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第1章 始まり。

15 シリル・ルフワ。

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『ミラ、すまないけれど婚約破棄させて貰うよ』
《承知致しました》

『そしてアニエス、今日から君が僕の婚約者だ』

 場は全て整った。
 どう足掻いても抱けないミラとの婚約破棄、いざと言う時の為のスペアにマリアンヌ、そしてアニエス。

 コレで完璧だ、僕の人生は僕のモノになる、自由になれる。

「丁重にお断りします」

『そう、それは何故かな』
「既に他に心に決めた方が居るので」

『そう、相手は何処の誰かな』
「アーチュウ・ベルナルド騎士爵です」

『けれど、彼は既に既婚者の筈だよ』
「いえ、何の事でしょうね?ミラ様」
《そうね、今日、ココにいらっしゃるそうですし、お呼び致しましょうか》



 私がミラ様と共にシリル様からご説明頂いたのは、バスチアン様がお産まれになる前にまで遡りました。

《アーチュウ・ベルナルド、参上致しました》
『確か君は遠方で訓練を指導している筈では』

《はい、ですが赴任期間が終わりましたので帰還致しましたが、何か問題でも》

『君に婚姻歴は』
《全く御座いませんが、何か》

 ざわめく大臣達に貴族。
 しかも、更に遠くには民衆まで。

『マリアンヌ、と言う名に覚えは無いかな』
《警備隊本部の目の前に有る食堂のお嬢さんだと、コチラのアニエス嬢に紹介されましたが、学園の特待生だそうで》

『それで、君は彼女とどんな関係なんだろうか』
《惚れ込みましたので、護衛しながら口説かせて頂いている最中でした》

『惚れ込んだ』
《はい、俺は学園内でミラ様の警護に付いておりました、その際にアニエス嬢に惚れ、護衛もさせて頂きました》

『なら、ミラの指示かな』
《いえ、王命を頂きました》

『では何故、護衛に付いたんだろうか』
《バスチアン王太子殿下が彼女に言い寄ったが為に、彼女はあらぬ妬みを買い、護衛せざるを得ない状況に至ったからです》

『僕のせい、かな』
《はい、ですので王命により王太子を降りて頂き、廃嫡となります》

 この宣言に真っ先に抗議の声を上げたのは、バスチアン様の母君。

《その女に唆されたのよ!》
《事実無根の謗りは止めて頂きたい!》

 低いお声でらっしゃるのに、バスチアンの母君よりも何倍も大きい声。
 本当にカミナリが落ちた様に、今でもまだビリビリします。

《だって、ウチの子は》
『いい加減にしてくれないか、母さん、そもそもどう見たって僕は王の血が入って無いじゃないか』

《そんな、違うわ、アナタは私に》
『アナタにもそこまで似てない、寧ろ今、真っ青になっている貴族に凄く良く似ていると思うんだよね』

《違う、違うの》
『さ、おいで下さいミシェーレ枢機卿』
「わ、ワシは違う、そんな不貞を、面前で、有りもしない事を」

『僕、ずっと調べていたんですよ、お兄様にどうして会えないのか、どうしてお兄様の事を何も言わないでお姉様達が僕を可愛がってくれるのか。だっておかしいじゃないですか、子供の頃からアナタにも王様にも似ていないのに、僕に優しくて冗談でも兄とは比べないなんて。姉達は似てるだ似てないだと争うのに、僕だけは何も言われない。王室で育てられられたからじゃない、子供って意外と分かってるんですよ、大人が思うよりずっとね』

《違うのよ、王もお姉様達も》
『来ないなら僕が行きますよ、ミシェーレ枢機卿』
「違う、来るな、来ないでくれ」

『ほら、皆さん見比べて下さい、どう見ても他人には見えませんよね』

 民衆からは遠くて見えないかも知れませんが、私達の目に入るハッキリと映っております。
 とても良く似た親子だ、と。

「ち、違う、私は枢機卿だ、不貞など、コレは他人の空似だ」
《そうよ、王様に似ていないからって》
『なら、僕の子は王室の誰かに似る筈。産んでくれるね、マリアンヌ』

 やはり致してしまっていたんですね、バスチアン様とマリアンヌ様。

《巫山戯ないでよ!アンタが王子様だって、王様になるからって妾でも良いって言ったのに!貴族の礼儀作法だって!頑張って覚えたのに!!》

『辛い思いをさせてすまなかったね』
《冗談じゃないわよ!フォークの使い方にスプーンの上げ下げ!確かに貴族を舐めてたわよ!椅子に座って楽してるんだろうって、でも、全然違った、礼儀作法にも意味が有るし、お茶会の意味も、ドレス選びも、全部、楽出来ると思ってたのに!何なのよ!》

『もう良いんだよマリアンヌ』
《アンタなんかと一緒にいたら余計苦労するだけじゃない!誰がアンタの妾にすらなってやるもんか!死ね!死んじゃえ詐欺師!》
《違うの!本当にウチの子は王様の》

《良く見なさいよクソババア!どう見たってこの男に髪も何もかも似てるじゃないの!》
《違うの!ウチの子は本当に、そうなの、王様のお母様やお父様、祖父母に》
『似ていないんだよ、そこに飾られているのは偽物、僕の為に王様と王妃様が用意して下さったんですよね』

《そんな》
《私もう帰る、さようならバスチアン》

 彼女は床に唾を吐くと、本当に出て行ってしまった。
 最後に会った時ですら疲弊したお姿でしたのに、更に痩せてらっしゃいましたので、本当に限界だったのでしょう。

《違うの、違うのよバスチアン、本当に》
『ココまで見て、不思議だと思いませんか、社交が不得手で特に欲の無い母がどうしてココまで言い張るのか。多分、母は薬を盛られ、母も騙されていたのだと思います』
「一体、何を根拠に」
『物語の犯人って、大概は言うそうですね、一体何を根拠にって』
「ガーランド侯爵令息、ご無事でらっしゃったのですね」

『はい、何度も抜け出そうとして、とうとう父が折れてバスチアン殿下からご説明頂けました』
「すみませんでした、バスチアン様」
『良いんですジハール侯爵、それにもう僕は王太子では無いんですから、単なるバスチアンとでも好きにお呼び下さい』

 ジハール侯爵は、全て知ってらっしゃったからこそ、守る為にご説明なさらなかったのですね。

『失礼しました枢機卿、話を戻しますね、根拠も証拠も有ります』

「その本が何だと」
《私の、日記が、どうして》
『はい、コチラには初夜前後の事が書かれています、ココに嘘がなければ間違い無く、初夜の直前にアナタと会っているんですよミシェーレ枢機卿』

「お前、あれだけ日記は残すなと」
《だから焼いたわ、ちゃんと焼いたのに》
「私が事前にすり替えておいた偽物を焼いたに過ぎない、では何故すり替えたか。どうしても時間が合わないんです、アナタが初夜を迎えたとされる時間に、私は王と会っていたのですから」

「そんなのデタラメだ」
『どうなんでしょうか、王』

『先ずは、バスチアンに謝罪したい、すまなかった』
『いえ、赤の他人の僕に教育を施して頂いて感謝のしようも御座いません、ですが騒動を起こし、申し訳御座いませんでした』

『いや、元は妻にもう子が産めぬだろう、そうした事から欲が出てお前を育てたのが始まりだった。すまない』
『いえ、それより、どうかご説明をお願い致します』

『私には、元から不眠の気が有ったんだ、だからこそ様々な薬草や呪いも試したが。最初は効いていても日増しに効かなくなり、月毎に薬草を変え妻を抱き、何とか眠れている状態だった。だからこそ当時の私にはねミシェーレ枢機卿、眠り薬は効かないんだよ、勿論媚薬もだ』

《でも、王は私の寝室へ》
『すまないが、そこのジハール侯爵と妻に立ち会って貰い、君の服を乱し部屋を出たに過ぎない。そこも謝罪させて欲しい、元はミシェーレ枢機卿の魂胆を暴く筈が、私達も息子を愛してしまったんだよ、バスチアンをね』
『だから僕は何度も言いましたよね、僕に王太子は不適格だ、市井に降りたいと。なのにアナタはミシェーレ枢機卿の言いなりになり、僕を王太子の座に留まらせた』

《でも、確かにアナタは産まれたわ》
『王を唆す事が上手くいかなかったミシェーレ枢機卿に抱かれ、僕を孕んだからですよ』

《そんな、だってそんな筈は無いわ、彼は私を妹のように思っていると》
『若い女を安心させる常套句だったそうですよ、僕に似た姉妹兄弟の面倒を見ているそうです、奥様が』
「違う、そうじゃない!あ、アレは拾った子供で」

『奥様にお会いしました、僕が名乗った瞬間に全てを悟り、お話頂けました。以前から、若い女に産ませた子を拾ったとして自分に面倒を見させていたのは分かっていた、と』

「そんなのは、嘘だ!」
『全員、連れて来ましたが、ココで子供にまで苦渋を舐めさせますか』

 ミシェーレ枢機卿が崩れ落ちると同時に、か細くも繊細な笑い声が、何処かから聞こえて来ました。

《ふふふ、良かったわねバスチアン、ずっとアナタに弟をあげたかったのだけれど、腑甲斐無い母親でごめんなさいね》
『良いんだよ母さん、母さんは何も悪くないんだから』

《会いに行きましょうバスチアン、きっとアナタに似て良い子達の筈よ》
『そうだよ、凄く良い子達なんだ、先に行って挨拶してきてくれないかな』

《もう、本当にアナタは恥ずかしがり屋さんね》
『すまない母さん、頼むよ』

《しょうがないわね、直ぐに来るのよ?きっと皆待ってるわ》
『ありがとう母さん』

『すまなかった、バスチアン』
『いえ、どうか騒動を起こした僕に罰を、王室を貶めようとした僕の本当の父親に厳罰をお願い致します』

「ち、違うんです王、私は、あの女に」
『子の為に、どうか潔く認めてはくれまいか』

 良く物語では、悪人が最後まで悪足掻きをするモノですが。

「どうか、子供には」
『私を、私達が育てたバスチアンを信じてはくれまいか』

 いつでも、首を落とされても構わない。
 そんな気迫が漂うバスチアン様の背を、ずっと見つめ。

「大変、申し訳御座いませんでした」

 後に、枢機卿は独白録をお書きになるのですが。
 バスチアン様が立派に育ったと思ったからこそ、ココで素直に罪を認めたそうです。

 血では無く教育なのだ、と。

『バスチアンを廃嫡し、シリルに王太子の称号を授ける!シリル、入りなさい』

 病弱だったとの噂を一蹴する颯爽たる入場に、完璧な礼儀作法。
 そして何より、王様と王妃様に良く似てらっしゃる。



『命により参上致しました、お久し振りです父上』
『すまなかった、ずっと日陰ではさぞ憂鬱であったろう』

『いえ、落ち着いて国政について学べましたし、学園なるモノの弱点についても考える頃が出来ましたので、非常に有意義な時間を頂けたと思っております』

『そうか』
『すまなかったねバスチアン、王太子の教育は大変だったろう』
『いえ、過分なお言葉、恐縮で御座います』

《王よ、進言させて頂きます》
『あぁ、本物かどうか、か』

《はい、我々は幼い頃のシリル様しか知りませんので》
《いや、俺は知っていますが、証人が俺では不満ですか不出来な令嬢をお持ちのプッチ伯爵。先ずは他人の子供に口を出す前にご自分のお子さんを教育なさったらどうですか、このアニエス情が嫌味を言われるだけで注意されず非常に困惑しているのを、ミラ・ジーヴル侯爵と何度もお見掛けしましたよ》

《本当に、私もシリル様にお会いした上でコチラに居ると言うのに、想像力が無いか察しが悪いか両方か。伯爵の選出方法をもう少し考えるべきかも知れませんわね》
『あぁ、そうだなジーヴル侯爵。今、先程、血筋等は些末な事だと分かって貰えた筈が、コレではな』

《そっ、ですが王》
『元はバスチアンの成人の際、王太子を交代させる筈だったんだが、子供を侮ったが故にこうなってしまった』

『僕はその相談も受けており、随分と愚か者が増えてしまったので、コレを期に再教育をと持ち掛けたんですが。バスチアンには参りました、ココまで策士だとは、無闇に市井に放つのは勿体無いとは思いませんか、ミラ』
《そうね、すっかり見直してしまいましたもの》
『すみませんミラ様、アナタに惚れてらっしゃったシリル様がいずれは必ず取り戻しに来る筈だと。だからこそ、もう嫌になってしまったんです、偽りも貴族も何もかも。幾ら王室の方が優しく優秀でも、愚かな僕を祭り上げようとする愚か者が集まってしまいましたから』

『だからこそ、大人に、せめて僕に相談してくれれば良いモノを。君は本当に愚かな弟、まさに愚弟だよ』

『そのまま去れば、シリル様のお気持ちを少しは和らげる事が出来るかと思っていたのですが、浅はかでした、申し訳御座いません』
『血の繋がりが無くとも、君は同じく父と母に育てられたんだ、君は今でも僕の弟だよ、バスチアン』

『ありがとうございます、シリル様』

(あの、アーチュウ様)
(どうしたアニエス)

(あの、コレ、何処までが本当なんでしょうか)

(知りたいか)

(私の身が危うくならない程度でお願い致します)
(なら、半分だな)

(参りましたね、余計に気になってしまいました)
(守ってやるから俺の妻にならないか、アニエス)

『んん、アーチュウ、婚約もしていない子女に近付き過ぎじゃないかな』
《シリル様、皆様!俺はアニエス嬢に婚約を申し込みたい!ですが男爵令嬢と騎士爵!本当に問題が有るとするならご意見を、認めて頂けるなら拍手をお願い致します!》

 コチラの拍手が民衆に伝わる頃、俺がアニエスの前で膝を付き、シリルがミラの前で膝を付くと。
 更に民衆から大きな拍手と共に、大きな歓声が巻き起こった。

(あ、コレも計画のウチですか?)
《アニエス、先ずは返事を》
《そうね、コレは私達が受けるまで、こうするつもりよ》
『うん、そうだよ、流石ミラだね』

 四方八方に散らばった包みを回収する方法は1つ、不都合な部分は隠しつつ、大雑把にも一纏めにする。
 シリルの考えた作戦は、バスチアンの策に更に便乗し、俺達の婚約を呑ませる事。

 本当に、ミラ様の事しか考えていない、王に相応しいか疑わしいヤツだが。

《しょうがないですわね、先ずは婚約だけ、ですわよ》
『ありがとうミラ、絶対に幸せにするよ』

 常識的で良識の有るミラ様が相手なら、大丈夫だろう。

「破棄も有る、婚約でお願い致します」
《分かった、結婚したいと必ず言わせる》

 コレは、まだ始まりに過ぎない。
 結婚に至るには、もう1年は待つ必要が有る。

 差し当たっては次の章こそが、婚約編、だろうか。

『よし、じゃあ歓声に応えに行こうか』
《そうね、行くわよアニエス》
「えっ、私は」
《抱えて行くかアニエス》

「いえ、行きます」
《巻き込まれてくれた事に感謝する、アニエス》

「もう何事も無いと良いんですけれどね」
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