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第27章 夢と妻と作家と。

4 役者と罪人。

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 社長が捕まった直後、僕は林檎さんと神宮寺さんと共に、四葉事務所へと向かい。
 そして新たな事務所社長は、僕の体調の事を心配し、先ずは病院へと診察に向かう様に手配してくれました。

 そこで医師に聞かされた事は、神宮寺さんの説明とほぼ同じ事でした。

 睡眠不足により、人は幻覚や幻聴を体験してしまう場合が有る、と。
 そこに過労、心労が重なれば直ぐに人は心身に異常をきたしてしまう。

 けれど、酒や薬で誤魔化す事も出来る。
 出来るけれど、いつか、綻びが生じてしまう。

 そして、その綻びに漬け込んでいたのが、元の事務所社長や周囲の者だった。

 僕は、もう少しで餌食になる筈だった。
 けれど、本当に運良く、大戸川先生や松書房に助けて貰えました。

 ですが。
 中には既に犠牲になった者が、それなりの数に達していました。

 例え何も無かった者でも、もしそう犠牲になった、と報じられてしまっていたら。



「検査の結果は問題無さそうだけれど、アナタ自身はどうかしら?」

『体については、ですが心となると。他の方が、どうなっているのか気になってしまいまして』
「なら、それについては問題無いわ。今度、こうした問題に巻き込まれてしまった方々の書籍を出すの、そうして身の潔白を訴える。アナタも、参加してみても良いけれど、コレは強制では無いわ。断っても、全く問題無い事よ」

『参加を、検討させて下さい』
「はい、分かりました。では先ず、宿坊で暫く忘れる修行から、後はお願いね」
『はい』

 四葉事務所の最たる後援者、三葉夫人は菩薩女史と言われており、実際も非常にお優しい方でした。
 僕に会いたい、と最初にお伺いした時は非常に困惑しましたが。

 事務所の独断だけでは無く、しっかりと後援者による管理も有るのだなと。
 僕は1つの事務所しか知りませんので、他は分かりませんが、これなら安心だと思えたのは事実です。

 そして、僕はとても信じられなかった。

 辣腕ながらも気配りの出来る、厳しいけれど優しさの有る社長が。
 元社長が、あんなに酷い事を企み。

 あんなに酷い事をしていただなんて。



「ひひ、いひっ。お、俺をそんなに褒めても、何も出ないぞ。何だと!そこまで言えとは言っていないだろう!!あぁ、泣くな泣くな、悪かった悪かった。ひひひっ、いひっ、良かったろう俺の味は」

 彼は僕の真正面に居た。

 けれども目は、あちらこちらへぎょろぎょろと動き。
 僕には見えない誰か、何かの相手をしていた。

 代わる代わる声が聞こえているのだろう。
 きっと、僕が聞いていた幻聴に似たものだったのだろう、そう思えた。

『今まで、ありがとうございました』

「あぁ。ほら、次は俺が相手だ、いっひっひっひっひっ。まぁまぁ、コレも仕事ですから、ね。逆らうならお前の親を……」

 正直、僕は正気に戻って欲しいと思いながらも、このままの方が良いのかも知れないとも思っています。

 実際に被害に遭われた方々のお話を聞く限り、証拠を見聞きする限り、対面した限りでは。
 彼は有る事も無い事も話し、身を守る為なら親をも喰らい尽くす様な男にしか思えません。

 ですからきっと、彼が正気に戻ってしまったら、もっと世間を騒がせ荒らすでしょう。

 ただ、彼に罰は受けて欲しい。
 被害者と同じ分だけ苦しみ、罪を償うべきだ、とも思います。

 けれど、やはり僕は未だ、善人としての元社長の面影が大きく。
 僕には彼をどう裁くべきか、どうなるべきかと謂う判断は付きかねます。

 ですので、何もしない事に決めました。
 陳情書も、何も。

 僕は実際に身に起きた事のみで判断し、皆さんの判断に委ねたいと思います。



『どうも、木嶋、八重子と申します。件の元社長について、幾つか質問をさせて頂きますので、どうか正直にお答え下さい。尚、誤魔化しは時に共犯者と見做される場合も有りますので、ご了承下さい』

『はい』

 本当に、顔も声も良い男。

『コチラの中に、見覚えの有る方が居ましたら、全てコチラへ差し出して下さい。お名前が分かる場合、お名前もご一緒に宜しくお願い致します』
『はい』

 背筋良く、真っ直ぐな瞳。
 きっと本当に真面目な、正直者なのでしょう。

『コチラは、横向きになっていますが』
『見覚えが有る気がするんですが、非常に曖昧で、保留にさせて貰っています』

『成程、ではコチラはまた後で。では次に、目録の事はご存知でしたか』
『いいえ』

『では周囲に被害者だろう、と思われる方は居ましたか。その当時、です』

『いいえ』
『では、今思えば、被害者だったのかも知れない。と思う方は居りますか』

『はい』
『では、詳しくお願い致します』

『彼女は、事故で顔に怪我を負って裏方へ。僕の専属では無いんですが、仕事の管理をして下さっていた方です』

 その彼女は、嘗ては芸能の表舞台に立っていた。
 けれども怪我を負い、裏方へ。

 そう、彼女が例の呪具を作り、元社長を呪った者。

『何故、そう思われたのでしょうか』

『少し前から、連絡が付かず。誰も、彼女の事を言わないので』
『成程』

『もし彼女が何かに関わっているなら、僕は、陳情書を出したいのですが』
『分かりました、その事は後に。次はコチラを、先程と同じく見覚えが有る方の選別をお願い致します』

『はい』



 石井、完全に失敗したらしい。

「そう落ち込まれると空気が淀むんだけれど」

《すまない》
「すまない、じゃなくて、また次の手も浮かびませんか」

《いや、似合いだと思ってな》

「はー、陰気臭い、コレだから男は辛気臭くて嫌なんですよ」
《すまない》

 諦めろ、と言うのは簡単ですが。
 石井に諦めろ、と言ってしまったら、きっと死んでしまうでしょう。

 しかも自死ではと悟られぬ様に、迅速に確実に死に。
 結局は八重子さんにバレてしまう。

 大変ですね、八重子さんも。

「あ、お疲れ様でした」
『陳情書の手配と、そうですね、彼女に会わせて差し上げましょう』

「えーっと、あの状態のまま、ですか」
『少し戻します』

《何故、そこまで心を砕く》
『嫉妬は見苦しいですよ石井。彼の為、だけでは有りませんよ』

 明らかに年上の筈の石井が、一蹴されて。
 可哀想に、きっと石井なら分かるだろう事が分からない、その歯痒さが八重子さんには有るんだろう。

「分かりました、手配します」
『では、休憩としましょう』



 私は夢の中に居た。
 途中までは、順調そのものだった。

 主役を務めた劇が満員となり、次の舞台の事が出る迄は。
 とても、良い夢だった。

 「向こうはお前にするかどうか、迷っているらしい」

 《どう、迷っているのでしょうか》
 「ハッキリ言えば、ヤれるかヤれないか、だ」

 《その、何を》
 「あぁ、いや、今ので確信した。きっと向こうはお前に決めるだろう」

 何の事かは後で直ぐに分かりました。
 性行為の事だったのだ、と。

 しかも私がウブだからこそ取れる役。

 私が愚かだったなら、きっと、ただ悲しみに暮れたでしょう。
 けれど、私に沸き起こったのは怒りでした。

 私の大好きな場所を穢す者達への、憤りでした。



《うぅっ》
『ひっ、違う、俺じゃ、俺じゃない』
「だ、誰か医者を!早く、早く医者へ」

 きっと、こうした事は何度も有るだろうと思った私は、直ぐに酔ったフリをし。
 風呂場の鏡を割り、顔を切り裂き、胸にも幾つか傷を付けました。

《ご、ごめんなさい、朦朧としてしまって》
「あぁ、構わない、どうせアイツが飲ませ過ぎたんだろう。大丈夫だ、心配無い」

 もし医者に診られてしまったら、敢えて付けた傷だとバレてしまうかも知れない、そう思いましたが。

「先生、まぁ、彼女も少し参っていたらしくてね。ココはどうか、穏便に」

「ですけど、状況からして」
「先生、今度、お食事でも如何ですか。先生の憧れの方を手配させて頂きますよ、もし穏便に済まして下さるなら、ですが」

「もし、叶ったとて。コレは本来」
「分かります分かります、1度きり、もうご迷惑はお掛けしませんから」

「1回限りで、お願いします」
「はい、勿論」

 自分だけでは無いのだ、と更に怒りが増しました。
 そして直ぐにも警察へ行こう、と。

 ですが、もし、警察内部まで食い込んでいたなら。
 私は簡単に消され、次の犠牲者が出てしまう、と。

 しかも、そもそも社長だけの案なのか。
 一体、何処まで魔の手に浸食されているのか分からない。

 先ずは傷を癒し、壊滅させる為の情報を得る事にしました。


 

『三重子さん、昔は舞台に立ってらっしゃったそうで』

《あぁ、少しだけですよ》
『もしお嫌でなければ、少しだけ、ココの心情を教えて貰えませんか』

《良いですよ》

 彼の様に純真無垢な者を守りたかった。
 けれど。

「はぁ、ヤるだけで役が得られるなんて、演劇を真面目に学ぶだけ馬鹿よね」
『本当、しかも男は良いわよね、妊娠しないんですもの』
《いやでも出口だぜ、下準備は必要だし、大して良くも無いのに演技してやんなきゃなんない。しかもあの先生は女っぽくが好み、あの先生は男っぽくだ、面倒は面倒なんだよ》

「あ、もしかしてあの先生かしら」
『雄叫び系が好きなあの先生でしょう』
《そうそう、おおーんって叫んでやると喜ぶんだ。演技かどうかも見抜けないクセに、喜んで腰を振りやがる》

「あー、しかもネチっこいの」
『大して上手くも無いクセに、ネチネチネチネチ』
《ネチネチさせられんのも、それなりに苦労するんだからな?》

「まぁ、それはそれで可哀想ね」
『ふふふ、本当』
《まぁ、お陰で次も主役だし、後は適当に稼いで。そうだな、訓練所勤務にでもなるよ》

「あら、もうお尻が限界なの?」
『あらー、垂れ流しは流石に嫌だものね』
《それもだし、まぁ、結婚願望も有るしね》

「どうだかね」
『女だけ、で満足出来るのかしらね?』
《なら、偶に稼がせて貰うだけだよ》

「世渡り上手」
『生き上手ね本当』
《おう》

 もし、彼らに私の真意がバレてしまったら。
 きっと彼らは邪魔をするだろう。

 保身の為に、己が身の可愛さに。
 きっと、自分達の様に受け入れていた筈だ、と無辜の者の足まで引っ張る筈だ。

 私は、孤立無援でした。

 ですが希望も有りました。
 彼は純真無垢で、真面目で。

 きっと何が有ろうとも、もっと良い役者になるだろう、と。

 あの社長への届け物が。
 まさか、まさか彼へ届いていたなんて、それだけは本当に誤算でした。
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