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第21章 非淑女と配達員。

3 非淑女と配達員。

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 母は、あの子種袋を愛していた。
 だからこそ、何処かの女は良い女だと言われれば様子を伺いに行き、時に装いを真似した。

 少しでも愛される為、何でも夫の言う通りにした。
 なのにも関わらず、相変わらず、いや寧ろ俺が産まれ更に酷くなったらしい。

 妾候補が来れば泣く泣く受け入れ、邪魔をする事無く家の事を回し、折を見てそれとなく忠言をする良い女だった。
 嫉妬心に慣れる事は無く、泣き腫らす事も良く有った。

 そしてふと、幸福だったのかと問うた時、母は不幸でしか無かったと小さく呟いた。

 幾度も繰り返される嫉妬心を煽る行為は。
 どんな些細な事でも、母から情愛を削り取り始めた。

 『俺を愛してくれていないのか?』

 母が手を出したのは、この言葉だった。
 俺を寝かし付けたと思っていたらしく、母は子種袋の首をどうにかして絞めながら、ひたすら低く小さく呟いていた。

 「お前が言うのか、お前が私の愛を疑うのか」

 子種袋は何か言おうとしていたのか、単に苦しかったのかは知らないが、何かを呻き続けていたけれど。
 とうとう、パタリと手を落とし、すっかり静かになった。

 俺はコレで、やっと静かに眠れる様になる、そう安心した。

 けれども、それから更に家は荒れてしまった。
 子種袋が女と逃げた、その噂がすっかり定着した頃、母は男を家に連れ込んだ。

 若い男を囲い、俺達の面倒を見させ、自分の面倒も見させた。

 今、ハッキリ分かる事は、その男は調子に乗ったのだろう。
 次第に俺達男兄弟をイビリ始め、母と引き裂こうとし始めた。

 ただ、母は俺らを大切にしていた。
 けれども間男も大事にしていた。

 だからこそ、母は男を閉じ込めた。
 躾け直す為、改心させる為。

 男は直ぐに心を入れ替えず、母はまた悲嘆に暮れる事が多くなったが。
 件の未亡人が姿を現し、男は改心、俺達には関わる事は無くなった。

 そうして落ち着いた晩の事、母が未亡人に甘えている姿を目にした。
 百合姉妹とも違う、もっと何か深い仲の様に、彼女達が通じ合っている様に思えた。

 それを俺は堪らなく悔しくなってしまった。
 俺達だけの母では無いと知っていたし、母には男が必要なのだとも分かっていた。

 けれど、女まで必要とするなんて。

 母に裏切られた気がした。
 俺達だけでは足りない事を突き付けられ、俺は母から離れる事にした。



《母さん、家を出ます》

「遠くには、行かないでくれないだろうか」

 母には未亡人も新たな間男も居るのに、まだ俺を欲するのか。
 その事が嬉しいと思えたのと同時に、酷く苛立った。

 だからこそ、俺は敢えて苦労したくなってしまった。
 この人は、有るモノ全てを心配したいだけなのでは、そう悟ってしまったからだ。

《では家業は継ぎませんが、家の仕事をさせて下さい。真っ赤な赤の他人として、そして郊外の家もお願いします、頑丈な蔵の有る家をお願いします》

「分かったわ」

 そして男女の使用人と共に、郊外へと引っ越し。
 名を偽り、実家が経営する配達の仕事に出る様になった。

 俺は今まで仕事場に全く顔を出さなかった為、上役以外は子息だとすら知らない。

 だからこそ、平気で謗りも受けたし、イビリも受けた。
 その愚痴を母に伝えると、その時ばかりは俺だけを可愛がった。

 俺が考えた通り、母は心配する事が堪らなく幸せそうな顔をしながら、俺の愚痴を喜んで聞いていた。

 きっと、子種袋に似た俺が憎くて堪らないのだろう。
 だからこそ、俺の苦労が堪らなく嬉しいのだろう。

 俺は、本当に母から離れる事にした。

 けれども、同時に堪らなく寂しくなった。
 愛されたい、本当に愛されてみたい。

 子種袋の代わりでも無く、子供としてだけでなく。
 俺を俺として愛して欲しい。

 どうすれば良いのか分からなかった俺は、親兄弟や姉妹に相談した。
 けれど、分からない事は本で学べ、それだけだった。

 だからこそ、本で学び試していたのに。



『ごめんなさい』

 今日も、出来無かった。
 どんな文言を伝えても、メソメソウジウジ。

《そう、もう俺の言葉を信じられないんだね》

 女はハッとし。

『違うの』
《違わないだろう、もうこれ以上、俺は言葉を尽くせない。処女膜の事なら心配しなくて良い、良い医者を紹介する、病気さえ無いと分かれば向こうは直ぐに偽造してくれるよ》

『待って』
《待った、散々待ってコレじゃないか、君は愛してくれると信じていたのに》

『ごめんなさい、けれど、どうしても戯言だとは』
《今日はもう寝よう、飲み物を淹れて来るから、暫く待っていておくれ》

 アレが戯言だと思えないのも無理は無い、俺は半ば本音を言ったのだから。
 けれど、今更になってウジウジとされても、どうにもならないだろう。

 婚姻が果たされるまで身を清く保つか、開き直るかだ。

 どちらも選ばず、愚図愚図とされても。
 もう、俺にはどうしようも無いのに。

「お坊ちゃま」
《あぁ、眠れなくてね、牛乳に砂糖と混ぜてくれるかな》
『畏まりました』

 男と女の使用人は、従姉妹同士だ。
 婚姻は禁止されてはいないし、俺も何とも思っていないのに、コイツらは結婚しようとはしない。

 けれども離れる事も出来ず。

 アイツらの親とは違うのに、気にしているらしい。
 言ってもどうにもならない事、言ったとて無責任な言葉にしかならない、だからこそ俺はコイツらの関係を無視している。

 そして使用人も、俺のする事を敢えて無視している。

 お互いを守る為。
 都合の悪い事は全て無視が、1番生き易い。

「どうぞ」
《有り難う、お休み》
『はい、おやすみなさいませ』



 私は、目を覚ますと実家の庭に捨てられていた。
 捨てられた。

 彼に捨てられてしまった。

「一体、何処の男と!」
『佐藤 太郎様です!』

《そんな、何処にでも有る様な名前で、一体何が分かるって言うんですか》
『良くウチに配達に来ていた配達員なんですよ?!』

「全く、佐藤配送の佐藤太郎が、どれだけ居ると思っているんだ」
《そうよ、それに配達員さんは定期的に変わるって言うのに、何を言っているの》

『えっ、でも、私が受け取りの時はいつも』
「はぁ、だとしてだ、警察に言えばお前の名誉もこの家も何もかもが貶められるんだぞ」
《まぁ、お相手が結婚して下さるなら。もう、仕方がありませんし、最悪は養子を貰いましょう》

「あぁ、確かお前の従姉妹か何かに男の子が居たな」
《はい、それと婚約させようと思っていたんですけどね。まぁ、取り敢えずは問い合わせてみましょう》

 そして、全ての佐藤 太郎に会ったけれど。
 彼は居なかった。

『お願い、彼を出して下さい』
「では、そのウチの息子かも知れない男の生年月日を宜しいかしら、もし知ってらっしゃるならですけど」

 彼の実家かも知れない佐藤配送へ出向いたけれど、彼は居らず。

『それは、教えて下さらなくて』

「はぁ、稀にいらっしゃるんですよ、ウチの息子に遊ばれたと仰る女性。けれど、その息子の生年月日も干支すら知らない方が、本当にウチの息子と寝たかどうか。それに、どう言うご教育をなされたの?そんな名前と顔しか知らない男と寝るだなんて、仮に顔が似ているだけの他人だったとして、どうなさるおつもり?」

『彼の、彼の黒子の位置を覚えています』

「そう、分かりました、では暫くお待ち下さい」

 そして夕方になり、やっと会えたのは確かに彼の筈だった。
 けれど、黒子は無く。

『ぁ、あの時は、確かに』
《昔から、僕の黒子の位置は変わりませんよね、母さん》
「そうね、増えもせず減りもせず、一緒よ」

 私は、良く似た顔の男に騙された。
 そう落胆していると、彼がしゃがみ込み。

《良い家の者だから、惜しくなったのかな》

 彼は、私を抱いた彼だった。

『違うの』
《そう、じゃあもう帰ってくれるかな。分かるよね、そもそも、君はこの家には相応しくない。それとも、相応しく無い事すら分からないのか、君が拒絶した事を忘れたのかな》

 彼は整った顔で、あの人懐っこい笑顔で、何事も無かったかの様に私を切り捨てた。

 いや、私が手放した。
 私が彼を受け入れず、拒絶し続けた。

 けれど、私は彼を。

『ごめんなさい、それでもアナタが』
《母さん、この子の家の電話番号を聞いているかい、引き取って頂く必要が有りそうだ》
「あら、面倒ね、このまま警察に突き出しましょう」

『まっ、待って下さい』
「息子がアナタを愛しているなら、どんな子でも受け入れるわ。けれどね、息子が愛してもいない女と添い遂げさせる事は、絶対に許さないわ。通報されるか自力で帰るか、選びなさい」

 私は、真の愛を得られる筈だったのに、自らの手で跳ね除けた。
 私は、軽率で、浅はかで。

 あぁ、だから捨てられてしまったんだ。

『申し訳、御座いませんでした』
「良いのよ、ウチの子は顔も良いから。無かった事にしてあげるわ、さ、さっさと帰りなさい」

 そして私は、家に帰り、愚かで浅はかだっだ事を両親に土下座し謝った。

《もう許してあげましょう、こうして反省しているのだし、病気が無ければ書類を偽造して下さるお医者さんも居るわ》

「もう、2度と愚かな事はするな、良いな」
『はい』

「なら見合いをさせる、その相手と結婚し、離縁は一切許さん」
『はい、分かりました』

 こうして、私の恋も愛も全てが終わった。

 お相手の方は優しく、手を上げる事も声を荒げる事も無い。
 けれど、夜がとても下手で、苦痛で仕方が無い。

 やっぱり、あの人はしっかりと愛してくれていたのだと、今でもそう思ってしまう。

 どうして、清い身を守りもせず、開き直りもせずウジウジとしていたのだろうか。
 それはきっと、愛されているからと甘えていただけなのだろう。

 愛にも限度が有る、その事を理解せず、駄々を捏ねていただけ。

 愛想を尽かされ、捨てられて当然だった。
 そしてもう愛されないのも当然だ、私は愛を言い訳にし、身を守る事すらしなかったのだから。
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