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第1章

29 緑色の薔薇。

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 なんやかんや有って、やっとフィンランド。
 まぁ、天候にも恵まれたから早く着いた方、らしいんだけど。

 長かった。

《先ずは宿に行こうか》
《洗濯物も溜まりましたし、ソチラも溜まっているでしょうしね》
「怖いわ、溜めてた分の解放が怖い」
『手加減する努力はするよ』

 爽やかな笑顔だけど、内心は失神しなきゃ良いだろうとか思ってそう。

《程々でお願い致しますね、でないと本気で2人で逃げますから》
「ありがとうキャサリン」

《取らないで?》
《取ってませんし取る気も無いのでご心配無く》
「あそこは?」
『あぁ、あの家紋なら問題無い筈ですよ』

 宿には旗が掲げられてて、中でも信用度が高いとされるキャラバンの家紋が幾つか有って。
 要は御用達って事で、あんまり信用度が低い客は満室だって断られるらしい。

 今まで断られた事は無いけど、緊張するよね。

《2部屋で宜しいでしょうか》
《うん、お願いします》

《畏まりました》

 船を降りた時より、ホッとする。
 流石に異国で野宿は嫌だし、安宿は床がギシギシし過ぎて本当に嫌なんだよね、床抜けそうな音がするんだもんマジで。

「はぁ」
《はいはい休む前に先ずはお風呂に入って下さい》
《今日は先に入りなよキャサリン、少し洗濯してから入るし》

《では遠慮無くお先に失礼致します》

 使用人用の大浴場と、部屋付きの個室風呂が有るんだけど。
 ウキウキ、本当に好きみたい、女体。

《さ、洗えるのから洗っちゃおう》
「はーい」

 この宿の設備も、美味しい食事も全部、先人達のお陰。
 有り難いと思う反面、自分もこんな風に役に立ちたいなとも思う。

 でも、それが本当に思い当たらないんだよね。
 申し訳無いな、こんなのが転生しちゃって。

《また溜息、どうしたの?》
「いやさ、役に立つ様な頭を持って無いから、申し訳無いなと思って」
『イーライ』

「だってさ、他にもっと」
『私達の役に立っているとは、思えないんだろうか』
《それに、実務に関わる事だけが役に立つ事でも無いと思うよ?監視役や見回りも、立派なお仕事じゃない?》

 そこは本当に、そう思う。
 でも。

『やっと自由に動ける様になったんだ、ゆっくり、なすべき事を見極める為にも、一緒に考えていこう』
《それこそクレア・セシルとしての人生も、僕らだってイーライが居なかったらどうなってたか、僕らにも考える時間は欲しいからね?だから焦らないで、1つずつ、一緒に考えよう》

 無能だからか、弱いからか。
 本当に、もし2人に出会わなかったら、好いて貰って無かったら。

 いや、流石に陛下が何とかしてくれるか。

 うん、だよね。
 だってもし何も手助けが無かったら、不満しか無かったら、どうにかして魔王を誘い出して一緒に自爆するとか考えてたか。

 次に賭けて自死か。
 危ういな、転生者。

 けどアレか、転移者もそれは同じか。

「よし、洗い物してお風呂に入って、ご飯を食べてからまた考えよう」



 どうして、こんな事に。

「ほら可愛い」

『ガブリエラ、笑いものにする為なら』
「微笑んでる様に見えないか、すまんね」

『あ、いや、別にそう言うワケでは』

「美点とまでは言わないけれど、特技だとか、良い部分だと思うけどな」

『女装が、ですか』
「おう、良いじゃないか、どうしたって私は似合わないんだし」

『そもそも見て無いので、判断しかねるんですが』

「だってこの体だぜ?」
『ちょっ』

「ほれ、しっかり見て判断しなさい」

 確かに、凡そ女性とは思えない体付きの良さ。
 腹筋は幾つにも割れ、肌の色は健康そのもの。

『その、確かに、イブニングドレスは少し似合わないかも知れませんが』
「アフタヌーンドレスもだよ、布で隠しても筋肉は隠せない、もう女装にしか見えないんだけど。マジで見たいか?萎えるぞ絶対」

『ですけど、人を選ぶには外見だけでは』
「ライアン、剣術部顧問のゴライアス教員そっくりの女を抱けるなら、君はその道で生きた方が良い」

 そうした女性も居るかも知れないと言うのに。
 思わず眉をひそめてしまった。

『すみません、ですが』
「いや、どうにも信用ならないなら無理にとは言わない、君の事を理解してくれるだろう普通の女性も居るワケだし。私の為を思う必要は無いよ、元は孤独に生きるつもりだったんだし、偽装だけなら相手を選ばなければ居るしね」

『僕を理解する女性、ですか』
「渡されたそうじゃないか、ラブレター、婚約を受け入れられたのかどうか尋ねられたよ」

『あぁ、ですけど事情を知らないでしょうし』
「なら、知っているなら構わないんだろ」

 騎士職の者は表情に出易い。
 その噂とは裏腹に、ガブリエラの表情は全く読めない。

 単に飄々としているだけか、隠しているのか。

『何も、アナタが嫌と言うワケでは』
「嫌とは言わないだけで、君が無理している様にしか見えない。苦しめる気は無い、嫌なら嫌とハッキリ言ってくれて構わないんだが、優しいな君は」

『違います、その、どう反応すれば良いのか』
「謙虚なのか何なのか分からないんだが、褒められたら嬉しく無いのか君は」

『流石に女装は』
「なら何処を褒めて欲しいんだ?」

『それも、別に』
「顔が良い、声も良い、頭も良くて優しい。まぁ、褒められ慣れているから利かないか」

『そんな事は』
「女装が嫌なんだな、悪かった、着替えてくれて構わない」

 酷く落胆したような、すっかり興味を失った様子に、不満が出そうになってしまった。
 彼女は何1つ間違えた事は言っていないし、貶したワケでも無いのに、僕は。

『本当に』
「あぁ、出て行くよ、すまない気が付かなくて」

 彼女は持ち前の俊足で足早に部屋から立ち去ってしまった。
 そうして残されたのは、男装の侍女と女装した僕。

《お脱ぎになられますか?》
『はい、お願いします』

《僭越ながら、本当に良くお似合いだと思いますが。お嬢様の事がお気に召しませんのでしたら、どうぞご遠慮無くお断り下さい、無碍にされるより遥かにマシですから》

 無碍にしているつもりは無かった。
 けれど、確かに褒められても喜ばず、それこそ相手を褒める事もしない。

 コレではまるで、イーライ令息の元婚約者と同じ事を。

 そう思うと、途端に罪悪感が湧き出て来た。
 話が分からない相手でも無い筈なのに、僕は、不安や疑問しか口にせず。

 褒め返す事も、信用しようともせずに。

『すみません、戸惑いが先行してしまい』
《そうですか。解き終えましたので、では失礼致します》

 それから毎日の訪問が止み、いつも通りの静寂が訪れた。



『お忙しいですか、ガブリエラ』

「婚約を断っても、近衛の仕事に問題は無いとお伝えしたかとは思いますが、何か御用でしょうかライアン子爵令息」

 流石に女装させるのが早過ぎたのか、凄い躊躇われたし。
 あまり圧力を掛ける様な事はパワハラモラハラになるし、卒業まで時間は有るし、生徒からの相談もそこそこ多いし。

 だからまぁ、顔を合わせない日が幾日か有ったんだけど。
 その間に、何か問題が有ったんだろうか。

『いえ、ただ、お忙しいのかな、と』
「まぁ、何かご相談ですか」

『はい、少し』
「成程、では誰に同席させましょうか」

 口説いてたけど、感触はあまり良くなかったし。
 元は生徒と教師だからね、学園内の事なら立ち会いが必要になるんだわな、面倒。

『その、個人的な事なので』
「あぁ、ならケントで良いですかね、アイツ、口は固いですから」

 バリカタ、マジ粉落としも真っ青の硬さで。

『いえ、なら良いです』
「他の方でも構いませんよ」

『いえ、もう良いです、ありがとうございました』

 何だ、何で不機嫌なんだ。
 あ、もしかして騎士職が嫌なのか。

 なら書簡を返してくれるだけで十分なんだけど、まぁ良いか。



「で、何で俺に相談しますかね?」

『元は君が関わらせた相手じゃないか』
「まぁ、そうですけど、喧嘩でもしたんすか?」

 ほら、言ってくんないじゃないっすか。
 愚痴なら幾らでも聞きますけど、文句は、何の文句が有るんだろ。

『僕は、誂われてるんじゃ』
「無いっすねそれは、そんな時間が有るなら鍛えろって罰せられますし、本当に殆ど鍛えるか一緒になってダラけるかで。もしかして俺との事疑ってます?」

『いや、それは無いんだけども』

 即答された。
 イーライにも言われたけど、俺、そんなに魅力無いのかな。

「つか喧嘩っすか?」
『いや、違うんだ、そうじゃ無いんだけれど。どうしたら良いのか、どう思えば良いのか、分からなくて』

「まぁ、暴れ馬より強そうって有名だったんすもんね、そりゃ女に見えない格好だし。マジ強いし」

『だからと言って、そんなにモテないんだろうか』
「あ、いや目茶苦茶モテてますよ、ただ好みが合わないのか誰も受け入れ無かったんすけど。先輩ならまぁ、確かにって感じっすね、言い寄られてたのってゴリゴリに男臭いのばっかで、ぶっ殺したいとか言ってたし」

『それは、僕が男らしく無いから』
「いや男らしいじゃないっすか、相手の名節を未だに守ってあげるとか、俺には無理っすもん」

『その、僕の外見が』
「まぁイーライ系統ですけど、そこまで弱そうでも無いっすよ?」

『本当に、何が彼女の琴線に触れたのか』
「そこも話し合って無いんすか?」

『いや、僕が、納得出来なくて』
「なら断れば良いじゃないっすか、アレは俺も無理っすもん」

『けれど、中身に問題は無い筈で』
「いやだって抱けます?無理っしょ、体格が男っすもん」

『それは、前から、なんだろうか』

「あー、みたいっすよ、俺が出会った時は既に男子かよって背中してましたし。背中に東洋の鬼を浮き上がらせるのが目標だ、とか言ってましたしね」

『鬼』
「はい」

 動くの大好き運動大好き、鍛えるの超大好き。
 けど家はバリバリに淑やかな子爵家の長女、躾け直しの為に祖父が呼ばれて、逆に家から引き離して融通の利きそうな家に養子縁組させて。

『そんな経歴が』
「まぁ本人は全然気にしてませんけどね、生まれる家を少し間違えただけだって、良く有る事だからお前達も好きに生きろって言われましたし」

『そう』
「だからまぁ、嫌なら嫌って言って大丈夫ですよ、最悪はウチの祖父も出しますし。つか手紙に書いておきましょうか?」

『いや、良いんだ』
「先輩は良い人だって分かってるんで、無理しない方が良いっすよ、あの人は1人でも生きていけるだろうし、先輩の人生の方が大事なんすから」

 もし、明日にでも独りぼっちになると思って鍛えろ、とか言う人だし。
 ガブリエラさんなりに、先輩に優しさを見せただけかもなんだし。
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