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第21章 非淑女と配達員。
4 絵師の従姉妹と配達員。
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「すみませんが、このお話は無かった事にして下さい」
『何故、どうして』
「先ず、今アナタに思い当たる節が無い事。そして安易に女性に触れ、触れられ避けもしない、それどころか距離も近い。私が男性不信だと知っても尚、行動をお変えにはならなかった、ですのでどうかもっと嫉妬心の無い女性をお勧め致します」
『何か誤解が』
「コレが記録です、どうぞ」
覚えが無い。
そう言われない為の、日付と時刻と名前。
『彼女達とは何も』
「では、アナタ様は逆のお立場でも平気でらっしゃるのですね。髪に落ち葉が付いていたからと、私が他の男性に近付き葉を取って差し上げても。腕を組まれる事を避けもせず、お断りもせず振り解きもしない、それでも全く何も思わないのですね」
『それは悪かった、でも誤解なんだ、僕には全くその気は』
「その気が全く無いのにソレですか、余計に無理ですね」
彼は押し黙り、少し顔を俯かせた。
けれども少しして。
『もしかしたら、少しだけ、君に。ほんの少し、嫉妬を、して貰いたかったのかも知れない。けれど本当に、全く』
「女性に気安い質なんですね、私には耐えられませんでした、どうか他の方をお選び下さい」
私は、こうした苦労がしたくなかったからこそ、従兄妹が迎え入れてくれるだろうと思い込んでいたのかも知れない。
今は何故そんな風に思えていたのか、本当に分からない。
いや、寧ろ分からなくて当たり前なのだ。
私は、何も考えていなかったのだから。
『すまなかった、これからは』
「いえ、結構です、失礼致します」
私は素早く立ち上がり、部屋を後にした。
そして茶屋の者に車を呼ばせ、店先で待つ事に。
秋だと言うのに、じっとりとした雨。
曇天のせいか薄暗く、道行の人も疎ら。
《お嬢様、乗せて行ってあげようか》
気安い方が車を止め、私に声を掛けた。
きっと昔なら、2番目に好きになった方が居なければ、私は愚かなままで。
きっと、この誘いにも乗っていたのだろう。
「ありがとうございます、もう少ししたら呼んだ車が来ますので」
《どうして中で待っていないんだい?》
事情を。
いえ、もう良いわよね。
「婚約を破棄させて頂いたんです」
《あぁ、そうか、成程。君は優しいんだね》
「いえ、私の狭量さが原因ですから」
《あぁ、合わなかったワケだ》
「ですね」
そして彼は車で去ったかと思うと、今度は徒歩で現れ。
《それで、何が嫌だったのかな?》
「少し、女性に、少し気安い方で。私は、嫉妬深く疑い深いので、お断りさせて頂きました」
《俺も距離が近い、そう友人に良く叱られるんだよ、そう言う事かな》
「そうですね、私だけに距離が近い方でしたら、良かったんですけれどね」
《あぁ、分かる、分かるよ。何でも自分だけの方が良いに決まっているものね》
「ですね」
《本当に車を呼んだなら、また催促したらどうだい?》
「今日は混んでるそうですから、もう暫く待ちます、ありがとうございました」
《相手に困ったら俺が婚約者になってあげるよ、じゃあね》
そう言って彼は紙をくれた。
酷い悪筆で書かれた、住所と名前。
どうしようかしら、もう碌な縁談が来ないかも知れないのだし。
けれど父や母に言えば、以前と同じ様に騙されるかも知れない。
それに姉は、今は身重で、義姉も。
『お待たせしましたー』
「あの、ココは遠いかしら」
『あぁ、いえ、近いですが。寄って行かれますか』
「前を通り過ぎるだけで良いわ」
『はい、畏まりましたー』
婚約は破棄だと伝えた。
けれども彼は、諦めきれない、と。
『本当にす』
「そもそもアナタと生き方が合わないんです、気安く馴れ馴れしい方が無理なんです。それに改善に労を使うなら、他の事に使って頂きたい、お仕事や情愛を育む事に。それでももし失敗すれば、私が傷付きますが、傷付けたいのですか」
『いや』
「注意されなければ問題だとすら思わない、その生き様が無理なのです、それとも私と結婚しなければ家が傾くのですか」
『いや』
「後は、何か」
『すまなかった』
「はい、ではさようなら」
今、あの優しく声を掛けて下さった方を思い出してしまった。
きっと、弱っているからだろう。
私は、何も難しい事を要求しているワケでは無い。
正直に生きながらも、他の女と私との関係に一線を引き、私だけを愛してくれる方が欲しいだけ。
従兄妹の中身がどうであれ、そう愛してくれるだろう、そう盲信していた。
ただ愛が欲しかった、愛されたかった。
私だけを、愛して欲しい。
《お嬢様、調査の結果が揃いましたが》
「読むわ」
《どうぞ》
佐藤運送の、三男坊。
事業所へと働きに出ており、従業員には単なる雇われと思われている。
そこでは十分に働き、評判も上々。
けれども、実家を離れ1人で、使用人と共に暮らしている。
そこでも品行方正。
女を連れ込む事も無く、近隣の幼馴染の様子を見に行く、評判の良い青年。
「何故、婚約者すらいらっしゃらないのかしらね」
《ご家庭のご事情かと、どうぞ》
そこには非常に問題の多い家だ、と。
けれども経営は順調、既に次期当主も決まっており、件の彼は家を相続する事には無頓着であるとも。
条件は良い。
良いけれど、では、何故お相手がいらっしゃらないのか。
「アナタは、どう思うのかしら」
《誰にでも、大なり小なり、何かしらの問題は有るかと》
面白い子に出会った。
若いのに死にそうに絶望した顔をしていて、自分から婚約破棄したと言うのに酷く悲しそうで、若い割にはしっかりとしていた。
《今度こそ、愛が芽生えるかも知れない》
「本当に愛を芽生えさせたいなら、もう暴言も酷い扱いもダメだよ」
『そうですよ、自分が言って欲しい言葉や、周りが良く言う褒め言葉を使うんです。それに決め付けるのもダメですよ』
《けれど、今度目を付けたのは、酷くちゃんとしていそうだから。もしかすれば、俺を選ばないかも知れないね》
あの子は容易に誘いには乗らなかった。
そして家には来ず、しっかりと探偵を雇い探りを入れて来た。
同じ階級の子供、だからだろうか。
それとも、何度も破棄し、破棄されての事だろうか。
それとも酷く中身が良いのか。
「もう、調べて有るんだね」
《調べられたなら、調べないとね》
「なら、珍しく良い家の子なのだね」
《中の中、少しばかり危うい家だけれど、彼女が真っ当なら持ち直す程度だ》
「似た階級の子は、興味が無かった筈だろう」
《そうだけれど、彼女は少し変わっているらしい》
思い込みから婚約していると勘違いをし、正妻に喧嘩を売り、好いた相手からは罵られ泣いて逃げた。
公然の場で。
それだけ好き、愛を請うていたのだろう。
「あぁ、彼女か」
《ほう、知っているんだね》
「とある家でね、彼女との破棄を進言した者と懇意になったんだ、成程」
《酷く問題の有る娘なんだろうか》
「まぁ、上流にはもう入れないだろうね」
《あぁ、その方が良い、上を見ない女の方がずっと良い》
彼の求めるモノに対し、僕は特に良く理解しているつもりだと、そう自負している。
彼だけを愛する、清く正しい女。
そう普遍的で酷く当たり前を、彼は強烈に求めている。
幼い頃から、ずっと。
「手間暇が掛りそうだね」
《それが良い、簡単では困るからね》
彼は酷く察しが良い。
良過ぎるからこそ、酷く遠回りをしてしまう。
不器用ながらも、求める事は真っ直ぐ。
けれども求め方が、あまりに歪。
ただ、それは僕も、小間使いも同じ歪さを持っている。
「そう苦労しても、真に望む者かどうかは分からない」
《戸籍を汚すより、ずっと良いだろう、切るには更に苦労するのだから》
彼の生家には、今でも父親が眠り続けている。
床下で、骨すらも砕かれ、粉となった父親が。
子は親の鏡。
その歪さを一身に受けたのが、察しの良い彼だった事は、寧ろ幸いだったのかも知れない。
彼の兄弟姉妹は健やかに、さも平気な顔をして生きている。
いや、寧ろ酷く鈍感だからこそ、あの家で生きられるのかも知れない。
「コレが最後、そう思う方が良いのかも知れないね」
《確かに、そう思ってみるよ》
流石の僕でも、幼い頃に隣に親に死なれたなら、もう少し歪んでいた筈。
本当に、殺人鬼にでもなっていたかも知れないのだから。
『何故、どうして』
「先ず、今アナタに思い当たる節が無い事。そして安易に女性に触れ、触れられ避けもしない、それどころか距離も近い。私が男性不信だと知っても尚、行動をお変えにはならなかった、ですのでどうかもっと嫉妬心の無い女性をお勧め致します」
『何か誤解が』
「コレが記録です、どうぞ」
覚えが無い。
そう言われない為の、日付と時刻と名前。
『彼女達とは何も』
「では、アナタ様は逆のお立場でも平気でらっしゃるのですね。髪に落ち葉が付いていたからと、私が他の男性に近付き葉を取って差し上げても。腕を組まれる事を避けもせず、お断りもせず振り解きもしない、それでも全く何も思わないのですね」
『それは悪かった、でも誤解なんだ、僕には全くその気は』
「その気が全く無いのにソレですか、余計に無理ですね」
彼は押し黙り、少し顔を俯かせた。
けれども少しして。
『もしかしたら、少しだけ、君に。ほんの少し、嫉妬を、して貰いたかったのかも知れない。けれど本当に、全く』
「女性に気安い質なんですね、私には耐えられませんでした、どうか他の方をお選び下さい」
私は、こうした苦労がしたくなかったからこそ、従兄妹が迎え入れてくれるだろうと思い込んでいたのかも知れない。
今は何故そんな風に思えていたのか、本当に分からない。
いや、寧ろ分からなくて当たり前なのだ。
私は、何も考えていなかったのだから。
『すまなかった、これからは』
「いえ、結構です、失礼致します」
私は素早く立ち上がり、部屋を後にした。
そして茶屋の者に車を呼ばせ、店先で待つ事に。
秋だと言うのに、じっとりとした雨。
曇天のせいか薄暗く、道行の人も疎ら。
《お嬢様、乗せて行ってあげようか》
気安い方が車を止め、私に声を掛けた。
きっと昔なら、2番目に好きになった方が居なければ、私は愚かなままで。
きっと、この誘いにも乗っていたのだろう。
「ありがとうございます、もう少ししたら呼んだ車が来ますので」
《どうして中で待っていないんだい?》
事情を。
いえ、もう良いわよね。
「婚約を破棄させて頂いたんです」
《あぁ、そうか、成程。君は優しいんだね》
「いえ、私の狭量さが原因ですから」
《あぁ、合わなかったワケだ》
「ですね」
そして彼は車で去ったかと思うと、今度は徒歩で現れ。
《それで、何が嫌だったのかな?》
「少し、女性に、少し気安い方で。私は、嫉妬深く疑い深いので、お断りさせて頂きました」
《俺も距離が近い、そう友人に良く叱られるんだよ、そう言う事かな》
「そうですね、私だけに距離が近い方でしたら、良かったんですけれどね」
《あぁ、分かる、分かるよ。何でも自分だけの方が良いに決まっているものね》
「ですね」
《本当に車を呼んだなら、また催促したらどうだい?》
「今日は混んでるそうですから、もう暫く待ちます、ありがとうございました」
《相手に困ったら俺が婚約者になってあげるよ、じゃあね》
そう言って彼は紙をくれた。
酷い悪筆で書かれた、住所と名前。
どうしようかしら、もう碌な縁談が来ないかも知れないのだし。
けれど父や母に言えば、以前と同じ様に騙されるかも知れない。
それに姉は、今は身重で、義姉も。
『お待たせしましたー』
「あの、ココは遠いかしら」
『あぁ、いえ、近いですが。寄って行かれますか』
「前を通り過ぎるだけで良いわ」
『はい、畏まりましたー』
婚約は破棄だと伝えた。
けれども彼は、諦めきれない、と。
『本当にす』
「そもそもアナタと生き方が合わないんです、気安く馴れ馴れしい方が無理なんです。それに改善に労を使うなら、他の事に使って頂きたい、お仕事や情愛を育む事に。それでももし失敗すれば、私が傷付きますが、傷付けたいのですか」
『いや』
「注意されなければ問題だとすら思わない、その生き様が無理なのです、それとも私と結婚しなければ家が傾くのですか」
『いや』
「後は、何か」
『すまなかった』
「はい、ではさようなら」
今、あの優しく声を掛けて下さった方を思い出してしまった。
きっと、弱っているからだろう。
私は、何も難しい事を要求しているワケでは無い。
正直に生きながらも、他の女と私との関係に一線を引き、私だけを愛してくれる方が欲しいだけ。
従兄妹の中身がどうであれ、そう愛してくれるだろう、そう盲信していた。
ただ愛が欲しかった、愛されたかった。
私だけを、愛して欲しい。
《お嬢様、調査の結果が揃いましたが》
「読むわ」
《どうぞ》
佐藤運送の、三男坊。
事業所へと働きに出ており、従業員には単なる雇われと思われている。
そこでは十分に働き、評判も上々。
けれども、実家を離れ1人で、使用人と共に暮らしている。
そこでも品行方正。
女を連れ込む事も無く、近隣の幼馴染の様子を見に行く、評判の良い青年。
「何故、婚約者すらいらっしゃらないのかしらね」
《ご家庭のご事情かと、どうぞ》
そこには非常に問題の多い家だ、と。
けれども経営は順調、既に次期当主も決まっており、件の彼は家を相続する事には無頓着であるとも。
条件は良い。
良いけれど、では、何故お相手がいらっしゃらないのか。
「アナタは、どう思うのかしら」
《誰にでも、大なり小なり、何かしらの問題は有るかと》
面白い子に出会った。
若いのに死にそうに絶望した顔をしていて、自分から婚約破棄したと言うのに酷く悲しそうで、若い割にはしっかりとしていた。
《今度こそ、愛が芽生えるかも知れない》
「本当に愛を芽生えさせたいなら、もう暴言も酷い扱いもダメだよ」
『そうですよ、自分が言って欲しい言葉や、周りが良く言う褒め言葉を使うんです。それに決め付けるのもダメですよ』
《けれど、今度目を付けたのは、酷くちゃんとしていそうだから。もしかすれば、俺を選ばないかも知れないね》
あの子は容易に誘いには乗らなかった。
そして家には来ず、しっかりと探偵を雇い探りを入れて来た。
同じ階級の子供、だからだろうか。
それとも、何度も破棄し、破棄されての事だろうか。
それとも酷く中身が良いのか。
「もう、調べて有るんだね」
《調べられたなら、調べないとね》
「なら、珍しく良い家の子なのだね」
《中の中、少しばかり危うい家だけれど、彼女が真っ当なら持ち直す程度だ》
「似た階級の子は、興味が無かった筈だろう」
《そうだけれど、彼女は少し変わっているらしい》
思い込みから婚約していると勘違いをし、正妻に喧嘩を売り、好いた相手からは罵られ泣いて逃げた。
公然の場で。
それだけ好き、愛を請うていたのだろう。
「あぁ、彼女か」
《ほう、知っているんだね》
「とある家でね、彼女との破棄を進言した者と懇意になったんだ、成程」
《酷く問題の有る娘なんだろうか》
「まぁ、上流にはもう入れないだろうね」
《あぁ、その方が良い、上を見ない女の方がずっと良い》
彼の求めるモノに対し、僕は特に良く理解しているつもりだと、そう自負している。
彼だけを愛する、清く正しい女。
そう普遍的で酷く当たり前を、彼は強烈に求めている。
幼い頃から、ずっと。
「手間暇が掛りそうだね」
《それが良い、簡単では困るからね》
彼は酷く察しが良い。
良過ぎるからこそ、酷く遠回りをしてしまう。
不器用ながらも、求める事は真っ直ぐ。
けれども求め方が、あまりに歪。
ただ、それは僕も、小間使いも同じ歪さを持っている。
「そう苦労しても、真に望む者かどうかは分からない」
《戸籍を汚すより、ずっと良いだろう、切るには更に苦労するのだから》
彼の生家には、今でも父親が眠り続けている。
床下で、骨すらも砕かれ、粉となった父親が。
子は親の鏡。
その歪さを一身に受けたのが、察しの良い彼だった事は、寧ろ幸いだったのかも知れない。
彼の兄弟姉妹は健やかに、さも平気な顔をして生きている。
いや、寧ろ酷く鈍感だからこそ、あの家で生きられるのかも知れない。
「コレが最後、そう思う方が良いのかも知れないね」
《確かに、そう思ってみるよ》
流石の僕でも、幼い頃に隣に親に死なれたなら、もう少し歪んでいた筈。
本当に、殺人鬼にでもなっていたかも知れないのだから。
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