松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第28章 外の者と内の者。

1 覗き見と女。

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 先ずは前置きを致しますが、僕に覗きの趣味は有りません。
 ですが、酷い物音がしたので、不意に目を向けただけなんです。

 決して、覗こうだなんて思ってもいなかったんです。

 塀の向こうで、本当に酷い物音がして。
 ただ振り向いただけ、なんです。

 男はそう訴えながら、ゆっくりと顔を上げ。
 赤黒く空いた2つの眼を見開いた。

『なのに、酷いじゃないでずが、ごんな風にずるだなんで』

 風呂場で転んだ音に驚き、音のした方向へと顔を向けた男は、背が高かった。
 うっかり振り向いた先で、女と視線が合ってしまった。

 女は叫び、男は逃げた。

 そして女は警察へ。
 男は直ぐに捕まった。

 ココらでは1番に背の高い男。
 けれど貧乏で学も無く、貧相な男。

 そんな男は彼しか居なかった。

 女達は自分も自分もと訴え出た。
 そして男は目をくり抜き、拘置所で自殺した。

 自らの手で両目をくり抜き。
 喉に詰まらせ自殺した。

 あまりの死に様に怖くなった女達は、訴えを取り下げた。

 けれども男の霊は女達の前に現れた。
 それは必ず、風呂場に1人で居る時。

 戸の向こうに、窓の向こうにぼんやりと姿を映し。

「ごめんなさい、違うの、ごめんなさい」
『酷いじゃないでずが、ごんな風にずるだなんで』

 まるで何か喉に詰まったかの様に話し、血塗れになった顔と手を押し付ける。
 そのあまりの異様さに女達は欠神し、時に大きな叫び声を上げた。

《きゃーーー!!》

 そしてまた、何処かの誰かが犠牲となる。

 塀の向こうで、本当に酷い物音がし。
 男はただ振り向いただけ。

 けれども、目が合ってしまった。

 風呂場の女と、赤黒く空いた2つの眼を持つ男と。




「ココです、お手紙を頂いた場所は」

《女子寮に、入っても良いんですかね》
「はい、寮母さんが元は差出人でして、学校側もお願いしたいそうです」

《林檎君、寧ろ僕より、川中島じゃないかな》
「そうなんですけど、生憎とお忙しいそうで。そしてコチラも、お急ぎだそうです」

 タダで祓う代わりに、取材を受ける。
 そうした遣り口が流行っているらしく、林檎君に請われ、この寮に来たんだが。

《はぁ、女性は陰とは、正にその通りだね》

 陰と陽。
 そのどちらも欠かせず、傾かない事が最も良い状態とされている。

 けれども、ココは陰気が本当に酷い。

「そんなに禍々しいですか?」
《あぁ、出来るなら君には関わって欲しくない程。単独行動はよした方が良い、色々な意味でね》

「はい、気を付けます」



 先ずは寮母さんへご挨拶へ。
 そして詳細を伺う事に。

『宜しく、お願いします』

《先ずはこの、手紙の内容ですが》
「コチラでも調べましたが、事件は無かったかと」
『はい、不起訴となりましたので。ですが、本当に有ったのです』

 寮母さんが差し出したのは、古い新聞の切り抜きでした。
 そして見出しには、冤罪か?容疑者死亡、起訴は取り下げ。

 と書かれており、日付は15年程前のものでした。

「すみません、下調べが足らず」
『いえ、古いモノですし、直ぐに騒動は収まりましたから』
《そもそもの騒動が起きた場所は、ココでしょうか》

『いえ、昔の寮、建て替え前の出来事です』

 この寮の歴史は古く、元は尼寺付属の子女専用寺子屋。
 界隈の良い家のお嬢さんから、下町の娘さんまで、様々な女性が通われていたそうで。

 その事も、問題を大きくしてしまったのでは無いか、と記事に書かれており。
 覗きは無かったのではと、締め括られていました。

《建物を見回っても構いませんか》
『はい、ご案内致します』



 元は堀向きに風呂場が作られていたらしい。
 だが今は、中庭を囲う様に作られ、決して外部からは覗けはしない構造となっている。

「ですけど、本当に見たんです」

 子女の誰もが必ず見るらしく、常に必ず誰かと風呂を共にする。
 しかも大浴場なのだから、本来なら1人で入る事は無い。

 だが。

《真っ赤な手と、赤黒く窪んだ眼を持つ、男でした》

 そして必ず。

『酷いじゃないでずが、ごんな風にずるだなんで』

 と。

《そうか、助かったよ》
《あの》
「お祓い、出来ますよね?」

《もう少し、調べさせてくれないだろうか》
『アナタ達、まだ来て頂いたばかりなんですから、無理を言ってはいけないわ』

「はい」
《すみません》

 霊の気配は確かに有る。
 だが彼の霊かどうかは、未だ分からない。

「あの、建物が変わっても出るものなんですかね?」

《何に恨みを向けているか、だね。人なら家が変わろうとも、それこそ代替わりしようとも血筋を恨み祟り続ける場合が有る》

「では逆、家や建物を恨む、なんて事は有るんでしょうか」
《滅多に無いね、それこそ元から既に恨んでいて、最後に建物に祟る場合も有るけれど。殆どの場合、人だ、人が原因だよ》

 もし彼が、1人で風呂場に居る女性を恨んでいるのなら。
 どう建てようとも、この土地で、寮に住む子女に恨みを晴らし続けるだろう。

「それにしても、何だか視線が刺さりますね」
『すみません、全く家に戻らず、ずっとココで暮らしている子も居まして。男性に不慣れなものですから』
《そこまで面倒を見てらっしゃるんですね》

『まぁ、はい、事情の有るご家庭も有りますから』
「いつから寮母さんをやられているんですか?」

『息子が6つの頃から、約9年前から、ですね』
「その時に霊は?」

『はい、ですが滅多に無い事でしたし。騒動にしたく無かったのかと』
《ですけど騒ぎになってしまった、依頼する切っ掛けは何ですか》

『驚きのあまり、お嬢さんが頭を打ってしまわれたんです』

 頭の出血は、大袈裟な割には大した怪我では無い事が多いんだが。
 血塗れの子女が発見され、担ぎ込まれたとなれば、確かに問題を封じたがるか。

「大変でしたね」
『あぁ、まぁ、はい』
《大掃除でお疲れでしょう、今日はこの辺で引き取らせて頂きます》

『あの、お祓いは』
《残念ですが、今は陰気が漂い過ぎてまして。正直、霊を探すのも一苦労なんです、もう少し子女の方々にしっかりご説明願えますか》

『あぁ、申し訳御座いません。今からでも言って聞かせますので』
《いえ、陰気を払うにしても時間が掛かるんです。ですのでまた明日、霊が現れ易い時刻の少し前に、お伺いさせて頂きます》

『分かりました、本当に申し訳御座いませんでした』
《いえ、では、ゆっくりお休み下さい》



 珍しく、即日で解決されないのは。
 それ程までに難しい霊、と言う事なんでしょうか。

「あの、何故明日なんですか?」
《非常に珍しい事なのだけれど、本当に陰気が濃くて、ほぼ邪気に近くなっているんだよ》

「大丈夫ですか?」
《いや、正直、限界と言えば限界に近いね》

「そんなに、重苦しかったんですか」

《かなり綺麗だったろう、寮が》
「はい、初めて女性寮に入りましたけど、男の寮とは全然違いますね」

《アレは取り繕っての事、寮母さんや学校が指導して、何とかあそこまで綺麗にしたのだと思う》

「神宮寺さん、初めてでは無いんですね」
《私用でね、本当に悲惨だったよ。けれどあそこまで陰気が濃かったワケじゃない、アレは、掃除させられ男に立ち入られた不機嫌さが原因だよ》

「噂には男子寮より酷い場所も有る、とは聞きますけど」
《お嬢様も来る様な場所だ、廊下を歩いたろう、戸の配置が幾ばくか不規則な場所が有っただろう》

「あー、はい、確かに」
《住み分けているんだよ、庶民と金持ち。けれどお嬢様は掃除なんかしないのも居る、さぞ、不貞腐れていただろうね》

「あぁ、それで視線が刺さっていたんですね」
《そう、どうして女じゃないんだ、どうして私が掃除なんかしなければいけないんだ》

「そんな不機嫌の塊の中に、神宮寺さんは居た」

《羊を食べに行こう、アレは陽の気が多いんだ》
「はい、行きましょう」
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