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第26章 鳥と獣。

4 ウバメトリとヤゴメトリ。

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 その晩は、酷く五月蝿い夜だった。

 俺は息抜きにと、近所の飲み屋へと向かい。
 僅かな小遣い生活費から、ほんのたった少しだけ浴びる程、酒を呑み。

直ぐに女を引っ掛け帰ったその晩は帰らなかった

《そうして殺した女と知り合ったのか》

いやあぁ

 優秀な口寄せ、特に死口の優秀な使い手は、声が二重に聞こえる事が有る。

《で、浮気の為に嫁を実家に向かわせ。女なら子供の世話が出来て当然だ、と浮気相手の女を呼んだ》

いやあぁ、親孝行をさせてやったんだ。それに父親なら、世話が出来て当然だろう」

 既に庭からは遺骨が2体分出ている、コレはあくまでも裏取り。
 悪しき見本の標本作りに近い。

《そうか、地獄行きは揺るがないな》
『ですね、ご苦労様でした、さようなら』

「ぅうっ、俺は、俺は」
『岩木、終わりです、帰って来て下さい』

 優秀な口寄せは、呑まれる事も無く。
 直ぐに戻る事が出来る。

「はぁ」
《流石、山の岩木》
『お帰りなさい、岩木』

「いやー、なもなも」
『岩木、訛りが出ています』

「んんっ、失礼しました」
《どうだったよ、クソ野郎から見える世は》

「んー、若い未婚の女は魅力的に見え、既婚者は全て酷く老いた婆に見えていて。綺麗な既婚者は、結婚が偽装か子が居ないからか、金持ちで贅沢をしているからだろう。俺はあんな奴と結婚を続けているのは良い家の男として当然だが、偉い、少し失敗しただけだ」

『そんな男の血が残らなかった事が、せめてもの救いでしょう』
「でも、ご兄弟にはお子さんが」
《その子供が子孫を残せるかは別だ、相当な真人間に育てない限りは、神仏も許さないだろう》

「ですよね、人は他に幾らでも居るんですから」
『そう少し欠けた程度で滅びるなら、何をしても滅ぶでしょう』
《体にすら予備が有るんだ、その予備も念の為の措置も無いなら、どうせ長続きはしないだろうよ》

 神仏は人を、生き物を等しく見守っているが。
 外道は別だ。

 蜘蛛の糸を垂らす神仏は限られている、が、居るは居る。

「あ、そう言えば殺人事件を黙ってた女は、子はどうなったんですか?」
《あぁ、知らなかったか》
『別件で移動中でしたからね』

「はい、です、また何処かに行きます」
《ザッと言うとだ》



 情状酌量で、直ぐに解放され、子供も戻って来た。
 夫の従姉妹が子を亡くし、心身を病み誘拐してしまい、親族が数日を掛け説得。

 私と子は元通りに。
 けれど。

「どうして、離縁だなんて」
『もし、この子が警官を目指すとしよう、君は黙って忘れていた事をどう説明する』

「それは、だから怖くて」
『件の奥方に改めて謝罪もせず、そうした事を言い出しもしない、それはどう説明する』

「でも、まだ、子供が戻って来たばかりで」
『そう何もしない言い訳ばかり言う子に育つかも知れない、そう育てたくは無いんだ』

「だとしても私が産んだのよ!」
『なら裁判だ!』

「そんな、子供に悪影響が」
『君は、自らが悪影響の根源になるかも知れない、少しもそう思わないんだな』

「思うわ、思うけれど」
『思うだけで、自らの都合の悪い事はせず、忘れるのか』

「誰だって」
『忘れる事も有る、けれど思い出す事だって有る。何故、どうして、何度も思い出す機会が有った筈が。何故なんだ、どうして誰にも言わなかったんだ』

「それは、だから怖くて、そのまま忘れていて」
『あの女性に謝る気は無いんだな』

「そうじゃなくて、ただ、何と謝れば良いか」
『なら何故、どうして僕や親に相談しない』

 何故、と言われても。
 正直、自分でも何故なのか分からない。

 悪いとは思う。
 こんな思いをしたのは可哀想だとも。

 けれど。

「ごめんなさい」

『あぁ、僕も、こんな女だと見抜けずすまなかった』

「そんな、そんな風に言わなくったって」
『悪気が無いのと、自らの悪気に気が付けない。そのどちらの質が悪い、だろうか』

「ごめんなさい、私」

 警察の車に乗っていると、無線が入り子の無事を知った。
 それから女性と男性に、起訴はしないと言われ。

 子の世話をしながら、事情聴取を受け。

 兎に角、忙しかった。
 子に会えた嬉しさでいっぱいで。

『あの女性の方が、よっぽど悲しいだろう、悔しいだろう。なのに君が泣くのか、人を殺そうとした、見殺し女が』
「五月蝿い、五月蝿い五月蝿い五月蝿いっ!」



 ほんの少し、押しただけ。
 まさか抱いていた子供まで、死ぬなんて、と。

『林檎君、どう、だろうかね』

「僕、可哀想な事件をそれなりに知っていますし、実際に書いて頂いた事もあります。でも、大きな出来事すら忘れる事もありますし、詳しく知らない事件もあります」

 けれど、それを責められてしまうと、困ります。

 仮に、全ての人々が決して忘れず、常に覚え続けていたら。
 どうなるでしょうか。

 何も楽しまず、未解決の事件に全国民が悲しみ、沈み。

 不謹慎だ、と催事も祭事も行事も、何もかもを中止し。
 怪しい者を探し出し、追求し、互いに疑心暗鬼になり続ける。

 もし、そうなってしまったら。

 経済は衰退し、文化、風習は失われ。
 監視社会か監理社会、所謂デストピアなる世に、いずれ繋がってしまうのではないだろうかと。

『実はね、私も被害者家族でも有るんだ』
「あ、すみません」

『いや、実際にね、解決するまで沈み濁り続けるには無理が有る。それにね、警官としては、生きて欲しい。それまで同様に、とは難しいだろう、恨むなと言うなんてとんでも無いとは思う』



 けれど、もし、自分が被害者になってしまったら。
 少なくとも、妻や子には復讐には走らず、命日や誕生日に思い出す。
 
 その程度で、次の為に生きて欲しい、とね。

「ですけれど、もし」
『何も残されていなかったら』

 復讐に走るのも、悲しみに暮れ続けるのも仕方無い。

 けれど本当の母性、父性は、実子にだけしか向かないのだろうか。
 少なくとも、私は、そうは思わない。

 例え亡くなった子の代わりだとしても、何も無いよりは、真っ当な母性や父性なら。
 孤児には何かが有った方が、良いんじゃないだろうかね。

「すみません、僕にはまだ」
『いやいや、いつか分かってくれるなら、分からないでも構わない。ただ、在ると言う事を否定しない、それだけでも立派な事だからね』



 子の将来を鑑み。
 政府は子を里子に出した。

 そうした死の偽装は、双方の両親、子にとっての祖父母にのみ伝えられた。

「あの、それで川中島さんのお話、と言うのは」
『姑獲鳥は本当に居るかどうか、林檎さんはどう思いますか』

「勿論、居ると思いますよ。妖怪、怪異で無かったとしても、そうした存在が居る。寧ろ居ないとする方が酷く無粋で、公序良俗に反する、反社会勢力だとすら思いますね」
《それはまた、かなりの暴論に思えるけれど》

「居ると思えばこそ、暴力的な事を行わない者が居るなら、それはつまり必要だと言う事ですから」

『ですけど、そうした怪談が必要の無い世に、すべきかと』
「理想はそうですが、その理想が叶ってから、ゆっくり衰退すべきかと。先生の1人が仰っていたんです、そうした事が無い世こそ、デストピアだって」
《反理想郷、だっただろうか》

「はい、神話も無い規則だけの世、僕には到底生きられませんから」
《君にとっては、真に死の国、と言う事だね》

「はい」

 神話も神も居ない世。
 有り得ない、有り得てはいけない世。

『ご馳走様でした、今日は奢らせて下さい』

《どうしたんですか、急に》
『良いと思える事がしたいんです、生きている間の恩返しを、と』

「では、お言葉に甘えて」
《ご馳走様》
『神宮寺は、仕方無いですね、奢ってあげます』

 恩を売り合い、返し合い。
 持ちつ持たれつ、時に情に流され、敢えて見ぬ振りをするのも他生の縁。

 けれどもし、悪しき事を見逃せば。
 子に、子孫に、大事にしている者に。

 因果が報いるだろう。



《セッシャ、オヤカタトモウスハ、ヤゴメドリヤゴメドリ》
《まぁ、もう本当に、可愛い子》

 何処かでは、猫に9つの命が有るらしい。
 なら、九官鳥には、幾つの命が有るのだろうか。

《キミガタメ、オシカラザリシ、イノチサエナガクモガナト、オモイケルカナ》

《ふふふ、ありがとう、私もよヤゴメドリちゃん》
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