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更に更に、その後。

記憶を取り戻せ。

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『姉上、滋養の為に仕入れたんだ、飲んでくれないか?』

 この人、本当に嘘が下手。

「そう、ありがとう」

 嘘は嫌いだけど。
 何の為の嘘なのかを知っていると、分かっていると許すも何も無くなってしまう。

 今回は特に。
 ルツの為、アーリスの為、私の為の嘘。

 どうしようかしら、すっかり記憶が戻ってるのよね。

 言うタイミングを逃しちゃって、だからもう、いつが1番なのか。

『不味いよな、すまん』
「アナタも飲んだの?」

『おう、姉上に飲ますには俺も試さんとな、それに毒味役にも飲ませたから大丈夫だ』

 コレは本当。

「コレ、どう元気になるのかしら?」
『気持ちが元気になるらしい』

 嘘、だけど。

「マジならヤバい薬じゃない」
『いやっ、そっ、そう激しく楽しくなるワケじゃないから大丈夫だからな?現に俺は大丈夫だった』

「そう、いつ効くのかしらね?」
『半刻もいらんらしいが、人によるとも聞いてる』

 コレは本当。
 コレを切っ掛けにして記憶が戻った事にしようかしらね、別に不味い飲み物は好きじゃないし。

「それで、安静にしてた方が良いのかどうかは」
『ぁあ、そうだな、うん』

 コレは、分からないって感じかしらね。

「では、失礼致しますね」
『おぅ』

 ブラドを身内として本当に良かった、嘘が良く分かる。

 ルツが嘘を見抜けなかったのは神の魔法によるもの、だって身内に嘘を言うのが嫌だから、顔か声に出ちゃう。
 つまりは本当に、神々と王がルツに嘘を伝えた。

 それは国の為だったとしても、私とクーリエの為にもなった。
 良い人間で居て欲しいと願ってくれた、そうで有って欲しいと方向性を与えてくれた、あくまでも信じる為の嘘。

 コレと他の嘘を一緒には出来ない。
 優しい嘘、良い嘘、罪に値しない嘘。

『お帰り、早いね?』
「何か、気持ちが元気になる薬を飲まされて、帰れって」

『そうなんだ、じゃあ安静にって?』
「そうなの、気持ちが元気になるのに安静にしてろって、不思議よね」

『だね』

 アーリスは知らなかったのね、コレ。

「まぁ、適当にゆっくりしてましょうか」
『うん』

 記憶が戻ったのはアーリスに眠らされたらしき後、目覚めた後、ゆっくりと気持ちと記憶が融合し始めた。
 思い出し、考えれば考える程、整合性が取れていく。

 何故、に対して答えが浮かぶ。
 何故ルツが黒真珠を求めたのか、それは愛を取り戻す為、そして今は記憶を取り戻させようと躍起になっている。

 正直、王に言おうと思ってこの流れで、どうしたら良いモノか。

 と言うか、記憶が戻ったと言った場合。

 ルツと元に戻る?
 この状態が正解だとも思っているのに、逆ハーに逆戻り、逆に良くない気がする。

 逆に、このまま白を切る?
 そうなると、先ずは神様を説得しないと。

「アーリス、神様と少し相談したい事が有るから出掛けるわね」
『僕は居ない方が良い?』

「今回はね、私の大事な事だから」

『分かった、けど見える所に居てね?』
「はいはい、行って来ます」



 こう、相談されるとは。

「ふむ、未だに答えは出ぬか」
「すみません、記憶が無かったので」

「そこだな、答えが出る事を期待していたんだが」
「まぁ、記憶が無かったので」

「で、今は戻ったにしても」
「ハーレム形成はちょっと、英雄的行動が過ぎると言うか、身に余り過ぎて逆に負担と言うか」

「負担、か」
「喜べる様な人生経験をしておらず、すみません」

「いや、だが何なら受け取れる、世界ちゃんからの褒美を」

「スカアハ様」
「我はココのでは無いでな、それに考えたかったのだよ、地球の神が存在するのかどうか」

「それで」
「分からん、だからこそ忘れたくは無いのだよ、我ら神を生み出した神の神なのか何なのか。いや、待て、話がズレたな、修正だ。お主が忌避するハーレムだが、善き世界ちゃんからの褒美だとしたら、受け取らぬのは可哀想では無いか?」

 こう可哀想に弱いのだよな、コヤツは。

「っですが」
「物事を固定したく無いのは分かる、それに過剰に受け取ると言う事もだ、だが遠慮された側としてはどう思うか。と言うかだ、神が良いと言っているのに後世の批判を気にするか、神の意見よりも」

 正しく強いモノに弱く、間違っていれば強弱に関係無く違和感を抱き疑問を投げ掛ける。
 正義を求めるには適格者なのだが、どうにも自信が無い。

 何を成しても、こうした異界人には納得は難しいのだろう、後々まで考えてしまうからこその性質は時に厄介さを生む。
 だが。

「スカアハ様も」
「許すべきかどうかについては言及せん、それは個人采配が成されるべき事、それこそ過度な干渉だ」

「ですが意見を求めた場合ですと?」
「許さんでも別に良いと思うぞ、なんせ死なんしな」

「ですよねぇ」
「死んでやる等と言われたら我が先にキレるが、どうしたら許せるかを、お主が考える事は良い事だと思うぞ。その答えが例えどんなに理不尽で有ろうとも、許しを得たいなら呑むべき、呑めぬなら諦めるべきなのだよ。それこそ基準を満たさぬ分際で許せ等とはあまりにも理不尽、不条理、敵におもねると同義だ」

「全くで」
「だがお主は優しい、理不尽な優しさを要求する世界に居ったのだ、他者から見て理不尽だと思える様な事を要求するのは難しいだろう」

「ですけど、結構、今回の事は」
「火鼠の毛皮を所望したワケでも、叡智でも、金でも無い。アレじゃな、魔法をあまり使わんで魔法慣れしておらんからだろうが、あの程度で理不尽等と思う精霊すら少なかろうよ」

「魔法慣れ」
「アレが言っておった通り、魔法は何でも出来る。となれば理不尽は少なかろうよ、現に黒真珠はお主の物になった、そして思い出した」

「逆に、どの辺りまでなら理不尽、なのか」
「ギアスに逆らえだとか、魔法に抗えだとか、対価に見合わぬ事を受け入れろ。だとかだな」

「理不尽の位置が違ぅ」
「そうだぞ、だからこそ魔法有りきで考えるのだ。どうすれば許せるのか考える事も、馴染む為と思えばこそ、何かしら得られる事も有る筈だろう」

「ありがとうございます、あの」
「礼はいらん、メリュジーヌの事も有るが、この程度で礼をされるとは格が低いと思われても困るでな。お主の幸せを優先させよ、答えは急がんでも良い、何とかしてやる」

「ありがとうございます」

 コヤツの悲しい部分は、口に出さぬ所で出る。

 【こんなお母さんが居たなら、せめて身内に居たら、私はもう少し楽に生きられたんじゃないか】

 こんな悲しい事を思う者に、どうして理不尽な要求が出来るだろうか。

 私は死の神だぞ?
 影の国、死の国に関わる神だと知って尚、身内に欲しいと。

 私を母であればと思ってくれる者を、どうして追い詰める事が出来るだろうか。

 なぁ、聞いておるか、世界ちゃんとやらよ。



『おう、アーリス、姉上はどうだった?』

『何か、変わらない』
『はぁ、害が無いモノはダメか』

『今回のは毒にも薬にもならないから僕に言わなかったんだろうけど、危ないモノの時は、ちゃんと言ってね?』
『勿論、言う言う。ただアレな、頭を打つ系は無しになった、スカアハ様に止められたわ』

『ぁあ、物理じゃないもんね』
『そうそう、物理で消えたなら物理なのは分かるが、今回は魔法だから違うだろ。とな』

『それで、アレは薬草だけ?』

『いや、魔法も使った薬液だったんだが、先ずは薄めて飲ませたに過ぎんのだよな。ガチで効くとなると』
『意識を失う位、とか?』

『そこなんだよぉ、だからアレルギーが無いか試させたんだが』
『異変も炎症も無しだけど、意識を失うのは、ちょっと怖いね』

『だよな。コレ、ルツに黙って今回は実行してるんだわ』
『僕への配慮だよね、ごめんなさい』

『いやいや、良いんだ、全員が怒られるより良いだろ』
『ありがとう、王様』

 コレ、本当の事を言いたいのだけれど。

『ダメだよアリアドネ、やっとローシュが真剣に考え始めたのだし、コレも試練の1つだよ』

『意地悪が過ぎない?』
『けれど実際に甘え過ぎていた部分が有った、僕らも彼らも、スカアハや天使に言われなければ気付けなかった理由が原因だとしてもだ。それ位にローシュの問題は根深い、奥深くの問題、だからこそ介入は控えるべきじゃないかい?』

『そこは本当、私とは相容れないわよね』
『慈悲深さは君が、残酷さは僕が、だからね』

『バッカスの時の影響が残って、僕って言っちゃうの可愛いわよね』
『そう話を逸らすんだね?』

『だって意地悪なんだもの』
『君にしてみたらね、ごめんよアリアドネ。もし君なら、どんな試練を与えていたかな?』

 彼の方が話題を逸らすのが上手いのよね、そして誰よりも私の扱いが上手。

『そうね、そう、私なら』

 顔を焼いて全て取り上げて、そしてローシュがルツを受け入れる様にさせる。
 けれどローシュの愛が同情では無いのか、ローシュと同じ様にルツを悩ませ、ローシュの深い愛に気付ける様にする。

『それでも良かったかも知れないね、ごめんよアリアドネ』
『良いの、アナタも私も間違いじゃない、アナタを信じてるから良いの』

『けれどローシュを悩ませている』
『でもきっと、どんな道でもローシュは悩む筈、だってローシュにも問題が有るんだもの』

『受け取り過ぎかどうか、寧ろ彼女は貰わなさ過ぎる』
『そこよ、自分の価値を見誤り過ぎ、そこを分からせないと』

『それこそ時間が必要な事、熟成を待つしかない』
『それを促せるのが魔法なのよ?』

『彼らは他国を知ってしまった、介入を制限する理由も分かっている、だからこそ僕らも他国を含めて介入度合いを決めないとね』

『操られた、操作されたと思ってしまう。けど』
『ギリギリまで見守ろう、もうローシュは思い出しているのだから』

 それは分かっているのだけど、もどかしい、凄くもどかしいのよ。



 黒真珠を渡してから、7日目。
 アーリスは多少は落ち着いたものの、3人で居る事は殆ど無くなった。

 そして相変わらずローシュとの距離は変わらず、記憶が戻った気配も無く。

《デュオニソス様》
『僕を疑う前に、先ず君は考えるべきだよルツ、まだ解決していない問題が有る筈だ』

《と言いますと》
『思い出したら、ネオスやローレンス、それこそファウストの事はどうなる?君には問題では無くても、ハーレム形成を否定するローシュには大問題、だよね?』

《大変、申し訳》
『いや、焦る気持ちは分かるし、焦がれる気持ちも分かるから構わないよ。けれど少し落ち着いた方が良い、記憶を取り戻させる事を焦る前に、まだまだ解決させるべき問題がある』

《だとしても、大変失礼致しました、申し訳御座いません》
『神が人に寄り添うのは人間らしさを愛おしいと思うからこそ、どんな君でも愛しいこの国の子だよ、じゃあねルツ』

《ありがとうございます、デュオニソス様》

 確かに、何も問題が解決していなければ、例え記憶が戻ったとしても私が拒絶される可能性の方が遥かに大きい。
 そして巻き添えにネオスやローレンス、ファウストまでが拒絶されてしまう。

『何だよルツ、何が起きてそんなクソしょぼくれてんだよ』

《王、私はまた、失敗してしまいました》

『なんだよ、また姉上の前で』
《問題を解決する前に記憶が戻っても、ハーレムの事を納得して頂けないと、結局は私は除外されてしまう可能性が高い》

『あぁ、けど俺は他のは娶らないからな、姉上の為でもだ』
《寧ろ、私にこそ一夫多妻制が成されるべきだ、と》

『正論で殴るの好きだよなぁ、姉上』

《妾を取らせない代わりに案を出して下さい》

『お前、マジで大人げない事を』
《記憶の事は後回しです、さ、案を出して下さい》

『ガキめ』
《はい》

『時間をくれ』
《私も聞いて周りますから、それまでに案を出せなかったら娶らせますので、では失礼しますね》

『大人げねーぞー!ルツー!』

 ウムトやローレンスと、先ずは相談する事に。
 問題が解決すれば、逆に、いつでも思い出して貰えるかも知れないと。

 そして、出た結論としては。

《王、ローシュを連れだす許可と名目をお与え下さい》
『じゃないと側室を娶らせる、ってか』

《はい》
『冗談』

《私は本気です》
『いや先ず作戦の内容を教えろ?』

《アナタに知らせるとローシュにバレて警戒されるかも知れませんし、アナタに知られると笑われそうなので、絶対に言いません》
『じゃあ許可は出さん』

《なら娶らせた挙句に無断で連れ出します》
『大人げねぇ、マジで大人げねぇの』

《失敗だったんです、眠る前に片付けておくべきだったのに、だからこそ焦ってるんです》
『いやまだ失敗じゃねぇだろ』

《ですが失敗目前です、黒真珠を発見し、浮かれてそのまま渡してしまった。問題を解決する前に、ほぼ失敗している》
『分かったから、許可を出すが、何処にだ』

《オーストリアです、ハプスブルク家に向かいます》

『ハプスブルク家として、か』
《はい、更なる地盤固めと繋がりと社交、結社の見回りの名目をお願いします》

『分かった、だから間違っても妾の話をするなよ』
《はい、では》
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