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第2章 婚約。

15 お世辞。

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「本当に、信じますからね?」

《そんなに辺境伯令嬢達が怖かったのね》
「違います、違いますけど、はい、嫌味か本音か全く分からなくて」

《そこが高位貴族の嫌な所なのよ》
「ミラ様でも?」

《あら、素敵な耳飾りですわね、この言葉にどれだけの意味が含まれるか。贅沢ね、不釣り合いね、悪趣味ね。少し挙げただけでコレ、だから気にしない事が1番なのよ、判断に困ったら半分に切って両方の天秤に置いて忘れるの》

「実質、無いも同義では?」
《そうよ、だって社交辞令だもの。それに、本当に素敵ならもっと会話を向こうが膨らませるわ、それこそ口下手でらっしゃっても、もっと向こうから何かを言おうとして下さるもの。受け身の言葉だけなら、流して忘れるのが1番よ》

『でしたら、アレは本当に褒めてらっしゃったんですよお嬢様』

「メアリー、でも、お喋り好きに見えましたよ?」
《あら興味の無い者には本当に喋らないわよ、だって時間の無駄ですもの。彼女達なら特に、お茶会に招いたとしても直ぐに解散なさる筈よ》
『でしたら大丈夫ですね、1時間は確実におりましたし、またお誘いも頂けましたし』

《なら大丈夫よ、もう、可愛い子ね》
「んー、汗疹まみれにさせますからね」

《はいはい、よしよし》

 いつもは、とても大人なのに、こんなに愚図って。
 そんなに不安だったのなら、言ってくれれば。

 あぁ、我慢していたのね。
 前と同じ様に1人で耐えようと、無自覚に、無意識に。

 ごめんなさいアーチュウ、アニエスの気持ちが変化するには、もう少し掛かりそうだわ。



『それで、アニエス嬢はそのまま眠ってしまったんだね』
《そうなの、だからごめんなさいベルナルド、アナタの事は、もう少しゆっくり進めるべきだと思うわ》

『そうだね、伯爵令嬢すら追い込まれたら失神したり泣いたりするんだ、なのに。アニエス嬢は本当に良く出来た子だよ、本当に』

 あのカサノヴァ家が支援し、手ずから育てた子、アニエス。
 だからこそ期待してしまっていた、大きく、彼女の身に余る程に。

《申し訳御座いませんでした》
『いや、君の早る気持ちは良く分かるし、僕も少し期待し過ぎてしまっていた部分が有るからね。単なる男爵令嬢の部分も有ると、もっと意識すべきだった』
《それは私もですわ、バスチアン様の選んだ令嬢なのだからと、過剰に期待してしまっていたんですから》

『爵位をそぎ落とせば、単なる少女だと言うのにね、君もアニエス嬢も』

 アーチュウに弱い部分が有り弱点も有る、そしてミラにも、いずれ生まれる子供にも。
 そこも鑑みた上で人を動かさなければならない、強みと欠点を理解してこそ人を動かし、世を動かせると言うのに。

 自らを見本に出来無いのは、僕の最大の弱点であり欠点だ。
 自らの弱点と欠点から計画を立てたバスチアンとは、本当に真反対で。

《ベルナルドには悪いけれど、暫くバスチアン様にもご指導して貰うのはどうかしら》
『僕もバスチアンの事を考えていたんだ、良いと思うけれど、どうかな』

《はい、それがアニエスの助けになるなら》



 愚図って眠り込むだなんて、本当に何年ぶりでしょうか。
 お夕食は部屋で頂き、翌日。

「先日はすみませんでした、動揺しましたが今はもう」
《その事なのだけれど、今度はバスチアン様にもご協力頂こうと思って、ベルナルドには既に了承を得てるわ》
《あぁ、俺には補佐が難しい面でもある、どうか宜しくお願い致します》
『僕で良ければ、はい』

 もう、すっかり許してしまっているので私は構わないのですが。
 アーチュウ様は、気に、なっているのかどうか分かりませんが。

「はい、宜しくお願い致します」

 確かに商売には非常に有効です、それこそ家族にも教えられる事が出来れば。
 ですが。

《伯母様、なんのお話なんですの?》
《貴族の難しい言い回しについて、ね》

《あぁ、そんな事も分からないんですの、お可哀想に》

 どうやら私がアーチュウ様の婚約者だと、流石にバレてしまったらしく。
 思い切り敵視されてしまっていますが。

 この嫌味もまた、微妙に攻め難い良い回しでして。

『そうだねルージュ、だから君も分かる事は惜しみなく教えてあげておくれね、それも上位貴族の役目だからね』

 流石メナート様、一枚上手でらっしゃいます。

『そうだね、僕からも頼むよ、ルージュ嬢』

《はぃ》

 そしてどうやら、シリル様の事を王太子だとは思ってらっしゃらないと言う、非常に緊張感の有る状態なのですが。
 皆様、静観してらっしゃるのです。

 分かりません、どうしてそんなに落ち着いていられるのか。

 あ、もしかし私が試されているのでしょうか。
 かも知れません、私からご忠告差し上げられる機会が有れば、是非にも言わせて頂きます。

 きっと、ショックで寝込んでしまうでしょうから。



「あの、ルージュ様」

 嫌い、大嫌い。
 アーチュウお兄様を奪う女、メナートお兄様をおかしくさせた女。

 成り上がり男爵令嬢の分際で、嫌い。
 大嫌い。

《何よ!付いて来ないで!》
「お怒りはご尤もなのですが、大事なお話が有りまして」

《私には無いわ!》
「そう言わずに、後々に後悔を残さない為にも」

《それはコチラのセリフだわ!男爵令嬢の分際で騎士爵からの婚約の申し込みを受け入れるだなんて!恥を知りなさい!》

「仰る事は大変理解出来ますし私が赤の他人でもそう思うのですが、少し事情が有りまして」
《言い訳なら結構よ!さっさと破棄してココから》
『ルージュ、伯爵令嬢が何を怒鳴っているのかな』

《メナートお兄様、この方が》
『君は暑さにやられて伯爵令嬢としての冷静さを失っているみたいだね、休もうルージュ、昔みたいに本を読んであげるよ』

《ですけど》
『大丈夫、君が良い子である限り、私は君の味方だよ』

《分かり、ましたわ》
『良い子だねルージュ、さ、部屋に行こう』

 多分、昨日のお兄様は変な毒を盛られたか、それこそお酒を盛られて支離滅裂な事を仰ってただけ。
 だって、いつも通り、優しいお兄様に戻ってらっしゃるんだもの。

 大丈夫、アレは悪夢。
 変な白昼夢だったんですわ。



「凄い、流石、御者で近衛でらっしゃる方。何処かで見たなと思ったのは、あの暴れ馬の件で御者をやってらっしゃったからなんですよね、失念しておりまして大変申し訳御座いません」
『いえいえ、コレと言った特徴も無いですし、地味な顔立ちですから』

「だとしても」
『ふふふ、それにしても暴れ馬の件で思い出すだなんて。ルージュが暴れ馬に見えましたかね』

「あっ」
『ふふ、構いませんよ、僕もそのつもりで宥めていましたから』

「すみません」
『それより、何を言おうとしてらっしゃったんでしょう?』

「その、シリル様について。悩んだのですが、もし後から知って寝込まれては可哀想だな、と。もしかすれば立ち直れなくなってしまわないか、と、お話を聞いて頂けたら言おうと賭けていたのですが」
『賭けに負けましたね』

「はぃ」
『実はシリル様も賭けてらっしゃったんですよ、アナタの言葉に耳を傾けるかどうか、傾けなければ間に入れと言われていたので入らせて頂いたんです』

「あぁ」
『お気になさらず、彼女が選んだ事ですから』

「でも、まだ」
『我こそは伯爵令嬢だと自負するなら、そう行動すべきなんです、下位からの声掛けと言えど勇気を持って話し掛けられた時点で、人として本来は聞くべきなんです』

「それでも、いってらっしゃる事は事実も含まれますし」
『大丈夫です、それ以上は伯爵家の教育に対して口を挟む事になりますから。大丈夫です、分かっていて敢えて、ですから』

「そんなに、伯爵家の教育は」
『ご心配には及びません、彼女を潰さず生かすとのシリル様のご命令も有りますから、大丈夫ですよ』

「近い」
『ふふふ、本当にウブか怪しんで失礼しました、下世話な事に動じない方って意外と稀有なんですよ』
『メナート、私は嫉妬しないしアニエス様に非常に迷惑なだけですから止めなさい』

 僅かにでも好意が有れば、意識されていれば問題無い距離に入ると、どうしても警戒されてしまう。
 この距離を保たれるのは、珍しい。

『僕、あまり警戒されない方なんですけどね』
「あの、失礼ですが、だからこそ、でして。親し気に近寄る方は全て詐欺師だ、と教えられておりまして」
『ぐっ、詐欺師、見抜かれているなメナート』

『うーん、寧ろコレなら、騎士爵に嫁いでも問題無い資質だと思いますけどね』
「そんな滅相も無い、もっと厳しく見定めて頂いてボロ布の様に評価頂いても構いませんので遠慮なく仰って下さい、皆様にも私にも」
『私もそれを練習しているんだが、地味に腹筋を使いますが、どうでしょうかアニエス嬢』

「あ、はい、単に抑えるだけでしたら簡単なのですが。しっかりと聞こえる様に細く長くとなると、緊張して喉が締まってしまいますので、どちらかと言えば喉よりお腹に意識を向けていますね」
『成程』
『アニエス嬢は、どんな殿方が良い、とかは考えたりはしなかったのかな』

「家を傾ける程に愚かでは無くて、私には嘘を言わない、言っても優しい嘘で、私にとっては臭くない方。でしょうかね?シャルロット様は?」
『童貞なら何でも良いですね』
『じゃあ僕は童貞です』

『ふっ、行きましょうアニエス嬢』
「あ、はい、失礼致しますね」

 本当に、童貞の所作を勉強しないといけないかも知れない。
 このままだと僕は、アーチュウの様に土台にすら上がれそうも無いんですから。
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