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第16章  霊能者と霊能者。

1 祭り。

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「僕を指名、ですか?」
「どう言ったワケか、君の評判を聞いた、とね。君が主導するならと、会長が即座に頷き、そこで決まったんだよ」

「でも、報道部の事は何も」
「既に会長から直々に報道部へ連絡済みだ、行ってくれるだろうか」

 全国の大きな祭りの撮影権は、毎年1社にのみ与えられる。
 自由に撮影出来る様になってしまうと、大勢の撮影者が集まるのは必須。

 そうして大勢が集まれば、祭りの雰囲気は勿論、観光客の邪魔にもなってしまう。
 そして何より、大勢が集まれば事故だけでは無く、事件さえ起こる可能性が有る。

 それらを踏まえ、神社統括本庁から制限が設けられている。

 その権利を得る方法は。
 各社の重役が集まり、役員等が制限時間内に質疑応答を行い、祭りの関係者の投票で決まる。

 しかも各社の重役が集まり、関係者の目の前で行うので、我が社は常に社長が壇上に上がってらっしゃいます。
 なので日が被る事は無いんですけど、会長はこうした予定だけでも、年の半分以上は社に居ない上に。

 接待も有り、非常に忙しい。
 だからこそ、余計に失敗は出来無いんですけど。

「はい、分かりました」

 一体、会長が何を考えていらっしゃるのか分からない。
 僕は、仕事から離れていたと言うのに。



『あぁ、君が』
「はい、会長命令により一時出向して参りました、林檎と申します。宜しくお願い致します」

『確か、君は』
「あ、えっと、大河内さん、で宜しかったでしょうか」

『良く覚えていたね、面接の時以来だが、元気でやっているらしいね』
「はい、お陰様で。それにしても大河内さんが覚えてて下さった事が意外です、僕、地味なので」

『君が入社した時にも、今回の権利を得たんだ。当時は誰が幸運を齎したのかと話題になってね、会長が僕にだけ教えてくれたんだ、真っ赤な医者いらずのお陰だってね』

「でも、僕が入社してかなり経ちますよ?」
『まぁ、神事だからね、何か運が絡んでの事だろう。よし、先ずは名刺に判子を押さないとだ、今の部署のは持って来たかな』

「はい!宜しくお願いします!」

 我が社は弱小とまでは言いませんが、新しく名刺を刷るお金の余裕は有るものの、質素倹約が常に実行されています。
 なので余ったら勿体無いのと、何より時間が無い。

 そこで活躍するのが判子、しかもインクも少し特殊らしく。

『良い色合いだろう』
「海松色、ですかね?」

『君は本当に、目が良い子だね。そうだよ、海千山千方々へ向かう海松色だ、と会長がね』
「海藻の色なので、海が強そうですけど」

『藻は川や湖にも生えるからね』
「成程、確かにそうですね」

『そうそう、今回は50にしておこう』
「はい」

 判子は名刺の裏の右上へ、コレが余っても使い回せるらしいんですが。
 それには良い意味と悪い意味、両方が含まれてしまいます。

 使えないので転々としているか、各署で必要とされている人間か。

 僕は今の部署が大好きなので、コレは単なる枷にしかならなそうなんですが。
 まぁ、一時的ですから。

 多分。
 左遷じゃない、筈。

『折角だ、5部署全てを集めてみたらどうかな』
「嫌ですよ、今の部署が好き過ぎるので困ります、凄く」

『その部署で使えるネタを仕入れられるなら、それこそ作家先生の為にもなると思うけどね』

「部署に戻れるなら、ですよね」
『あぁ、それは大丈夫だろう、先生方に手を出さない限りはね』

「足も手も出しませんよ、それこそ男先生としか関わって無いんですから」
『ほら、確か男色家の』

「僕は違います、だから男先生の担当なんですから」

『相変わらず真面目だね君は』

「いえ、多分。不器用なんです、きっと、件の彼は先生を射止めたそうですから」

『あぁ』

 僕は詳細を知らないんですが。
 どうやら、ココまで被害が及んでしまっていたんでしょうか。

「あの」
『よし、では先ずは挨拶回りからだ、明日ココへ向かってくれ』

「はい!」

 僕は、少し会社に来なかっただけで、外に出なかっただけで。
 酷く遅れてしまっていると感じました。

 僕だけ、あの喫茶店から出た時から。
 良く似た違う世界に紛れ込んでしまったのでは、と。



『お祭り、とは奉り、神事です。そして町内会の皆様の団結力を示す事は防犯にも繋がり、防災にも役立ちます』
「成程、要は連携ですね」

『はい、急場で連携を取るのは素人には不可能です、ですが素人でも連携を取れる様になる機会にもなるのが神事。お祭り、神輿やお囃子は、お子様にとっても協調性が養われるかと』

 取材兼、就任説明会に僕は立ち会っている、と言うか参加させられています。
 顔合わせだって聞いてたんですけど、忙しい方らしく。

《あの》
「あ、ご質問の場合は」
『構いませんよ、どうぞ』

《でも、あんなに暑い中で小さい子に強いるなんて、子供が可哀想だと思わないんですか》

 僕に走った緊張感とは打って変わって。
 総代は嘲笑を薄く浮かべると。

『そう可哀想、と思ってしまう様な子は選びませんのでご心配無く。神事とは何か、そして神事の大切さへの理解は勿論、大人しくしていても苦では無い子を選びますから。田中さんは心配なさらないでも大丈夫ですよ、お子さんの評判もしっかり吟味し、選ばさせて貰っていますから』

《アナタ、私の》
『ココで私が聞いた事の真偽について問い質したいなら結構ですが、あまり、恥を広めない方が宜しいのでは』

《別に、ウチの子は》
『親の前では見せない顔って、子供にも有るんですよ、そこも吟味していると言っているんです。田中さんも、そうでは有りませんか?』

《私は》
『お話を続けたいのなら、以降は文章でお願い致します。それと、お子さんの将来を良く考えた上で、どうなさるのか検討なさってからの方が、宜しいかと』

《ウチの子は不出来じゃない!》

 水を打った様に静まり返る中、総代は勿論、他の方も冷静と言うか。
 呆れた空気を出さない様にしていて、寧ろ僕には優しい人達だ、と思ったんですが。

 このご婦人には、全員が敵に見えていそうで。

「あの」
『そもそも不出来、とは申してませんし、ましてや田中さんのお子さんが不出来だ、とも言ってはいない筈ですよね。林檎さん?』

「あ、はい」
《そうやって》
『では、私が言った文言をそのまま今、言って下さるかしら』

《ウチの子は、落ち着きが》
『言っておりませんが、どう誤解なさったのかしら』
「多分、大人しくしていても苦では無い子、かと」

《そうやって揚げ足を》
『アナタが仰るの、田中さん。これ以上恥を晒さない様にと、文章での提出を提案したと言うのに、少し冷静になられて周りを見渡して下さい。アナタを擁護する方も、止める方もいらっしゃらない、それがどう言う事か、お分かりになりませんか』

《私は》
『適材適所、田中さんのお子さんにはある役をやって頂こうかと思っていたのですが、コチラの言う事がお分かりになって頂けない様ですし。このまま進行を妨げるのでしたら、お帰りになる事も、お考えになった方が宜しいのでは』

《私は、子供の為を思って》
『でしたら、ココはお鎮まりになってご清聴頂いた後、文章での質問状の提出をお願い致します。宜しいですかしら』

 ココで割って入る事は、余計な事かも知れない。
 けれど、公平性や中立性を保つ為には、良い顔ばかりはしていられない。

「もし良ければ、書式をコチラでご用意致しましょうか」

『ありがとうございます、ですがコチラでも既に用意してありますので。お話を続けましょうか』

 ご婦人は、黙ったまま。
 コレでは確実に進行に支障をきたしてしまう。

「はい、では参加が難しい方について……」

 説明会を進行するには、総代の判断は妥当だ。
 けれど、きっと。

 いや、公平平等中立、今の僕は報道部の人間。
 私情を挟むのは、最後の最後、一つまみだけ。



《林檎さん、でしたよね》
「はい、田中さん、ですね」

《酷いですよね、高圧的で独善的で、何より威圧的で。婦人会の会長にしても、相応しく無い、と思いますよね》

「総代、ですからね。確かに婦人会会長も兼任されてますが、全体を見てのご判断なのかな、と今の段階では思っています」
《でも、子供が可哀想じゃないですか》

「体調に鈍感な子や、やりたくない子が役を任せられてしまったら、それはとても可哀想だと思います。でも、僕なら、やりたがったと思います、と言うかやりたい側でした。そこで大人との付き合い方、良い思い出が出来て良いと思うんですけど。親が無理にやらせようとしているかも知れない、そうした見極める力が周りの大人には必要になるので、素人だけではやるべきでは無いと思います。それとも、お子さんには習い事も何も、させない派の方ですか?」

《それとコレとは》
「全く同じでは無いですけど、子供が学べる事って沢山有ると思うんです。その反面、親も含め周囲の大人との接点や信用が無いなら、非常に難しい習い事になると思いますけど。何も学ぶ事が無い、と思っている、と言う事でしょうか?」

《でも、習い事は一生の》
「僕、真面目に書道を習ってましたけど、本を良く読める様になってからはスッカリで。今はもう、寧ろ字は不得手ですよ、それに運動も。習い事って、運と相性だと思うんですけど、田中さんはどんな習い事を?」

《私は、確かに習い事の全てが、身に付くとは思いませんけど》
「剣道も楽器も、どんな習い事も体調管理は大切ですよね、無理をしない見極めは自分自身でしなきゃならない。あ、もしかしてお子さん、そんなに人間不信なんですか?心を開けないと無理をしちゃいますからね、分かります、僕も緊張すると水分を摂らなくなっちゃうので」

《いえ、別にウチの子は》
「ご心配なら、先ずは役員の方とお知り合いになっては?皆さん凄く親切で、それこそ僕は子供扱いされてるって思う程、過保護に扱って頂いてるんで。どなたか、ご紹介しましょうか?」

《アナタは、子供が可哀想だと思わないんですね》
「いいえ、強いられた子や無理をしてしまう子が大役を任されたら、凄く可哀想だなと思います。でも、それが例え大人でも、結局は同じだと思うんですよね。断り方、見極め方を親に教えて貰えなかったのか苦手なのか、会社でも躓く方は多い。あ、ご家族含め、良く話し合いをなさってみては?意外と祭りでの役を経験されてる方が身近に居るかも知れませんし、そこで改めて改善すべき点が浮かび上がるかも知れませんから」

『林檎君、良いかしら』
「あ、少々お待ち下さい総代。他に、何か不安な点が有りますか?」

《いえ、失礼します》

『はぁ、お礼も言わないなんて、本当に。ありがとう、林檎君』

「総代、京の方ですよね?」

『何やもう、もう調べはったん?怖いわぁ』
「いえ、音程が偶に関西の方になるのと、先程のお礼が決め手でした」

『あぁ、ありがとう、ね。ありがとう、ありがとう。イヤやわもう、関東の言葉はエラいキツくなってしまって敵わんし、どないしたら柔らかく言えますの?』

「多分、あの方にはどんな言い方をしても、無理かと」

『あら、軟そうなのにエラい目に遭ってはるのね』
「いえいえ、最近後輩にそうした子が入って来て、騒動が有って。そうした人が居るって先生方から聞いていたんですけど、凄く大変だったそうです、言っても言わないでもダメで」

『あぁ、偶に言わさなさっきみたいに噴火しはるか、勝手に溶岩みたいに垂れ流しはるからねぇ。はぁ、ありがとう、おおきに』
「いえいえ、お疲れ様でした」

『何言うてはるの、接待してくれへんの?』
「あ、勿論です、明石焼きはどうですか?」

『関東で明石焼き、ええやないの、早う連れてっておくれやっしゃ』
「はい、喜んで」

 そうして僕は、次の京のお祭りにまで抜擢される事になってしまい。
 神宮寺さんとはもう、やっぱり暫く会えないな、そう思っていたんですが。

 関わっている事は神事。
 運と言うか、神様が何かしたんじゃないかな、そう思う出来事に遭遇する事になりました。
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