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第19章 投書と作家と担当。

絵師の従姉妹と婚約者。

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《アナタは彼に相応しく無いわ》

 私が言った言葉が、こうして返って来るなんて。

『いい加減に』
《いいえ、言わせて頂きます。幼い頃からの口約束だけを信じ、何もせず黙って過ごし、自分が18になったら当然結婚するだろうといきなり押し掛ける。そんな女性と結婚するだなんて、家を没落させるも同然、急ぎ親族を招集し会議すべきだわ!》

『それは、本当なのかい』

「ごめんなさい」

《しかも、まだ有りますわよ。既に他の者と結婚していると知り、その相手が年上だからと年齢を謗った、本当に最低だわ》

『優しい君が、そんな』
「ごめんなさい」

《私は、本来なら邪魔するつもりは無かったわ。けれどね、身分差、年の差の方がまだマシだったわ。こんな幼稚な相手を》
『少し黙っていてくれないか!』

《黙りません!私を救ってくれた女医先生をアナタは傷付けようとした!しかも未だに謝罪すらしていない、絶対に許さないわ!》

「ち、違うの、謝る機会が」
『すまないが、2人とも今日は帰ってくれないか、親族は必ず招集する』
《分かりました、では、失礼致します》

「お願い、話を」
『すまないが他の者に事情を聞く、頼むから君も帰ってくれないか』

 全くコチラを見てくれない。

「ごめんなさい」

 そして私が戸を閉める直前、大きな溜め息が聞こえた。
 もう、この婚約はダメになってしまうかも知れない。

 でも、私は彼が好き。
 どうしても、彼と一緒になりたい。



『で、協力しろって都合が良過ぎじゃないか』
「違うの、ただ、お義姉様に同席して貰うだけで」
《良いわよ、偶にはお外に出たいものね、よちよち》

『お前』
《大丈夫よ、良い家ともなればちゃんとしているもの、それに病院外で元気になった元患者さんに会えるって貴重なのよ?》

『はぁ、分かった』
「ありがとうお義姉様」
《いえいえ》

 そうして当日、私は夫の従姉妹と共に彼女の婚約者の家へ。

《あぁ、先生》
《お元気そうで何よりです》

《ありがとうございます、本当に、可愛らしい赤ちゃんで》
《ふふふ、ありがとう》

《ごめんなさい、私、舞い上がってしまって。例の件も、先生を尊敬しております、何も言わずにいらっしゃたのは懸命ですわ》
《あぁ、お耳に入ってしまっているのね、恥ずかしいわ。復職して、直ぐにコレですもの》

《いいえ、だからこそ。あぁ、すみません、お席へどうぞ》
《ありがとう》

《あ、お飲み物は麦茶を、直ぐに用意させますね》

 やっぱり、相手方に何も伝えていなかったのね。

《ありがとう、良く勉強しているのね》
《はい、お陰様で》

《嬉しいわ、後で沢山お話しましょう》
《はい》

 この子が義理の従姉妹なら、可愛がったのに。

『では、全員揃いましたので、親族会議を始めさせて頂きます。申し訳御座いません先生、暫くお付き合い頂きます』
《はい》

 夫の為、他の作家先生の為にも、コレは良い糧になる筈だもの。
 逃す手は無いわよね。



『では、以下の証言で間違い無いでしょうか』
《細かい事は、私自身が興味が無かったので曖昧ですけれど、大筋で認めますわ》

『では、気にしてらっしゃらない、と』

《名乗りもせず、いきなり謗る方って病院にも来られますし、夫は私にしか興味が無い。ですので万が一も無いと分かっておりましたから、はい、気にしてはおりません》

 だとしても、した事がした事だ。

『分かりました。では、コレを踏まえ、彼女との交際に合意しない方は挙手を』

「そんな」
『すまないが、僕にも君と婚約を継続する気は無い。例え過去の過ちだとしても、事が起こってからかなり時間が経っている、なのにも関わらず最近まで謝罪をしていなかった。しかも乳飲み子を抱えた女性をコチラに何も伝えず連れて来た、そして詳細を僕に最初に伝わっているかの確認もしない、それら全てが無理だ』

「ぅう」
『君に最後に助言をさせて欲しい、こうして追い込まれた状態で泣く女性は、何処の家でも歓迎されないよ』

 泣き止み、謝罪をしてくれたら。 

 あぁ、本当に無理だな。
 すまない、僕からも誘い水を、出来ないな。

 こうした事は、何も無しに言ってこそなのだから。

《ごめんなさい先生》
《いえ、大丈夫、けれどそろそろオシメを変えてあげたいわ》
『では、親族会議を一時中断致します』

 そして僕が退出すると、彼女も。

「ごめんなさい」

『後は何か』

「そんな、私を好いていると言ったのは、嘘なの」
『いや、どんどん冷めている。君は淑女として、令嬢として恥ずべき行為を、こうして今でもし続けている。もう、これ以上、嫌わせないでくれないか』

 泣き止んでくれたなら、まだ良かったのに。

「ごめんなさい」
『休憩中に改めて君が連れ出した女性に謝罪したいんだ、もう用が無いならこのまま帰ってくれ、彼女はウチで責任を持って送り届ける』

 泣いてばかりで返事も無し。
 何処か幼くて可愛らしい、僕が支えなくては、支えれば何とかなると。

 驕り昂っていただけだ。
 必要とされたくて、誰かに認められたかっただけ、彼女の言う通り僕は愚かで弱い人間だ。



《はい、何でしょう》

『すまなかった、君の忠告を聞くべきだった』
《いえ、それだけ彼女の手練手管が凄かったのでしょう》

『違っ、いや、もう彼女の事で揉めたくは』
《何が良かったか、何故選んでしまったのか、ご理解頂けないのでしたら再び同じ様な事が起こるかと》

『すまない、ただ、手練手管を発揮する程の器用さは彼女には無いんだ』
《そう無知で無垢な所が良かったのでしょうね、こうしてキツく言うばかりの女は、さぞ可愛げの無い女に見えるでしょうから》

 あぁ、目から涙が。

『すまない、君を苦しませる気は』
《あぁ、すみません、目にゴミが入ってしまったみたいで。下がらせて頂きますね》

 あぁ、取れた。
 どうしてこんなに長い髪の毛が目に入るのよ、不思議が過ぎるわ、本当にどうやって入ったのかしら。

《あら、どうしたの?》
《見て下さいコレ、目に入ってて、どうやって入ったのか不思議だなと思っていたんですの》

《ふふふ、中々の長さね》
《はい。コレと同じですわよね、申し訳御座いません、彼の幼馴染としても謝罪致します》

《良いのよ、そう経験出来ない事だもの》
《ですが、向こうの家の方と》

《コチラに落ち度は無いし、夫の家の方も泥を塗られた件が有るもの、いざとなれば東北まで逃げるから大丈夫よ》
《どうかコチラでお守りさせて下さい、せめてもの恩返しに、どうかお願い致します》

《そうね、お願いね》
《はい》

 あの女と接点が出来た事の唯一の利点は、先生とこうしてお会い出来た事、だけね。

《あ、それともう1つ、あの子を簡単に諦めさせる方法を言おうと思っていたのよ》
《新しい恋、ですかね》

《そうそう、良い子ね。あ、ごめんなさい》
《いえ、ありがとうございます、その様に動かしてみます》

《宜しくね、そこまで悪い子では無いのよ、多分》
《まぁ、かも知れませんね》



 僕は、見るべき相手を間違えていたのかも知れない。
 彼女の涙が、幼馴染の涙が、嫌では無かった。

 もしかして、彼女は僕を。

「宜しいでしょうか、お坊ちゃま」
『あぁ、どうしたんだい』

「新たな婚約者についての親族会議の結果、候補に幼馴染の方が選ばれました」

『僕は、最初から、彼女に惚れるべきだったんじゃないだろうか』

「好意とは、実に複雑で御座いますし、ご返答致しかねます」

『他の候補に会う前に、先ず彼女と話し合いたい』



 私に、婚約者になってくれないか、だなんて。

《えっ、お断りします》

『えっ』
《えっ?だって、あんな女を好きになる方は、ちょっと》

「いや、でも、先日は涙を」

《あぁ、アレは髪の毛が入ってたんですの、こんなに長い髪の毛が。私驚いて、思わず女医先生に見せてしまった程ですの》

『なら、君は、全く』
《もし、逆の立場、そうですね。遊び人でとっくに童貞では無いのに童貞と偽ってらっしゃった方、そんな方を私が好いたとしたら、何も思わないでいられますか?》

『いや、けれど僕は』
《分かっております、肉体関係が何も無い事は、ですけどアレはちょっと。その次が私は、真意はどうであれ令嬢らしさを買い、好意より利点を優先させた。そう見えてしまうので、ちょっと、無理ですわね》

『どう、足掻いても』
《まぁ、私には嫌な事ばかりが映っておりましたから、そうですね。心が折れ旧知の仲に縋った安易さ、と申しますか、好意意外も多分に含んでらっしゃる気がして無理ですわね》

『そう、だね、すまない』
《では、今回は何も無かった、と言う事で。失礼致しますね》

『あぁ』

 私、彼の顔が先ず無理なんですの。
 出来るなら男臭い、むさ苦しく雄しか感じられない、力強い男性が好みですから。

 そうした男性を可愛がりたいのですけど、お父様が未だ嫁にはやらん、と仰って。

《だから先生、誰か紹介して下さらない?出来れば勢い余って破瓜してきそうな男性が》
《未婚の破瓜は止めておきましょうね、でも良い相手が居るわ、看護師なのだけど》

《素敵、まさに白衣の天使ね》
《天使と言うか熊ね》

《可愛らしい、なんて素敵なの》



 そうして、其々が別々の相手と結婚して終わり、なのよね。

「凄い、物語の決まり事が何1つ守られていない気がしますね」
《まぁ、事実だもの》

「でもありがとうございます、僕らの為にも立ち会いをなさって下さったんですよね」
《まぁ、好奇心には勝てなかったのよ、良い子には大いに幸せになって貰いたいじゃない》

「その白衣の熊さんとお幸せに?」

《前に紹介したでしょう、彼よ》
「本当に熊じゃないですか。八尺は有ろうかと思う様な体躯に屈強な腕、体の厚み、野太い眉」

《ふふふ、でもね、何だかとってもお似合いなの》
「成程、正に東洋版の美女と野獣なんですね」

《そうね、ふふふ》
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