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第26章 鳥と獣。

2 ウバメトリとヤゴメトリ。

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 私は、他人の事だからと、赤子が亡くなる事を止めもしませんでした。

《ちょっと、何で赤ん坊が居るのよ》
『妻が倒れて、なぁ面倒看てくれよ、女だろ』

《は、何で私が》
『泣き止まないんだ、女なんだから』

《だから》
『あっ』

 押し付け合っていた赤子は、2人の間からすり抜け。

「っっ」

 私は口を抑え、何とか叫ばずに済みました。

 ですが赤子は先程迄の様な声も上げず、ピクリとも動かず。
 赤子を押し付けあっていた男女も、動かず、声を上げる事も無く。

 ただ、見下ろすばかり。

《わ、私は、知らないっ》

 そう言い逃げようとした女は、男が手に持っていた石で殴られ、倒れ込み。
 動く事も声を上げる事も無く、長い間、何の音もしませんでした。

 誰の声も、何も。

『はぁ、片付けるか』

 男の声には、後悔の念も何も含まれていませんでした。

 私は、あまりの恐怖に固まったまま。
 日暮れまで、誰かが近くを通るまで。

 ずっと、その場に隠れていました。

 そして、何年も何年も黙っていました。
 あんまりの事に、私は忘れていました。

 子供が、居なくなるまでは。

「お願いします!どうか、どんな些細な事でも構いません、どうかお願いします」

 生まれたばかりの私の子供が、突然、居なくなったのです。
 本当に、幾ばくかだけ、目を離した隙に。



「あ、刑事さん」
『やぁ、どうもどうも。例の誘拐事件、報道を規制する様にとの通達が有ってね、伝えに来たんだよ』

「えっ、でも」
『解決したんだよ、以降は警察からの報告以外は、と言う事でね』

「あ、そうなんですね」

『君は、いや、今度少し良いだろうか。感想について』
「はい、是非」

『なら、近々寄らせて貰うか、電話をさせて貰うよ』
「はい、宜しくお願い致します」

 一体、どう解決したんでしょうか。
 そして、感想とは、どの作品の事なのか。

『あ、林檎さん』
「川中島さん、どうしたんですか?」

『すみません、どうやら神宮寺が読者の方のお手紙を持って帰って来たらしく、頼まれました』
「あ、確かに、ココへの投書ですね」

『コレ自体は安全だそうです』
「そうですか、態々すみませんでした」

『いえ』

「他に、何か?」
『林檎さんは、全ての事件を覚えていますか』

「いやー、僕は生憎と記憶力がそこまで良いワケでは無いので、やはり強く残る事件ばかりが残っていますけど。何か、有りましたか?」

『今度、神宮寺のついでで良いので、食事へ行きませんか』
「はい、構いませんよ」

『では』

 こうした事は良く有るので、僕は全く気にも留めませんでした。
 刑事さんの事も、川中島さんの事も、事件についても。

 全く。



「いい加減にして下さい!面白く書き立てようとしたり、私が悪いんじゃないかと。もう、そうした事は、本当に懲り懲りなんです」

『では◯◯さん、本当に心当たりが無いんですね』
「無いに決まってるじゃないですか!!」

 前世のバチが当たった。
 本当はもっと、長く目を離していたんじゃないか。

 子供が居なくなった原因が、さも私のせいだ、と。

『最後に』
「何なんですか!」

『◯△家の◯✕と言う男、若しくは◯△家の赤子について、覚えていますか』

 私は大きく目を見開き、大きく息を吸い込んだ。

 知っている。
 私は、見聞きしたのだから、知っている。

 けれど。

「確かに、通学路には、◯△家と言うのは有ったかとは思いますが」
『突然、夫に預けていた子供が行方不明となり、未だに見付からないまま。先日はとうとう、◯△さんの旦那さんが亡くなり、奥様だけが残されているそうで』

「それが」
『その件と今回の件、繋がっているのでは、との噂を耳にしたんです。もし良ければ、解決の糸口になるのでは、と』

 私が、警察に言わなかったから?

「すみません、ありがとうございます、お入り下さい」
『どうも、失礼します』

「その噂は」
『それなんですが、本当に立ち聞きした程度でして、何処の誰とも分からないんです。ですので念の為、奥様にも確認してから、これから警察に伺おうかと』

 私が黙っていた事が、バレてしまう。
 私のせいで、子が居なくなった、と。

「でしたら、私も、少し警察へ用事が有るので」
『そうでしたか、では、一緒に参りましょうか』

「はい」

 いっそ、子も、この男も居なくなってくれれば。
 私が黙っていた事は、バレないかも知れない。

『こう、橋の下に居てくれたら、良いんですけどね』

 土手の有る川に掛かる橋の下には、古くから子替えの噂が有る。
 あまりにも相性が悪い子は、橋の下の大きな箱に入れられた別の子供と、取り替えられてしまう。

 その家が、親が、家族を良いと思っているなら。
 良い子にしていなさい、と。

「そうですね」

 夕暮れの、あまり人通りが無い場所なのが悪い。

 あんな男と見抜けず結婚し、子を産み、あんな男に子を少しでも任せたのが悪い。
 どちらにしろ、あの時を生き延びても、直ぐにあの子は死ぬ運命だった。

 私は悪くない。

 悪いのは、あんな男と子を作った女だ。
 見抜けなかった女が、殺した男が悪い。

 私は、悪くない。



《はい、あぁ》
「すみません突然、記者さんから、もしかすれば関わりが有るかも知れないと伺って。居ても立っても居られず」

《そうでしょう、事件の事は良く知っていますから。さ、どうぞ》
「お邪魔します」

 ウバメトリやヤゴメドリ、そして姑獲鳥の鳴き声や姿に差異が有るのは、何故か。

『ヒトゴロシ、ミゴロシ』
「えっ」

《あぁ、ウチで飼ってる鳥ですよ。変な鳴き方でしょう、ヤゴメドリって言うんだそうですよ》

 姑獲鳥には更に原型が有る。
 女艾、そして羽衣女の鬼車。

 どちらも鳥の羽衣を被ると鳥となり、必ず子に関係し。

「あの」
《見ていたんでしょう、聞いていたんでしょう、ウチの子が亡くなる所も。埋められる所も、ぜーんぶ》

 9と言う数字が絡む。

「あ、あの」
《待っていたんです、いつか見付かってくれるだろう、何処かで生きてるだろう。けれど何も知らないで、ずーっと一緒に居たんですよ、ずっと。そして亡くなる直前に、アレがやっと白状したんです、庭に居たって》

『ヒトゴロシ、ミゴロシ』
《もっと前に言ってくれたら、もっと前に知れていたら、供養も贖いも出来た。あの人、直ぐに勝手に死んじゃって、一体私は誰にどうやって悲しみも何もぶち撒ければ良いんでしょうね》

「まさか」
《子供を無事に探し出したいなら、ぜーんぶ、白状して下さい》

「何で」
《まさか、まさか忘れてたなんて、言いませんよね》

「あ、アレは、アレがあんまりに恐ろしくて」
《孕んだ時、産まれた時、幾らでも思い出す機会は有ったでしょう》

「でも、だからって」
《分かるでしょう、子を突然に失った親の辛さ、悲しみや憤り》

「でも、だからって、だからって。誰にでも、忘れる事はあるじゃないですか、それにあんな、人殺しを」
《でも、忘れていたんでしょう》

「アナタだって!忘れる事の1つや2つ有るでしょう!!それとも、自分が子を失う前の、誘拐事件や子供の事件、全て覚えているとでも言うんですか!!」

《いいえ、ですから、ずっと待っていたんです。アナタが言ってくれるまで、ずーっと》

「ごめんなさい、ワザとじゃないんです、あの時はもう隠れている事で精一杯で」
《どうせあの男は、泣きもせず、面倒そうにしていたのでしょう》

「それが、それが本当に怖くて。まるで、まるで鬼か何か、人には思えなくて」
《怖かったでしょう、あんまりに怖くて、忘れたかった》

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

《あんな男を選んだ私が悪い、アナタも、そう思うでしょう》

 目は口ほどに物を言う。

 亀の甲より年の功。
 女の勘は鋭いが、母の勘はもっと鋭い。

「そんな」
《良いんですよ、確かにあんな男を選んだ、見抜けなかった私も悪い。ですけどね、子に罪は無いでしょう》

 そうして女は、再び自らの子の事へと思い至った。

「あの子は!」
《さぁ、私は知りませんよ》

「巫山戯ないで!お願い、お願いしますから、謝るから返して!!」
《私も!何遍も記者さんにも刑事さんにも言いました、けどね、9年。9年、あの子に会えなかった》

 女艾には9人の子が居り。
 羽衣女には9つの頭が有り、1つからは延々と血を流し続けている、と言う。

「お願い、許して、何でもしますから」
《私も、神様仏様に、何遍もお願いしました。何遍も何年も、ずっと、ずーっと》

「私にどうしろって言うのよ!!」
《悔いなさい!!私と同じ様に!苦しめ!!》

 窮鼠猫を噛む。

 若い女は老女を襲った。
 橋の上と同じ様に、襲い掛かった。

「言え!!あの子の居場所を言え!!」
《ぐっ、ぅう》

 この世に、神も仏も居ないのか。

 否、神仏には神仏の考えがある。
 だからこそ、そこに至る為の教えが有る。

『警察だ!その手を離しなさい!!』
「嫌よ!この女が、この女が」
『違いますよ、本当に、その人は今回の件には無関係です』

「あ、アナタ」
『泳ぎは得意なんですが、溺れかけたのは事実ですね』

『2件の殺人未遂の容疑で逮捕させて頂きます、さ』
「イヤよ!あの子がまだ!」
『アンタみたいな人間に育てられるより、マシでは』

「私が!」

 何をしたかのか。

 確かに、何もしていない。
 何も。

『あ、大丈夫ですか』
『無理せず、直ぐに車を手配』
《もう1つ、誤解を解かせて下さい。私は本当は預けたんじゃない、無理矢理に、夫の実家に行かされていただけなんです》

 誰が悪かったのか。

 そんな事は決まっている。
 犯人と、黙り忘れた目撃者だ。
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