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第18章 令嬢と婚約者。

5 幾人目かの婚約者。

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『それで君はココに逗留しているワケだね』
『すまない、助かった』

『いや、半分は連れ戻しに来たのも有るから気にしないでくれ』

『どうして、そこまで反対するんだ』
『君を煽る為だよ、煽られたから君は彼女に執着しているだけ、かも知れないと良く考えてくれるだろう』

『すまない、嫌な役割をさせた』
『構わないよ、見ているだけなら面白いからね』

『まるで子供に戻った気分だ、何もままならない』
『子を持つまでは子供だよ、僕だって、子を持つまでは妻に任せていれば何とかなると思っていた。けれど子供は父親を欲する、どんな親でも子供にとっては親、最初に見る男の見本。君に父親が居なくても彼女には父親が居る、そして親は子に頼られると断れない、良い大人は善人の頼みを断り難いものなんだよ』

『いつか、こうなると思っていたのか』
『いつか、ね。幾人もの女人と関われたとて、その若さで全てを知るには限界が有る、しかも相手も若いなら尚更。自分の事を君が理解しきれていない様に、相手の女性も自身の全てを理解しているとは限らない、人を知ったと思うには手数が少な過ぎる。たかが20年生きた程度で人の全てを知れたのなら、それは最早神だ、有り得ない』

『何も知らない分際で達観した様な事を言っていた、さぞ不快だっただろう』
『いや若い頃を思い出して胸が疼く程度だ、気にしないでくれ、面白味の方が勝つしね』

『何が面白いんだか』
『蛹の羽化、雛が育ち巣立とうとする様は、いつ見ても面白いものだよ』

『君はそこまで年は食っていないだろう』
『実は物凄く若く見える方なんだよ、なんせ仙人だからね』

『陰間茶屋の仙人は、単なる揶揄だろう』

『実は、若い男の生き血と生気を啜って生きているんだよ、こうして話しているだけで君は生気を吸われている』

『俺は、アンタから巣立つべきなんだろうか』
『巣立てる時に巣立てば良い、巣には余裕が有る、巣立ちに失敗されるのが1番悲しいんだよ』

 彼は、そうした場所に若い頃に来た、もう5年以上前の事。
 自分は男色家かも知れないが、分からない、と。

 そうした者を食い物にする輩も居る為、僕が一時的に身を預かった。
 そしてコチラの身分と事情を全て明かし、やっと彼の身に何が有って、そうした場所に来たのかを話し出した。

 母親に襲われかけ女性不振となり、男なら、と。

 けれど、彼は男色家では無い、必ずしも男色家の全てが女性不振では無い。
 何なら僕は母親を尊敬している、嫌悪は1つも無い。

 ただ、好いた相手が男だっただけ。
 女だったら良かったと幾度も思った、自分でも相手でも良いから、女であればと。

 問題が起き、そうした事を見誤りそうになる者は多い。
 けれど、見誤っていた、そう気付かれ捨てられる方の身にもなるべきだ。

 確かに異性愛者を男色家にする事も出来る。
 けれど女を愛せるのなら、異性愛者としてのみ生きるべきだ。

 男に子は孕めない、欲張ればどちらも失う事の方が多い。

 周囲に恵まれ財が有り、器用さに思い遣りが有っても尚、成功するかどうか。
 僕ですらも失敗する可能性は有った、けれど肝心な所は粘り強さだ。

 何年待とうとも成功させる意思が有れば、大概の思いは叶う。

『改めて、謝罪と、婚約を申し込みに行こうと思う』

『大変だよ、信頼が無い所の騒ぎじゃない、借金の返済から始める事になる。楽をし身の安全を確保するなら、負債も何も無い相手にすべきだ』

『楽を、したいワケじゃないんだ』
『今は若いからね、楽さを選んで情愛が無かろうとも離縁しない者も居る、それに苦労は執着を生む。執着だけで人を縛り付けてはならない、君の母上と父上の報告書だ、読んでみると良いよ』

『コレは』
『これ以上嫌悪して欲しくない、父親まで見損なって欲しくは無かったんだろう。君の祖母にそう尋ねたら認めたよ、君の父親は他の女と生きてる』



 父は死を偽装し、母から逃げた。
 お香の買い付けに行き匂いを付けて帰れば、浮気を疑い泣き叫び、暴れる。

 どんなに祖母が諫めても聞かず、常に疑い嫌味を言い、泣き縋る。

 そんな母に嫌気が差し、父は土砂に巻き込まれた事故の現場で身分証を入れ替え、地方で細々と働いていた。
 そして俺には、弟と妹が居るらしい。

『俺の血筋は、こうなんだ』

「血筋とは単なる家系図上の事、近親相姦を防ぐ為の。アナタ様は賢く育ちましたのに、何を気にしてらっしゃるんですか?」

『母親を育てた祖母の元で育ったんだ』
「稀に鳶が鷹を生むそうですし、その逆も有るかと、それに子と親も相性だそうですし。だからこそ様々な者に囲まれて育った方が良いそうです、父の知り合いの林 森た、林 鴨目かもめ先生も仰ってたんですよ、色んな人と関わりなさいって」

『だから君は賢く優しいんだな』
「いえいえ、実はとても意地が悪いんです、あの書生さんにはワザと絡んで頂いたんですから」

『そうなのか』
「ふふふ、冗談ですよ、ふふふ」

『こんな意地の悪さなら、寧ろ歓迎する』

「あ、え、そうした性癖に対応する程では」
『性癖では無いんだが』

「大丈夫ですよ、偉い方には縛られる事を好む者が多いそうですし」
『そうなのか』

「はい、窮屈さを窮屈さで誤魔化すんだそうですよ。流石にそうした場には連れて行っては頂けていないんですけど、お面を付けてても分かるそうですからね、身なりや所作で上流の方だって」

『君は、行きたいのか』
「勿論ですよ、父は元は庶民の出、私の方が目は確かですから」

『良い身分だと偽っている、と』
「そうした方が何人か居られるかも知れませんし、もしそうした方が居れば、何故そこにいらっしゃるのか。そうした話のネタになりますから」

『君の父上は、何でもお書きになられるんだな』
「あ、無理なさらなくても宜しいんですよ?私の家庭は私のモノ、父は義父や祖父として付き合うだけなのですから」

『いや、食わず嫌いをしていた事を後悔しているんだ。浅はかにも情愛に絡む事だからと、単に読みもせず忌避しているだけだったんだ』
「それでも構わないんですよ、嫌う権利も有るのですから。私は新規の妖怪画が嫌いです、本当に形にしては、居なかった筈のモノが現れてしまうかも知れないではないですか」

『怖いのか、怪談が』
「怖がらずにいられるモノですか?天井のシミが顔に見えたと思ったら、どんどんと濃くなり人の顔になっていく、そして果ては天井から抜け出し憑いてしまう。だなんてあまりに理不尽ではないですか、怖いし理不尽で、何も楽しくありません」

『俺が盲腸で入院した時、病院で』
「ダメです、病院に行けなくなってしまいますから止めて下さい」

 どうして子供が好いた相手に意地の悪い事をするのか、分かってしまった。

 気を引きたいと言うより、愛らしい表情が見たいのだろう。
 しかも自分にだけ見せている様で。

『その弱点を知っているのか、今までの婚約者達や』
「最初の婚約者にだけ、ですね、そうしたお話の前に破棄となりましたので」

 コレが嫉妬なんだろうか、酷くモヤモヤとしたモノが胸に湧く。

『最初のとは、長い婚約期間だったそうだが、他の女に奪われたんだろう』

「弟の様なモノでしたので、別に、特に恨むも何も無いのですが。薄情、でしょうか」
『いや、寧ろ安心した、焼け木杭にはなりそうにも無いんだな』

「嫉妬と独占欲、所有欲の違いをご存知ですか?」

『君はどうなんだろうか』
「少しは、ですけどまだ、味わった事が無いので。本質を掴めているかと問われると、難しいですね」

『味わうつもりが有るんだろうか』
「勿論です、いつか分かる筈だから期待していなさいって」

『あまり、旨味の無い事だと思うが』

「意外と私には美味しく感じてしまうかも知れませんから、なので、私の事は」
『もう君に嫉妬させる様な事はしない』

「もう?」

 つい、言うつもりの無かった事を。
 あぁ、不器用な男は察しの悪い女を好むのは、こう言う事か。

『お座敷の彼女は、単なる知り合いだ』
「ふふふ、正直でらっしゃるんですね、ふふふ」

『はぁ、気付いていたんだな、不慣れだと』
「いえとんでもない、カマをかけただけですよ、ふふふ」

『どんな事にも上機嫌になるのが好ましいと思う』
「ですけど怪談はダメですよ?」

『そう言えば病院での事を』
「あ、下の毛をお剃りになるのは本当なのですか?怖くは無かったですか?」

『確かに、別の意味で怖かったが、痛みが勝った』
「あぁ、やはりそうなるのですね、成程」

『俺が病室で寝ていると』
「怒りますよ?」

『どんなに怖いのか怒ってみてくれないか』

「では無視をします、私の1番大嫌いな事ですから」
『なら無視が出来無い様に、ちょっかいを出すか』

「なら離れます」
『都合の悪い事を尋ねられたら、怪談を話せば良いんだな』

「熟知されてしまいましたね」
『いや、まだ色々と知らない事が多い』

「弱点を握るには十分では?他に何がお知りになりたいですか?」

『はぁ、好いた上で君の事が知りたいんだが』
「ではお知りにならない方が宜しいかと、もっと好ましく思ってしまうそうですから」

『煽られているんだろうか』
「あ、違います違います。私は冴えない平凡な女ですから、あまり相応しいとは」

『コレでか』

「はい、もっと皆さん何かしらの才が御座いますから。垂木 万葉先生や、小笠原 トクコ先生の様に」
『比べる相手が。いや、君には人と関わる才が有る、人を良い方向へと向ける才だ』

「いえ、アナタ様の目が曇り続けてらっしゃる限り」
『寧ろ俺の目は覚めた方なんだが』

「詐欺師はそう思わせるんだそうで」
『どうすれば、俺は君に相応しいと思って貰えるんだろうか』

「そうですね、やはり抱いて頂くしか無いかと」
『それで余計に惚れ込んでしまったらどうする』

「諦めて嫁ぐしかありませんね」
『君からの好意が欲しい、どうしたら与えてくれる』

「口説けば宜しいのでは?」

『ココ最近、ずっと口説いているつもりだったんだが』
「あ、そうなんですね、成程」

『君と改めて婚約し、結婚したい』

「もし、私が物好きになってしまったら、離縁されてしまうのでは」

『君は、母とは違う』
「でも女です、しかも母となる前をお知りでは無いでしょう、もしかすればこうだったかも知れない。情愛や情念、情欲は人を変えるそうです、アナタ様を傷付ける事はしたくないのです」

 知らない以上、否定のしようがない。
 けれど。

『もし違うとなったら、どうする』
「抱かれてみるしか無さそうかと」

『君は、本当にコレで良いのか』
「はい、中々のお顔立ちで、萩尾 咲太朗の先生の次に好ましい顔ですね」
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