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第18章 令嬢と婚約者。

7 幾人目かの婚約者。

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 彼と最初に会ったお座敷で、彼は最初よりも上機嫌で。
 妖艶に、優しく微笑んでらっしゃる。

「あの、どうして私なのですか?」

『知る限り、全てが気に入った』
「大雑把、ふふ」

 お顔に破壊力が有る方、とは、正にこうした方を評しての事なのですね。
 妖艶な方の破顔は、とても目を釘付けにされてしまう。

『なら君は、口説かれてくれるのか』

 少し真面目な顔つきになると、前のめりに。

「あぁ、それは」
『声も良い、話し方の調子も』

「あ、私、音痴ですよ音痴」
『なら聞かせてくれないか』

 何かを言う度、ジリジリとにじり寄られ。

「あー、それは、お耳が勝手に塞がってしまう程の音痴で」
『利発で機転が利くのも良い』

「若い女の割には、で」
『驕らず謙虚で控え目なのも良い』

「私は凄く良い女です」
『あぁ、良く知ってる』

 私はとうとう、窓辺に追い込まれてしまい。
 押し倒され、思わず。

「あ、じゃあ好きです、抱いて下さい」
『分かった』

「えっ」
『母の事も父の事も改めて聞いた、俺は全く違う、そして君も全く違う。けれど試してみなければ分からない、勿論、最後まではしない』

「あ、え?」
『戸惑う顔も愛らしいな』

 色気たっぷりに微笑んで、私の頬へ手を。



「ぅうん」

 上手く口説けていた筈が。

『どうしてココで眉間に皺を寄せるんだ』

「私、情愛を求めるなと仰って頂けて、お顔が良いからこそホッとしていたんです」

『本当の夫となるなら、あまり顔が良くない方が良いのか』
「はぃ、アナタは練り切りなんです、和菓子の。見るのは良いんですけど、私、食べるのなら浅草の松風の方が好きで。見ているだけなら大丈夫だろう、色狂いにはならない筈だ、だからこそ最初はお受けしたんです」

『色狂い』
「流石、色男でらっしゃるなと、お噂をお顔で納得してしまいましたので」

『君から見ても、そんなに、いやらしい顔をしているのか』
「はぃ、なのに寵愛を受けた後に飽きて捨てられてしまったら、きっと怒り狂って刃傷沙汰にしてしまうかも知れませんので」

『俺が飽きない、捨てないとは思えない、か』
「相性も御座いますでしょうし。その、大きさがあまりにもですと、ただ痛いだけだそうなので」

 恥じらうと言うより、本当に痛みが有るかの様に眉を顰めて。

 もしコレが色狂いになるとしたら。
 寧ろ、それはそれで、俺は。

『なら確かめてみるしか無いな』
「もしコレを、婚前交渉を認めるのは、はしたない事ですし」

『君が煽らなければ最後まではしない』
「それでも、婚前交渉は婚前交渉ですよ?やっぱりはしたない女だったんだな、なんて言われたら」

『言わない、そもそもコレは俺の為でも有るんだ、叱られるべきは寧ろ俺の方だ』

 俺の方が幾ばくかでも年が上、我慢し相手を御すのも本来なら男の努め。
 女に手を出し責められるべきは、力の強い男の方。

 そう思っていても、こう抱き締めてしまうと。

「あ、あの、覚悟はしてきたのですが。やはり胸が跳ねて、苦しくなってしまいますね」

 俺の思いとは真反対なのか、頬を僅かに赤らめる程度。
 そこでふと我に返り反省した、俺ばかりが好いて惚れているだけで、彼女には何の気持ちも無いかも知れない。

『君は、本当に良いのか、好いてもいない男に』
「あ、私の考える情愛と同じなのかと聞こうと思っていたんですよ、すっかり忘れてました」

『君の思う男女の情愛は、どの様なモノなんだ』
「お相手のお子を、自分の血を混ぜたお子を望むかどうか、かと」

『俺は、先ずは触れたいと思うかどうかだ』
「あ、私も触っても宜しいですか?髪の毛」

『君は、良く今まで無事でいられたな』
「実は既に無事では無いかも知れませんよ」

『病が無いなら些末な事だ、髪を触ってくれて構わない』
「では、失礼致しますね」

 撫で付けてもいない雑多に切った髪の毛を、嬉しそうに。

『触り心地はどうだ』
「とても良いです、私はうねっていますから、とても羨ましくて触ってみたかったんです」

『なら君も俺を好いているんだな』
「でも、私、お坊さんの頭を触らせて頂くのも好きなのですが」

『触らせる破戒僧が居るのか』
「え、いえ、尼の方です」

『あぁ、そうか』

 早とちりをした自分の嫉妬心に、思わず彼女の首元に項垂れてしまった。

「ふふ、息がくすぐったい」

 煽られているのか、試されているのか。
 まるでウブな反応に眩暈がしそうになった。

 昨夜、恩人に言われた通り処理をしておいて良かった。
 もし高を括っていたら、今頃は。

 今でコレが、俺は最後まで本当に自制が出来るんだろうか。

『あまり、煽らないで欲しい』



 私自身の大きさは良く分からないのですが、林先生も仰っていた様な大きさでは無かったので、多分ですが夜伽は可能だとは思いますが。

「あの、やっぱり、破棄をお願いしたく」

『何故、どうして』
「もしかすれば、色狂いになってしまいそうだな、と。ですので」

『その責任も取る』
「ですけど、飽きられてしまうかも知れませんし」

『どうしてそう思う、どうすれば良い』

「私ばかりで、こう、今後も喜んで頂けるかどうか」
『いや、コレは。今回は、俺が、敢えてあまりさせなかったんだ』

「私が処女だからですか?」
『それは、それも有るんだが』

「お気に召しませんでしたか」
『違うんだ、本当に、コレは違うんだ』

「ではどうして遠慮なさったんですか?」

『あまり、早いのは、みっとも無い、と』

「それは、誰かに」
『いや、女達が言っているのを、聞いた事が有るんだ』

「私は、寧ろ早い方が、嬉しいと、思います」

『多分、君が思うより、驚く程、保たない』
「ですけど、それだけ好いて、我慢なさってくれてるって事ですよね?」

 この間は。
 私、何か間違った事を。

『あぁ、実は昨夜、君で。それでも、保ちそうにないんだ』

「あ、あぁ」

 私としては、とても嬉しいのですが。

『結婚したら、それこそ俺の方が、色狂いになるかも知れない』
「なら試させて下さい、私だけ色狂いなんて嫌です」

『いや、いや、分かった』



 今日は作家先生のご家族、娘さんの結婚式に参列させて頂く事になりました。
 神前式からの披露宴、ですので披露宴に出席させて頂いております。

「おめでとうございます、奥様」
「ふふ、林檎さんにそう言われるなんて不思議だわ、ずっとお嬢様だったのに」

「もう素敵な男性に嫁がれましたので、泣く泣く、致し方無く」
「ふふふ、林檎さんはご結婚をするつもりは無いの?」

「そうですねぇ、本が妻で相棒ですから」
「では結婚してしまったら、妻がお妾さんになってしまうのね」

「それでも良いって言われたら、あっさりと結婚してしまうかも知れません」
「本も楽しいけれど、夫婦も楽しいわよ、素敵な方が現れてると良いわね」

「はい、ありがとうございます、本日はお招き頂きありがとうございました」
「やっぱり今日もお仕事なのね」

「はぃー、コレから汽車に乗り込むんですぅ」
「ふふふ、知ってるわ、だから林檎さんには折り詰め。夜行の中で食べて、自慢の逸品を揃えておいたわ」

「ありがとうございますぅ」
「それに少しだけど金箔入りのお酒も、いってらっしゃい」

「はい!行ってきます!」

 内々の事では有りますが、先生のお嬢様は婚約し破棄となり、再び同じ方と婚約し。
 直ぐにご結婚となりました。

 僕と先生が出した本で破棄となったのですが、それは誤解によるものでした。

 そうして旦那様となられた方は、今は出版社の理念も、先生のお考えも理解して下さっており。
 少し前に掲載されたばかりの耽美小説、紫蜘蛛のモデルも快くお受けして下さったり、先日は乱丁のご指摘をお電話で頂きました。

 そして、前回とは打って変わって、読者から高評価のお手紙が倍に増えて届けられました。
 声高に評価は出来無いけれど、耽美な悪しき見本だと分かっています、と。

 有り難いお声ですので、検閲後は全て先生へ、ご家族へお渡ししました。

 誰にでも批判は出来ますし、誰にでも応援は可能なので。
 こうした短い文章でも気にせず、良いと思って下さったら是非、お手紙を頂きたいんです。

 だからこそ景品も出しているワケで、なのに売買されるのは許せません。
 いえ、お金に困って売ったのなら仕方が無いとは思いますが、ならお手紙が欲しいですよね。

 先生方に頑張って貰う為の糧を得る為、お手紙を募っているのですから。

 《間も無く発車となりまーす、お乗り遅れの無い様、ご注意下さい。間も無く、青森行きあけぼの号が発車します、ご乗車になってお待ち下さーい》

「わぁ、凄い折り詰めだぁ」
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