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旅立ち。
神様と医師と患者と。
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「そうそう、ルイ、メリュジーヌ様の焼き菓子ってご存知?」
《何だいそれは》
「向こうに記述が有ったのだけれど、探し方が悪かったのか、どうにも全く絵すらも出て来なくて」
《成程、どんな菓子なんだい?》
「木型を使った焼き菓子、とだけで」
《ほうほう》
「そう、捧げるお菓子的なのが有れば、どうかしらと思って。ねぇ、陛下?」
『素敵な案だわ、直ぐに作りましょう』
《ですけど、先ずは本来の菓子を》
『アレね、チュイルみたいで凄く素朴で良いのだけれど、ね』
コレ、ルイには見えて無いわね。
それに、他の人にも。
『あぁ、どの様なモノがお好きでらっしゃいますか、メリュジーヌ様、お聞かせ下さいませ』
『そんな、我儘は言えないわよ、ねぇ?』
「ルイ、メリュジーヌ様が遠慮無さってらっしゃるわ」
《そんな、ご要望が有れば是非お伺いさせて頂きたいんですが》
『こう、焼き菓子では無くて、何か無いかしら?』
あ、コレ、私に案を出せと。
「であれば、ゼリーはどうかしらルイ」
《それが正史には無いんですよ、ゼリーは食事、だそうで》
『けど、ね?お願いよローシュ』
『頼みますね、ローシュ』
「はぃ」
このやり取りを見ていた忠臣は、コレで陛下も国も安泰だ、となったらしいのは良いんだけど。
《毒味みたいな事をさせてごめんよローシュ》
「良いのよ、正史に無いのだから、それこそ私が適任でしょうし」
サンジェルマン家のお陰で、材料は直ぐに揃った。
ゼラチンは常温では溶けてしまうので、寒天とキャロブビーンズ、その2種類が候補に挙がった。
のは良いんだけど、何よキャロブビーンズって、アガーって何よ。
《あ、コレはね、甘味料を探す過程で知ったらしいよ》
「あぁ、ならコレだけで甘いは甘いのね」
少しビビりながらも食べてみたけれど。
ココア風味で美味しい。
でも、色がね、メリュジーヌ様をイメージしたお菓子で茶色は。
《その感じは、ダメだったのかな?》
「いえ、こう、色を拘りたいなと思ってしまって」
深く頷いてらっしゃるし、コレ、私とんでもない事を言い出してしまったわね。
《透明度や成分濃縮の為、ウチの潤滑材の製法を教えるのは良いんですが。対価、ですよね》
《ぅう、ブランシュはダメだよブランシュは》
「じゃあブランシュに似た能力の子を下さいな」
《ぇえー》
『良いわよ?』
「ほら、良いっ、宜しいんですかメリュジーヌ様」
『こう、ね、虐げられているし』
《直ぐに向かわせます》
『じゃあ馬に魔法を掛けておくわね』
《はい!》
《本当に、大事になってきましたね》
『ふふふ、ありがとう』
「いぇぃぇ」
《冗談ですよ、どうですか楽しい宮廷暮らしは》
「クーちゃんにも味あわせたかった」
《アナタがメランコリーになりますか》
「はぁ、けど、残るって言い出してたかも知れないから、コレはコレで良いとは思うんだけど。似合わない、顔面がアレな巨女には圧倒的に似合わない、この空間」
《そう思ってるのはアナタだけですよ》
「ぅう、寧ろ、私の周りが全部ガラスって感じだわ」
《その程度の強度でアナタの周りに居るのがいけないんですよ》
「凄い事を言うわねルツ」
《丈夫ですから》
「50過ぎとは思えないわよね、色んな意味で」
《まぁ、25には見えるらしいですからね》
「その下に私が見えてる、って言うのがもう、本当に分からない」
《そこは見慣れない、と言う事で片付けて、クリスティーナに会いに行きましょう》
「何故クリスティーナが?」
《アナタに会いに、ですよ》
「あら、心配させてたのかしら」
《寧ろ陛下にも会いに、だそうで、幼い頃からのご友人だそうです》
「えっ」
《大丈夫ですよ、事情を知った上で来るそうですから》
「それ、何で私が知らないの?」
《ルイがアレだったので、伝え忘れでしょうね》
陛下の方は元から信用が有り、特に問題は無いのですが。
元女王の方が、非常に問題でして。
『私、良いましたわよねイザヴォー』
僕は今、社会勉強の為だって、クリスティーナさんとネオスさんと一緒に牢の前に居る。
《だって、あの人が》
『彼が拒絶したのはアナタの心の浮気が先だって聞いてますけど』
クリスティーナさん、元女王陛下に凄く怒ってる。
3人は子供の頃からの知り合いで、決して裏切らない様に、いつまでも仲良くしましょうって約束してたんだって。
《ぅう、ごめんなさい》
『どうしてなの、イザボォー』
《子供も手が掛からなくなって、寂しくて》
『本当にそれだけなら、正式な側室に迎えれば良かったでしょう』
《だって、好きなのはあの人だけだし、評判も心配だし》
『なら我慢すれば良かった筈よ』
《でも、寂しくて》
『イザボォー、アナタ何を隠してるの?』
《だって、凄い大きいって、満足させてくれるって言うからぁ》
『はぁ』
《お願い、もう2度としないから》
『1度、薬を処方された段階で止めていれば良かったのよ』
《どうしたら》
『割れた卵は戻せないのよ、シャルルを壊した責任がアナタには有る』
《あの人に会わせて》
『更に壊すかも知れないでしょう、無理だわ』
《でも、私達約束したじゃない》
『最初に裏切ったのはアナタよ、そして何度も裏切ったのもアナタ、どうしてなの』
《だって、アナタ達が優秀だったから、不安で》
『子を産み育てたじゃない、良い子に育ったのに』
《それでも、せめて、女としての自信をって》
『それで何回も非公式な浮気をして、何回も病気を移されて、国民の血税と薬を使って治して。自信が付いたの?』
《ぃぇ、お願いクリスティーナ、1人にしないで》
『薬で治ったら同じ房にしてくれるそうよ、彼と、優しいわね』
《そんな、シャルルはそんな》
『その決定をしたのはアナタの娘よ、何度も忠告したそうね、妾を作っても構わないから紹介して欲しいと。誤魔化せてたと思ってるのは、その隣の男とアナタだけよ』
《そ、子供にまで》
『前から注意していた筈よ、顔に出易いって』
《いや、そんな》
『死にたければどうぞ、でもアナタの墓にはシャルル6世、狂気の国婿としか書かれないわよ』
《そんな、違うの、ごめんなさい》
『アナタを愛していた優しい人を、アナタが壊した、けれど生きていられるのだから。少しは反省しなさい』
《悪かったわ、謝るから、お願いクリスティーナ!戻って来て!!》
『ふぅ、お疲れ様、どうだったかしら』
《何度も同じ話になりそうだったから、切り上げたんですよね》
『そうね』
『お疲れでしょうから、少し休んで下さい、お茶を淹れますから』
『ネオス、アナタは優しい子だから怯えているのよね、愛に』
ネオスさんは、口はキツく言ったりもするけど、確かに凄く優しい。
争い事も嫌いだし、女の人の悲しい声も嫌いだし。
《ネオスさんを心配してくれてるんですね、クリスティーナさんは》
『あんなにとろける様な顔をしているのに、ローシュは気付かず子供扱いのままなんだもの。このまま黙っていたら、一生その関係は変わらない。でも、それがアナタの本当の望みなのかしらね?』
『私は、彼女に恩が、大きな恩が』
『その恩を返すまで、そう意地を張るのは良いけれど、道半ばでどちらかが亡くなってしまっても、本当に後悔しない?そう残される側って、凄く辛いのよ』
《クリスティーナさん、誰かを亡くされたんですか?》
『サンジェルマン家の方に、他の世界の私の末路を。そして今さっきも、亡くしてしまったから』
《僕も居ますし、ローシュ様も居ますよ》
『ありがとうファウスト』
空いた穴は、付いた跡は消えないってローシュ様が言ってた。
クリスティーナさんにも、大きな跡が2つ。
ローシュ様は、何個穴と跡が有るんだろう。
「ブランシュ、アナタと彼とは隔離が必要ですね」
『あぁ、ですよね』
ローシュに、ブランシュの恋の悩みを打ち明けさせた時は、それこそ見極める為だと思っていた。
けれど、彼女の真面目さを理解していない、軽薄な行動だった。
「身分差等では無く、コレはお互いの為に、です。患者が医師や手当てをしてくれた者に惚れるのは非常に良く有る事、それこそ寓話を挙げればキリが無い。そう、お勉強なさらなかったのですか?」
《ブランシュ、そこは本当にごめんよ、当たり前過ぎて教えられて無かったみたいだね》
「ヒポクラテスの誓い、4原則、知りませんか」
そう、この原則さえ知っていれば、教える必要は無いだろうと思っていた。
自分の素地、他人の素地の違いを見誤っていた。
『いえ、知って、います』
「このまま付合いを続けるなら、無加害の原則、公平・正義の原則に反する事になる。患者とは弱い立場なんですよ、ブランシュ、弱いからこそ勘違いをし易い。アナタに既に夫が居ても喜べますか、アナタの夫が同じ状況になったら歓迎出来ますか」
《ローシュ、良いかな》
「どうぞ」
《ブランシュ、人魚姫に灰かぶり姫を知ってるね。人生や生死を救われれば、恩義を感じて当たり前。けど、じゃあ恩義なのか恋なのか、判断する時間はお互いに必要だと思う。その為の時間、真の愛に辿り着く為の時間、だとは思えないかな?》
彼女にとっても、初恋。
そう単なる初恋だったなら、医師と患者でなければ、諸手を挙げて応援した。
けれど。
ブランシュと患者を守る為に、どうしても隔離をしなければならない。
僕の評判より、弟子と患者を守るのが僕の義務でも有るのだから。
「寓話は知っていますか?」
『はい』
「人魚姫、もし私が悪しき者なら、無償で尽くしてくれる便利な生き物だな。と思って側室にしようとしたのだろう、つい、そう思ってしまうんです。ブランシュ、アナタは優秀です。だからこそ、どうしたら相手には打算が無いだろう、そう思えるのですか?」
『真面目で、誠実な方ですし』
「裏の裏まで知ってらっしゃるんですか?」
『それは』
「ブランシュ、医師を辞めろとも言いませんし、付き合うなとも言えません。ですがもし次に何処かで怪我をし、他の誰かに治療されたら惚れるかも知れない様な人と娘が結婚するとなれば。結婚だけなら良いですが、不仲や浮気ともなれば、ルイの評判まで」
《ローシュ、ごめんよ、ありがとう》
「私、離縁経験が有るのでつい、失礼しました。下がらせて貰いますね」
《うん、すまない、ありがとう》
離縁を経験しているかも知れない。
真面目かも知れない、道徳心が高いかも知れない、そう言った考えが圧倒的に足りなかった。
ハーレム形成者だからと、配慮を怠ってしまった。
『あの、ルイ先生』
《いきなり隔離はしないよ、ただ良く話し合って欲しい。あらゆる状況を想定して、話し合う、僕ら医師がしてきた事と同じ事をするだけだよ》
まるで自分に言われているかの様に、耳に痛い、心に刺さる言葉だった。
『ローシュ』
《ローシュ様大丈夫ですか?》
「あらネオス、ファウスト、恥ずかしい所を見られちゃったわね」
『いえ、優しさ故でしょうから』
「ファウスト、通訳してしまったのね」
《ローシュ様が心配だったので》
恋では無く、単に恩義を感じているだけでは無いのか。
離れて見極めるべきではないのか。
受け入れたくない現実とは、こう云う事を言うのだろうか。
「良い機会だし、説明するわね。アレは転移性恋愛かも知れないって話なの」
《転移、心理学の転移ですか?》
「そう、博識さんね?」
《ルツさんに教えて貰いました、自己投影とか同一視とか》
「そう、それら全てを患者は医師に対して行ってしまっている、かも知れない」
《無意識に、無自覚に》
「そう」
『恩義なのか恋愛感情なのかを区別するには、離れるしか無いんでしょうか』
「向こうでね、患者を食いまくった超有名な精神科医が居るのよ、結婚しているのに食い散らかして居直って。それで余計に近親相姦並みにタブー視すべきだ、されるべきだ、ってなってるの。それこそ、そんな医者に私や子供を診せたくないでしょう」
《うん、凄く嫌です》
「しかもその評判が広まれば、直ぐにヤらせてくれる奴だ、惚れっぽい馬鹿だとなってしまう」
《それで不仲になって、離縁してしまったら、それこそ噂が本当だったんだ。ってなっちゃうって事ですよね》
「そうそう、誠実で真面目で、本当に良い人なら問題は無いけれど」
《周りの情報だけで上手く行くなら、離縁は存在して無いんですもんね》
「ね」
『なら、アレは、作られた恋愛感情なんでしょうか』
「転移され、逆転移してる可能性は高い。けれど本物かどうかは分からない、でも」
《でも?》
「付き合い、結婚したら、医師を辞めさせられる可能性も有るのよ」
《患者の方の、嫉妬、ですか?》
「そう、嫉妬に独占欲。今は無いかも知れないけれど、もし出てしまったら。自分が惚れた様に、他の患者も惚れるかも知れない。自分に惚れた様に、他の患者に惚れるかも知れない。そうして束縛して、解散するか、囚われるか」
『献身的に尽くされると、好意を発生させてしまう』
「まぁ、だからこそ同性が安心ではあるのだけれど、同性愛も有る。なら如何に医者が距離を取るか、冷静に客観視しなくては、何かを見落とすかも知れないのだから」
《それで、ローシュ様は冷静であれ、と思ってるんですか?》
「馬鹿だからよ。自分が良く失敗すると知っているからこそ、出来るだけ間違えない様にしたいし、他人にも間違えて欲しくはない」
《僕がローシュ様を好きなのは、間違いですか?》
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。帰ってから、落ち着いてから良く考えたら良いだけ、アナタが親しみを感じてくれているのは良く分かってる、でもそれが愛かどうかの判断を急ぐのは愚か。若いんだから周りを良く見なさい、そう良く判断してから、ね?」
《はーい》
国に帰るまでは、離れなくても良い。
その言葉に酷く安心してしまった、それと同時に帰るのが嫌にもなってしまった、帰れば離れる事は確実なのだから。
『帰ったら、確実に離されてしまうんですよね』
ネオス、好きって話の前に、コレって。
『もう好きじゃん?』
《ですよね?》
《こうなる前に恩義を返せていても、好意を伝えていても、もうこうなってしまっては確実に離されるでしょうね》
『だね』
《可哀想》
《君もですよファウスト》
《えー》
『それこそファウストは大きくなるまで会えないかもね』
《やだぁ》
《流石に年に2回位は会うんじゃないですかね、ふふふ、冗談ですよ半分は》
《半分本気じゃないですかぁ》
《ローシュがブランシュ嬢よりも幼く、恋を知らないで誰かに愛を囁かれていたら、他を見て欲しいとは思いませんか?》
《そうですけどぉ》
《そしてブランシュと同じく私利私欲の為に仕事をしているワケでは無い、外遊は国の為だと思って貰うには、君達を囲うワケにはいかない。ローシュや君達の問題、と言うよりは周りがどう思うか、です》
『悩ませたく無いなら、差し控えるべきですよね』
《それはどうでしょうね、ネオスは大人ですし、幼いとも愚かだとも思われてはいない。君がどの様な道を選ぶか、歩むかは君の自由ですから》
『けど、そうは言ってもなぁ、利害関係が有るからってルツを受け入れなかったんでしょ?』
《ですね》
《えー、ルツさんでも無理だったなら無理かもじゃないですかぁ、いやだぁ》
『良いでしょ』
《んー、アーリスさんの意地悪ぅ》
『そうかなぁ』
《都合良く事が運ばないのが大人の人生、アーリスは今のウチから君に想定させてくれている、なら寧ろ優しい方ですよ》
『ほら』
《ふぇぇ》
ネオスが多分、恐れてるのは拒絶。
僕はローシュに拒絶された事が無いから想像だけだけど、多分、凄い落ち込むと思う。
だからルツは凄い、何度も断られても折れなかったって、今ならファウストみたいに泣ける自信が有る。
《拒絶が怖い程度で引くなら、そのまま身を引いたままの方が楽かも知れませんね、ローシュの相手が私とアーリスなんですから》
『ローシュは、1対1が理想的だって思ってるしね、増やすなんて考えても無いだろうし』
《さぁ、それはどうでしょうね》
『えっ、ルツ、冗談だよね?』
《さぁ、どうでしょうね》
私の親友2人の面倒を、ローシュが見る事になるだなんて。
『本当、ごめんなさいね』
「いえいえ、お世話になった恩返しですから、そう気になさらないで下さい」
サンジェルマン伯爵家に目を留められる程の才女ローシュ、創設されてまだ新しい学園へ招かれ、王宮へと召還された。
そして見事に彼を救い、国を救ってくれた。
『それにしても見事な手腕だわね』
「あの、こう、コレで宜しかったんでしょうか?」
『だって、今から跡目争いをさせては国が乱れるかも知れないんだもの、寧ろ最良の選択だったと思うわ』
「親友でらっしゃった、と」
『そうね、でも残念だけど、約束を交わした親友はもう居ない。アレはその残骸、それに彼を救ってくれたんだもの、寧ろ重畳だわ』
「救ったのでしょうか」
『重責からの解放までは望んでは居なかったのでしょう、だからこそイザヴォーと名乗った、降りたかったら侍女にでもなってたんじゃないかしら。彼は良い人だから侍女にも友人は居たし、それこそ王宮には彼の味方ばかり、それが彼女を追い詰めてしまったのかも知れないけれど』
「側室を迎える覚悟をなさらなかった故かと」
『そう、王族なのだから、もっと上手く立ち回れば良かっただけ。欲張りたいなら上手くやらないと、それが無理なら我慢すれば良かったのに』
シャルルからの愛が冷める事をあんなにも恐れていたから、だから安心していたのに。
自ら踏み外した、病に掛った時点で止めておけば、なのに何度も何度も。
「クリスティーナ、アガーって知ってらっしゃる?キャロブビーンズ」
『あぁ、高級品よね、カカオに似てるって聞くけれど』
「ココには柔らかいお菓子が無いって聞いて、試食して下さらない?」
『あら、良いのかしら、本当に高級品なのよ?』
「サンジェルマン伯爵家のご助力で、今、メリュジーヌ様の為のお菓子を製作中なんですよ」
『まぁ、そうなのね、私も強くて素晴らしい女神様だと思ってるの。そう、そんなお菓子を食べさせてくれるなんて、頂くわ』
「まだ試作ですからね、そう期待しないで下さいよ」
『はいはい、早く、そう焦らさないで』
《何だいそれは》
「向こうに記述が有ったのだけれど、探し方が悪かったのか、どうにも全く絵すらも出て来なくて」
《成程、どんな菓子なんだい?》
「木型を使った焼き菓子、とだけで」
《ほうほう》
「そう、捧げるお菓子的なのが有れば、どうかしらと思って。ねぇ、陛下?」
『素敵な案だわ、直ぐに作りましょう』
《ですけど、先ずは本来の菓子を》
『アレね、チュイルみたいで凄く素朴で良いのだけれど、ね』
コレ、ルイには見えて無いわね。
それに、他の人にも。
『あぁ、どの様なモノがお好きでらっしゃいますか、メリュジーヌ様、お聞かせ下さいませ』
『そんな、我儘は言えないわよ、ねぇ?』
「ルイ、メリュジーヌ様が遠慮無さってらっしゃるわ」
《そんな、ご要望が有れば是非お伺いさせて頂きたいんですが》
『こう、焼き菓子では無くて、何か無いかしら?』
あ、コレ、私に案を出せと。
「であれば、ゼリーはどうかしらルイ」
《それが正史には無いんですよ、ゼリーは食事、だそうで》
『けど、ね?お願いよローシュ』
『頼みますね、ローシュ』
「はぃ」
このやり取りを見ていた忠臣は、コレで陛下も国も安泰だ、となったらしいのは良いんだけど。
《毒味みたいな事をさせてごめんよローシュ》
「良いのよ、正史に無いのだから、それこそ私が適任でしょうし」
サンジェルマン家のお陰で、材料は直ぐに揃った。
ゼラチンは常温では溶けてしまうので、寒天とキャロブビーンズ、その2種類が候補に挙がった。
のは良いんだけど、何よキャロブビーンズって、アガーって何よ。
《あ、コレはね、甘味料を探す過程で知ったらしいよ》
「あぁ、ならコレだけで甘いは甘いのね」
少しビビりながらも食べてみたけれど。
ココア風味で美味しい。
でも、色がね、メリュジーヌ様をイメージしたお菓子で茶色は。
《その感じは、ダメだったのかな?》
「いえ、こう、色を拘りたいなと思ってしまって」
深く頷いてらっしゃるし、コレ、私とんでもない事を言い出してしまったわね。
《透明度や成分濃縮の為、ウチの潤滑材の製法を教えるのは良いんですが。対価、ですよね》
《ぅう、ブランシュはダメだよブランシュは》
「じゃあブランシュに似た能力の子を下さいな」
《ぇえー》
『良いわよ?』
「ほら、良いっ、宜しいんですかメリュジーヌ様」
『こう、ね、虐げられているし』
《直ぐに向かわせます》
『じゃあ馬に魔法を掛けておくわね』
《はい!》
《本当に、大事になってきましたね》
『ふふふ、ありがとう』
「いぇぃぇ」
《冗談ですよ、どうですか楽しい宮廷暮らしは》
「クーちゃんにも味あわせたかった」
《アナタがメランコリーになりますか》
「はぁ、けど、残るって言い出してたかも知れないから、コレはコレで良いとは思うんだけど。似合わない、顔面がアレな巨女には圧倒的に似合わない、この空間」
《そう思ってるのはアナタだけですよ》
「ぅう、寧ろ、私の周りが全部ガラスって感じだわ」
《その程度の強度でアナタの周りに居るのがいけないんですよ》
「凄い事を言うわねルツ」
《丈夫ですから》
「50過ぎとは思えないわよね、色んな意味で」
《まぁ、25には見えるらしいですからね》
「その下に私が見えてる、って言うのがもう、本当に分からない」
《そこは見慣れない、と言う事で片付けて、クリスティーナに会いに行きましょう》
「何故クリスティーナが?」
《アナタに会いに、ですよ》
「あら、心配させてたのかしら」
《寧ろ陛下にも会いに、だそうで、幼い頃からのご友人だそうです》
「えっ」
《大丈夫ですよ、事情を知った上で来るそうですから》
「それ、何で私が知らないの?」
《ルイがアレだったので、伝え忘れでしょうね》
陛下の方は元から信用が有り、特に問題は無いのですが。
元女王の方が、非常に問題でして。
『私、良いましたわよねイザヴォー』
僕は今、社会勉強の為だって、クリスティーナさんとネオスさんと一緒に牢の前に居る。
《だって、あの人が》
『彼が拒絶したのはアナタの心の浮気が先だって聞いてますけど』
クリスティーナさん、元女王陛下に凄く怒ってる。
3人は子供の頃からの知り合いで、決して裏切らない様に、いつまでも仲良くしましょうって約束してたんだって。
《ぅう、ごめんなさい》
『どうしてなの、イザボォー』
《子供も手が掛からなくなって、寂しくて》
『本当にそれだけなら、正式な側室に迎えれば良かったでしょう』
《だって、好きなのはあの人だけだし、評判も心配だし》
『なら我慢すれば良かった筈よ』
《でも、寂しくて》
『イザボォー、アナタ何を隠してるの?』
《だって、凄い大きいって、満足させてくれるって言うからぁ》
『はぁ』
《お願い、もう2度としないから》
『1度、薬を処方された段階で止めていれば良かったのよ』
《どうしたら》
『割れた卵は戻せないのよ、シャルルを壊した責任がアナタには有る』
《あの人に会わせて》
『更に壊すかも知れないでしょう、無理だわ』
《でも、私達約束したじゃない》
『最初に裏切ったのはアナタよ、そして何度も裏切ったのもアナタ、どうしてなの』
《だって、アナタ達が優秀だったから、不安で》
『子を産み育てたじゃない、良い子に育ったのに』
《それでも、せめて、女としての自信をって》
『それで何回も非公式な浮気をして、何回も病気を移されて、国民の血税と薬を使って治して。自信が付いたの?』
《ぃぇ、お願いクリスティーナ、1人にしないで》
『薬で治ったら同じ房にしてくれるそうよ、彼と、優しいわね』
《そんな、シャルルはそんな》
『その決定をしたのはアナタの娘よ、何度も忠告したそうね、妾を作っても構わないから紹介して欲しいと。誤魔化せてたと思ってるのは、その隣の男とアナタだけよ』
《そ、子供にまで》
『前から注意していた筈よ、顔に出易いって』
《いや、そんな》
『死にたければどうぞ、でもアナタの墓にはシャルル6世、狂気の国婿としか書かれないわよ』
《そんな、違うの、ごめんなさい》
『アナタを愛していた優しい人を、アナタが壊した、けれど生きていられるのだから。少しは反省しなさい』
《悪かったわ、謝るから、お願いクリスティーナ!戻って来て!!》
『ふぅ、お疲れ様、どうだったかしら』
《何度も同じ話になりそうだったから、切り上げたんですよね》
『そうね』
『お疲れでしょうから、少し休んで下さい、お茶を淹れますから』
『ネオス、アナタは優しい子だから怯えているのよね、愛に』
ネオスさんは、口はキツく言ったりもするけど、確かに凄く優しい。
争い事も嫌いだし、女の人の悲しい声も嫌いだし。
《ネオスさんを心配してくれてるんですね、クリスティーナさんは》
『あんなにとろける様な顔をしているのに、ローシュは気付かず子供扱いのままなんだもの。このまま黙っていたら、一生その関係は変わらない。でも、それがアナタの本当の望みなのかしらね?』
『私は、彼女に恩が、大きな恩が』
『その恩を返すまで、そう意地を張るのは良いけれど、道半ばでどちらかが亡くなってしまっても、本当に後悔しない?そう残される側って、凄く辛いのよ』
《クリスティーナさん、誰かを亡くされたんですか?》
『サンジェルマン家の方に、他の世界の私の末路を。そして今さっきも、亡くしてしまったから』
《僕も居ますし、ローシュ様も居ますよ》
『ありがとうファウスト』
空いた穴は、付いた跡は消えないってローシュ様が言ってた。
クリスティーナさんにも、大きな跡が2つ。
ローシュ様は、何個穴と跡が有るんだろう。
「ブランシュ、アナタと彼とは隔離が必要ですね」
『あぁ、ですよね』
ローシュに、ブランシュの恋の悩みを打ち明けさせた時は、それこそ見極める為だと思っていた。
けれど、彼女の真面目さを理解していない、軽薄な行動だった。
「身分差等では無く、コレはお互いの為に、です。患者が医師や手当てをしてくれた者に惚れるのは非常に良く有る事、それこそ寓話を挙げればキリが無い。そう、お勉強なさらなかったのですか?」
《ブランシュ、そこは本当にごめんよ、当たり前過ぎて教えられて無かったみたいだね》
「ヒポクラテスの誓い、4原則、知りませんか」
そう、この原則さえ知っていれば、教える必要は無いだろうと思っていた。
自分の素地、他人の素地の違いを見誤っていた。
『いえ、知って、います』
「このまま付合いを続けるなら、無加害の原則、公平・正義の原則に反する事になる。患者とは弱い立場なんですよ、ブランシュ、弱いからこそ勘違いをし易い。アナタに既に夫が居ても喜べますか、アナタの夫が同じ状況になったら歓迎出来ますか」
《ローシュ、良いかな》
「どうぞ」
《ブランシュ、人魚姫に灰かぶり姫を知ってるね。人生や生死を救われれば、恩義を感じて当たり前。けど、じゃあ恩義なのか恋なのか、判断する時間はお互いに必要だと思う。その為の時間、真の愛に辿り着く為の時間、だとは思えないかな?》
彼女にとっても、初恋。
そう単なる初恋だったなら、医師と患者でなければ、諸手を挙げて応援した。
けれど。
ブランシュと患者を守る為に、どうしても隔離をしなければならない。
僕の評判より、弟子と患者を守るのが僕の義務でも有るのだから。
「寓話は知っていますか?」
『はい』
「人魚姫、もし私が悪しき者なら、無償で尽くしてくれる便利な生き物だな。と思って側室にしようとしたのだろう、つい、そう思ってしまうんです。ブランシュ、アナタは優秀です。だからこそ、どうしたら相手には打算が無いだろう、そう思えるのですか?」
『真面目で、誠実な方ですし』
「裏の裏まで知ってらっしゃるんですか?」
『それは』
「ブランシュ、医師を辞めろとも言いませんし、付き合うなとも言えません。ですがもし次に何処かで怪我をし、他の誰かに治療されたら惚れるかも知れない様な人と娘が結婚するとなれば。結婚だけなら良いですが、不仲や浮気ともなれば、ルイの評判まで」
《ローシュ、ごめんよ、ありがとう》
「私、離縁経験が有るのでつい、失礼しました。下がらせて貰いますね」
《うん、すまない、ありがとう》
離縁を経験しているかも知れない。
真面目かも知れない、道徳心が高いかも知れない、そう言った考えが圧倒的に足りなかった。
ハーレム形成者だからと、配慮を怠ってしまった。
『あの、ルイ先生』
《いきなり隔離はしないよ、ただ良く話し合って欲しい。あらゆる状況を想定して、話し合う、僕ら医師がしてきた事と同じ事をするだけだよ》
まるで自分に言われているかの様に、耳に痛い、心に刺さる言葉だった。
『ローシュ』
《ローシュ様大丈夫ですか?》
「あらネオス、ファウスト、恥ずかしい所を見られちゃったわね」
『いえ、優しさ故でしょうから』
「ファウスト、通訳してしまったのね」
《ローシュ様が心配だったので》
恋では無く、単に恩義を感じているだけでは無いのか。
離れて見極めるべきではないのか。
受け入れたくない現実とは、こう云う事を言うのだろうか。
「良い機会だし、説明するわね。アレは転移性恋愛かも知れないって話なの」
《転移、心理学の転移ですか?》
「そう、博識さんね?」
《ルツさんに教えて貰いました、自己投影とか同一視とか》
「そう、それら全てを患者は医師に対して行ってしまっている、かも知れない」
《無意識に、無自覚に》
「そう」
『恩義なのか恋愛感情なのかを区別するには、離れるしか無いんでしょうか』
「向こうでね、患者を食いまくった超有名な精神科医が居るのよ、結婚しているのに食い散らかして居直って。それで余計に近親相姦並みにタブー視すべきだ、されるべきだ、ってなってるの。それこそ、そんな医者に私や子供を診せたくないでしょう」
《うん、凄く嫌です》
「しかもその評判が広まれば、直ぐにヤらせてくれる奴だ、惚れっぽい馬鹿だとなってしまう」
《それで不仲になって、離縁してしまったら、それこそ噂が本当だったんだ。ってなっちゃうって事ですよね》
「そうそう、誠実で真面目で、本当に良い人なら問題は無いけれど」
《周りの情報だけで上手く行くなら、離縁は存在して無いんですもんね》
「ね」
『なら、アレは、作られた恋愛感情なんでしょうか』
「転移され、逆転移してる可能性は高い。けれど本物かどうかは分からない、でも」
《でも?》
「付き合い、結婚したら、医師を辞めさせられる可能性も有るのよ」
《患者の方の、嫉妬、ですか?》
「そう、嫉妬に独占欲。今は無いかも知れないけれど、もし出てしまったら。自分が惚れた様に、他の患者も惚れるかも知れない。自分に惚れた様に、他の患者に惚れるかも知れない。そうして束縛して、解散するか、囚われるか」
『献身的に尽くされると、好意を発生させてしまう』
「まぁ、だからこそ同性が安心ではあるのだけれど、同性愛も有る。なら如何に医者が距離を取るか、冷静に客観視しなくては、何かを見落とすかも知れないのだから」
《それで、ローシュ様は冷静であれ、と思ってるんですか?》
「馬鹿だからよ。自分が良く失敗すると知っているからこそ、出来るだけ間違えない様にしたいし、他人にも間違えて欲しくはない」
《僕がローシュ様を好きなのは、間違いですか?》
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない。帰ってから、落ち着いてから良く考えたら良いだけ、アナタが親しみを感じてくれているのは良く分かってる、でもそれが愛かどうかの判断を急ぐのは愚か。若いんだから周りを良く見なさい、そう良く判断してから、ね?」
《はーい》
国に帰るまでは、離れなくても良い。
その言葉に酷く安心してしまった、それと同時に帰るのが嫌にもなってしまった、帰れば離れる事は確実なのだから。
『帰ったら、確実に離されてしまうんですよね』
ネオス、好きって話の前に、コレって。
『もう好きじゃん?』
《ですよね?》
《こうなる前に恩義を返せていても、好意を伝えていても、もうこうなってしまっては確実に離されるでしょうね》
『だね』
《可哀想》
《君もですよファウスト》
《えー》
『それこそファウストは大きくなるまで会えないかもね』
《やだぁ》
《流石に年に2回位は会うんじゃないですかね、ふふふ、冗談ですよ半分は》
《半分本気じゃないですかぁ》
《ローシュがブランシュ嬢よりも幼く、恋を知らないで誰かに愛を囁かれていたら、他を見て欲しいとは思いませんか?》
《そうですけどぉ》
《そしてブランシュと同じく私利私欲の為に仕事をしているワケでは無い、外遊は国の為だと思って貰うには、君達を囲うワケにはいかない。ローシュや君達の問題、と言うよりは周りがどう思うか、です》
『悩ませたく無いなら、差し控えるべきですよね』
《それはどうでしょうね、ネオスは大人ですし、幼いとも愚かだとも思われてはいない。君がどの様な道を選ぶか、歩むかは君の自由ですから》
『けど、そうは言ってもなぁ、利害関係が有るからってルツを受け入れなかったんでしょ?』
《ですね》
《えー、ルツさんでも無理だったなら無理かもじゃないですかぁ、いやだぁ》
『良いでしょ』
《んー、アーリスさんの意地悪ぅ》
『そうかなぁ』
《都合良く事が運ばないのが大人の人生、アーリスは今のウチから君に想定させてくれている、なら寧ろ優しい方ですよ》
『ほら』
《ふぇぇ》
ネオスが多分、恐れてるのは拒絶。
僕はローシュに拒絶された事が無いから想像だけだけど、多分、凄い落ち込むと思う。
だからルツは凄い、何度も断られても折れなかったって、今ならファウストみたいに泣ける自信が有る。
《拒絶が怖い程度で引くなら、そのまま身を引いたままの方が楽かも知れませんね、ローシュの相手が私とアーリスなんですから》
『ローシュは、1対1が理想的だって思ってるしね、増やすなんて考えても無いだろうし』
《さぁ、それはどうでしょうね》
『えっ、ルツ、冗談だよね?』
《さぁ、どうでしょうね》
私の親友2人の面倒を、ローシュが見る事になるだなんて。
『本当、ごめんなさいね』
「いえいえ、お世話になった恩返しですから、そう気になさらないで下さい」
サンジェルマン伯爵家に目を留められる程の才女ローシュ、創設されてまだ新しい学園へ招かれ、王宮へと召還された。
そして見事に彼を救い、国を救ってくれた。
『それにしても見事な手腕だわね』
「あの、こう、コレで宜しかったんでしょうか?」
『だって、今から跡目争いをさせては国が乱れるかも知れないんだもの、寧ろ最良の選択だったと思うわ』
「親友でらっしゃった、と」
『そうね、でも残念だけど、約束を交わした親友はもう居ない。アレはその残骸、それに彼を救ってくれたんだもの、寧ろ重畳だわ』
「救ったのでしょうか」
『重責からの解放までは望んでは居なかったのでしょう、だからこそイザヴォーと名乗った、降りたかったら侍女にでもなってたんじゃないかしら。彼は良い人だから侍女にも友人は居たし、それこそ王宮には彼の味方ばかり、それが彼女を追い詰めてしまったのかも知れないけれど』
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『そう、王族なのだから、もっと上手く立ち回れば良かっただけ。欲張りたいなら上手くやらないと、それが無理なら我慢すれば良かったのに』
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