



 地獄巡りもそこそこに、国に帰る事に。
 なんせ、本来は憤怒の国で過ごす筈が。

 来訪者がわんさかと。

 「あの、他の者は」

《あぁ、ココでは無いけれど、もう既に国を出ているよ。折角だから旅行を兼ねてね》

「あぁ、もうそこまで」
《男性だからね、妊娠の可能性が無い分、踏み込む事に躊躇いが少ない》

「あぁ」
《実は、そこも要望が来ていてね、君を取られる事が怖いんだそうだよ》

「そんな事を」
《他に何か考えが有るのかも知れないけれど、それだけ君に価値を感じ、自己の価値に怯えているんだろうね》

 だからと言って、善き来訪者と会わせない様に頼み込むとは。
 どんだけだ。

「すみません、ありがとうございます」
《いえいえ、いつでも、またおいでね》

「はい」



 彼女は、敢えて考えない様にしているんだろう。
 もし、逆の立場なら。

 そう考えれば、答えは直ぐに出る筈。
 けれども、敢えてしない。

 答えを出せば、更なる選択が待っている。
 どちらを選ぶか、どちらも選ばないか。

 気付いてしまったら、知ってしまったら選ばずにはいられない。
 善き心根の者は特に。

《心配なら、話し掛けても良いと思うけれどね》

『何も不幸を望むばかりでは無い、不必要な接触を控えているに過ぎない』

《優しい精霊様だね》
『悪魔とは違うだけだ』

 精霊には人種の様な複雑さが有る。
 僕ら以上に、複雑で繊細な存在。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...