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更に更に、その後。
観劇。
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「下品」
つい、毒を吐いてしまった。
そして隣のご婦人に聞かれていたらしく。
《分かるわ、もっと期待していたのに、ねぇ?》
『本当、平民ならまだしも、私達貴族がコレでは国が傾いてしまう』
「ですけど平民が考えた事なら、下品と言う事こそ下品かと。だとしても、大変失礼致しました、つい出てしまって」
《良いの、それより確かにそうね、平民の作家なら分からない事が多いのも仕方無いわ》
『それでも後援者が居る筈よ、それこそ貴族の後援者が、関わりたく無いものだわ』
「ですが危険を避ける為にも、私は知りたいですわ、どんな方が後援者なのか」
『確かに、そうね、ダメね、興奮し過ぎたわ』
《アナタとは楽しいお茶が飲めそうね、気分転換にも、ご一緒しません?》
「ありがとうございます、では少し後で、このまま少し関係者を探ろうかと」
『ぁあ、ならココの裏口を教えるわ』
《その通りの向かいのお店で待ってるから、何か有ればいらして、直ぐに駆け付けるわ》
「ありがとうございます」
立ち居振る舞い、服装、服飾品からして私と婦人達は似た席へと通された。
舞台の采配者、と言うか劇場の管理は良いのに、中身がコレはちょっとね。
《あの、何か》
「今回の公演について詳しくお話出来れば、と」
《寄付や支援についても考えてらっしゃるそうです》
「宜しくお願い致しますわね」
こう言う時のハンドキス、紋章入りの指輪を見せる為なのよね、と。
《ぁあ、この印章は、確か有名な》
「いえいえ、とんでもない、ハプスブルク家でも末席に居りますので。寧ろ近しいのはブルボン家ですわ」
《王族の侍女をやってらっしゃった》
「あらフランソワをご存知で、もしかしてお世話に?」
《いえいえとんでもない、寧ろ彼女をお呼び出来るかどうかで。いえ、お話はコチラで》
「いえ、少し友人と待ち合わせていまして」
《ですのでご挨拶を、と》
《であれば明日にでも、その、どちらかにご滞在で?》
《まだ決めておりませんので、ココでお伺い出来れば、と》
《それはそれは、でしたら明朝までには、コチラで、全て用意させて頂きますので》
「急でしたものね、であればどちらに、滞在先をご連絡すれば宜しいかしら」
《私めで、劇場の副支配人をしております、ウィリアム・マーロウと申します》
何か、聞き覚えが有る様な。
「初めまして、ローシュと申します。それで今回の」
《ぁあ、クリストファー・シェイクスピアは生憎と今は不在でして、申し訳御座いません》
「分かりました、ありがとうございます、では」
コレは、寧ろ想定すべきだった事が既に起きているかも知れない、そう考えるべきだったのに。
《ローシュ、先程の名は》
「ウィリアム・シェイクスピア、そして17作品を共作したとされる者の名はクリストファー・マーロウ、彼らの名前が意図的に入れ替えられてるのか偶々なのか」
《それだけ、ですか》
「夫が、元夫が転移転生している可能性を考えるべきだったのに、私」
《先ずは深く息を吐いて下さい、それからゆっくり、吸って下さい》
私は明らかに呼吸が早くなり、不規則になっていた。
ココでパニック発作はマズい。
呼吸を整えないと。
「ごめんなさい、大昔に話してたの、もし自分が転移転生したらどうするか。それで」
《その時に名乗る名が、クリストファー・シェイクスピア?》
「いえ、ウィリアム・マーロウ、忘れてたの、シェイクスピアの名で思い出したのよ。彼はシェイクスピアに少し詳しかったから、だから」
《殺しましょう、アナタと私の為に》
「けど」
《アナタがここまで動揺している時点で悪です、この悪を超える良さが有るとは思えません》
「待って、落ち着くから、少しだけ待って」
《久し振りにどうですか、一服》
子供を作るつもりで禁煙してたのよね、けど、今は記憶が無い事になってるのだし。
何も無しじゃ無理だわ。
「そうね」
吸って、吐いて。
ダメだわ、全然、落ち着かない。
アレが居ると思うだけで、もう、殺したい。
この世界の何1つ、享受させたくない、例え転生者で人が変わってたとしても。
《アナタに許せない事が有っても、許せない者が居たとしても、私はアナタを優しい人だと思っています。ですからどうか、怒りを表に出して下さい、少しでも》
「転生体だったとしても、ココに存在する事が、許せない」
《何も成していないのなら特に、もし元夫なら情報を吐き出させ、可及的速やかに殺しましょう。アナタと同じ時代に存在している事が、罪なのですから》
「でも正義じゃない、正しく無い」
《なら知りましょう、知って判断しますよ、私が》
「いえ、私も、いえ、そうね、暫くは任せるわ」
《はい》
それからは落ち着きを取り戻し、無事にご婦人達と合流する事に。
「本当にもう、支援をチラ付かせただけで嬉しそうにされてしまって」
《腹立たしさから少し休憩なさっていたんですよ、あまり不機嫌な顔を見せられない、と》
《もう、良いのよ、分かるわ》
『寧ろアナタだけに行かせてしまう形になってしまって、ごめんなさい、絶対に言い合いになる自信が有って』
「いえ、ですけどあの劇場の」
《ウィリアム・マーロウにお会いしたのですが、彼は》
『ぁあ、やっぱりそうなのね』
《彼は次世代の劇場の支配人の候補なの、複数人居るのだけど、今回は彼なのね》
《他の候補は》
『クリストファー』
「シェイクスピア」
《あら、彼の事をご存知なの?》
「いえ、名前だけ」
《今回の脚本は彼だそうで》
『成程ね、最悪だわ』
《そうね、本当。ぁあ、クリストファー・シェイクスピアの信奉者なのよウィリアムは》
『脚本家を目指して劇場に関わっていたのだけれど、まぁ、才能は無いわね』
《内に籠ってるって言うか、弱い男と狂った女ばっかりで、視野の狭さを感じるのよね》
『悪く言って規模が小さい、狭い、直ぐ近くなのに凄い遠いのよね』
《凝ってるのは分かるのよ、言葉も演出も、けど馴染みが悪いって言うか》
「凄く狭められた中で息苦しい、まるでそんな場所に閉じ込められた様な、この世が不幸で当たり前の様な脚本」
《そうそう、今回もそう》
『陰鬱で得るモノが無い、ただただ悪しき見本を並べられているみたいで、ただ不愉快なだけ』
《今までなら平民を描いていたのだけれど、そう、だから直ぐには気付け無かったのね》
『それにしてもよ、確かに、クリストファーが書いた脚本にしか思えないのに気付くのが遅れたわ』
《いつもなら席を立つものね》
「そこなのだけど、脚本家の名前を」
『あの劇場では後出しなのよ、それこそ名だけで名作が埋もれるのは惜しいからと、先々代からの意向なのよ』
《タイトルと出演者だけ、そこが面白いのだけど》
『大外れの日も有るの、だから情報を集めてから行く事が殆どなのだけど、評判が良いから油断してたわ』
「平民の恋愛なら、許されるのでしょうけれど」
『だとしても、もし私の知り合いが同じ事で相談しに来たなら、閉じ込めてでも説得するわ』
《少し離して、他の男を宛てがうべきよね、あんな男に価値なんて》
《私を別にして、男に評判が良いのでしょう、どんなクソ男でも救いが有るんですから》
『ぁあ、それで女が阿った答えを男達が嬉々として流す、成程ね』
《作戦は良いわ、誰かに的を絞るのは正しい、けど》
「下手に広まると悪影響を及ぼしかねない」
《愚か者が正しい見本と成せば、本当に不幸に巻き込まれる者が現れてしまうかも知れない》
《嫌だわ、けど大盛況だったし》
『もう少し評判の篩い分けをしましょう、そして支配人にもお会いしないと』
「お知り合いなのですか?」
『ぁあ、いえ、けど伝手が有るから大丈夫』
《そうそう、他の候補者の事も教えておくわね》
副支配人は5人、次代の支配人の候補者として、舞台の全てを仕切っている。
残る3人は組み合わせを考えたとしても、特に有名な者は居らず。
「ありがとうございます、私の愚痴の延長に付き合わせてしまって」
『いえ、まさか大きな問題になる作品を書くだなんて、駄作だけかと思っていたから』
《良い作品だけが広まるワケでは無い、確かに私も思わなかったもの、考えも及ばなかったわ》
「先ずは影響の範囲を確認しましょう」
《そうね、そうしましょう》
『暫く滞在してくれると言うけれど、何か、他に予定は?』
「実は、少し離れた場所で夜会を、と」
《あら良いじゃない、情報収集にもなるし、協力させて?》
『何を躊躇っているのかしら』
「少し、変わった催しで」
《仮面を付け、庭園で夜会を、と》
《まぁ、淫靡》
「なので限られた者にだけ、既に昼の教会の庭園でお茶会に出た者だけで、催すので」
《場所も人も既に決まっていまして、フィラハをご存知ですか?》
『私が言っていた例の伝手が居るの、フランシス・ベーコン、ご存知かしら』
ミリツァに紹介された、それこそ偶然にも向こうと同じ名と思想を持つ、哲学者。
「確か、教会でのお茶会に」
《御出席頂いていますね》
《あら運命的ね》
『なら話が早いわ、書簡を用意しますので、滞在先へ届けさせますわね』
「それがまだ決めかねていまして」
《もう早く言ってくれれば良いのに、送らせるわ、気に入らなかったら他の場所でも構わないから大丈夫。ザック通りのヨハンの宿なのだけど》
『ぁあ、良い所よ、偶に朝食会に使わせて頂くの。便利な立地だからお勧めよ』
《ありがとうございます、先ずは行ってみましょう、ローシュ》
そして宿屋は商隊宿作り、ローシュの気に入る作りなんですが。
「ありがとう、奥様にココに泊まると伝えておいて」
『はい、では』
『ローシュ、何か有ったんだよね?』
《後で私がご説明しますので、先ずは》
「良いの、このまま食事に行きましょう、早く休みたいから」
《分かりました》
ローシュの元夫かも、って。
『無いかもだけど、ココの本物のシェイクスピアって事は無い?』
「100年後の予定よ?しかも大衆にも受けるのがシェイクスピアだもの」
《何処まで詳細に》
「元夫よりは詳しく無いけれど、好きは好きだから」
《お好きなんですね》
「ココのはクソだけど、それこそティターニアの産みの親よ?大好きよ、逸話も多いし、名作を生み出したご本人なら会いたいわ」
『けど、元夫かもなんだよね』
「どちらかがそうかも知れないし、両方違うかも知れない」
《若しくは彼らの後ろに居るか、存在しないか》
『魂が消滅してくれてれば良いのにね』
「それか輪廻転生の輪から外れてくれてるか」
《そう優しい所が好きですよ》
『うん、直ぐ消えろって思わないのは優しいと思う』
「ほら、消すって意外と大変だから、寧ろどうにか外れてくれた方が神々のお手間も要らないかしらと」
『ほら優しい、自分以外の事も考えてる』
「はいはい、話を戻させて」
《落ち着きましたね、かなり》
「美味しく料理されたお肉は正義だし、お腹が落ち着いたら私もかなり。モストや果実酒も、良い季節に来れて良かったわ」
『ドイツとイタリアっぽい料理なのに、偶にトルコっぽいのが面白いよね』
「そうそう、どう見ても影響を受けてるわよね、向こうに」
《どうしても関わりたくなるのでしょうね》
『けど料理って、正しさとか正史に関係するかな?』
「伝統、続いて欲しい良い文化。けど、仮にウィリアムの名を持つシェイクスピアがココやブリテン王国に誕生したとしても、あの名作が書けるのかと思うと無理だと思うの。違い過ぎるから」
《作家は環境に依存する、と》
「私の知ってる作家や絵画で有名な人って、悲惨な戦争を体験してる事が多いのよ。過負荷で圧縮されて、発露する、それが芸術だったりもするって有名な評論家も言っていたし」
『向こうよりは平和な所は凄く平和だもんね』
「勿論、ある程度平和な時代に生まれた作家も居るけれど、そうした作家とは違う筈。思想だとか女王についてだとかも言及してて、ある意味で社会の不満の縮図らしい、とか聞いたから」
『アレに』
「そう、アレに」
《そうなると》
「揉めてるにしても隣、と言うか下でしょ。しかも100年後、早まったにしても50年後。そしてイングランドで生まれたとしても、彼はそこまで熱心な信者では無かったそうだし、書くかどうか」
『だから正史が大事?』
「流石にティターニアの為に何万人もの犠牲を出したら自分を否定してしまう筈よ、そうした妖精女王では無いもの」
《なら流布させるべきでは、それこそ歪められたティターニアを広められる方が迷惑でしょうし》
「アシャと相談してみて、既にキャラバンでも知って考えているかも知れないから」
《分かりました》
「大丈夫よ、アナタとアシャの事は心配してないけど、気を付けてね」
《はい》
「よし、お風呂に行きましょうアーリス」
『うん、今日はちゃんと加減するね』
思い出したローシュは、やっぱりルツに優しい。
「ふふっ、あの顔、あんなに顔に出てた事って」
『最近だと多いけど、そう見えて無かった?』
「そうなのね……多分、私の先入観のせいね、何処かでルツを否定してたから見えなくなってたんだと思う。泣いた顔を見た時、自分で要求したのに凄く驚いたのよね、まさかルツが泣くだなんて思わなかったって」
『僕が泣いた時は?』
「逆にもう、今まで良く我慢してたわよねって感じ。アーリスなら泣くだろう、とかじゃなくて、どちらかと言えば泣くのがアーリス、泣かないのがルツって感じ」
『ルツは予想外?』
「そうね、しかも涙壺に溜められる程はちょっと、前なら絶対に否定してたもの」
『前って?』
「記憶を失くす前、それこそ泣いて謝られたら一撃だったと思うけど、そんな要求は頭に無かった。けど、泣き顔で許せるかもとは、落ち着いてみるとそうよねって感じ。結果的には泣き顔では許せただろうけど、あの時には絶対に出なかった選択肢なのよね」
『記憶を失くして落ち着いたから?』
「それもだけど、アナタが悲しむ位にルツが落ち込んだとか、涙壺に溜まる程に泣いて後悔してくれていた事とか。それらを落ち着いて処理出来た、怒りに汚染されないで処理出来たから、逆に許せる気がしてる」
『まだなんだ』
「もう殆ど許してるんだけど、ケジメ、手打ちにする材料がコッチも欲しいのよ。振り上げた拳を下ろす理由や材料、何かが無いと、許したくても許せない」
『国とか領地同士の揉め事と同じで、示しが付かない?』
「そうね、ローレンスもネオスも、それこそ王も巻き込んでるんだもの。何も無しに簡単には無理ね、あ、アシャもウムトもよね?」
『うん』
「ぁあ、アシャに後で謝るわ、アレ絶対に効いてた筈よ私の皮肉」
『けど覚えて無かったんでしょう?』
「軽い嫌味のつもりだったけど、今思い出すともう、大打撃を与え過ぎたわ。だから夫を避けさせてたのだし、ぅう」
『アシャも悪いんだよ?ウムトや僕、誰かに確認してたら避けられてたし、ローシュはちゃんと気を付けてたじゃない?』
「それこそルツが居るから慣れが出たのかも知れないじゃない、嫌だわ、嫌な思いをそこまでさせるつもりが無かったのに」
『後で入れ違いで行こう、だから今は綺麗にして、何をどう話すか一緒に考えよう』
「ありがとう、ごめんね」
『ううん、アシャも分かってるから大丈夫、綺麗にして終わらせようね』
つい、毒を吐いてしまった。
そして隣のご婦人に聞かれていたらしく。
《分かるわ、もっと期待していたのに、ねぇ?》
『本当、平民ならまだしも、私達貴族がコレでは国が傾いてしまう』
「ですけど平民が考えた事なら、下品と言う事こそ下品かと。だとしても、大変失礼致しました、つい出てしまって」
《良いの、それより確かにそうね、平民の作家なら分からない事が多いのも仕方無いわ》
『それでも後援者が居る筈よ、それこそ貴族の後援者が、関わりたく無いものだわ』
「ですが危険を避ける為にも、私は知りたいですわ、どんな方が後援者なのか」
『確かに、そうね、ダメね、興奮し過ぎたわ』
《アナタとは楽しいお茶が飲めそうね、気分転換にも、ご一緒しません?》
「ありがとうございます、では少し後で、このまま少し関係者を探ろうかと」
『ぁあ、ならココの裏口を教えるわ』
《その通りの向かいのお店で待ってるから、何か有ればいらして、直ぐに駆け付けるわ》
「ありがとうございます」
立ち居振る舞い、服装、服飾品からして私と婦人達は似た席へと通された。
舞台の采配者、と言うか劇場の管理は良いのに、中身がコレはちょっとね。
《あの、何か》
「今回の公演について詳しくお話出来れば、と」
《寄付や支援についても考えてらっしゃるそうです》
「宜しくお願い致しますわね」
こう言う時のハンドキス、紋章入りの指輪を見せる為なのよね、と。
《ぁあ、この印章は、確か有名な》
「いえいえ、とんでもない、ハプスブルク家でも末席に居りますので。寧ろ近しいのはブルボン家ですわ」
《王族の侍女をやってらっしゃった》
「あらフランソワをご存知で、もしかしてお世話に?」
《いえいえとんでもない、寧ろ彼女をお呼び出来るかどうかで。いえ、お話はコチラで》
「いえ、少し友人と待ち合わせていまして」
《ですのでご挨拶を、と》
《であれば明日にでも、その、どちらかにご滞在で?》
《まだ決めておりませんので、ココでお伺い出来れば、と》
《それはそれは、でしたら明朝までには、コチラで、全て用意させて頂きますので》
「急でしたものね、であればどちらに、滞在先をご連絡すれば宜しいかしら」
《私めで、劇場の副支配人をしております、ウィリアム・マーロウと申します》
何か、聞き覚えが有る様な。
「初めまして、ローシュと申します。それで今回の」
《ぁあ、クリストファー・シェイクスピアは生憎と今は不在でして、申し訳御座いません》
「分かりました、ありがとうございます、では」
コレは、寧ろ想定すべきだった事が既に起きているかも知れない、そう考えるべきだったのに。
《ローシュ、先程の名は》
「ウィリアム・シェイクスピア、そして17作品を共作したとされる者の名はクリストファー・マーロウ、彼らの名前が意図的に入れ替えられてるのか偶々なのか」
《それだけ、ですか》
「夫が、元夫が転移転生している可能性を考えるべきだったのに、私」
《先ずは深く息を吐いて下さい、それからゆっくり、吸って下さい》
私は明らかに呼吸が早くなり、不規則になっていた。
ココでパニック発作はマズい。
呼吸を整えないと。
「ごめんなさい、大昔に話してたの、もし自分が転移転生したらどうするか。それで」
《その時に名乗る名が、クリストファー・シェイクスピア?》
「いえ、ウィリアム・マーロウ、忘れてたの、シェイクスピアの名で思い出したのよ。彼はシェイクスピアに少し詳しかったから、だから」
《殺しましょう、アナタと私の為に》
「けど」
《アナタがここまで動揺している時点で悪です、この悪を超える良さが有るとは思えません》
「待って、落ち着くから、少しだけ待って」
《久し振りにどうですか、一服》
子供を作るつもりで禁煙してたのよね、けど、今は記憶が無い事になってるのだし。
何も無しじゃ無理だわ。
「そうね」
吸って、吐いて。
ダメだわ、全然、落ち着かない。
アレが居ると思うだけで、もう、殺したい。
この世界の何1つ、享受させたくない、例え転生者で人が変わってたとしても。
《アナタに許せない事が有っても、許せない者が居たとしても、私はアナタを優しい人だと思っています。ですからどうか、怒りを表に出して下さい、少しでも》
「転生体だったとしても、ココに存在する事が、許せない」
《何も成していないのなら特に、もし元夫なら情報を吐き出させ、可及的速やかに殺しましょう。アナタと同じ時代に存在している事が、罪なのですから》
「でも正義じゃない、正しく無い」
《なら知りましょう、知って判断しますよ、私が》
「いえ、私も、いえ、そうね、暫くは任せるわ」
《はい》
それからは落ち着きを取り戻し、無事にご婦人達と合流する事に。
「本当にもう、支援をチラ付かせただけで嬉しそうにされてしまって」
《腹立たしさから少し休憩なさっていたんですよ、あまり不機嫌な顔を見せられない、と》
《もう、良いのよ、分かるわ》
『寧ろアナタだけに行かせてしまう形になってしまって、ごめんなさい、絶対に言い合いになる自信が有って』
「いえ、ですけどあの劇場の」
《ウィリアム・マーロウにお会いしたのですが、彼は》
『ぁあ、やっぱりそうなのね』
《彼は次世代の劇場の支配人の候補なの、複数人居るのだけど、今回は彼なのね》
《他の候補は》
『クリストファー』
「シェイクスピア」
《あら、彼の事をご存知なの?》
「いえ、名前だけ」
《今回の脚本は彼だそうで》
『成程ね、最悪だわ』
《そうね、本当。ぁあ、クリストファー・シェイクスピアの信奉者なのよウィリアムは》
『脚本家を目指して劇場に関わっていたのだけれど、まぁ、才能は無いわね』
《内に籠ってるって言うか、弱い男と狂った女ばっかりで、視野の狭さを感じるのよね》
『悪く言って規模が小さい、狭い、直ぐ近くなのに凄い遠いのよね』
《凝ってるのは分かるのよ、言葉も演出も、けど馴染みが悪いって言うか》
「凄く狭められた中で息苦しい、まるでそんな場所に閉じ込められた様な、この世が不幸で当たり前の様な脚本」
《そうそう、今回もそう》
『陰鬱で得るモノが無い、ただただ悪しき見本を並べられているみたいで、ただ不愉快なだけ』
《今までなら平民を描いていたのだけれど、そう、だから直ぐには気付け無かったのね》
『それにしてもよ、確かに、クリストファーが書いた脚本にしか思えないのに気付くのが遅れたわ』
《いつもなら席を立つものね》
「そこなのだけど、脚本家の名前を」
『あの劇場では後出しなのよ、それこそ名だけで名作が埋もれるのは惜しいからと、先々代からの意向なのよ』
《タイトルと出演者だけ、そこが面白いのだけど》
『大外れの日も有るの、だから情報を集めてから行く事が殆どなのだけど、評判が良いから油断してたわ』
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《良い作品だけが広まるワケでは無い、確かに私も思わなかったもの、考えも及ばなかったわ》
「先ずは影響の範囲を確認しましょう」
《そうね、そうしましょう》
『暫く滞在してくれると言うけれど、何か、他に予定は?』
「実は、少し離れた場所で夜会を、と」
《あら良いじゃない、情報収集にもなるし、協力させて?》
『何を躊躇っているのかしら』
「少し、変わった催しで」
《仮面を付け、庭園で夜会を、と》
《まぁ、淫靡》
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「確か、教会でのお茶会に」
《御出席頂いていますね》
《あら運命的ね》
『なら話が早いわ、書簡を用意しますので、滞在先へ届けさせますわね』
「それがまだ決めかねていまして」
《もう早く言ってくれれば良いのに、送らせるわ、気に入らなかったら他の場所でも構わないから大丈夫。ザック通りのヨハンの宿なのだけど》
『ぁあ、良い所よ、偶に朝食会に使わせて頂くの。便利な立地だからお勧めよ』
《ありがとうございます、先ずは行ってみましょう、ローシュ》
そして宿屋は商隊宿作り、ローシュの気に入る作りなんですが。
「ありがとう、奥様にココに泊まると伝えておいて」
『はい、では』
『ローシュ、何か有ったんだよね?』
《後で私がご説明しますので、先ずは》
「良いの、このまま食事に行きましょう、早く休みたいから」
《分かりました》
ローシュの元夫かも、って。
『無いかもだけど、ココの本物のシェイクスピアって事は無い?』
「100年後の予定よ?しかも大衆にも受けるのがシェイクスピアだもの」
《何処まで詳細に》
「元夫よりは詳しく無いけれど、好きは好きだから」
《お好きなんですね》
「ココのはクソだけど、それこそティターニアの産みの親よ?大好きよ、逸話も多いし、名作を生み出したご本人なら会いたいわ」
『けど、元夫かもなんだよね』
「どちらかがそうかも知れないし、両方違うかも知れない」
《若しくは彼らの後ろに居るか、存在しないか》
『魂が消滅してくれてれば良いのにね』
「それか輪廻転生の輪から外れてくれてるか」
《そう優しい所が好きですよ》
『うん、直ぐ消えろって思わないのは優しいと思う』
「ほら、消すって意外と大変だから、寧ろどうにか外れてくれた方が神々のお手間も要らないかしらと」
『ほら優しい、自分以外の事も考えてる』
「はいはい、話を戻させて」
《落ち着きましたね、かなり》
「美味しく料理されたお肉は正義だし、お腹が落ち着いたら私もかなり。モストや果実酒も、良い季節に来れて良かったわ」
『ドイツとイタリアっぽい料理なのに、偶にトルコっぽいのが面白いよね』
「そうそう、どう見ても影響を受けてるわよね、向こうに」
《どうしても関わりたくなるのでしょうね》
『けど料理って、正しさとか正史に関係するかな?』
「伝統、続いて欲しい良い文化。けど、仮にウィリアムの名を持つシェイクスピアがココやブリテン王国に誕生したとしても、あの名作が書けるのかと思うと無理だと思うの。違い過ぎるから」
《作家は環境に依存する、と》
「私の知ってる作家や絵画で有名な人って、悲惨な戦争を体験してる事が多いのよ。過負荷で圧縮されて、発露する、それが芸術だったりもするって有名な評論家も言っていたし」
『向こうよりは平和な所は凄く平和だもんね』
「勿論、ある程度平和な時代に生まれた作家も居るけれど、そうした作家とは違う筈。思想だとか女王についてだとかも言及してて、ある意味で社会の不満の縮図らしい、とか聞いたから」
『アレに』
「そう、アレに」
《そうなると》
「揉めてるにしても隣、と言うか下でしょ。しかも100年後、早まったにしても50年後。そしてイングランドで生まれたとしても、彼はそこまで熱心な信者では無かったそうだし、書くかどうか」
『だから正史が大事?』
「流石にティターニアの為に何万人もの犠牲を出したら自分を否定してしまう筈よ、そうした妖精女王では無いもの」
《なら流布させるべきでは、それこそ歪められたティターニアを広められる方が迷惑でしょうし》
「アシャと相談してみて、既にキャラバンでも知って考えているかも知れないから」
《分かりました》
「大丈夫よ、アナタとアシャの事は心配してないけど、気を付けてね」
《はい》
「よし、お風呂に行きましょうアーリス」
『うん、今日はちゃんと加減するね』
思い出したローシュは、やっぱりルツに優しい。
「ふふっ、あの顔、あんなに顔に出てた事って」
『最近だと多いけど、そう見えて無かった?』
「そうなのね……多分、私の先入観のせいね、何処かでルツを否定してたから見えなくなってたんだと思う。泣いた顔を見た時、自分で要求したのに凄く驚いたのよね、まさかルツが泣くだなんて思わなかったって」
『僕が泣いた時は?』
「逆にもう、今まで良く我慢してたわよねって感じ。アーリスなら泣くだろう、とかじゃなくて、どちらかと言えば泣くのがアーリス、泣かないのがルツって感じ」
『ルツは予想外?』
「そうね、しかも涙壺に溜められる程はちょっと、前なら絶対に否定してたもの」
『前って?』
「記憶を失くす前、それこそ泣いて謝られたら一撃だったと思うけど、そんな要求は頭に無かった。けど、泣き顔で許せるかもとは、落ち着いてみるとそうよねって感じ。結果的には泣き顔では許せただろうけど、あの時には絶対に出なかった選択肢なのよね」
『記憶を失くして落ち着いたから?』
「それもだけど、アナタが悲しむ位にルツが落ち込んだとか、涙壺に溜まる程に泣いて後悔してくれていた事とか。それらを落ち着いて処理出来た、怒りに汚染されないで処理出来たから、逆に許せる気がしてる」
『まだなんだ』
「もう殆ど許してるんだけど、ケジメ、手打ちにする材料がコッチも欲しいのよ。振り上げた拳を下ろす理由や材料、何かが無いと、許したくても許せない」
『国とか領地同士の揉め事と同じで、示しが付かない?』
「そうね、ローレンスもネオスも、それこそ王も巻き込んでるんだもの。何も無しに簡単には無理ね、あ、アシャもウムトもよね?」
『うん』
「ぁあ、アシャに後で謝るわ、アレ絶対に効いてた筈よ私の皮肉」
『けど覚えて無かったんでしょう?』
「軽い嫌味のつもりだったけど、今思い出すともう、大打撃を与え過ぎたわ。だから夫を避けさせてたのだし、ぅう」
『アシャも悪いんだよ?ウムトや僕、誰かに確認してたら避けられてたし、ローシュはちゃんと気を付けてたじゃない?』
「それこそルツが居るから慣れが出たのかも知れないじゃない、嫌だわ、嫌な思いをそこまでさせるつもりが無かったのに」
『後で入れ違いで行こう、だから今は綺麗にして、何をどう話すか一緒に考えよう』
「ありがとう、ごめんね」
『ううん、アシャも分かってるから大丈夫、綺麗にして終わらせようね』
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三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。
全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。
本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。
おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。
本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。
戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。
歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。
※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。
※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。
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