上 下
166 / 170
第28章 外の者と内の者。

3 雀のお宿。

しおりを挟む
 私達に家は無い。
 ですからココが家で、葛籠つづらなのです。

 家も葛籠も無ければ、恩返しも怨返しも出来無い。
 ですから、私達はココに居る。

《さ、もう一息、一気に片付けてしまいましょうね》
『「はい!」』

 似た様な境遇の者が集まった、ココは雀のお宿。

 一羽一羽の力はか弱い。
 けれども、無くてはならない存在。

 とある国で、雀が穀物を食べてしまうからと、雀の全てを片付けてしまい。
 蝗害だ虫だと大繁殖、そうしてすっかり収穫が落ち。

 再び、野に雀を放ったらしい。

 そう、確かに害も有るでしょう。
 けれど、益も齎すのです。

 持ちつ持たれつ。

 雀に何を言ってもダメなら、人が何かをすれば良いだけ。
 何とかも鋏も使い様、ですから。

『あぁ、もう、またヤッちまった』
《あぁ、火傷は直ぐに冷やさないと。さ、冷やしてらっしゃい》

『すみません姐さん』
《良いのよ、さ、行ってらっしゃい》

『はい』

 ココには老いも若きも、都会の子も田舎の子も居る。

「あれ、あの子またヤッちまったんずな」
《そうなのよ、きっと考え事をしていたんでしょうね》
『仕方あらしまへん、まだ3ヶ月も経って無いんやし、まだまだ未練は有るやろね』

《分かるわ、分かるけれど、ね》
『姐さんは結婚してはるし、結婚こそ女の幸せ、言う家で育った子やろし』
「焦ってんだべな、けんど、した事今考えたってなもな」

『せやね、アチコチの訛りに慣れなアカンし、覚えなアカン事が色々と有るんやけど』
「さっぱど入ってこねんだべな」
《落ち着いて貰う為にも、後で何か良い話をしてやって、ね?》

「ん」
『あい』

 私も、とんでも無い男に引っ掛かった。
 そうしてココへ来るまで、慣れるまで、その事が頭から離れなかった。

 けれど、結局は新しい事で埋まってしまえば。
 そうね、男を必要としてしまうのも、仕方の無い事。



「ん」
『あ、あの』
『この子の田舎、東北の方でも火傷にはガマ油なんやて。この子の良いガマ油やから、使ったら宜しいわ』

『あ、ありがとうございます』
「なもなも、わも良く火傷したはんで」
『いえいえ、自分も良く火傷したから、って事よ』

「ん」
『すみません、ありがとうございます』
『ええんよ、ウチらも同じ時期、似た様なもんやったし』

「わの家さ貧しくて、売られた様なもんでさ、なも持たせて貰えなかったんずよ」
『けどコレだけはくれはったのよね』

「ん」

『あの、同じ時期に?』
『せやね、今で言う同期、やね』
「したっけ売れ残ってまった、訛りが強いはんで」

『あんさんの訛りよりマシやと思うけどね?』
「はー、何か言ってら、訛りは訛りだべ。なぁ?」
『えっ、あ、うっ』

『ふふふ、ええんよ、笑っても』
「んだ、訛りの何が悪いんずな」
『私、帝都弁しか知らなくて』

『あら、本当は江戸弁使えるやろ』
「んだ、少し出てらよ」
『あー、すみません』

『もう、だからええんよ』
「訛ってなんぼだはんで、我慢しても損だべな」

『せやせや、コレがええってお客様が来る事も有るんやし、ええんよ』
「なも変わった人がいっぱい来るはんで、大丈夫だで、な」
『でも、キツイですよ、江戸弁』

『何言うてはるの、それがええんやないの』
「んだ、もっとキツく訛れ言う人も居るはんで、面白いんずよココ」

『せやで、覚える事はいっぱい有るけれど、面白い事もいっぱい有るんよ』
「教えてけるはんで、来なが」

『ええね、行きまっしょい』

 そうして連れて行かれた先は、もう少し仕事を覚えてから、と言われていた場所。
 宴会場でした。

《おっ!飲兵衛が来たな!》
『飲んでけ飲んでけ、ツマミも食ってけ』
「へば、頂きます」

《あはははっ!相変わらずの訛りだ》
『飲兵衛の早飲みと早口はいつだって面白い、さ、飲んだら早口を頼むぞ』

「はぁ、うめっ、よしっ。喋れば喋るって喋られるし、喋ねば喋ねって喋られるし、どへ喋られるんだば喋って喋られた方がええ。はいどうも、お粗末様でした」
《よっ!流石省略の東北弁!》
『よしもう1杯だ、次は何か小咄を頼むぞ』

「はー、同じの聞かせてまうかも知れませんが」
『構わんよ、ほれ』

「頂きます」
《おうおう、まるで水だな。お前まさか、水を飲ませてやしないか》
『何を、飲兵衛に水は金魚に海水も同義。だが、つまりは飲兵衛には酒が水か』

「んだ、甘露した。では、ココで1つ、あんつこど」

 本当に、まるで早口でした。
 小咄はあっと言う間に終わり。

《おうおう、向こうで肩を揺らしてるのが居るぞ》
『よし、おいお前、コッチで訳せ』
「なも、訳せて、わはこの国の言葉さ使って喋ってらよ」

《お、噎せ出したぞ》
『流石だ飲兵衛、お駄賃だ。後でしっかり水を飲むんだぞ』
「ん、ありがとうございますた」

『おう』

 そうして東北弁の姐さん、飲兵衛さんに連れられ。
 次は関西弁の姐さんの元へ。

『いややわもう、ウチ、何も訛ってあらしまへん。コレが本来の京言葉、やし?』
「いやー、何を言われても嫌味に聞こえんな」
《だが、飲兵衛はどうだろうかな》
「向こうはたげしばれるはんで、なも言わね」

「間違い無い!」
《言わぬが花だ、あははは!》
『せやったら江戸弁はどないなん?』

《てやんでいべらんめいっ、ってか。向こうでももう、あまり聞かんな》
「全く、厭に綺麗な言葉ばかりも堅苦しいんでな、アレが時折懐かしくも有る」

《あぁ、聞いた途端、故郷に帰った様な心持ちに》
「そう消えた故郷が、脳裏に思い浮かぶ様な。まぁ、両親は未だに健在だがな!」

《違い無い!相変わらずピンピンしていると聞いているぞ》
「だがよ、肉親のはもう聞き飽きてんだ。どっかに居ねぇかい、江戸弁が話せるってヤツをさ」

《よっ!三代続いた江戸っ子!》
「もっとだ馬鹿野郎、こちとら七代続く江戸っ子でい」

「いやアンタ、七代続いたって、そりゃあんまりに短命過ぎやしませんかね」
「おぉ、だからアンタか。よう新人、これからも宜しく頼むぜ」

「へい」

 確かに、面白い事もココには有る。
 それに、誰も私を決して傷付けない。

 だからこそ、ココに居たい。

 けれど。
 でも。

『面白かったやろ』
「偉い人達ばっかだけんども、同じ人間だで。子だ孫だ、家族さあんまり会えない人も居るんだ」

『せやから、ウチらは妹で姉で、母で伯母』
「で皆の故郷だで、なも訛りは悪い事じゃ無いんずよ」

『私は、関東の訛りも珍しい程、都会の真ん中で育ったんです』

 そうして結婚し、離縁しました。



「もう、ウチには帰って来るなと言ったろう」
《アンタはもう、嫁いだ子。もう、戻れる家は無いと思え、そう言ったでしょう》

『けど』
《暫くの、仮宿は用意してあるわ。だから、そこに行きなさい》
「決して帰って来るんじゃないぞ、良いな」

 誰が、他所様の家に娘をやりたいだろうか。
 しかも良い子だ、愛嬌が有って正義感も有る、気骨の有る娘。

 だからこそ、慎重に相手を選ばせた。

 だが。
 間違えた。

 俺達も娘も、相手選びを間違えた。

《うぅっ》
「泣くな、あの雲雀亭に居る限り、あの子は無事だ。そう約束して貰ったんだ、泣くな、あの子が聞き付けて引き返して来るかも知れん」

 悪人だと分かった時は、既に結婚してから2年が経っていた。

 男は身分証を偽造し、問題の無い家の者だと偽っていた。
 だが、まさか、その家族も脅されていたとは。

 あの男が、代々続く悪人の家の子供、とは。

《あの子が知ってしまわないでしょうか》
「あぁ、あの雲雀亭にさえ居れば、そうだと。信じるしか無い、俺達はもう、見張られているんだ」

 公安、そして悪党達から俺ら家族は見張られている。

 悪党達には、家に帰る様に言え、と脅され。
 公安には、雲雀亭に娘を行かせろ、と。

 そして両者からは落ち着くまで、連絡が入るまで、決して娘に関わってはいけない。
 そう言われ。

 俺達はもう、願掛けをする他に無かった。

 どうか、娘が無事に生きられます様に、と。
 娘の無事を、祈願するしか無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

脱出ゲーム、のち

MEIRO
大衆娯楽
【注意】特殊な小説を書いています。下品注意なので、タグをご確認のうえ、閲覧をよろしくお願いいたします。・・・ 下品な脱出ゲーム……の外側に焦点を向けたお話。

バーチャル女子高生

廣瀬純一
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...