松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第17章 物語と記者。

模倣犯。

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《うっかり殺された女の霊、はどうだろうか》

「事故って事ですよね?」
《ただ、その事故と言うのが少し違うんだ》

 女は酷い嫌がらせに遭っていて、同僚の男に相談していた。
 けれど、その男こそが犯人だった。

 本来なら、襲われた直後の彼女を助ける筈が、うっかり殺してしまい。
 男は激しく後悔し、泣き崩れた。

 そして女は霊になって初めて、その事を知り、ゆっくりと憑き殺す事に決めた。

「それ、本当ですか?」

《そうだけれど》
「既に他の出版社で出てるんですよ、似た内容の本」

《模倣犯だろうか》
「いえ、本当に最近で、いつ位の事ですか?」

《数ヶ月前だけれど》
「模倣犯かどうか分かりませんが、その方に接触してみますか?」

《いや、僕も説得したんだ、何か証拠は無いのかと。けれど世に言う完全犯罪で、燃やされ、遺体も無いんだ》

「ですけど真犯人や模倣犯で無いなら、どうにかしたいんですが」
《あぁ、そうだね、ココで更に出版社への風当たりが強くなるのは問題だ》

「すみませんが、ご協力をお願いします」

 けれど、幸いにも作家は犯人でも模倣犯でも無かった。
 ただ、偶々飲み屋で出会った女が語った事を書いただけだ、と。

 そして女が殺したと言っていたのは、女だった、とも。

《困ったね、未だに模倣犯と犯人が同一人物かが分からない》

「川中島さんにもお願い出来ませんか?」

《救いは無いかも知れない、関われば君にまで被害が及ぶかも知れないよ》
「覚悟します、例え救いが無くても。もし模倣犯が居るなら、野放しにはしたくないので」

《じゃあ、少し助力して貰おう》



 そして模倣犯は、居た。

「何で、僕なんですか」
『だって、一目惚れだったから』

 その模倣犯も、精密さに欠けていた。
 僕を襲っている途中、覆面が取れてしまい。

「もう金輪際、近寄らないで頂けると確約して下さったら」
『もう、良いの、せめて子種だけでも貰うから』

 そうして僕は、そのまま。



「どうして、この後に僕が神宮寺さんと付き合う事になるんですか?いや、分かりますけど、何で僕が皆さんの主人公になっているんですかね?」

『君が不調だったのが悪い』
《ですね》
「もー、明智さんまで」

『不人気なら書かない、コレだけ書き溜めが有るけれど、泣く泣く』
「それ明らかに僕が休む前から書き溜めてますよね?」

『林檎君が虐めるよぅ』
《そうですね、酷い担当です》

「あのですね、前回のは皆さんの共作で合作、初の試みだったからこそ1番人気だったとも言えるんです。こうなると、またか、と」
《俺は良いと思いますけどね、出版社の者が蹂躙されるワケですし、幾分か鬱憤が晴れるかも知れない》
『うんうん』

「だって、あまりに平凡過ぎですし」
《だからこそですよ、特別でも何でも無い人が、主人公になる。共感は得られると思いますよ》
『そうだそうだー、特別ばかりを贔屓はズルいぞー』

「分かりました、ですけど半ば僕の事なので、冷静さと客観性に欠く可能性が高いので他の者にも読ませます。最悪は大幅修正も覚悟して下さい」
『おう、受けて立ってやるよ林檎君』
《半ば俺に隠れて言わなければ、格好良いんですけどね》

『別に僕は格好悪くて良いんだよ、何せ主人公じゃないんだ、脇役だよ脇役』
「僕も全く同じ意見なんですが。まぁ、持ち帰って検討させて頂きます」
《はい、宜しくお願いします》

 まさか僕が主人公の土台になるなんて、それこそ考えもしなかった事が起こってしまっており。
 もしかしたら、あの喫茶から出て以降、僕はやっぱり違う世界に来てしまったのではないだろうかと。

 取り越し苦労だとは分かるんですけど。
 あまりの不思議さに、帰りの汽車では原稿を読まず、つい枕にして眠ってしまいました。



《コレは、僕にも先に許可を得るべきじゃないだろうか》
「ですよね、はい」
『いや、実はですね、林檎が自分が主人公では絶対に売れないと駄々を捏ねたので。神宮寺先生にも駄々を捏ねられては困るので、明確に絵にしてからお渡しした次第なんです』

《まぁ、流石にコレと僕とが同じには見えませんけど》
『ですので、ご自身の事だとは思わず読んで頂いてから、ご感想とご許可頂けるかをお伺いしようと思った次第です』

《林檎君は、どう思っているのかな》

「売れなかった時が、1番怖いですね」

《成程、良いですよ》
『ありがとうございます』

「神宮寺さん」
《慣れですよ慣れ、僕も最初は半信半疑だったんですから、幾ばくか同じ心持ちを味わって下さい》

「はぃ」
《大丈夫ですよ、売れなかったら鈴木さんのせいなんですし》
『はい』

 鈴木さんの手腕は見事で、売れてしまいました。
 いや、男色家がどうと言う事では無く、相変わらず不思議な怖い妄想が少し有るからなんです。

 僕は良く似た違う世界に、紛れ込んでしまったのでは、と。



《僕は寧ろ逆だと思いますけどね》

「神宮寺さんが入れ」
《違いますよ。原稿の方が、別世界の林檎君の人生の切り取り、かも知れないと言う事です》

「この原稿が、もしもの世界」
《こうなる事を僕が望んでいるワケでは無いですけど、ある意味、投書原案を元に書く事もしているじゃないですか》

 その内容は願望を含んでいるかも知れない、けれどそうした事も含め書いて頂いている、と。

「まぁ、そうですけど」
《勿論、先生の願望も含んでいるかも知れませんけど、何処かの誰かの願望かも知れない》

「でもだって、僕ですよ?」
《皆さん、そう思っているのかも知れませんよ》

「本の中からどう見えるか、ご存知ですか?」
《いいえ、そうした研究が有るんですか?》

「はい、理論上ですけど、見えない、認識出来無いんだそうです」

《つまり僕が偶に見ているのは、作家先生方や読者諸君かも知れない》
「はい」

《成程、だから見たかったんです
ね》
「それも、ですね」

《ですけど、中には深淵を覗くのはきけんだ、ともされていますよ?》
「そこは神宮寺さんと川中島さんが居るので大丈夫かと」

《だからと言って決して無茶はダメですからね》
「はい、ですけど不思議な夜市に出会う方法を知りませんか?」

《何をしたいんですか》
「勿論、霊を見たいんです」

 どうすれば林檎君は懲りるだろうか。

 いや、折角の縁。
 とことん、最後まで付き合おう。



『お譲りします、頼まれ事でしたが、事が事なので』
『ありがとうございます、では、コチラで処理させて頂きます』

『はい、では』

 林檎さんに頼まれた事だけれど、面倒が多いので、片方は以前に知り合った大國に任せた。

 結論から言うと、模倣犯は居た。
 それが件の女、女と女、百合娘同士の揉め事。

 そして真犯人は、以前に警官を襲った女を操っていた、女。
 外道だ。

 外道の処理は山の民の仕事。

「見逃して、お願い、生きる為に仕方が無かったの」

 (嘘の匂いがする)
 《贅沢に溺れた匂いだ》
 《手足を食って達磨にさせるか、シノにやるか》

『楽だと思う方法を自分で選んで下さい、達磨になるか、鴆の餌食になるか』

「鴆が、里に降りてるって言うの」
『だからこそ病害が広まっていないんですよ、既に粗方は回収と修理が行われましたから。他の方法を提案しても良いですよ、等価なら』

 国に与えた損害の完全な回収は難しいだろう、愚かな時点で既に損失を与えている。
 しかも外見も程々、それで愚かでは子を成す事も許されない。

「なら、死んでやっ」
『何処までも馬鹿なんですね、教育制度の見直しを提言しないと』

「へ、蛇」

 蠱毒は何も虫だけでは無い。

 蛇でも何でも使う。
 だからこそ、犬を使った犬神家は恐れられている。

 あの大きさと数を揃えるのは、今は特に大変なのだから。

『都会だからと言って、蛇が居ないとは限らない。里に降りる女に、もう少し都会を教えないといけませんね』



 海の者、山の者、そして平野の者。

『見上さん、どうも』
《あ、どうも、こんな遅くに。その方は?》

『殺人犯です、少し山の方にご協力頂き、先程逮捕させて頂きました』

《あの、証拠等は》
『コチラです、どうぞ』

 女は既に壊れる寸前だった、だからこそ、遺書と言う名の自白書を書かせる事が出来たが。
 その根回しは全て、山の者が行った事。

《分かりました、コチラで引き取らせて頂きますが、何か注意事項は》
『壊れかけていますので、辞めさせたい者に見張りをさせた方が良いかと』

《分かりました、相応の対処をさせて頂きます》
『はい、では』

 神社統括本庁の出来る事は、あくまでも逮捕まで。
 立件等は全て警察の管轄となる。

 見える者が多ければ、こう忙しくはならない。
 けれども、こうした事には引き際が存在する。

 長く務める事は、難しい。

《はぁ、やっぱりいつ来ても緊張しますね、警察署って》
『私は逢引茶屋の方が緊張しますけどね』

《おぉー、ぉお?》
『多いんですよ、霊以外にも来ますし、中には鵺も現れますから』

《鵺って、猿、狸》
『本来はこう、トラツグミと呼ばれる種だそうで。その黒色個体と異国の怪鳥である白鵺が混同さた、そう人が作り出した怪異となったんですよ』

《白鵺は、確か瑞獣では》
『渾沌すらのっぺらぼうの様に変化させる国にですから、真意は測りかねますが、そう言う事だそうです』

《あぁ、事が起こる前に鳴くんですし、確かに瑞獣と言えば瑞獣ですもんね》
『渾沌の懐く者は悪人、そして避ける者は善人、ですからね』

《白玉団子みたいなお尻ですよねぇ、柔らかそうでフワフワの羽が有って》
『顔は無いですけどね』

《きっと恥ずかしいがり屋なんですよ、あ、成程。あの絵を立たせて正面を向かせれば、成程》
『渾沌とのっぺらぼうに関する論文は既に長老が出してますから、他を探した方が良いですよ』

《ぁあ、良い案だと思ったんですけどね、残念》
『新しい者には肩身が狭くなりますからね、相当の新しい結果が無ければ』

《ですよねぇ、しかも未だに発表してますす、まるで手加減無しですよね》

 いずれ人口が減ってしまう時代が来る。
 その時になり初めて対応していては、衰退は必須。

 そうなる前に、先人は策を講じなければならない。
 その先人とは、私達含め、既に成人している者。

『夜鳴き蕎麦でも食べに行きましょうか』
《行きます行きまーす》

 ただ処理するのでは無く、後進を育てる、どの仕事にも共通する課題。



「子会社化、ですか?」
「あぁ、会長が今回の件でもかなりの数を引き取れれたからね、そろそろだと仰られておいでなんだ」

「それで」
「君の部署の編集長を、子会社の方に移籍させ。摩擦を避ける為にも、今回は鈴木君にココの編集長を任せようと思う、異論は無いかい」

「勿論ですよ、ですけど、その分の」
「そこで、君にも面接に加わって貰いたい、補佐として」

「良いんでしょうか、僕は暫く休んでいましたし」
「違う畑の良い野菜を見抜いた功績も有る、自信を持ちなさい」

「はい!」

 件の出版社とは違う社でも、例の問題が露呈し、出版社への目が更に厳しくなりました。

 ですが、殆どの元社員は無実です。
 全く知らなかった社員も、当然居ます。

 会長は自社以外にも積極的に働き掛け、そうした方々の働き口も斡旋しており。
 片や一時期出版停止にまで追い詰められたゴシップ誌が、媚売りが上手い、とまた軽口を叩き。

 それを一般読者が叩き、おかしな塩梅で我が社の評判は安定している
 そして不思議な事に、この件以降、苦情の手紙は随分と減りました。

 もしかすれば同時期に、教授の方々が何か事を起こされたのかも知れませんが、お伺いしても答えては頂けない事で。

『はぁ、林檎君』
「おめでとうございます鈴木さん、一緒に頑張りましょう」

『ぁあ、おう』
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