167 / 170
第28章 外の者と内の者。
4 雀のお宿。
しおりを挟む
『すみませんがね、ココにシノと言う』
「申し訳御座いませんが、部外者の方にココの者の事をお教えする事は出来かねます、どうぞお引き取りを」
『いや、妻の事を』
「では警察へ、我々は警察の方を拒みませんので、先ずは行方不明届出を。もう既にお出しでしたら、警察の方にお確かめを、定期的に見回り頂いておりますので」
『どうにか、何とかな』
「お客様は勿論、従業員の安全も守るのがコチラの役目でも有りますので、どうぞご理解下さい」
『いや、あんまり騒ぎにはしたくないんですよ』
「でしたら、身上書か何かをお持ち頂ければ、私が内々に処理致しますので。すみません、コレでも忙しいもので、そうした物をご用意頂けますでしょうか」
『詳しい事を書けば、少しは協力してくれるんだな』
「はい、場合によっては勿論、全力で協力させて頂きます。我々も面倒事は困りますし、忙しいですから」
『あぁ、邪魔してすみませんね、出直してきますよ』
「はい、では、またのお越しをお待ちしております」
どうにか探りを入れ、何とかこの雲雀亭に俺の妻が居ると知ったんだが。
《お前、アレからもう手を引きなさい》
『親父、何で』
《口答えをするなら、縁切りだ》
『親父』
《アレから手を引くか、縁切り、どっちを選ぶんだ》
『一体、何でそんな急に』
《そもそも、素人の方を相手に選んだのが間違いだ。この道にはこの道の女、そう選ぶのが互いの為、どうするんだ》
勝気で裏表の無い、愛嬌の有る良い女。
その女を手に入れる為なら、俺は何でもした。
身分証を偽造し、新しい嫁用の家族も作った。
あんな良い女は居ない。
しかもだ、あんだけしたんだ。
『何でだよ、親父』
《手を出しちゃならない場所が有るんだよ。素人は勿論、ましてや俺らみたいなのが、決して手を出しちゃなんない場所が有るんだよ》
俺は、納得がいかなかった。
この道、親父の道に立ち塞がるもんは何も無い。
だから俺も親父の背中を目指した。
なのに。
『納得いかねぇ』
《おい!》
この世には必要悪が無ければいけない。
今でも、表だけでは片づけられない仕事を、その道の玄人に任せている。
『頭を上げて下さい、堂島さん』
《すまねぇ八重子さん、息子が、迷惑を》
『その道をすっかり極めた証でも有るんです、コチラにお任せ頂ければ、構いませんよ』
この世は、この国は竜蛇により囲まれ、守られている。
何処かに霧散してしまわない様に、若しくは揺れ動き孤立しない様に、と。
竜蛇が列島を囲み、輪を形成している。
この国は輪で形成されている。
《どうにか、助かりませんか》
『何か誤解してらっしゃるみたいですが、命は取りません。世の為人の為、お国の為にコレからは働いて頂くだけ、ですから』
《俺は、知ってるんです。達磨だ何だと》
『そこまでの事をなさった方は、そうなりますが。まだ、アナタの道は続くのですし、そこまでは致しませんが。信用なりませんか』
《あんなのでも、息子なんです》
『ですから、先代は1人だけは止めろと、そう仰っていた筈ですが』
《不幸な子供を、増やしたく無かったんです》
『ですから、だからこそ、複数用意するべきだった。それに、現にこうして執着していらっしゃる。次代には是非、提言を』
《はい、ですからどうか》
『その道の方にお戻り下さい、アナタが選んだ道をしっかり最後まで進んで下さい、良いですね』
《はい》
この世に真の悪は僅かです。
ですが僅かな悪でも、たった1人でも、大勢を巻き込む悪しき事は出来てしまう。
そうした被害を防ぐには、排水路、そうした道も残しておかなければならない。
その道が無くとも良い世に、なるまで。
『な、何だアンタ達』
『どうも、公安の者です、少しお話をお伺いさせて下さい』
『一体、何の事を』
『少なくとも今、アナタは4人を苦しめている。どうして、父親に似なかったのでしょうね、大変残念です』
『アンタ親父を知ってるなら』
『ええ、良く知っておりますよ、とても。抵抗せず、ご同行を』
『俺が何を』
『妻に手を挙げなければ、こうはならなかったんです。全ては自業自得、アナタと、アナタのお父様のせいですよ』
『たっ、たった1回』
『通報はたった1回ですが、何度かなさっているでしょう、その度に泣き付いて許して貰っていた。ですけど、もう、向こうは愛想を尽かしてしまった』
『少し機嫌を拗らせただけ、アンタ達の』
『アナタ方を取り締まるのが本来の我々の仕事、コレが最終警告です、ご同行を』
媚びる事も阿る事も頭に入れなかった者は、そうした事が全く出来無い。
逃げ出すか歯向かうか、血の繋がった親子と言えど、どうしてこうも似ないのでしょう。
『お、俺は』
『細君、細君のご両親、そしてアナタの父親を悲しませたのはアナタです。生まれ変わり、どうか反省なさって下さい、来世で』
少なくとも、彼は達磨にはならない。
ただただ田畑を肥やし、血の繋がらぬ家族を持ち、遠い山奥でひっそりと老衰で亡くなるだけ。
何の取り柄も無ければ、決して達磨にはなれない。
最も平凡で、なんの代わり映えもしない地獄へ行き。
ただただ、生きて死ぬ、だけ。
《おう、すっかり慣れたか》
『はい、お陰様で』
「手の荒れは無いな、だが変えるべき所が有れば、しっかり上に伝えるんだぞ」
『大丈夫ですってばもう、過保護だなぁ』
「仕方無いだろう、江戸っ子はか弱い女で、単なる雇われだ。しっかり貯めて、生きたい様に生きるんだぞ」
『はい』
本当に、慣れちまうと楽でしょうがない。
楽しくて、面白くてしょうがない。
単なる身軽な雇われより、ココでの仕事はずっと良い。
『はい、お疲れ様やね』
「ん、林檎」
『ありがとう、はぁ、何で私あんなに焦ってたんだろ』
『ふふふ、そら若いからやろ』
「んだな、まだまだ若いんだ、なも諦めんな」
『いや諦めて無いけどさ、何かもう、このままココで良いかなって』
『いや諦めてはるやん』
『いや子供扱いだけだけど、別に何かもう、結婚とか良いかなと思って』
「わは子供が欲しいはんで、まだまだ諦めてね」
『面倒』
『せやね、五月蠅いわ小賢しいわで、江戸弁ちゃんだけで十分やわ』
「小賢しくは無いべさ」
『んだ』
『わいは、どんだんだばひゃ』
「それわの台詞だべ」
《失礼しても良いかしらー》
『はーい、はいはい、何でしょう』
《少し遅い時間なのだけれど、お客さんが来たのよ、ちょっと良いかしら》
『はい、喜んで』
本当に、私は薄情で。
捨てられたのだし、もう良いか、と。
両親の事をすっかり忘れていた。
『お父さん、お母さん』
「実は君は元夫に狙われていてね、ご両親は君の為に仕方無く突き放したんだ。けれど、もう大丈夫、もうご実家に帰って構わないそうだよ」
「お前の為にも、詳しくは言わんが。すまなかった」
《元気そうで良かったわ、本当に》
私は、夫からの暴力を両親に言わなかった。
けれど、きっと両親も何かを知り、敢えて隠してくれているのだろう。
『本当に、私、帰って良いの』
「お前の実家だ、何を遠慮する事が有る」
《イヤよね、あんな事を言われて、でも本当に》
『ごめんなさい、お父さん達の事なんて忘れて楽しく働いてたの、深く考え無くてごめんなさい』
《良いのよ、アナタが元気ならそれで、何だって良いのよ》
『本当にごめんなさい、沢山親孝行するから』
「そんなもの、お前が無事なだけで十分だ」
あの子は結局、家に戻れた。
あの子は結局、男に逃げた。
あの子は結局、今でもココに居る。
「帰れたんだべな、きっと」
『せやね』
《アナタ達も、そろそろ出ても良いんじゃないかしら?》
「わは、子が生めないはんで、ココで稼いで仕送りだ。追い出されたら困る」
『ウチはね、まだ、怨返しが出来てまへんのや』
《はいはい、嫁いでも稼げるでしょう、ココじゃなくても怨返しはもう出来るでしょう。はい、じゃあ次ね》
「えー、わはもう男と暮らすの面倒なんだけんど」
『酷い、ウチの事が嫌いなん?』
《とっても思ってるわ、全員。でもね、ダメよ、巣立つべき時に巣立たないと。それでもダメだったなら、帰ってらっしゃい、そう試すまでは出入り禁止です》
『ぅう、離れてまうんやね、ウチら』
「寂しいな」
《はいはい、さ、支度支度》
彼女達の巣立ちは、本人達にも前もって知らされる事は無く。
同室で無ければ別れの挨拶も出来ず、ひっそりと巣立ちます。
『せやね、確かに怨返しも時期を見なきゃアカンよね』
「お前、何で今更」
『結婚しはるねんね、ウチを騙して金を搾り取って逃げたクソ男が、また結婚しはるねんね』
「違うんだ、あの時は。そう、ヤクザに脅されて、お前の為にもと仕方無く」
『嘘やろ、コレ、アンタの身上書や。知り合いの知り合いにな、コレ手に入れる事が出来る人がおんねん。ウチから取り上げた金で、他の女を更に騙して、それから商いを起こして結婚する事にした。やろ』
「お前、ソレを、どうやって」
『そら企業秘密やわ、さ、死んでくれへん?黙って死んでくれはったら、黙っててやるよし』
「金なら」
『アンタ、悪人やからわからへんのやろうけど。同じ額だろうと倍だろうと、ウチの傷、癒えへんのや、乱暴に壊されたもんは戻らへんのよ』
「謝る、だからどうか」
『はー、本気に惚れはった言うんは、本当なんやね。なんやったんやろね、ウチ、ウチとの事も何も嘘で。アレやんな、真の愛に目覚めたさかい許せ、言う定型文言わはるん?』
「すまなかった、だから」
『だーかーらーや、黙っててやるから死ねよ、今直ぐ死ね』
襲われる、言うんは分かってはったのよ。
そうやって追い詰めて、ウチは殺されてしまう。
せやね、ある意味で自殺、しようと思ってたんよ。
せやけど、帰って来て良い、言うてもろて。
やっぱり、帰りたくなってしまったんよ。
《Los》
「ひっ」
《傷害未遂、及び殺人未遂で現行犯逮捕しますね。大人しく捕まって下さい》
「俺は!俺は脅されて」
《あぁ、そうなんですか。ですが僕らは生憎と聞こえない場所に居ましたんで、後は裁判で証言なさって下さい》
「分かった、だから、うぅっ」
《刃物から手を離して下さい》
「分かった、分かったから犬を」
《あぁ、先ずは彼女の身の安全の確保が先でした。すみません、まだ慣れていなくて、予定の場所に避難をお願いしますね》
『へぇ、ありがとうお巡りさん』
《いえいえ、コレも国民の為、ですから》
今は便利やね、警察犬言うんが居って、あの男の腕に噛み付いてくれはってる。
田舎の警察は何もしてくれへんかったんやけど、賄賂、貰ってはったらしいわ。
イヤやわ本当、ウチの知ってる雲雀亭のお客様は、お国の人なのに優しくてしっかりしてはる。
せやのに末端が腐ってはったら、あの人らの苦労損やん。
あぁ、やっぱり帰ろ、雲雀亭に帰りましょ。
《アンタはまだ若いんだ、こんな裏道の男と》
「わは子が出来無いはんで、ココに嫁げ言われ。あ、知ってます、全て、全部」
《アンタ、何処の、誰に》
「介護は得意です、前の夫の母親を死ぬまで面倒見たはんで、宜しくお願いします」
《はぁ、だが》
「アナタの顔が好みだはんで、そう決めたんずよ。嫌でも、どうにか可愛がってやって下さい」
《別に嫌では無いんだが、こう、まだアンタは若いんだ》
「苦労している年が上な男が好きだはんで、お陰で騙されて、義母が死んだその日に捨てられてまった」
《アンタ、東北の生まれだろう、都会は大変だ。それこそもっと、北に行けば慣れた》
「嫌でも、コレは命令です、八重子さんからの。と、喋れて、けどわは良く分からないはんで。後はソッチで何とかしなが」
《はぁ、全く、あの人は何て事を》
「江戸弁と関西弁ならなんぼか分かるはんで、愚痴言う時は他ので喋れ」
《すまん》
「わの家は濃口だはんで、飯さ食ってみて、それから考えれば良いべ」
《あぁ、俺も関東だ、頼んだ》
「ん」
どうしてか、その家には女の子が生まれました。
しかも、立て続けに3人も。
そして子供達は全て裏道には行かず、真っ当な子に育ち、父親の道とは真反対を歩む事になりました。
『どうも、色々とお世話になりました』
「いえいえ、また、お越し下さい」
『はい、では』
「お世話様でしたー」
「はい、またどうぞ」
八重子だけが居る筈の部屋から、この男、五百雀が部屋から出て来た。
八重子はもう、本当に。
「どうでしたか、1人部屋は、やっぱり寂しかったですか?」
『そうね、やはり真方を甘やかし過ぎなのかも知れない、そう気付けました』
「もー、だから嫌だったのに」
《八重子》
『過保護は嫌われますよ石井、次は1人で頑張りなさい、真方』
「えー、自分は絶対に襲わないのに」
『巣立ちには時期が有るんですよ、さ、帰りましょう』
俺は、単なる、巣立ちに失敗しただけの。
八重子に単なる執着だけを持つ男、なのか。
「申し訳御座いませんが、部外者の方にココの者の事をお教えする事は出来かねます、どうぞお引き取りを」
『いや、妻の事を』
「では警察へ、我々は警察の方を拒みませんので、先ずは行方不明届出を。もう既にお出しでしたら、警察の方にお確かめを、定期的に見回り頂いておりますので」
『どうにか、何とかな』
「お客様は勿論、従業員の安全も守るのがコチラの役目でも有りますので、どうぞご理解下さい」
『いや、あんまり騒ぎにはしたくないんですよ』
「でしたら、身上書か何かをお持ち頂ければ、私が内々に処理致しますので。すみません、コレでも忙しいもので、そうした物をご用意頂けますでしょうか」
『詳しい事を書けば、少しは協力してくれるんだな』
「はい、場合によっては勿論、全力で協力させて頂きます。我々も面倒事は困りますし、忙しいですから」
『あぁ、邪魔してすみませんね、出直してきますよ』
「はい、では、またのお越しをお待ちしております」
どうにか探りを入れ、何とかこの雲雀亭に俺の妻が居ると知ったんだが。
《お前、アレからもう手を引きなさい》
『親父、何で』
《口答えをするなら、縁切りだ》
『親父』
《アレから手を引くか、縁切り、どっちを選ぶんだ》
『一体、何でそんな急に』
《そもそも、素人の方を相手に選んだのが間違いだ。この道にはこの道の女、そう選ぶのが互いの為、どうするんだ》
勝気で裏表の無い、愛嬌の有る良い女。
その女を手に入れる為なら、俺は何でもした。
身分証を偽造し、新しい嫁用の家族も作った。
あんな良い女は居ない。
しかもだ、あんだけしたんだ。
『何でだよ、親父』
《手を出しちゃならない場所が有るんだよ。素人は勿論、ましてや俺らみたいなのが、決して手を出しちゃなんない場所が有るんだよ》
俺は、納得がいかなかった。
この道、親父の道に立ち塞がるもんは何も無い。
だから俺も親父の背中を目指した。
なのに。
『納得いかねぇ』
《おい!》
この世には必要悪が無ければいけない。
今でも、表だけでは片づけられない仕事を、その道の玄人に任せている。
『頭を上げて下さい、堂島さん』
《すまねぇ八重子さん、息子が、迷惑を》
『その道をすっかり極めた証でも有るんです、コチラにお任せ頂ければ、構いませんよ』
この世は、この国は竜蛇により囲まれ、守られている。
何処かに霧散してしまわない様に、若しくは揺れ動き孤立しない様に、と。
竜蛇が列島を囲み、輪を形成している。
この国は輪で形成されている。
《どうにか、助かりませんか》
『何か誤解してらっしゃるみたいですが、命は取りません。世の為人の為、お国の為にコレからは働いて頂くだけ、ですから』
《俺は、知ってるんです。達磨だ何だと》
『そこまでの事をなさった方は、そうなりますが。まだ、アナタの道は続くのですし、そこまでは致しませんが。信用なりませんか』
《あんなのでも、息子なんです》
『ですから、先代は1人だけは止めろと、そう仰っていた筈ですが』
《不幸な子供を、増やしたく無かったんです》
『ですから、だからこそ、複数用意するべきだった。それに、現にこうして執着していらっしゃる。次代には是非、提言を』
《はい、ですからどうか》
『その道の方にお戻り下さい、アナタが選んだ道をしっかり最後まで進んで下さい、良いですね』
《はい》
この世に真の悪は僅かです。
ですが僅かな悪でも、たった1人でも、大勢を巻き込む悪しき事は出来てしまう。
そうした被害を防ぐには、排水路、そうした道も残しておかなければならない。
その道が無くとも良い世に、なるまで。
『な、何だアンタ達』
『どうも、公安の者です、少しお話をお伺いさせて下さい』
『一体、何の事を』
『少なくとも今、アナタは4人を苦しめている。どうして、父親に似なかったのでしょうね、大変残念です』
『アンタ親父を知ってるなら』
『ええ、良く知っておりますよ、とても。抵抗せず、ご同行を』
『俺が何を』
『妻に手を挙げなければ、こうはならなかったんです。全ては自業自得、アナタと、アナタのお父様のせいですよ』
『たっ、たった1回』
『通報はたった1回ですが、何度かなさっているでしょう、その度に泣き付いて許して貰っていた。ですけど、もう、向こうは愛想を尽かしてしまった』
『少し機嫌を拗らせただけ、アンタ達の』
『アナタ方を取り締まるのが本来の我々の仕事、コレが最終警告です、ご同行を』
媚びる事も阿る事も頭に入れなかった者は、そうした事が全く出来無い。
逃げ出すか歯向かうか、血の繋がった親子と言えど、どうしてこうも似ないのでしょう。
『お、俺は』
『細君、細君のご両親、そしてアナタの父親を悲しませたのはアナタです。生まれ変わり、どうか反省なさって下さい、来世で』
少なくとも、彼は達磨にはならない。
ただただ田畑を肥やし、血の繋がらぬ家族を持ち、遠い山奥でひっそりと老衰で亡くなるだけ。
何の取り柄も無ければ、決して達磨にはなれない。
最も平凡で、なんの代わり映えもしない地獄へ行き。
ただただ、生きて死ぬ、だけ。
《おう、すっかり慣れたか》
『はい、お陰様で』
「手の荒れは無いな、だが変えるべき所が有れば、しっかり上に伝えるんだぞ」
『大丈夫ですってばもう、過保護だなぁ』
「仕方無いだろう、江戸っ子はか弱い女で、単なる雇われだ。しっかり貯めて、生きたい様に生きるんだぞ」
『はい』
本当に、慣れちまうと楽でしょうがない。
楽しくて、面白くてしょうがない。
単なる身軽な雇われより、ココでの仕事はずっと良い。
『はい、お疲れ様やね』
「ん、林檎」
『ありがとう、はぁ、何で私あんなに焦ってたんだろ』
『ふふふ、そら若いからやろ』
「んだな、まだまだ若いんだ、なも諦めんな」
『いや諦めて無いけどさ、何かもう、このままココで良いかなって』
『いや諦めてはるやん』
『いや子供扱いだけだけど、別に何かもう、結婚とか良いかなと思って』
「わは子供が欲しいはんで、まだまだ諦めてね」
『面倒』
『せやね、五月蠅いわ小賢しいわで、江戸弁ちゃんだけで十分やわ』
「小賢しくは無いべさ」
『んだ』
『わいは、どんだんだばひゃ』
「それわの台詞だべ」
《失礼しても良いかしらー》
『はーい、はいはい、何でしょう』
《少し遅い時間なのだけれど、お客さんが来たのよ、ちょっと良いかしら》
『はい、喜んで』
本当に、私は薄情で。
捨てられたのだし、もう良いか、と。
両親の事をすっかり忘れていた。
『お父さん、お母さん』
「実は君は元夫に狙われていてね、ご両親は君の為に仕方無く突き放したんだ。けれど、もう大丈夫、もうご実家に帰って構わないそうだよ」
「お前の為にも、詳しくは言わんが。すまなかった」
《元気そうで良かったわ、本当に》
私は、夫からの暴力を両親に言わなかった。
けれど、きっと両親も何かを知り、敢えて隠してくれているのだろう。
『本当に、私、帰って良いの』
「お前の実家だ、何を遠慮する事が有る」
《イヤよね、あんな事を言われて、でも本当に》
『ごめんなさい、お父さん達の事なんて忘れて楽しく働いてたの、深く考え無くてごめんなさい』
《良いのよ、アナタが元気ならそれで、何だって良いのよ》
『本当にごめんなさい、沢山親孝行するから』
「そんなもの、お前が無事なだけで十分だ」
あの子は結局、家に戻れた。
あの子は結局、男に逃げた。
あの子は結局、今でもココに居る。
「帰れたんだべな、きっと」
『せやね』
《アナタ達も、そろそろ出ても良いんじゃないかしら?》
「わは、子が生めないはんで、ココで稼いで仕送りだ。追い出されたら困る」
『ウチはね、まだ、怨返しが出来てまへんのや』
《はいはい、嫁いでも稼げるでしょう、ココじゃなくても怨返しはもう出来るでしょう。はい、じゃあ次ね》
「えー、わはもう男と暮らすの面倒なんだけんど」
『酷い、ウチの事が嫌いなん?』
《とっても思ってるわ、全員。でもね、ダメよ、巣立つべき時に巣立たないと。それでもダメだったなら、帰ってらっしゃい、そう試すまでは出入り禁止です》
『ぅう、離れてまうんやね、ウチら』
「寂しいな」
《はいはい、さ、支度支度》
彼女達の巣立ちは、本人達にも前もって知らされる事は無く。
同室で無ければ別れの挨拶も出来ず、ひっそりと巣立ちます。
『せやね、確かに怨返しも時期を見なきゃアカンよね』
「お前、何で今更」
『結婚しはるねんね、ウチを騙して金を搾り取って逃げたクソ男が、また結婚しはるねんね』
「違うんだ、あの時は。そう、ヤクザに脅されて、お前の為にもと仕方無く」
『嘘やろ、コレ、アンタの身上書や。知り合いの知り合いにな、コレ手に入れる事が出来る人がおんねん。ウチから取り上げた金で、他の女を更に騙して、それから商いを起こして結婚する事にした。やろ』
「お前、ソレを、どうやって」
『そら企業秘密やわ、さ、死んでくれへん?黙って死んでくれはったら、黙っててやるよし』
「金なら」
『アンタ、悪人やからわからへんのやろうけど。同じ額だろうと倍だろうと、ウチの傷、癒えへんのや、乱暴に壊されたもんは戻らへんのよ』
「謝る、だからどうか」
『はー、本気に惚れはった言うんは、本当なんやね。なんやったんやろね、ウチ、ウチとの事も何も嘘で。アレやんな、真の愛に目覚めたさかい許せ、言う定型文言わはるん?』
「すまなかった、だから」
『だーかーらーや、黙っててやるから死ねよ、今直ぐ死ね』
襲われる、言うんは分かってはったのよ。
そうやって追い詰めて、ウチは殺されてしまう。
せやね、ある意味で自殺、しようと思ってたんよ。
せやけど、帰って来て良い、言うてもろて。
やっぱり、帰りたくなってしまったんよ。
《Los》
「ひっ」
《傷害未遂、及び殺人未遂で現行犯逮捕しますね。大人しく捕まって下さい》
「俺は!俺は脅されて」
《あぁ、そうなんですか。ですが僕らは生憎と聞こえない場所に居ましたんで、後は裁判で証言なさって下さい》
「分かった、だから、うぅっ」
《刃物から手を離して下さい》
「分かった、分かったから犬を」
《あぁ、先ずは彼女の身の安全の確保が先でした。すみません、まだ慣れていなくて、予定の場所に避難をお願いしますね》
『へぇ、ありがとうお巡りさん』
《いえいえ、コレも国民の為、ですから》
今は便利やね、警察犬言うんが居って、あの男の腕に噛み付いてくれはってる。
田舎の警察は何もしてくれへんかったんやけど、賄賂、貰ってはったらしいわ。
イヤやわ本当、ウチの知ってる雲雀亭のお客様は、お国の人なのに優しくてしっかりしてはる。
せやのに末端が腐ってはったら、あの人らの苦労損やん。
あぁ、やっぱり帰ろ、雲雀亭に帰りましょ。
《アンタはまだ若いんだ、こんな裏道の男と》
「わは子が出来無いはんで、ココに嫁げ言われ。あ、知ってます、全て、全部」
《アンタ、何処の、誰に》
「介護は得意です、前の夫の母親を死ぬまで面倒見たはんで、宜しくお願いします」
《はぁ、だが》
「アナタの顔が好みだはんで、そう決めたんずよ。嫌でも、どうにか可愛がってやって下さい」
《別に嫌では無いんだが、こう、まだアンタは若いんだ》
「苦労している年が上な男が好きだはんで、お陰で騙されて、義母が死んだその日に捨てられてまった」
《アンタ、東北の生まれだろう、都会は大変だ。それこそもっと、北に行けば慣れた》
「嫌でも、コレは命令です、八重子さんからの。と、喋れて、けどわは良く分からないはんで。後はソッチで何とかしなが」
《はぁ、全く、あの人は何て事を》
「江戸弁と関西弁ならなんぼか分かるはんで、愚痴言う時は他ので喋れ」
《すまん》
「わの家は濃口だはんで、飯さ食ってみて、それから考えれば良いべ」
《あぁ、俺も関東だ、頼んだ》
「ん」
どうしてか、その家には女の子が生まれました。
しかも、立て続けに3人も。
そして子供達は全て裏道には行かず、真っ当な子に育ち、父親の道とは真反対を歩む事になりました。
『どうも、色々とお世話になりました』
「いえいえ、また、お越し下さい」
『はい、では』
「お世話様でしたー」
「はい、またどうぞ」
八重子だけが居る筈の部屋から、この男、五百雀が部屋から出て来た。
八重子はもう、本当に。
「どうでしたか、1人部屋は、やっぱり寂しかったですか?」
『そうね、やはり真方を甘やかし過ぎなのかも知れない、そう気付けました』
「もー、だから嫌だったのに」
《八重子》
『過保護は嫌われますよ石井、次は1人で頑張りなさい、真方』
「えー、自分は絶対に襲わないのに」
『巣立ちには時期が有るんですよ、さ、帰りましょう』
俺は、単なる、巣立ちに失敗しただけの。
八重子に単なる執着だけを持つ男、なのか。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる