上 下
85 / 160
離別。

時間稼ぎ。

しおりを挟む
 魔王の私に彼女の時間稼ぎをしろ、と。

「それで、具体的に私は何をすれば?」
《そもそも、定住する気は有りますか?》

「いずれは」

《その事で話を長引かせ、出来れば一緒に新大陸を回って欲しかったんですが》
「彼女は暴れる気なんですよね、なら私も使えば良いんですよ」

《私達の努力を無駄にしないで下さい》
「頭が吹き飛ばなければ大丈夫かも知れない、もしかすれば次こそは死ねるかも知れないとは思っていますが、恩を感じてはいます。ですが、やはり信用出来ませんかね」

《少し、考えさせて下さい》
「私は彼女に提案しますよ、私を有効活用しろ、と」

《どうしてそう死に》
「300年憎悪され、道具扱いされてみれば分かりますよ」

 全ての時間がそうだったとは言いませんが、その殆どは憎悪されるか道具と思われるか。
 ココまで長く人の様な扱いを受けたのは、きっと初めてな筈。

 殴られたら殴り返す、優しくされたなら優しく、それが因果応報。
 恩と仇を彼らと彼女は教えてくれた、そして全員が全員、優しくすれば世界が平和になると言っていた。

 そして少なくとも痛みが無い方を選びたい、なら。

《髪の毛からでも再生するとも言われている、そのアナタを探し出す方法をコチラで考えさせて下さい》
「ならそう彼女に言いますから大丈夫ですよ、そうすれば少しは時間稼ぎが出来るんじゃないですか?」

《まだアナタは分かってないんですね、彼女は多分、数日で思い付き実行してしまいますよ》
「なら承諾の際に時間稼ぎをします」

《もし》
「信じず私と離しても構いませんよ、けど彼女が承諾するかどうか」

《私は、死んで欲しくないんです》

「私もですよ、私も痛い思いをしたくない、彼女にも居たい思いをして欲しくない。盟約魔法を使っても良いですよ」

《分かりました》

 こうして魔法を使って貰ったのにも関わらず、私には盟約魔法が掛からなかった。

「コレは、何が問題なんでしょうか?」

《信頼や絆が必要だとされているんですが、私ではダメなようですね》
「アナタの事を良く知りませんから」

《なら彼女を知っているとでも》
「どう言えば良いか。ただ彼女の事を他の人から聞いたとしても、多分、彼女だと分かる程度には頭に思い描けてると思います。容姿以外、ですけどね」



 彼の心の中にローシュが居る事が、許せない。

 脳が大きく損傷すれば彼の中から消えてしまうかも知れない、ココで得た記憶も、何もかも。
 ただ、出来ればローシュの記憶だけが失われ、ココで得た知識や経験が残ってくれればとは思う。

 何処までも自分の醜悪さが嫌になる。
 自分勝手で利己的、国と彼女の考えを優先させるべきなのに。

《考えさせて下さい》

「何を悩んでいるんですか?」

《自分の願いと愛する人の願いが少し違うんです、死ぬまで敵と戦おうとするでしょう、けれど私は》
「彼女が言う様な平和な中で生きていて欲しい。でも無理ですよ、追われ続け、こうなってる私が言うんですから」

《殲滅すべきだと思いますか?》

「彼らの言う聖なる書物を全てを焼き払っても、また誰かが向こうから持ち込んでしまう、なら纏めて管理したほうが良いと思いますよ」
《可能だと思いますか?》

「大勢で行かない限り、散り散りになり逃げ出されてしまうでしょうから、長く掛ると思います。ですけど人は集まりたがるので、いつか必ず実現すると思いますよ」

 いつか。
 魔王は望まないにせよ無限の時間が有る、けれど私達の時間は限られる。

《子供を、と、思ってたんですが。多分、私は逃げ出したんでしょうね、長く待つ辛さを考えるのも嫌になって、投げ出した》

「今、自覚したんですか?」
《アナタが得意だと言う考えない、と言う事を、人は勝手にしてしまうんです》

「無意識に、無自覚に」
《アナタは無さそうですね》

「そうでも無いですよ、分化は無意識に起きた出来事でしたから」

《その情報を私はまだ聞いていないんですが》
「私も今さっき思い出したんです、彼らにも語るので、少しは時間が稼げますね」

《彼女の為にも、時間稼ぎを、どうかお願いします》
「はい」



 大作家様の有名な作品を彷彿させる、動けぬ魔王の姿。
 変態には凄く良い道具だろう、と確かに思ってしまったが、彼の場合は再生するのが決定的に違うのよね。

 けど顔は綺麗だし、声も良い。

「異常性癖持ちにモテそう」

「ぁあ、確かに、変な性癖を持つ方に可愛がられる事が多いですね」
「言葉は正しく、害された事を可愛がられた、なんて言わない」

「道具として可愛がられた、ですかね」
「宜しい」

 今直ぐにもスペインに行って暴れ回りたいけど、流石に何の準備も無しは無謀が過ぎる。
 噂は勿論、結界だって不十分なまま、けど結界が成立するのがいつになるのか。

 いつか、何処かで動き出さなきゃならない。
 困らなければ人は信仰が希薄になるし、願ったり祈ったりしなくなるから。

 まさか、だから?

「何か、言い辛い事でも?」

 この考えは、あまりにも不敬かも知れない。
 けど。

「困らなければ信仰が希薄になる、だからアナタは他の神々の信仰の手助けになってるのかも、と」

「そう、それが本当なら、私には嬉しい事なんですが」

 本当に嬉しそうに言わないで欲しい、涙腺が吹き飛びそうになる。

「けどアナタを必要悪とすればする程、消滅は難しくなる」
「ですけど、私も神々と同じ神性の一部なら、少しは役に立っているって事ですよね」

「そうした考えも有る、けど次の段階、次の新しい必要悪が出て来ないと代替わりは難しくなる」

 生まれ変わる事も、死ぬ事も出来ない。

「その新しい必要悪、とは?」
「人間の敵は人間、それを認める事、なんだけど」

「難しいでしょうね」
「特に彼らにはね」

 偽一神教者にしてみたら、絶対に認められない。
 代弁者は人間、その代表者を疑わせる事になり、果ては収拾が付かなくなる。

 彼らは特定の知識層以外、異常に低い教育水準のまま、善悪の判断すらも代弁者に任せ信じきっている。
 新興宗教団体、完全なるカルト集団。

 文化文明を向こうの年代と同じにし、労働を課す事で民の考える隙を無くし、頭の良い人間に尽くす様に仕向けている。
 カーストや宗派を悪用したデストピア、しかも完成されたデストピアに限りなく近付いている。

 向こうでの考えなら宗教は排除されている、けどココでは真に融合を果たし、機能してしまっている。

 正に完全に機能する独裁国家で、本当に中世してくれちゃっている。

「アナタの正義とは違うんですよね」
「と言うか他の宗派ですら認めない、と正式に認めたのだから、ココでの正義はコチラなんだけど」

 デストピアが成立している理由の1つは宗教の活用、そして他国を利用している事。
 両国は、隣国から素晴らしい神の国として嫉妬され、狙われていると教えている。

 スペインでは、国境を守る敵側の軍隊を侵略者だと教育していると同時に、辺境は天国とされている。

 諸外国から来た有力者を複数人住まわせ情報を引き出し、懐柔出来たなら不便な民を密かに殺処分させ、仲間だと意識させる。
 そして情報が無くなれば殺し、次の有力者を住まわせ、情報を引き出しながら殺処分に手を染めさせる。

 そうした無限ループが完成し、プロパガンダを無効化させ、亡命者を出させない対策が取られている。

 一方のアイルランドは、最早流刑地と化しているらしい。
 スペインで言う事を聞かないとアイルランドに島流しにし、良い子だと認められたなら戻って来れる、だが戻って来られるのは仕込みの人間だけ。

 全員が全員のスパイとして密告が推奨され、知恵が回るとなれば上層部からスペインへ、愚かで素直な者は罪を仕立てあげられアイルランドへ。

 過酷な労働環境ながらも子を持てば優遇される、そして子は一旦スペインへと送られ、子が産めぬ女性達に集団で世話をされ。
 成人の儀と称し12歳で見定めが行われる、あまりに愚かな子は殺処分され素直な子は労働階級へ、そして知恵が有り組織に従順であればスペインで良い生活が出来る。

 血統よりも実力を重んじる所がまた厄介、このままでは弱体化しない。

 女性は多く産む程に良い生活が可能、だが産めない者は性欲処理機として生きるか、子供の世話をするか、農民かを自分で選べる。
 そうして自分で選んだ以上、不満が出る事は殆ど無い、しかも孕めれば優遇されるので進んで性行為を行う。

 完全な循環形式が確立されている。

「何を悩んでいるんでしょうか?」
「ある意味で、完成された社会構造なのよ。外部から栄養が勝手に来るから、永遠に衰えなさそうなのよね」

「そう、栄養を絶つには?」

「隔離、確かにね、周りと言う名の敵が居るから一致団結しているのだし。そうね、ありがとう魔王」



 ウチの姉上はやっぱり凄いな。

『流石です姉う』
「やめなさい、で、どうなの」

『隔絶させ、自滅させる、その為の真の流刑地を探すんだよな。うん、アリだな』
「問題は土地なのよ」

《向こうに流刑地は》
「有るけど、先住の方が居る筈なのよ」
『姉上、行ってくんないか?』

「そうよね、その方が早いけど。ルツ、一緒に行ってくれる?」
《構いませんが》

「短期決戦で決着を付けたいの。3って数字が大事だから、3人で現れる方が威厳を発揮出来るんじゃないかと思って」
『おう、行ってくれ』
《では、その様に》

「じゃ、早速行きましょう」
『おう』
《では》

 時間稼ぎだけでもと期待してたんだが、情報を与えた事で姉上はしっかり冷静に考えてくれたし、お陰で良い案が出たし。
 コレもローレンスと伝書紙のお陰だな。

『はぁ、何とか良い方向に行きそうだな』
《じゃが戦争の始まりだとも言えるぞい、動き出せば容易には止められぬでな》

『変わる時は選べないんだろ、分かってる、寧ろやっとかって気分だな』
《流石王、豪胆じゃな》

『だろ』

 姉上が現れた時から、覚悟して腹括ってたんだ。

 俺らが呼んだ、と神々と共にルツに嘘を言った時から、ずっとな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人狼ゲーム『Selfishly -エリカの礎-』

半沢柚々
ミステリー
「誰が……誰が人狼なんだよ!?」 「用心棒の人、頼む、今晩は俺を守ってくれ」 「違う! うちは村人だよ!!」  『汝は人狼なりや?』  ――――Are You a Werewolf?  ――――ゲームスタート 「あたしはね、商品だったのよ? この顔も、髪も、体も。……でもね、心は、売らない」 「…………人狼として、処刑する」  人気上昇の人狼ゲームをモチーフにしたデスゲーム。  全会話形式で進行します。  この作品は『村人』視点で読者様も一緒に推理できるような公正になっております。同時進行で『人狼』視点の物も書いているので、完結したら『暴露モード』と言う形で公開します。プロット的にはかなり違う物語になる予定です。 ▼この作品は【自サイト】、【小説家になろう】、【ハーメルン】、【comico】にて多重投稿されております。

目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~

白い彗星
ファンタジー
十年という年月が、彼の中から奪われた。 目覚めた少年、達志が目にしたのは、自分が今までに見たことのない世界。見知らぬ景色、人ならざる者……まるで、ファンタジーの中の異世界のような世界が、あった。 今流行りの『異世界召喚』!? そう予想するが、衝撃の真実が明かされる! なんと達志は十年もの間眠り続け、その間に世界は魔法ありきのファンタジー世界になっていた!? 非日常が日常となった世界で、現実を生きていくことに。 大人になった幼なじみ、新しい仲間、そして…… 十年もの時間が流れた世界で、世界に取り残された達志。しかし彼は、それでも動き出した時間を手に、己の足を進めていく。 エブリスタで投稿していたものを、中身を手直しして投稿しなおしていきます! エブリスタ、小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも、投稿してます!

RiCE CAkE ODySSEy

心絵マシテ
ファンタジー
月舘萌知には、決して誰にも知られてならない秘密がある。 それは、魔術師の家系生まれであることと魔力を有する身でありながらも魔術師としての才覚がまったくないという、ちょっぴり残念な秘密。 特別な事情もあいまって学生生活という日常すらどこか危うく、周囲との交友関係を上手くきずけない。 そんな日々を悶々と過ごす彼女だが、ある事がきっかけで窮地に立たされてしまう。 間一髪のところで救ってくれたのは、現役の学生アイドルであり憧れのクラスメイト、小鳩篠。 そのことで夢見心地になる萌知に篠は自身の正体を打ち明かす。 【魔道具の天秤を使い、この世界の裏に存在する隠世に行って欲しい】 そう、仄めかす篠に萌知は首を横に振るう。 しかし、一度動きだした運命の輪は止まらず、篠を守ろうとした彼女は凶弾に倒れてしまう。 起動した天秤の力により隠世に飛ばされ、記憶の大半を失ってしまった萌知。 右も左も分からない絶望的な状況化であるも突如、魔法の開花に至る。 魔術師としてではなく魔導士としての覚醒。 記憶と帰路を探す為、少女の旅程冒険譚が今、開幕する。

白紙の冒険譚 ~パーティーに裏切られた底辺冒険者は魔界から逃げてきた最弱魔王と共に成り上がる~

草乃葉オウル
ファンタジー
誰もが自分の魔法を記した魔本を持っている世界。 無能の証明である『白紙の魔本』を持つ冒険者エンデは、生活のため報酬の良い魔境調査のパーティーに参加するも、そこで捨て駒のように扱われ命の危機に晒される。 死の直前、彼を助けたのは今にも命が尽きようかという竜だった。 竜は残った命を魔力に変えてエンデの魔本に呪文を記す。 ただ一つ、『白紙の魔本』を持つ魔王の少女を守ることを条件に……。 エンデは竜の魔法と意思を受け継ぎ、覇権を争う他の魔王や迫りくる勇者に立ち向かう。 やがて二人のもとには仲間が集まり、世界にとって見逃せない存在へと成長していく。 これは種族は違えど不遇の人生を送ってきた二人の空白を埋める物語! ※完結済みの自作『PASTEL POISON ~パーティに毒の池に沈められた男、Sランクモンスターに転生し魔王少女とダンジョンで暮らす~』に多くの新要素を加えストーリーを再構成したフルリメイク作品です。本編は最初からすべて新規書き下ろしなので、前作を知ってる人も知らない人も楽しめます!

NH大戦争

フロイライン
ファンタジー
呪詛を家業として代々暮らしてきた二階堂家。 その二十六代目にあたる高校二年生の零は、二階堂家始まって以来の落ちこぼれで、呪詛も出来なければ、代々身についているとされる霊能力すら皆無だった そんな中、彼の周りで次々と事件が起きるのだが…

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【第二部完結】 最強のFランク光魔導士、追放される

はくら(仮名)
ファンタジー
※2024年6月5日 番外編第二話の終結後は、しばらくの間休載します。再開時期は未定となります。 ※ノベルピアの運営様よりとても素敵な表紙イラストをいただきました! モデルは作中キャラのエイラです。本当にありがとうございます! ※第二部完結しました。 光魔導士であるシャイナはその強すぎる光魔法のせいで戦闘中の仲間の目も眩ませてしまうほどであり、また普段の素行の悪さも相まって、旅のパーティーから追放されてしまう。 ※短期連載(予定) ※当作品はノベルピアでも公開しています。 ※今後何かしらの不手際があるかと思いますが、気付き次第適宜修正していきたいと思っています。 ※また今後、事前の告知なく各種設定や名称などを変更する可能性があります。なにとぞご了承ください。 ※お知らせ

センシティブなフェアリーの愛♡協奏曲《ラブコンツェルト》

夏愛 眠
ファンタジー
とある大きなお屋敷の花園で生まれた、実体を持たないフェアリーのアシュリー。 ある日、禁忌のヒト化の魔法を使って、うっかりそのまま戻れなくなってしまったアシュリーは、初めて感じる実体の『触覚』のトリコになってしまう。 人間社会のモラルを持たないアシュリーは、お屋敷のお坊ちゃんのエルナンや庭師のジャンと次々関係を持っていくが……!? 天然ビッチなヒロインのイチャラブ♡逆ハーレムストーリーです。 ★ムーンライトノベルズに先行で投稿しています。

処理中です...