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第17章 物語と記者。

毒蛾の夢。

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 私の容姿は人並み以下です、世間を騒がせる様な騒動に、今まで全く遭う事も無く。
 幸運で有ると思うと同時に、魅力が無いのだと、そう思い知らされました。

 そんなある日の事です。
 良く行く場所の片隅に、夜市を出している若い方が居りました。

『どうぞお好きに見てらして下さい』

 男性とも女性ともつかない声で、とても様々な物を売っていました。

「あの、それは?」
『あぁ、生き達磨だったモノです。すっかり中の骨も臓器も取り除き、良く乾燥させたので、これだけ小さくなっているんです』

 今となっては怖い事を言っている、そう思えるのですが。
 当時の私はどうになってしまっていて、面白い事を仰る方だと、そう思ってしまったのです。

 ココで弁解をさせて下さい、手酷い失恋をした後だったのです。
 君の様な女性は良い人だとは思うけれど、僕の好みからして受け入れ難い、と。

 決して表には出さず、気持ちを伝えようとも思っていなかったのですが。
 友人としても、居られなくなってしまったのです。

「どう、使うのでしょうか」

『憎い男に贈るのです、どうしてか相手は喜んで受け取る、そしてすっかり女とは致せなくなってしまう』

 幾ばくか悩み、止めました。
 私をフった方だからと言って、彼を憎んではいませんでした。

 ただただ、この容姿が憎かったのです。

「容姿を、変える何かは、有りませんか」

『有りますよ、コチラです』

 その方が手に取り差し出したのは、硝子の瓶に入った。
 とても毒々しい、蝶でした。

 何でも、一晩枕元に置くだけで、願いが叶うんだそうで。
 私は、とても怪しく感じてしまい。

「お幾らなんでしょうか」
『お代はコレだけ、半分頂きます、残りの半分は叶ってからで結構です』

 蝶1匹でやけに高いなと思いましたが。
 見た事も無い珍しい蝶ですし、私は、買ってしまいました。

 この辛い思いがどうにかなるのなら。
 一時でも夢を見られるのなら、と。

「頂かせて下さい」

 その晩、眠る前に散々、妄想致しました。

 もし、美しい容姿であったなら。
 もし、せめて、それなりの容姿であったならと。



『やぁ、素敵な装いだね、何処かの誰かと逢引きかな』

 目覚めた次の日、本当に私は評判の容姿になっていました。
 けれどいつもの通り、いつもの装いで出掛けただけで。

 私はとても嬉しかった。
 男性に声を掛けられるだなんて、生まれて初めてだったのですから。

「あ、ありがとうございます、ですが生憎と相手も居りませんので」
『それは勿体無い、仕事終わりにココに居るから、寄っておくれ』

 慣れないものですから、少し怖くなってしまい。

「すみません、用事が有るので、ありがとうございました」

 つい断ってしまいました。

 けれど、とても嬉しかった。
 他の女性の様に、私も女として見られた。

 それがとても嬉しかったんですが。



《化粧で化けて媚びを売って、本当に下品》
『本当に、品性下劣だわ、そんな事で得をしようだなんて』
「浅ましい方、行きましょう」

 初めて、女の妬みも受けました。
 今まで仲の良かった筈の友人が、私の容姿が変わった程度で、酷い言葉を投げ付け。

 美人とは、得も有れば損も有る。

 それはこうした事なのだろう、と、思っていたのですが。



《ちっ、声を掛けてやったのに、かまととぶりやがって》

 同性からだけでは無く、男性からも嫌味を投げ付けられる様になり。
 果ては。

「止めて下さい」
「良いじゃないか、君は僕を好いていたんだろう?」

 想い人は、酷い人でした。

「イヤ!」

 私は何とか逃げ出せたのですが。

《おい淫売》
『俺にもヤらせろよ、折角の良い顔なんだ、春を売れよ春を』
「どうせ処女じゃないんだろう、1回は買ってやるよ」

 私が、悪い。
 次の日にはそうなっており。

「お父様」

『どうせ、お前にも隙が有ったんだろう。都会に出て、見合いでもしなさい』

「はい」

 それでも、悪い事ばかりが続きました。

 お断りした方は勿論、見知らぬ方からも後を付けられたり。
 おかしな贈り物をされたり。

 私は、すっかり辟易してしまいました。

 せめて、平凡程度を願えば良かった。
 平凡な方なら、と。

 そう願い、妄想しながら、私は蝶を枕元に置きました。



《おはよう》
『もう、どうかして?呆けた顔をしてらっしゃって』
「まだ寝惚けているのかしら?ふふふ」

 幾ばくか時が戻っておりました。
 そして私の容姿は、平均的な顔立ち、でした。

 あぁ、コレで幸せな人生が送れる。
 そう思っていたのですが。

 程度は違えど、似た様な事が起こりました。

 そして、平均的であるからこそ。
 また、別の問題が生まれました。

「本当に」
《いやね、昨今はそうした事件も有るとは、確かに新聞にも出ているよ。けれどね、君は確かに不美人では無いけれど、そう付き纏われる容姿でも無いだろうに》

 美人で有れば男女の揉め事だ、として片付けられ。
 平均的な顔立ちで有れば、勘違いだ、とされ。

 私は平均以下の顔立ちであった頃が、酷く懐かしくなりました。

 ですので何も願わず、妄想もせず。
 枕元の蝶と共に、眠りました。



「あっ」

 起きてみると、蝶は亡くなっておりました。
 そして私の顔は、いつも通りで。

 周囲も、いつも通りでした。

 私は、焦っていたのだと思います。
 周りには沢山の縁談が持ち込まれている事を耳にし、きっと私は、誰にも相手をされないのだろうと。

 ですが、誰でも良いワケでも無い。

 容姿によって態度を変えず、瑕疵の無い者を責めず、自らの罪を周囲のせいにしない。
 そうして真に真面目で、誠実な旦那様との縁が出来る様に、そうした女になろうと決めました。

 そうでなくてはきっと、例えどんな容姿であろうと私は不平家となり、結局は本当に誰にも相手にされなくなってしまうか。
 とても酷い男と一緒になってしまうだろう、と。



『あぁ、いらっしゃいませ』

「ごめんなさい、どうやら直ぐに亡くなってしまって、埋葬をすべきかどうか」
『元から寿命の最後だったんです、どうでしたか』

「はい、ですので、お代を」
『では蝶を、それなりに高い子ですから、コレでトントンです』

「はい、ありがとうございました。あの、コチラを、お気に召すか分かりませんが」

『おはぎ、好物なんです、ありがとうございます』
「いえ、その子にもと、ありがとうございました」

 そして次の日、感想をと思ったのですが。
 その商人の方にはもう、会う事は有りませんでした。

 ですがそれ以降も、私は夢と願望を抱き続けました。

 私を慈しんで下さる方、優しく、愛して下さる旦那様の為に。
 料理を上手に、字を上手にと。

 日々小さな事ですが、出来るだけの事をしておりました。

 そのお陰か、お見合い話が持ち込まれました。
 他の方と比べると、かなり遅いですが、真面目で誠実な方と結婚出来ました。

 そこでも幸運な事に、婦人会で素敵な女性とも知り合えました。
 そこで美人の辛い面や、平均的であれ、運が悪ければ誰でも不幸になってしまう事を知りました。

 あの蝶は、命を賭し、私に先んじて教えてくれたのです。
 人を見る目の無い、まだまだ世間知らずだった私に、とても良く教えてくれたのです。

 誰にでも、それなりに幸と不幸が有り。
 その幅が、顔や生まれで、多少ながらも決まってしまうに過ぎない。

 特に若い方にお伝えしたい。
 確かに私は結婚致しましたが、結婚により不幸になった方も居ります。

 そして何より、何処かには必ず、結婚しなくとも生きられる場所が有る。
 結婚せずとも死なない場所が有る、ですからどうか、結婚だけでは無い事をお伝えしたく。

 稚拙ながらも、こうして文を書かせて頂きました。

 大丈夫。
 外国よりも小さな土地ですが、様々な場所が有り、世には様々な好みの方が居らっしゃるのですから。
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