上 下
35 / 66
第2章 婚約。

20 帰路。

しおりを挟む
 全ては勉強、生きる糧だと思い何とか凌いでいたお茶会が、やっと終わりました。

「はぁ」
《お疲れ様でした、アニエス様》

 最早、私は釣り餌でした。

 失敗や失言を誘い、ルージュさんに報告して頂く。
 私も報告しますがあくまでも補佐、証人でしか有りません。

 そして良い挙動をなさった方の報告も、したいのですが。

 果ては貴族位が再編纂されるかも知れないとの噂が流れ、もうピリピリビリビリしておりまして、本気で避けられるか引き攣られてしまい。
 まぁ、それもそれで減点なんですけどね、人として減点。

 親を査定するのに子も査定される。
 本来でしたら、庶民ですらも理解している事なのですが。

 どうしてなのか、下手をすれば庶民以下の教育。

 いえ、そうした問題を大きく多く抱えていた地方でしたので致し方無いとは思いますが。
 あぁ、まだ、王都でのお茶会の方がマシだったのかも知れません。

 本当にご好意で招いて下さっていたのだと、今なら分かります。

 辺境伯令嬢の方々はお元気でしょうか。
 王都に戻ったら、お土産をお渡しに行きましょう。

《アニエス》
「あ、アーチュウ様、最後だと思い気が抜けていました」

《もう茶会で苦労させる事は無い筈だ、すまないアニエス》
「いえ、逃げられない状況では無かったので大丈夫ですよ、今はまだ」

《あぁ、仕事の事で妻を巻き込まずに済む様、鋭意努力させて貰っている。一緒に帰ろう、アニエス》

「はい」

 お茶会が催された家から一緒に帰るのだろう、と思うじゃないですか。

《アニエス》
「王都にも一緒に帰ると思うと思います?」

《いや》

「あ、ワザとですね」
《あぁ、半分はワザとだ》

 ミラ様とシリル様は既に出発なさっており、その後続にバスチアン様とジハール侯爵ご兄弟、そして私が最後に出発だったのですが。
 馬車は別だとばかり。

 確かに侍女達だけの方が楽だとは思いますし、シャルロット様が御者をしてらっしゃるメナート様と一緒に前にお乗りになってますが。
 でも、だからと言って2人きりは。

 確かに婚約者ですが。

「お茶会より緊張するんですが」
《慣れてくれ》

 真横ですよ、真横。
 確かに正面は正面で恥ずかしいですが。

「暑くないですか?」
《アニエスは暑いか?》

「いえ、寧ろ私は丁度良いんですが」
《心配無い、最近は日に当たる事が少なかったんだ、丁度良い》

 馬車内ですから腕を捲ってらっしゃるのですが、
 結構、日に焼けてらっしゃるんですよね。

「このお怪我の数々は、練習でらっしゃいますか?」
《あぁ、コレはあの方、コレはメナートだな》

「どうしても怪我は付き物なのですね」
《若く経験が無いとな、最近は無いが、以後増やさない様に気を付ける》

「是非お願いしますね」

 昔よりは良くなっているそうですが、小さな怪我でも死ぬ時は死んでしまいますから。

 そう、死なれるのは嫌です。
 それは誰でも、死なれるのは嫌です。



『で、手は出さなかったんだね、偉い』
《体が触れ合えていたので》
《あぁ》

《それに、傷を見て悲しそうでしたので、何も言えず》

『そうだね、死んで欲しく無いと思っていても、状況によっては呑むしかないからね』
《はい、死なない約束は難しいですので》

《けれど、騎士や近衛を降りる事をアニエスは望まない、それこそ如何に見送るかを考えてしまうでしょうね》

『出征の報告後、幾ばくか悲しそうに袖を引かれたら、どうする?』

《妊娠を疑いますね》
《あぁ、そうね、妊娠すると変わると言うのだし》
『何なら別人を疑いそうだね』

《きっと俺には分からない様に堪えるだろう、と》
《健気よねぇ》
『容易い者にしたら、可愛げが無いと思いそうだけど』

《容易い者は容易く落とされてしまうかと》
《容易に奪われる城は容易に奪われてしまうものね》
『でも、その城を強固にすれば良いだけじゃないか』

《地盤が緩ければ幾ら強固にしても、無駄では》
『けれど難しい子だし、面倒だろう』

《俺は、そこが良いのでしょうか》

 メナートの事を聞いて、いつかこう悩むだろうと思っていたんだよね。
 なら、僕の手で悪い方向へ行かない様にすれば良い。

『アニエス嬢と同等かそれ以上の優しさ、賢さ、不憫さを持つ少女に絶対に揺らがないと言える根拠を僕らも知りたいよね。恋心が分かるからこそ、人の危うさを知っているからこそ』
《そうね、私も知りたいわ》

《考えさせて下さい》



 可愛らしいお嬢さんなのに、金髪碧眼では無いから、と。
 凄いですね、そうした親が居るとは知ってはいたのですが、実際に存在してらっしゃるとは。

『宜しくお願い致します、クラルティと申します』
「あ、はい、宜しくお願い致します」

 マリアンヌさんの食堂で今は働いてらっしゃいまして、様子見にとお伺いしたのですが。
 本当に、しっかりした方でして。

《ふふふ、人見知り?》
「あ、いえ、少し経歴を知っているので驚いているんです、親はどんな美意識でらっしゃったのかと」

《あー、ね、十分可愛いのにね》

 血筋としては勲功爵の血筋なのですが、既に廃絶されており、非常に複雑では有りますが今は庶民。
 なのですが、勿体無い、貴族令嬢並みの行儀作法がしっかりと身に付いてらっしゃる。

 愛人の方は情愛を注いでいたのは実の娘さんだけだそうですが、元は貴族令嬢の侍女だったそうで、躾けはしっかりしてらっしゃった。
 いつか貴族の侍女、実の娘の補佐にと考えていたそうで、その点のみは評価すべき点ですね。

「是非、学園にも通って頂きたいですね」
《おー、アニエスがそう言うかもって、なら協力して欲しいんだって》

「不穏な空気が」
《大丈夫だって、ウチとそっちの往復って感じだから》

 午前中は生徒として学園に通い、放課後はマリアンヌさんの店のお手伝い。
 新しく設立する侍女科の為に試行させてくれ、と。

「結構、お忙しくなるかと」
《大丈夫、体力が有るのは既に確認してたし、行きたいんだって学園。だから暫くは別室で、ルージュさん?が指導役になるんだって》

「あぁ、それで」

 学園に通う様になればお茶会は無いだろう、と、なのでルージュさんが王都に来る理由が他に何か有るのかと思っていたんですが。
 成程、クラルティさんの補佐なんですね。

《何かさ、私が言うのもアレだけど、見初められて欲しいなと思っちゃうよね》
「勿体無いと私も思いましたから、はい」

《何か、誰か居ない?》

 ガーランド侯爵令息は難しいでしょうし、バスチアン様はちょっと難しいお立場ですし、メナート様はシャルロット様を追い掛けて楽しそうですし。
 シャルドン様だと、少し年の差が。

 マルタンさんは、良い方の様ですけど庶民ですし。
 んー。

「マリアンヌさんにアーチュウ様の侍従、庶民のマルタンさんならどうかと思うのですが?」
《あー、ベルナルドさんが嫌じゃないなら、その人にお店に来て貰おうかな?》

「あ、ですね、分かる様にしておきますね」
《ありがと》

 私が無意識に無自覚に、クラルティさんの相手からアーチュウ様を除外している事に気付いたのは、翌日アーチュウ様の家に伺わせて頂いた時の事でした。



《ウチで侍女見習いをする事になった、クラルティ嬢だ》
『宜しくお願い致します』

 俺に疑われる要素は無い筈だ。
 それはあくまでも俺の考え、俺の身内の考えだ、と思い知らされた。

 アニエスが幾ばくか驚き目を見開いた後、珍しく固まってしまった。

「あ、はい、あの、かなり働かれる事になるかと思うのですが」
《あぁ、例の食堂で噂になってしまってな、貴族令嬢が働いているのではと。なのでココと学園を往復して貰う事になった》

 アニエスが、明らかに困惑している。

「あの、でしたらウチでは」
《そこも提案したんだが、既にルージュ嬢が世話になっているだろう、無理をさせたくないのと兼ね合いを考えての事だそうだ》

「あ、そうですね、はい」
《アニエス》
『あの、料理に戻ろうかと思うのですが』

《あぁ、すまないが戻ってくれ》
『はい、失礼致します』

 困惑の表情は、相変わらず続いたまま。

《アニエス》
「あ、あの、マルタンさんは今は?」

《庭木の手入れ中の筈だが、呼ぶか》
「実はマリアンヌさんにご紹介しようかと、アーチュウ様が良ければ、ですが」

《あぁ、俺は問題は無いが》
「マルタンさん次第ですよね、庭へ行っても?」

《あぁ、行こう》

 どうして思う事を言ってくれないんだろうか、どうして溜め込んでしまうんだろうか。
 そうした事について俺は全く歓迎はしていない。

 だが俺は、どう言えば。

「お邪魔していますマルタンさん」
「おー、どうもアニエス令嬢、どうしたんすか?口説かれ中っすか?」

「いえ、実は恋のお話を持って参りました」

「マジっすか?」
「料理が美味しくて下町のお母さんになりつつある友人に、ご紹介したいな、と思っているのですが。ご結婚やお付き合いをしたくないのでしたら、それとなく無かった事にしますので、どうでしょう?」

「庶民で」
「はい、ですね」

「それ、マリアンヌさんっすかね?」
「あ、存じてらっしゃるんですね」

「まぁ、王都での揉め事の関係者ってだけっすけど、友達なんすか?」
「まぁ、はい」

「そこ照れるんすね」
「気恥ずかしいですね、最近出来た友人なので、ふふふ」

「良い子ならまぁ、けど友達からっすよ?」
「勿論ですよ、庶民の付き合い方も存じていますから」

「シャルロット様、ぶっちゃけどうっすか?マリアンヌさん」

『最初は気に食わなかったのですが、実と中身を知ると悪意より利便性を取られての事かと、そのフランクさが合うのではないでしょうか』
「えー、俺っぽい?」
「ですね、貴族の大変さも分かって下さる方ですから」

「あー、そこ大事、うん。じゃあ先ずは友達からって事で」
「はい、私に頼まれたって言って頂ければ大丈夫ですよ」
《偶には家の者に楽をさせるか、日付は相談し家の金で買いに行ってくれ》

「あざーっす」
「ふふふ、では、お仕事頑張って下さい」

「うっす」

 そうして部屋に戻ると、また、黙り込み。

《アニエス》
「何だか月の物の前かも知れなくて、すみません、今日はもう下がらせて頂きますね」

《送らせてくれ》
「いえ、粗相をしてしまうかも知れないので、失礼致します」

 俺には、相談すらしてくれないのか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白紙にする約束だった婚約を破棄されました

あお
恋愛
幼い頃に王族の婚約者となり、人生を捧げされていたアマーリエは、白紙にすると約束されていた婚約が、婚姻予定の半年前になっても白紙にならないことに焦りを覚えていた。 その矢先、学園の卒業パーティで婚約者である第一王子から婚約破棄を宣言される。 破棄だの解消だの白紙だのは後の話し合いでどうにでもなる。まずは婚約がなくなることが先だと婚約破棄を了承したら、王子の浮気相手を虐めた罪で捕まりそうになるところを華麗に躱すアマーリエ。 恩を仇で返した第一王子には、自分の立場をよおく分かって貰わないといけないわね。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

私のバラ色ではない人生

野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。 だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。 そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。 ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。 だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、 既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。 ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。

駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』 という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。 それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。 そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。 まず、夫が会いに来ない。 次に、使用人が仕事をしてくれない。 なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。 でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……? そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。 すると、まさかの大激怒!? あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。 ────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。 と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……? 善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。 ────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください! ◆本編完結◆ ◆小説家になろう様でも、公開中◆

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

私に成り代わって嫁ごうとした妹ですが、即行で婚約者にバレました

あーもんど
恋愛
ずっと腹違いの妹の方を優遇されて、生きてきた公爵令嬢セシリア。 正直不満はあるものの、もうすぐ結婚して家を出るということもあり、耐えていた。 でも、ある日…… 「お前の人生を妹に譲ってくれないか?」 と、両親に言われて? 当然セシリアは反発するが、無理やり体を押さえつけられ────妹と中身を入れ替えられてしまった! この仕打ちには、さすがのセシリアも激怒! でも、自分の話を信じてくれる者は居らず……何も出来ない。 そして、とうとう……自分に成り代わった妹が結婚準備のため、婚約者の家へ行ってしまった。 ────嗚呼、もう終わりだ……。 セシリアは全てに絶望し、希望を失うものの……数日後、婚約者のヴィンセントがこっそり屋敷を訪ねてきて? 「あぁ、やっぱり────君がセシリアなんだね。会いたかったよ」 一瞬で正体を見抜いたヴィンセントに、セシリアは動揺。 でも、凄く嬉しかった。 その後、セシリアは全ての事情を説明し、状況打破の協力を要請。 もちろん、ヴィンセントは快諾。 「僕の全ては君のためにあるんだから、遠慮せず使ってよ」 セシリアのことを誰よりも愛しているヴィンセントは、彼女のため舞台を整える。 ────セシリアをこんな目に遭わせた者達は地獄へ落とす、と胸に決めて。 これは姉妹の入れ替わりから始まる、報復と破滅の物語。 ■小説家になろう様にて、先行公開中■ ■2024/01/30 タイトル変更しました■ →旧タイトル:偽物に騙されないでください。本物は私です

処理中です...