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第27章 夢と妻と作家と。

5 役者と罪。

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 人を呪わば穴二つ。

 呪った者は未熟でした。
 だからこそ、同じく呪いを受けてしまう。

 その呪いを途絶えさせぬ為、永久機関が如く、呪いは双方へと発動し続ける。
 それを自信が身をもって理解しているからこそ、その呪いが解かれる事は滅多に無い。

『では、今回も、幾ばくかだけ正気に戻しますが』
『既に次の策を講じて有りますので、もう、すっかり正気に戻って頂きます』

『分かりました、ですが我々は』
『一時正気に戻すだけ、ですね』

『はい』
『真方、始めますよ』
「えー、僕、非常に不安なんですが。だって、元は役者さんなんですよ?」

『ですから、だからこそ、アナタに憑依させるんですよ』

「あ、成程、分かりました」
『危険が、伴うかと』
『真方は特別ですから、では、始めましょう』

「はい」



 僕は彼女に会える事になった。
 けれど。

『あまり正気を保てません、良くて数分、直ぐに途切れてしまうでしょう』

『彼女に、薬か何かを』
『ええ、与えています、本当に楽にする為に。ですが与えなければ、彼女は何時までも独り言を続けてしまうのです、どうかご理解下さい』

『してはいけない事は、僕に何が出来るのでしょうか』

『本当の生きる希望が無ければ、真に人は生きようとはしません。ですから、だからこそ、我々国家の犬は平穏と平和の維持の為に尽くしているのです。貴方様は貴方が出来る事を、なさって下さい』



 酷い、どうしてバラしたの。
 巫山戯ないでよ、私の、私の生活が。

 そんなに結婚が妬ましいかよ、散切りクソ女が。

《分かってる、でも仕方が無かった。何も知らない者だって犠牲になっていた、そしてこれからも》

 黙って逃げ出せば良かったじゃない。
 逃げる能の無い馬鹿の事なんて関係無い、何で私達まで。

 俺達の事を考えて無かった偽善者が。

『三重子さん』

《何故、どうして》
『呪い、呪われたんですよね』

《どうして、ココに、何で》
『僕も可笑しくなって入院したんです、コレでやっと、ゆっくりお話が出来ますね』

《ごめんなさい、アレが、アナタに届いていたなんて》
『良いんです、お陰で難を逃れましたから、却って良い事だったんですよ』

《でも》
『嘘です、入院は嘘です。迎えに来たんです、帰りましょう、アナタも被害者なんですから』

《私は、私には何も無かった》
『上手く逃げ出せたからです、それでも被害者は被害者だ、アナタは乱暴されそうになった』

《けれど、私は無事に》
『怖かった筈です、痛かった筈です、嫌だった筈。逃げ出す為に、被害者を増やさない為に、演劇を守る為にアナタは将来を諦め。鏡を割り、顔を、体を傷付けた』

《それでも、私は、守りきれなかった》
『アナタ1人で、あんな組織的な犯罪集団をやっつけた。それらが全て完璧に上手くいっていたら、きっと警視総監にでも何でもなれますよ、アナタは単なる裏方の女性なんです』

《それでも、何度も見逃してしまった》
『こそ泥を捕まえるか、殺人鬼を逃がすかどうか。コレって警察官でも難しい問題なんだそうですよ、だからこそ、1人では決して行動しないんだそうです』

《私は、何処に、誰に助けを求めれば良かったの》

 涙のせいか、彼の虚像は酷く二重に見えました。

 そして、その時に気付いたのです。
 彼は、彼では無い、と。

 そうしてやっと、正気に戻れたのです。

『やっと、知る気になりましたか』

《アナタの事も、彼の事も。彼は無事なのでしょうか》
『知りたいなら、本当に目を覚まして下さい。我々が、しっかり彼を罰しますから』

《もし違えたなら、私は何度でも同じ事をします、何度でも》

 何度でも。



『我々、公安の事は信用なりませんでしたか』

 目覚めた時、声はもう聞こえてきませんでした。
 そして彼は、何処にも居ませんでした。

《いいえ、ですが、事が小さく収められてしまうかも知れないと思ったのは事実です》
『それは、何故でしょう』

《中身が分からない、知らないからです》
『そして警察同様、不手際が有るだろう、と』

《はい》

『成程、ですがそもそも体制が違います。と言っても、実際に非常に分かり難い事は確かです。全てを公にし、大々的に名乗る部署、とは違いますから』

《もし、私が通報していれば》
『ご協力頂き、更に被害を少なく済ませたでしょう。ですが、それは結果論です、我々が良き市民に理解されていない事が問題。そうした問題解決に、ご協力頂けますか、三重子さん』

《彼と、あの人の事は》
『早計で無くて助かります、では、ご案内致します』



 後日、移送中の元事務所社長が襲撃に遭い、化学薬品を掛けられ病院へ救急搬送。
 命に別状は無かったものの、人が変わった様に全ての罪を認め謝罪。

 全面協力の後に、以降は大人しく服役する事に。

「命に関わる事が起きないと、やはり改心は難しいんでしょうか」

《林檎君は、無垢なのか映画を鵜呑みにしているのか、どちらなんだろうか》
《そうですね、私としては、両方かと》
『確かにそうですね』

「神宮寺さんだけならまだしも、紫乃さんに川中島さんまで」
《褒めているのよね?》
『ですね』

「神宮寺さん、川中島さんに紫乃さんを取られてしまっているんですが」
《そうだね》
《妹が欲しかったの、本当に、特にこんな可愛い妹が》
『姉なる者の包容力は素晴らしいと思います、そしてこの豊満な胸も、どうすればこの様になりますか』

《運よ、でも控え目な方が良い殿方も。あぁ、もしかして想い人が居るのね》
『出来れば好ましいと思う男性を、直ぐに落とせればと思っています』

《ダメよ、直ぐに落ちる男に碌なのは居ないって、兄さんが言ってたわ》
『分かります、途中で嫌になって帰した覚えが有ります』

《あら、ダメよ神宮寺さん、お兄ちゃんなんだからしっかり見守っていてあげないと》
《僕は川中島の兄になった覚えは無いんだけれど》
『面倒見は良いですよ、女選びはクソですが』

《あらあら、だからこんなにグレちゃったのね、可哀想に》
『はい、とても可哀想なんです』

「僕らが、玩具にされている気がするんですが」
《そうだね、女性は群れると更に強くなる》
『ですが彼女は立派に戦い抜きました、1人で、逞しく』
《出来れば、人並み以上に幸せになって欲しいわよね、三重子さんの元となった方には》

 大事となり、大戸川先生がすっかり落ち込まれていた頃、例の四葉事務所から依頼が来ました。
 今回の件を、問題に立ち向かった1人の女性の視点から描いた映画を出したいので、大戸川先生にご協力願えないかと。

 大戸川先生は涙を堪え歯を食いしばり、深く頷き了承されました。

 そして、三葉財団融資の元。
 警察、公安、神社統括本庁も協力し。

 無事に映画化、となり。
 今でも、上演の延長が続いています。

『何処かから何か知れませんか、林檎さん、神宮寺』

《林檎君、何か知っているんだね》

「実は、内緒なんですけど。噂で、もしかしたら、続編が出るかもって」
《絶対見るわ》
『いつ出ますか』
《占いでもしてみれば良いんじゃないか、本当の彼女の事も、川中島のは良く当たるだろう》

《あらそうなの、じゃあ次は私もお願いね》
『はい』



 彼に会えた後、私は顔を変え、名を変え。
 今は。

《お帰りなさい》
『ただいま、良い匂いだね』

 彼の妻となり、心身共に支えている。

《お風呂から上がったら、食べれる頃合いよ》
『分かった、けれど、これは野菜だけ?』

《ふふ、実は中にお肉が入ってるの、西洋料理なのよ》
『成程、直ぐに入ってくるね』

《はい》

 彼は私だと謂う事を承知し、こうして一緒になり。
 今でも、何も尋ねず傍に居てくれている。

『頂きます』
《はい召し上がれ》

『うん、お肉だ』
《でしょう、美味しい?》

『勿論』

 私は単独で大勢を巻き込み、事件を起こした。
 被害者でありながらも、加害者。

 そして裁判後、情状酌量の後に名を変え顔を変え。
 私は公安へと所属する事となった。

 木嶋 三重子として。

 胆力と豪胆さを買われての事らしい。
 けれど、あの問題以上の事を任される事は無く、さして難しくもない案件ばかり。

 信用が無いのか。
 私の実力不足故か。

 若しくは、コレは一種の救済措置なのかも知れない、と。

 紙面を飾ってしまった被害者への、救済措置。
 若しくは、単独で騒動を起こせる者を制御する為の、防衛措置。

 けれど、どちらにせよ。
 私は償いも出来るこの立場を、非常に喜ばしく感じている。

 加害者になった被害者とて、幸せになっても構わない。

 そう国が認め、後押しをしてくれている様で。
 私は、やはり一部の行為は間違っていなかったのだ、と。

 最も正しい選択としては、公安へ訴え出て協力する道筋。

 けれども、同時に私は被害者でもあり、疑心暗鬼も当然な状態だった。
 それらを打破する為にも、私は公安に勤める事となった。

 私にとっての償いは、最後まで勤め上げ。
 この人との子を、立派に育てる事。

《会いに来てくれて、本当にありがとう》



 元社長は彼女の呪いが解けると同時に、同じく正気を取り戻し。
 皆が懸念する通り、無い事も含め様々な証言を始めた。

《コレも神の巡り合せの賜物なのでしょうかね、非常に珍しい血液型、しかも幸いにも疫病無し。全ての神様、御仏に感謝を、ありがとうございます》

 世に、人に償いの出来る稀有な血。
 彼が凶悪な罪人で有る事は、この為だったのかも知れません。

『あぁ、シノさん』
《八重子さん、アナタにも感謝を。神様も仏様も、しっかり償いの道を残し示して下さるなんて、本当に素晴らしい方々よね》

『ですね』

《あら、またお胸がお育ちになってるわ》
『美味しい食事を頂いておりますので、幾ばくか肥えたのかも知れません』

《あら石井に揉ませているのでは無くて?》
『いえ、残念ですが石井とは何も有りませんよ』

《石井、取られてしまうわよ》
『いっそ、私を誰かに取られてしまいたい、のかも知れませんね』

《意地悪ね》
『はい』

《ふふふ、分類畜生道・色界その参・癸酉、別名血液庫ちゃんは元気よ》
『それは何よりです』

《私と同じ血の種類は滅多に居ないのだもの、きちんと大事にするわ、老衰で亡くなるまで》
『そうですね、宜しくお願い致します』

《あら、アナタ処女では無くなったの?》
『相変わらず鼻が良いですねシノは、その事はまた、今度』

《そうね、楽しみにしているわ、じゃあね》

 ふふふ、里の者は本当に面白い。
 取られたく無ければ、自分のモノにしてしまえば良いのよ。

 名を変え顔を変えてでも。
 何をしてでも。
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