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第17章 物語と記者。
2 蜘蛛の夢。
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病気を貰う事は、とても簡単でした。
そうした事も教えるのが寺子屋ですし。
そうした容姿でしたから。
淋病、梅毒、軟性下疳と。
順調に、3つが揃った時でした。
《あぁ、心配していたのよ》
最初に僕を襲った女でした。
けれど、すっかりみすぼらしい姿で。
「どちらかとお間違えでは?」
どうしてか、絶句しておりました。
今でも、悪い事をしたと思ってはいないだろう事しか、推察には及びませんが。
彼女は膝から崩れ落ち、泣き出しました。
《ぅう》
どうしてやろうか、と僕は考えましたが。
僕は不能者、酒や薬で昏睡状態の様になり、そう眠っている間に事に及んで貰っていた。
ですので暴行する事も何も出来無い。
結局、僕は女を寺に連れて帰る事にしました。
何かが起こるまで、何かが思い付く迄、と。
そして、事は起こりました。
ですが僕は不能者です、女は諦め、寝所へと戻って行きました。
そこで僕は、女を警察に突き出し、僕を襲った僧の居る寺へと向かいました。
あっと言う間でした。
あっと言う間に、広まり。
女も、逃げ出した直後に、殺されてくれていました。
もう、良いだろう。
罰せられるべき者は罰せられた、だからもう、良いだろう。
そう思っていると、ふと昔の約束を思い出しました。
出世払いの約束を、すっかり忘れていたのです。
僕は急いで支度をし、その場所へと向かいました。
『あぁ、どうだった』
「すみません、遅くなりました。蜘蛛は逃がしました、僕の全てです、すみませんでした」
全財産を渡そうとしたのですが。
『いや、金には困っていないからね、違うもんが欲しいんだよ』
何を差し出せば良いのか、直ぐに分かりました。
「生憎と不能者ですので」
『いや、坊主に何かして貰う事では無いよ、その身に宿した業の方だ。ソレと、日記だ』
彼の日記の事は、誰にも伝えていませんでした。
けれど、相変わらず年を取らない商人は、知っていた。
そして傍からでは分からない病の事も、知っているのでは無く、察しての事だと。
「分かりました」
その先は詳しくは言えないのですが。
僕は治療され、代わりに背へ蜘蛛の刺青を入れられ、髪を伸ばす事を命じられ。
世に、放たれました。
僕は単に眠っているだけ。
そこに男も女も群がり、好きにする。
苦では有りません。
僕は単に眠り、起きるだけ。
確かに幾ばくかの体の違和感は有りますが、生活に特に支障は無い。
そして僧としての仕事も無い。
ただ込められた通り体を鍛え、決まった食事をし、決められた量の本を読むだけ。
外出も可能で、起きていれば誰に触られる事も無く、特に不自由は無い。
そうした僕と同じ様な者なのか、単なる下働きなのか、そこには大勢が関わっていました。
そしてふと、僕は蜘蛛に悪い事をしてしまったのかも知れない、と思い。
商人に会わせて貰い、改めて尋ねました。
『あぁ、あの子は直ぐに戻って来たから問題無いよ。虫にもね、頭の良い子は居るんだ、あの蜘蛛もアンタを恨んじゃいないさ』
僕はホッとしました。
良かれと思っても、時と事情に寄る。
改めて無能さを謝罪し、蜘蛛の世話を申し出ました。
それから先の事ですが、本当に、真に僕が立ち直る事を待っていて下さったんだと思います。
それ以降、特に体の違和感は有りませんでしたから。
「あぁ、こうして育てていたんですね」
『あぁ、可愛いだろう』
「はい」
僕は本当に虫が好きになりました。
素直で単純、コチラを慮れないのは当然で、手間暇が掛かる。
僕は誰かを世話し、世話をされたかった。
その事に気付いた晩は、また子供の頃の様に大泣きしました。
そして悔しさも何もかも、いつの間にか消えていた筈の火が、また熱を帯び燃え上がるのを感じました。
『綺麗に生きて役に立つ、それらは実は難しい事なんだよ、とてもね』
その人の言った事が、少しして分かりました。
僕の様な容姿の、それ以上の子が、新しくやって来たからです。
どちらとも言えない、どちらも持っている様な、そんな容姿でした。
そして目に生気は無く。
死ぬも生きるも面倒だ、良く見知った気配を纏っていました。
『ぁああああああああああああああ!!』
毎晩毎晩、絶叫と共に飛び起き、逃げ出そうと激しく暴れる。
僕は見張りと、抑え込む役でした。
直ぐに相手の意識は無いと悟れたので、触れる事が出来、抑え込みました。
そして暴れ、乱れる服の隙間からは。
様々な傷跡が見え。
自分よりも酷い目に遭っている者は居る、今でも何処かに、きっと居る。
そう改めて知ると。
僕はとても情けなくなりました。
周囲に居ないからと言って、世間には全く居ないワケでは無い。
その道理を知りながらも、僕は真に理解はしていなかった。
生きる事に手一杯で、必死に、我夢者羅に救おうとはしていなかった。
仏の道も、神の道も知りながらも。
自らの事だけで、生きる事で精一杯だった。
僕は泣きながら抑え込み続けました。
薬が効くまで、殺さぬ様、怪我をさせぬ様に。
そうして久し振りに体の違和感を感じ、もしかすれば、僕も偶には暴れてしまっていたのかも知れないと。
そう思うと、もう少しだけ、周囲にも優しく接しようと思いました。
『分かるかい、ココが何なのか』
国内外を問わず、様々な虫と花を管理し、繁殖させる場所。
「はい」
僕の様な者を保護し、活用する場所。
あの蜘蛛は、外では生きられない蜘蛛でした。
図体の割には繊細で、臆病で、見知らぬ場所では全く動けなくなってしまう。
僕は、優しい嘘が有ると知りました。
見知らぬフリをする優しさも、傷付いてはいないフリをする優しさも、敢えて悪者になる優しさを知りました。
僕が初めて抑止した子は、女の子でした。
監禁され、好き勝手をされていた子。
けれど、その良さも知ってしまっている子でした。
そうして僕は、再び起床後に体の違和感を感じる様になり、涙の味を知りました。
もう1つ用意されている枕に染みが有り、何を思ったのか、僕は味見をしてみたんです。
唾液とも体液とも違う何かで、涙だと気付くのに暫く掛かりました。
それに気付き、嫌では無い、そう思う様になりました。
どうしようも無い事は有る。
それこそ沢山、どうしようも無い事は山程有る。
けれど僕は苦も無く役に立てているし、悪いと思って欲しく無かった。
ただ、相手が何を思い、どう思っているのかは分からない。
だからこそ僕は、許可を得て、枕元に置き手紙をした。
苦では無い、と。
それでも涙の跡は絶えなかった。
寧ろ酷い時は増えさえしていて、僕は、間違えてしまったのかも知れないと。
次に僕は、また手紙を書いた。
何をしても問題無い、と。
それでも涙の跡は絶えなかった。
そして次に、僕は花を贈った。
けれど、涙は絶えなかった。
ただ、初めて返事が有った。
ありがとう、と一言だけ。
起きている間、稀に顔を合わせる事は有っても、僕らは会話をしなかった。
他も、用事以外は話さず、特に親しくする様な事も無い。
そうした場所だからこそ、僕らは話さなかった。
けれど、手紙のやり取りが始まった。
どの花が好きか、嫌いか。
食べ物は何が好きか、嫌いか。
1回の逢瀬で1つ。
気が付くと涙の跡が残る事は減り、遠くでは時折、彼女は笑顔を見せる様になっていた。
そして突然、体の違和感が無いままに、涙の跡だけを残し。
彼女は消えた。
『気になる事が有るなら、尋ねる権利がアンタには有るよ』
僕は様々な事を考えた。
彼女は良くなりココを出た。
彼女は実は僕が嫌だった。
嫌になった。
飽きた。
僕が再び完全に不能者になった。
どれでも仕方が無い事だとは分かる。
けれど、無事なのか、どうなっているのか。
「彼女は、どうしていますか」
『元気だよ、体重も増えたし、何より話せる様になったからね』
僕は、彼女が話せない事を知らなかった。
関わらなかったからこそ、当たり前と言えば当たり前だと言うのに、僕は酷く衝撃を受けた。
「そう、ですか」
『全く、話すなだ何だとは言っていないと言うのに。心配なら手紙を届けてやるよ、どうする』
「はい、お願いします」
けれど何故か気恥ずかしさが有り、ただ元気かどうかだけ。
そう尋ねるだけの手紙を出すと、返事が来た。
以前は1つ答えるだけが、1つ問う事が増えていた。
そうして互いに1つ答え、1つ問うを繰り返し、何ヶ月か過ぎた頃。
僕も移動する事となった。
どちらかと言えば都会寄りの、出来の良い一軒家へ。
その家に、彼女が居た。
お腹が大きくなり、まるで妊婦の様だと。
まさか、本当に妊婦で、まさか僕の子とは思わず。
『馬鹿だねアンタは、私達を何だと思っているんだか、コレだから困るよ里の子は』
僕は背中をドンと押され。
そこで初めて理解した。
彼女は望んで僕の子を妊娠したのだと。
「え、あ」
『あの場所は妊娠には危険だからね、花も虫も、良いのばかりじゃない』
彼女は、不安気だった。
無理も無い、僕に黙っていた、妊娠している事を咎められないかと不安だったのだろうと。
けれど僕は、それどころでは無かった。
気が付けば彼女に触れ。
触れ続けていたのだから。
「は、はじめまして」
『はじめまして』
今なら、家族と思えたからこそ、触れられたのだと思います。
未だに全くの他人はダメですし、相変わらず商人に軽く触れられる程度で。
ですが僕らは触れ合えます。
子供も触れます。
そして、その喜びを感じると同時に、憤りが再熱します。
蝶や花、ましてや物でも無い。
どうして見目が良いと言うだけで、僕らはこんなにも理不尽な目に遭い、不条理を受けねばならなかったのかと。
けれど、それらを納得させる彼女の言葉も有ります。
不条理や理不尽は悪です、良い事の反面である以上、決して消えない存在。
だからこそ常に存在し、無くす事は出来無い。
けれど幾ばくか軽くし、薄める事は出来る。
それは神では無く、私達人が成すべき事、人にしか出来ぬ事だと。
実際に世を動かすのは神でも無く、御仏でも無く、僕ら人が行う事。
あくまでも神や御仏は、補佐をするだけ。
僕らが転がり落ちた先で、最後に蜘蛛の糸を垂らす、そうした事しか出来ぬと定められた方々。
ただ、理不尽だ不条理だとお嘆きになる前に。
周囲を良く見渡し、ご自分のお立場を改めて確認してみて下さい。
もしかすれば、自らが不条理や理不尽を、意図せず与えているかも知れないのですから。
そうした事も教えるのが寺子屋ですし。
そうした容姿でしたから。
淋病、梅毒、軟性下疳と。
順調に、3つが揃った時でした。
《あぁ、心配していたのよ》
最初に僕を襲った女でした。
けれど、すっかりみすぼらしい姿で。
「どちらかとお間違えでは?」
どうしてか、絶句しておりました。
今でも、悪い事をしたと思ってはいないだろう事しか、推察には及びませんが。
彼女は膝から崩れ落ち、泣き出しました。
《ぅう》
どうしてやろうか、と僕は考えましたが。
僕は不能者、酒や薬で昏睡状態の様になり、そう眠っている間に事に及んで貰っていた。
ですので暴行する事も何も出来無い。
結局、僕は女を寺に連れて帰る事にしました。
何かが起こるまで、何かが思い付く迄、と。
そして、事は起こりました。
ですが僕は不能者です、女は諦め、寝所へと戻って行きました。
そこで僕は、女を警察に突き出し、僕を襲った僧の居る寺へと向かいました。
あっと言う間でした。
あっと言う間に、広まり。
女も、逃げ出した直後に、殺されてくれていました。
もう、良いだろう。
罰せられるべき者は罰せられた、だからもう、良いだろう。
そう思っていると、ふと昔の約束を思い出しました。
出世払いの約束を、すっかり忘れていたのです。
僕は急いで支度をし、その場所へと向かいました。
『あぁ、どうだった』
「すみません、遅くなりました。蜘蛛は逃がしました、僕の全てです、すみませんでした」
全財産を渡そうとしたのですが。
『いや、金には困っていないからね、違うもんが欲しいんだよ』
何を差し出せば良いのか、直ぐに分かりました。
「生憎と不能者ですので」
『いや、坊主に何かして貰う事では無いよ、その身に宿した業の方だ。ソレと、日記だ』
彼の日記の事は、誰にも伝えていませんでした。
けれど、相変わらず年を取らない商人は、知っていた。
そして傍からでは分からない病の事も、知っているのでは無く、察しての事だと。
「分かりました」
その先は詳しくは言えないのですが。
僕は治療され、代わりに背へ蜘蛛の刺青を入れられ、髪を伸ばす事を命じられ。
世に、放たれました。
僕は単に眠っているだけ。
そこに男も女も群がり、好きにする。
苦では有りません。
僕は単に眠り、起きるだけ。
確かに幾ばくかの体の違和感は有りますが、生活に特に支障は無い。
そして僧としての仕事も無い。
ただ込められた通り体を鍛え、決まった食事をし、決められた量の本を読むだけ。
外出も可能で、起きていれば誰に触られる事も無く、特に不自由は無い。
そうした僕と同じ様な者なのか、単なる下働きなのか、そこには大勢が関わっていました。
そしてふと、僕は蜘蛛に悪い事をしてしまったのかも知れない、と思い。
商人に会わせて貰い、改めて尋ねました。
『あぁ、あの子は直ぐに戻って来たから問題無いよ。虫にもね、頭の良い子は居るんだ、あの蜘蛛もアンタを恨んじゃいないさ』
僕はホッとしました。
良かれと思っても、時と事情に寄る。
改めて無能さを謝罪し、蜘蛛の世話を申し出ました。
それから先の事ですが、本当に、真に僕が立ち直る事を待っていて下さったんだと思います。
それ以降、特に体の違和感は有りませんでしたから。
「あぁ、こうして育てていたんですね」
『あぁ、可愛いだろう』
「はい」
僕は本当に虫が好きになりました。
素直で単純、コチラを慮れないのは当然で、手間暇が掛かる。
僕は誰かを世話し、世話をされたかった。
その事に気付いた晩は、また子供の頃の様に大泣きしました。
そして悔しさも何もかも、いつの間にか消えていた筈の火が、また熱を帯び燃え上がるのを感じました。
『綺麗に生きて役に立つ、それらは実は難しい事なんだよ、とてもね』
その人の言った事が、少しして分かりました。
僕の様な容姿の、それ以上の子が、新しくやって来たからです。
どちらとも言えない、どちらも持っている様な、そんな容姿でした。
そして目に生気は無く。
死ぬも生きるも面倒だ、良く見知った気配を纏っていました。
『ぁああああああああああああああ!!』
毎晩毎晩、絶叫と共に飛び起き、逃げ出そうと激しく暴れる。
僕は見張りと、抑え込む役でした。
直ぐに相手の意識は無いと悟れたので、触れる事が出来、抑え込みました。
そして暴れ、乱れる服の隙間からは。
様々な傷跡が見え。
自分よりも酷い目に遭っている者は居る、今でも何処かに、きっと居る。
そう改めて知ると。
僕はとても情けなくなりました。
周囲に居ないからと言って、世間には全く居ないワケでは無い。
その道理を知りながらも、僕は真に理解はしていなかった。
生きる事に手一杯で、必死に、我夢者羅に救おうとはしていなかった。
仏の道も、神の道も知りながらも。
自らの事だけで、生きる事で精一杯だった。
僕は泣きながら抑え込み続けました。
薬が効くまで、殺さぬ様、怪我をさせぬ様に。
そうして久し振りに体の違和感を感じ、もしかすれば、僕も偶には暴れてしまっていたのかも知れないと。
そう思うと、もう少しだけ、周囲にも優しく接しようと思いました。
『分かるかい、ココが何なのか』
国内外を問わず、様々な虫と花を管理し、繁殖させる場所。
「はい」
僕の様な者を保護し、活用する場所。
あの蜘蛛は、外では生きられない蜘蛛でした。
図体の割には繊細で、臆病で、見知らぬ場所では全く動けなくなってしまう。
僕は、優しい嘘が有ると知りました。
見知らぬフリをする優しさも、傷付いてはいないフリをする優しさも、敢えて悪者になる優しさを知りました。
僕が初めて抑止した子は、女の子でした。
監禁され、好き勝手をされていた子。
けれど、その良さも知ってしまっている子でした。
そうして僕は、再び起床後に体の違和感を感じる様になり、涙の味を知りました。
もう1つ用意されている枕に染みが有り、何を思ったのか、僕は味見をしてみたんです。
唾液とも体液とも違う何かで、涙だと気付くのに暫く掛かりました。
それに気付き、嫌では無い、そう思う様になりました。
どうしようも無い事は有る。
それこそ沢山、どうしようも無い事は山程有る。
けれど僕は苦も無く役に立てているし、悪いと思って欲しく無かった。
ただ、相手が何を思い、どう思っているのかは分からない。
だからこそ僕は、許可を得て、枕元に置き手紙をした。
苦では無い、と。
それでも涙の跡は絶えなかった。
寧ろ酷い時は増えさえしていて、僕は、間違えてしまったのかも知れないと。
次に僕は、また手紙を書いた。
何をしても問題無い、と。
それでも涙の跡は絶えなかった。
そして次に、僕は花を贈った。
けれど、涙は絶えなかった。
ただ、初めて返事が有った。
ありがとう、と一言だけ。
起きている間、稀に顔を合わせる事は有っても、僕らは会話をしなかった。
他も、用事以外は話さず、特に親しくする様な事も無い。
そうした場所だからこそ、僕らは話さなかった。
けれど、手紙のやり取りが始まった。
どの花が好きか、嫌いか。
食べ物は何が好きか、嫌いか。
1回の逢瀬で1つ。
気が付くと涙の跡が残る事は減り、遠くでは時折、彼女は笑顔を見せる様になっていた。
そして突然、体の違和感が無いままに、涙の跡だけを残し。
彼女は消えた。
『気になる事が有るなら、尋ねる権利がアンタには有るよ』
僕は様々な事を考えた。
彼女は良くなりココを出た。
彼女は実は僕が嫌だった。
嫌になった。
飽きた。
僕が再び完全に不能者になった。
どれでも仕方が無い事だとは分かる。
けれど、無事なのか、どうなっているのか。
「彼女は、どうしていますか」
『元気だよ、体重も増えたし、何より話せる様になったからね』
僕は、彼女が話せない事を知らなかった。
関わらなかったからこそ、当たり前と言えば当たり前だと言うのに、僕は酷く衝撃を受けた。
「そう、ですか」
『全く、話すなだ何だとは言っていないと言うのに。心配なら手紙を届けてやるよ、どうする』
「はい、お願いします」
けれど何故か気恥ずかしさが有り、ただ元気かどうかだけ。
そう尋ねるだけの手紙を出すと、返事が来た。
以前は1つ答えるだけが、1つ問う事が増えていた。
そうして互いに1つ答え、1つ問うを繰り返し、何ヶ月か過ぎた頃。
僕も移動する事となった。
どちらかと言えば都会寄りの、出来の良い一軒家へ。
その家に、彼女が居た。
お腹が大きくなり、まるで妊婦の様だと。
まさか、本当に妊婦で、まさか僕の子とは思わず。
『馬鹿だねアンタは、私達を何だと思っているんだか、コレだから困るよ里の子は』
僕は背中をドンと押され。
そこで初めて理解した。
彼女は望んで僕の子を妊娠したのだと。
「え、あ」
『あの場所は妊娠には危険だからね、花も虫も、良いのばかりじゃない』
彼女は、不安気だった。
無理も無い、僕に黙っていた、妊娠している事を咎められないかと不安だったのだろうと。
けれど僕は、それどころでは無かった。
気が付けば彼女に触れ。
触れ続けていたのだから。
「は、はじめまして」
『はじめまして』
今なら、家族と思えたからこそ、触れられたのだと思います。
未だに全くの他人はダメですし、相変わらず商人に軽く触れられる程度で。
ですが僕らは触れ合えます。
子供も触れます。
そして、その喜びを感じると同時に、憤りが再熱します。
蝶や花、ましてや物でも無い。
どうして見目が良いと言うだけで、僕らはこんなにも理不尽な目に遭い、不条理を受けねばならなかったのかと。
けれど、それらを納得させる彼女の言葉も有ります。
不条理や理不尽は悪です、良い事の反面である以上、決して消えない存在。
だからこそ常に存在し、無くす事は出来無い。
けれど幾ばくか軽くし、薄める事は出来る。
それは神では無く、私達人が成すべき事、人にしか出来ぬ事だと。
実際に世を動かすのは神でも無く、御仏でも無く、僕ら人が行う事。
あくまでも神や御仏は、補佐をするだけ。
僕らが転がり落ちた先で、最後に蜘蛛の糸を垂らす、そうした事しか出来ぬと定められた方々。
ただ、理不尽だ不条理だとお嘆きになる前に。
周囲を良く見渡し、ご自分のお立場を改めて確認してみて下さい。
もしかすれば、自らが不条理や理不尽を、意図せず与えているかも知れないのですから。
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