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旅立ち。

ロウヒ。

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「すみませんが、ロウヒ様のお宅でしょうか」
《そうよ、あら泣いて、どうしたの?》

「私はローシュ、ワイナミョイネン様を、看取りました」
《そう、それで、大変だったわね、いらっしゃいローシュ。後ろの子達も、さ、どうぞ入って》

 私は涙脆いと自覚している。
 だから、我慢していたのに。

『私はネオス、彼女はワイナミョイネン様の魔道具、遺品の相談に来たのです』
《アレは灰になって母なる太陽パイヴァタールと、死の国トゥオネラへと旅立ったで、今頃は精霊アッカに世話をされておろうよ》

《そう、そうでしたか》
《分からぬでか、ロヴィアタール》

《私にロヴィアタールの伝承が紐付いていれば良かったんですけど、死者の国の事は、全く》
《良い良い、敢えて聞いただけじゃよ》
『ご説明頂けますか、ロウヒ様、イルマタール様』

《様なんて良いのよ、若い人。そうね、私の影とも言える伝承を》
《お主はココの言葉しか話せぬじゃろ、我が語るで、茶でも用意してやると良い》

《ありがとうイルマタール》



 暖炉の前でルツさんが泣き続けるローシュ様を抱えて、ローシュ様がアーリスさんを抱えて。
 僕はお婆さんが紡ぐ毛糸を丸めるお手伝いをしながら、イルマタール様のお話を聞く事に。

《先ずは原典からじゃが、アレも悩んでおった章が有るのだよ、ロヴィアタールと9つの病の章じゃ》

 ロウヒさんがウッコ神に、敵を滅ぼす為の病を願った。
 そうして死の国の女神の娘、醜い姿のロヴィアタールが9つの病を妊娠して、彷徨って。

 それを助けたのがロウヒさんとウッコ神、バスタブで9人の赤子を取り上げて、名前を付けた。
 当時流行っていた病気を8つ。

《あれ?》
《10人産み、9つの病気を放ったとも言われるが、どちらも1人だけは病無し。だが争いと羨望を引き起こす魔術師となったのだよ》

 そうして9つの病なのか人なのかを、カレルヴォやヴィノラへと差し向けた。

《そう言えば何処かでも魔女は9人、でしたね》
《そしてアレは考えたんじゃ、どこぞの王に捨てられた妃達が9人産んだのではないか、とな》

「捨てられた女性達を拾っていた、そうして面倒を見てたのもロウヒ、差し向けたのもロウヒ、けれど王妃や側妃の子であっては問題になる、だから全てロウヒが産んだ事にしたか、敢えて混同させたか、同一視させたか」

《うむ、そうしてワイナミョイネンとウッコと創造主で、サウナを使い病を撃退したんじゃと》

「創造主って」
《書に残した当時は1835年頃、隣の帝国の影響も有ったでな、一神教を織り込まずに本を出す事は不可能だったのかも知れんのじゃよね》

《あのー、そこも気になるんですけど、ウッコ神が病を与えたのでは?》
「そうよね、そうした両面性があるにしてもだし。仮に王太子達だったとしても、クレルヴォの事を学習してたなら」
《うむ、クレルヴォの章の後じゃ。じゃが、そもそも後に改変してカレワラに組み込まれたらしい、形見のナイフは創作なんじゃと》

《へー、凄い、上手なんですね編纂が》

《“イルマタール、ショーヤタールの話は?”》
《ぁあ、バーバヤーガの様に、3姉妹9人の王太子の子を孕む物語に絡むんじゃ。そして後期に出た他の書では、ロヴィアタールでは無くショーヤタールが産み、洗礼を受けさせたとする物もあるらしい。そして梅毒がショーヤタールに関連しておる》

「それもう確定では?」

《そう簡単にいかぬのが神話体系なんじゃよ、ショーヤタールは蛇トカゲと狼を生み出したんじゃ》



 俺は全く分からない、けれどルツさんは。

《ちょっと待って下さい、もしかして北欧神話、エッダに繋がるのでは?》
《うむ、流石じゃのうルツ坊》

《いえ、そうでは無く》
《アレの名さえ言わねば良い、ラウフェイの、で問題無い》

「それ、何処かで」
《ダメですよローシュ、その名を口にするのは危険です》

《くふふふふ、ウッコは雷神、トールもまた》
「あっ」
《彼の性質は理解していますね、ローシュ、決して名を口にしないで下さい》

 珍しくルツさんが強硬手段を、ローシュの口を塞いでいる。

《そうそう、アレ関連じゃがフレイアには2つ名、Vanadísヴァナディースと付けられておる。愛と豊穣の女神じゃよ》
《まさか、ヴィーナス様ですか?》
『ぁあ、それで。ロヴィアタール、ロウヒ、ラウフェイ?』

《まぁ、文字が違うとるし、詳しくは分かっとらんらしいが。フィンランド神話のカレワラと他の北欧神話は全くの別物じゃ、とするのは、少し無理が有るとは思わんか?》

《まぁ、無理でしょうね、ギリシャ・ローマとは地続きなんですし。神話は互いに影響し合う、それこそローシュの居た場所の様に、海で隔てられた場所ですらも合流が起こっているそうですから》

《“もう、そろそろ放してあげたら?”》
《ぁあ、ローシュ、言わない自信は有りますか?》

「ちょっと、自信無いわ、魔法で封じて欲しい」
《ふむ、では封じてやろう》

 俺やネオス、それこそファウストは4大元素、火・水・風・土をどうにか出来る魔法は知ってるけれど。

『コレは、そもそも4大元素で言う、どの魔法なんですか?』
《コレもギアス、呪いとも祝福とも呼ばれるモノに近いやも知れぬが、寧ろコレが魔法じゃよね》

「魔術は理解、魔法は直感って感じですよね」
《そうなんじゃよねぇ、原理だ理屈だ頭で使おうとするのが魔術、魔法はもう何となくなんじゃよね》
《まぁ、そう言うモノなんですよ。逆に言えば、多少の理屈さえ分かっていれば出来るとも言えますね》

「って言うけど、どうにも髪を乾かす魔法が納得いかないのよ」
《ミイラ作りですよローシュ、実は全てのミイラは髪を乾かす魔法の犠牲者なんです》
《そうなんですか?!》

「もー、逆に使うのが怖くなるじゃない」
《私に乾かされれば良いだけですよローシュ》
《ねぇルツさん、本当なんですか?》

《風や空気を司るエアと呼ばれる神が犠牲を嘆き、今後は乾くウスカットと唱えても人々を干乾びさせない、と神々や精霊に約束させた。とウチでは言われていますよ》
《じゃあ逆に干乾びさせる方法は?》

《ミイラの製法か、神々より与えられる魔法でしか得られない、とされてますね》
「本当、一生使える気がしないわ」
《僕、自分だけで練習してみますぅ》

《冗談ですよ、半分は》
《もー、半分ってどこですかぁ?》
「こう、水分の適正量が失われない理屈が分からないのよね、布だって同じ呪文で乾かしちゃうのに」
《コレじゃよコレ、逆に理屈で埋まってもイカンのじゃよねぇ》

《“ふふふ、元気になったみたいね”》
「“あ、すみませんロウヒ”」

《“良いのよ、誰を看取っても、失うのは辛いもの”》



 ローシュの目、すっかり赤くなっちゃって、後で治してあげないと。

「それで、遺品の整理をと」
《良いの、イルマリネンの分は彼に、後はアナタの好きにして》

「向こうにはロウヒに渡せと言われたのですが?」

《そう、じゃあ、アナタにあげるわ》
「いや、いえ、一先ずは整理させて下さい、アナタの分とイルマリネンさんのと分けたいので」

《ぁあ、そう、分かったわ》
「じゃあ扉をたたく人を設置させて貰いますね」
《“手伝いますよローシュ”》

 さっき置いてたヤツだ、そっか、成程ね。

《まぁ、本当にワイネミョンの家に、ぁあ、彼は本当に居ないのね》
「私はココに住むつもりは無いので、出来れば家もどうにかしたいのですが」
『ローシュ、寧ろ良い方を紹介して貰っては?』

「あぁ、確かに」
《良い方って?》

「頭が良い者を探しているんです、旅の手助けに、ついでにココに住んで貰える様な人に」

《居るわ、それこそ私の子孫とも言える子なのだけど、そうね、良い子が居るわ》
「ご紹介頂けませんか?」

《少し待っててね》

 そう言ってロウヒが伝書紙に何か書いて、飛ばして。
 整理を初めて少ししてから、ロウヒの家のドアがノックされて。

『お祖母ちゃま、急用って聞いたのだけれど』
《ワイネミョン様が亡くなって、アナタに家を継いで欲しいんですって》

『えっ、でも遠いし』
《そのドアよ、開けてみて》

『家?いつ増築したの?』
《オウルからは少し遠いけれど、その家が有るのはロヴァニエミよ》

『えっ、凄い、って言うか何で?』
《頭の良い子に継いで欲しいんですって、このドアも含めて》

『その前に、この方達は?』
《ワイネミョンと私のお友達、看取ってくれたの》

『あぁ、そうなんですね、凄い、ありがとうございます。あのままじゃ7大悪魔の悲嘆にでもなっちゃうかと心配してたんです』
《もう、滅多な事を言ったらダメよ、ラウフェイのも》

『はいはい、ソレは特に気を付けます、悪魔より厄介だって噂なので』
《そうそう、気をつけて。私は暫く整理しているから、宿泊所をご案内してあげてくれる?遠くからいらっしゃってくれたから》

『ブルーラグーンの宿泊所?』
《そうそう、ちゃんとロウヒの客だと伝えるのよ?》

『はい、じゃあご案内しますね』

 ローシュが少し驚いたけど、何の事なんだろ。



「ルツ、ココ、憧れだったの」
《どうして言わなかったんですか?》

「だって、この時代に存在してると思わなかったから」
《成程》

「と言うかアイスランドに居るとは、てっきりフィンランドだとばかり」
《落ち着いて下さい、知恵熱が出そうな顔をしてますよ》

「もう良い年なんだから出さない、筈」
《それでも無理はしないで下さいね》

「あ、ネオスも、皮膚が弱い部分は気を付けてね」
『はい』

 ルツさんとアーリスの提案で、男女別れているからとローシュが男になり全員で入浴する事に。
 青白い、水色のお湯。

「あー、夢みたい、凄い」
《深い所は深いそうですから、気を付けて下さいね》
《凄い、グングン進んで行っちゃった》
『珍しい、あんなにはしゃいでるの中々無いよ』
『海路でも寄る事は無い場所でしょうし、セレッサのお陰ですね』

《そうですね、向こうの大陸に行くにしてもセレッサでの移動でしょうし》

《あ、何か話し掛けられてる》
《ちょっと、行きましょうか》
『だね』

『ネオス、君を煽った事は、少しだけ悪かったと思ってる』

『ローレンス、具合でも悪いんですか?』
『素直に謝ってるのに君は素直じゃ無いね?』

『ぁあ、すみません、何故急に心変わりをしたのかなと』

『クレルヴォの事、あの剣は本当に魔法の剣だと思うかい』

『ウッコ神が渡したのは、剣の使い手だと?』
『幾ら魔法や魔導具が有ったにしても、話す剣よりは、寧ろそう思った方が簡単だろう』

『ウッコ神の片腕の様な方』
『ラウフェイの、そう考えるともっと簡単だと思うんだが、どうだろう』

『誤魔化し半分ですね?』
『半分はね』

『私は寧ろ転、御使いなのではと』
『ほう』

『ウッコ神の剣を名乗り、同行した。そうして時にロウヒを名乗り敵を撃退した、けれども負け、神と魔法と共に消える事になった』

『有って当たり前、有る筈のモノが無い、どんな気持ちなのだろうね』
『私達が向こうへ行ったら、使えないのか、使わないのか』

『確かに、使えば悪目立ちをするし、悪用すれば神々含めてどうなるかも不明なら、使わないだろうね』
『神々も、単に見える者と見えない者で分かれているのかも知れないですし』

『使えず、居らずなら、君はどうする?』

『ローシュが居ないなら死んでしまいたいですね』
『だよね、俺もそう思う。だからもしかして、クレルヴォがそうだったのかもと、もう無限に考えてしまうね』

『ぁあ、確かに、クレルヴォがそうなら、やさぐれや不器用さも。成程』

『こう言う部分は素直なのに』
『良かったですね、ローシュに出会えて』

『そうだね、本当にそう思うよ、俺がクレルヴォになってたかも知れないからね』
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