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更にその後。

挨拶回り。

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 新しい領主様の代理だって人が来て、どんな方か説明してくれるって言うけど。

《何もお貴族様が手伝わなくても》
「いえいえ、人手は何にでも勝るんですから、遠慮なさらないで下さい」

《いや本当に、分かった、話を聞くよ》
「ありがとうございます」

 新しい領主様は確かに若いけど、倒れる位には仕事をちゃんとするつもりではいる、らしい。

『前の領主様もね、最初はそうだったんだよ。確かに最初は粉挽き代も何も無かったさ、それでも新しい事をするってなってからだよ』
《税が重くなって、粉挽き代が掛かる様になって》

『確かに暮らしは楽になったよ、けどねぇ』

「政権も、世代交代なさったスペランツァ女王様をお疑いになってらっしゃ」
『いやそこまでは言わないさ、けど黙認してたかどうか、私らは分からないからね』

「ならどうすれば信じるんですか?それともスペランツァ様に各地を回れと?」
『いや、そうじゃないけどねぇ』

「仮に誰かが神殿に行って尋ねるとします、そしてスペランツァ様は期を待っていたと神が仰ったとして、それを誰がお伝えすればこの地区の者全てが信じるのでしょうか?」

『それは』

「信じろとは言いません、難しい事ですから。ですが具合が悪い時や忙しい時、毎日尋ねて来られてココの方は喜ぶのだと、お伝えすれば宜しいですかね」

『いや、けどねぇ』
「どうすれば信じて頂けるのか教えて頂けませんか?」

 それこそ難しい。
 疑いたくて疑ってるワケじゃない、それこそ信じられる何かってのも思い浮かばない。

 だから様子見を頼んだんだし。

『お貴族様なら』
「貴族は万能の神では御座いません。ですが幸いにも新しい領主様はお優しいので、家を移る事を咎めるつもりは無いそうですので、転居の書類を頂いて参りました。ご信頼頂けないなら居て貰ってもお互いに良く無いですから、農地はそのままで家を移って構わないそうですよ」

《いや、何もそこまでは》
「見守るか離れるかです、それともご自分達が同じ事をされても構わないならどうぞこのままで、ココの風習なのだと言って聞かせますのでお任せ下さい」

 正直、下品だとは思うよ。
 それこそココらの家はそうだと伝わったら、孫達の縁談が遠のくのは間違いない、私だって毎日夫の姑に来られたら敵わないんだし。

 ただね、何も知らないで苦労するのはもう、嫌なんだよ。

《今、あの方達は何をしてらっしゃるんだろうかね》
「前の方の帳簿を正しく付け直し、皆さんの税の計算をしているんです。要は貰い過ぎたので、誰をいつまで免除するか、皆さんの為の仕事をしてらっしゃいます。なのに誰かしらに毎日押し掛けられてたら、皆さんだって仕事が進みませんよね、今も既に仕事をしてないんですから」

《まぁ》
「それともお手伝い頂けますか?数字なら扱いは慣れてらっしゃるかと」

《いや、私らは足すか引くか、大まかにしか出来ないよ》
「手伝えないのに邪魔をされても構わない、と」
『いや、そうじゃなくてねぇ』

「折角、良い方かも知れないのに、ココを嫌になり元の領地に戻られてしまって。しかも次が優しくない領主様でも、ご自分達は正しい事をしたと、お孫さん達に言えますか?せめて税の計算を終えてから、説明を求めて下さい、それとも次の収穫量を今正確に領主様に伝えられますか?無理ですよね、収穫の目途も無くては、種まき中に聞かれても言えませんよね」

《そう実るまで、黙って見てろって事だね》
「はい、ですが困った事が有れば、出来るだけ纏めて書いてお伝え頂ければ大丈夫ですし。急ぎの用なら直ぐにお伝えしても構いません、ですが、お邪魔をすればスペランツァ様や他の村や街にまでココのお噂が届きます。それだけお力を持った方が我慢して下さってるのですから、皆様も協力して、この地区を素晴らしいものとしましょう」

《分かった、アンタももう城に引き上げてくれて良いよ、私らが説明して回るから》
「なら馬車をお使い下さい、私達は意外と足腰が丈夫なので歩いて帰りますから」

《いや、私らに手伝えない事をアンタならやれるだろ、お貴族様》
「まぁ、数字だけなら。ですけど全くの余所者に触らせない方なんです、皆さんを守る為に、お2人で頑張ってらっしゃるので代理の私が来たのですが。それとも何かお手伝い致しましょうか、ココの方に合うかは別ですが」

《そう、私らも同じ事をしたんだね、信じないから信じて貰えないって。なら一緒に回って貰おうかね》
「はい、喜んで」

 お貴族様の方が、やっぱり上手だ。

《ほらもう、アンタが静かにしてくれないと困るんだよ》
「お手伝い、本当に必要無いですかしら?」

 後はもう、私に喋らせて相槌を打つだけ。
 全く、コレだからお貴族様は侮れないから困るんだよ。



『いやぁ、アンタ怖い女だね、全く』
《流石、農民が貴族を倒しちまう所から来ただけは有るな、肝が冷えたよ全く》
「いえいえ、お2人のお陰ですわ」

《やめてくれよ、俺らは何もしてねぇわ》
『怖い怖い、ワシらは無関係だよ、さっさと忘れておくれ』
「もう忘れました、本日はありがとうございました、では」

《いや全く、コレじゃあ嫁が来ないワケだ》
『苦労するねぇお兄さんや、頑張っておくれ、嫁探し』
《ぁあ、ありがとうございます》
「お達者でー」

 こうしてローシュは1日で地区の民を説得しちゃった。
 けどルツも僕も予想して無かった弊害が、村を去る時になって気付く事に。

―――ロッサ・フラウは賢い貴婦人。
   真っ赤な馬に乗った真っ赤な貴婦人。
   言う事を聞かないとフェンネルの茎で追い出されるぞ。

『子供達の遊び歌になっちゃったね』
《コレは私の髪色と結びついたんでしょうね、すみません、想定外でした》

「何か、もう、どうでも良いわ」
『お疲れ様、早くトリエステに引き返そう』

「そうね」

 結局、ココの領主とは仲良くなれなかったけど、トリエステの領主に書類を送り届ける役を任せて貰える程度には信じて貰えた。
 お互いに疑うだけだと、いつかは離れるしか無くなる。

 ルツもローシュも分かってる筈なのに、疑っちゃうんだよね、傷付きたくないから。



『ぁあ、おう、助かったわ』

 隣の新しい地区の新しい領主の使い、だと言って、とんでもない紋章を見せて来た女が目の前に居る。
 フランク王国が重用してるとの噂の、サンジェルマン家の印章の指輪を持った、ロッサ・フラウ。

 若いのに地区の民を丸め込み、サヴォイア家を守った、と。
 ただサヴォイア家にはサンジェルマン家の印章を見せなかったのか、見せても信じなかったのか。

「では、失礼致し」
『ちょっ、礼をさせてくれ礼を、俺まで無粋だと思われたら堪らん』

「そうですね」
『いや、うん、正直だなおい』

「まぁ、向こうはまだ若いですから、となれば近くの領主が補佐するのは当然ですし。言い出さなければスペランツァ様に手当たり次第書いたお手紙を出そうかと、ですが言い出して頂けて助かります、宜しくお願い致しますわね」

 お前も若いだろ、と思ったが。
 ココらにはベナンダンティも居るし、分からん、だってどう見てもフランク王国の人種じゃないだろ。

『お、おう』



 この世には3人、似た人間が居る。
 とは聞いてるけど、似過ぎ。

「顔と声は違うけど、まんまブラドじゃない?」
『だね、面倒くさがりだけど気さくだし、多分良い人だと思う』
《珍しく領主交代もされてませんし、周囲からの要請も無いそうで》

「腹芸が出来て頭も良い、なら何処まで脅しが利くか」
『驚いてたよ、サンジェルマン家の印章の指輪を見せた時、それと困惑』

「なら、暫くは脅さなくても大丈夫そうね」
『多分』

「そこよねぇ」
《一先ずは様子を見てみましょう》

 ノック、何かしら。

《失礼しても宜しいでしょうか》

『はい、何?』
《お食事のご用意をさせて頂いていまして、お召し物をと》

「えー、着替えて晩餐に出ろって言うなら拒否させて貰うわ、同じ様に面倒は嫌いだとお伝えしておいて。じゃあね」

『良いの?』
「もう、何処まで手抜きして良いか試そうかと思って、有能で便利だと使われちゃうし。ココはそう困ってなさそうだし、適当に過ごすわ」

『向こうでは頑張ったしね』
「そうそう、本当にもてなしも無かったし、適当に過ごすわ」



 ローシュが食事を断った事で、逆に領主の関心を引いてしまったらしく。

『いやぁ、分かる、面倒だよな』
「そうそう、人に見られて囲まれて、ワイン位は注げる手が有るのに」

『だが切り分けは俺だ、流石に刃物は渡せないんでな』
「どうぞどうぞ、刃物が無くても殺せますし」

『毒か?』
「布で十分ですよ、勢い良く首をくくれば直ぐですし、暴れさせるのは下手のする事」

『背後を取らせるのが悪い』
「ですわね、奥様」

『えっ』
「ほら簡単」

『凄いなぁ、うっかり振り向いたわ』
「まぁまぁ、コレ位なら誰でも出来ますよ、是非お試し下さい」

 こうして余計に気を引いてしまう。
 それともコレは敢えてなのか。

 なら、何故。

《そう警戒される様な事は、控えるべきでは》

『出た、真面目だなぁ、コレは腹を割って話してるだけだろうに』
「探るより曝け出した方が早い方も居る」

『そうそう、隠されるといつまでも探すが。無いなら無いで、もう信用するしかないだろ』
「ほら、面倒が嫌だとこうなる」

『それでも隠すんなら、寧ろ俺の為かも知れんのだ、だからもう探るのは止めた』

「そう言わないで下さいよ、実は」
『止めろってマジで、面倒事は十分、今だって有るんだから止めてくれ。アンタはサンジェルマン家所縁の者、隣を手伝ってくれたロッサ、俺はそれ以上は聞かないからな』

「ほらね」
『言うなよ、余計な事は絶対に、だ』

「はいはい」

 長年連れ添った夫婦の様に息が合う。
 それを見せ付けられると、確かに心が重苦しく痛む。

 自分は不釣り合いではないのか、不適格ではないのかと。
 確かに、嫌な気分になる。

『ルツ』
《少し、下がらせて頂きますね》
『ぁあ、長居したな、すまんすまん』
「いえいえ、お越し頂きありがとうございました、領主様」

『おう、じゃあな』

 慮られるべきは、本来ならローシュ。
 疎かにされているワケでは無い筈なのに。

「ルツ、大丈夫?」
《少し、疲れが出たみたいで、先に休んでて下さい》
『僕が少し付き添うよ』

「そう、じゃあ先に休んでるわね」
《はい》

『嫉妬と、何か違くない?』

《最初は、ローシュが感じた様な嫉妬で、次にローシュが蔑ろにされてる様に感じたんです。軽んじられてはいない筈なのに、そうされた様な感覚が湧き出たんです》

『俺の女を蔑ろにするなーって、独占欲?』

《そう、なるんですかね》
『少し違う感じ?』

《ただ、もう少し、大切に扱って欲しいというか。そう、近くに、親し気にして欲しく、なかったんですよね、ローシュは》
『まぁ、そうだね』

《嫌でした、確かに、体験してみなければ確かに分からないですね》
『譲る気になった?』

《分かりません、どうしたら良いのか分からない、迷ってます》
『気が合うのと好きなのは違うんじゃない?それを認めたらアシャを好きって事だよ?』

《それは無いですね、有り得ないです》
『何で?』

《欲しいとも、欲情も興味も何も無いんですが》
『けど気が合うよ?何が違うの?』

《そうなると、確かに、嫉妬と独占欲かと》
『僕は?』

《それは、そうなると、ローシュはアシャを認めていないと言う事でしょうか》
『それも有るだろうけど、やっぱり、じゃあ止めとけって言ったのにって事なんじゃない?』

《はぃ》
『何度も警告した、なのに立ち入って荒らした、神様だって怒るし悲しいよね』

《はい》
『あ、それで嫉妬と独占欲だっけ、どうして欲しい?』

《敬い、出来れば離れて欲しいですね》
『そこは違うよね』

「ルツ、大丈夫?」
《ぁあ、少し国の事で、もう大丈夫ですから戻って下さい》
『うん、またね』
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