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第7章 元囚人と霊能者。

2 元囚人と霊能者。

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 俺は今、件の男の家に居る。

 冒頭には彼女の原稿そのままに。
 様々な関係者の証言も纏め、有識者にも傾向と対策について語って貰い、匿名では有るが警察関係者からの声も載せられ。

 直ぐにも発行された。
 彼女の四十九日を終えた次の日に。

『実名が出てないから良いですけど、せめて、出版する前に』
「どうぞ、出版停止命令を出されるならどうぞ、裁判は慣れていますから」

 初めてかも知れない。
 こんなにも厳しい林檎君の顔を見るのは。

『そうですか、弁護士と相談させて頂きます』
「でしたらコチラから助言を差し上げます、訴え出た場合、自分がこの悪逆非道な男だ。そう名乗り出るも同然ですので、どうぞお覚悟を、コチラには彼女の日誌も遺言も存在していますので。弊害をご検討の上、ご家族ともご相談なさった方が宜しいかと」

『コッチは被害し』
「アナタは器物破損と不法侵入の被害者であるだけ、殺人の被害者はアナタの悪友です。友情を大切になさり、彼を布団に寝かせて差し上げた、その優しさがご家族へも向けられているのでしたら。良く考え、ご相談なさってからが宜しいかと」

 彼女は恋人だと思い、近くの酒瓶で悪友の方を撲殺してしまった。
 友情を大切にするからと言っても、性格と性根とは全く関係無いもだと、コイツのお陰で思い知らされた。

『こんなの、まるで強迫じゃないか!』
「いいえ、コレは助言です。弁護士の方にも確認しました、ですよね?」

 俺はスーツを着込み、さも弁護士然とした態度で頷き。

《コチラは原本です、彼女の為にも、ご一読頂けますか》
「コチラが今回出版した本になります、では、ご連絡をお待ちしています」

《あ、くれぐれも破損や遺棄等はなさらないで下さい。既にとある方の品をお借りしている状態ですので、損害賠償請求ではかなりの額になりますから》
「では、失礼致しますね」

 そして、彼の傍に立っていた彼女は深くお辞儀をし、悲しそうに微笑んだ。
 今でも何処か好いてしまっているからこそ、四十九日を過ぎても尚、ココに居るのだろう。



《アナタ、何よコレ》

 金庫に入れていた筈の原稿が、どうしてココに。

『それを、何処から』
《答えなさいよ!》

『待ってくれ、それは預かり物で、破損させたら損害賠償を』
《ならハッキリ答えなさいよ、コレは本当なの》

『いや、違うんだ』
《そう、なら訴えましょう》

 彼女の手には、例の本まで。

『どうしてそれを』
《友人が貸してくれたの、悪しき見本の傑作だって。出だしが同じで、最初は驚いたわ、けれど原稿を読み進めるうちに》

『いや、待ってくれ、違うんだ。確かに少し彼女とは』
《中々一緒に住んでくれないと思ったら、こう言う事だったのね》

『いや、違うんだ、その女に付き纏われていて』
《なら、訴えましょうよ》

『いや、仮にも、そうした男だと認める事になってしまうんだ』

《まさか、向こうに証拠が有るとでも言うの》

『あぁ』

《出て行きます、離縁して、片付いたら再婚しましょう》
『待ってくれ、本当に君だけなんだ』

《バカにしないでよ!彼女にも言った台詞を言わないで頂戴!》

 腕を振り解かれ、頬を打たれ。
 俺は思わず。

「結婚するまでヤらせなかったお前が悪いんだろ!それに良い思いをしたのも、あの女で練習したおか」
《このクズが!死ね!アンタが死ねば良かったのよ!》

 再び頬を打たれ、俺は正気に戻り。

『違うんだ、今のはカッとなって嘘を』
《なら訴えなさいよ、私は出て行くわ》

『愛しているのは』
「君だけなんだ」

『ひっ』

 振り向いた妻が妻ではなく、彼女の声、彼女の顔で。

「君をずっと思っていた、君だけなんだ。ふふふ、悔しかったら訴えてみなさいよ、この愚図が」

 俺が腰を抜かしていると、向き直った彼女は妻の後ろ姿になり、出て行ってしまった。



《他の証拠を、お見せ頂く事は出来ませんか》

 僕らが件の家に向かった翌日、奥様がお尋ねになり。

「本にも、書かれているのですが」
《あ、そうなのですね。原本しか、読んでいないので》

 眉間に皺を寄せ、何とか堪えている状態で。

「原本をお渡しする事は出来ないので、写しとなりますが」
《構いません、お願いします》

「分かりました、少しお待ち下さい」

 そして写しを渡し、読み終えると奥様は。

《ご病気が発覚したからこそ、追い詰められ、天井で待っていたんですね》
「はい」

《私も、全く気付かなかったんです、もし私が》
「失礼だとは思いますが、好いているからこそ、騙されてしまうのでは」

《そう、ですね》
「すみません」

《私は、彼女の為に、何が出来るのでしょうか》

「僕個人としては、彼に、旦那様には敢えて訴えて頂きたいたいです」
《訴えれば、注目を浴びる》

「はい」

《お忙しい中、ありがとうございました。失礼致します》

「はい」



 彼女の思惑通りになった、と言うべきなんだろうか。
 どうやら奥方が訴える様に仕向け、すっかり世間に広まった頃、提訴を取り下げた。

 そして各雑誌社は、今回は取材合戦を繰り広げはしなかった。

《学習した、と言うべきなのか、単なる損得勘定か》
「両方だと、良いんですけどね」

《林檎君、少なくとも君は彼女の救いとなったんです。もう、彼女は彼の傍には居ませんでしたから》

「本当なら、良いんですが」
《共感や共鳴すると見える場合も有るんです、だからこそ、あまり死者に傾倒してはならないんです》

「思えば、引き留めてしまう」
《はい》

「神宮寺さんのせいですかね、こうして色々な事が起こるのって」
《どうでしょうね、寧ろ僕としては、君を支える為に引き合わされた気がしますけどね》

 自ら言いつつも、多分、そうなのかも知れないと言う考えが過った。
 もし俺が居なければ、彼はもっと苦悩し、それこそ潰れて。

「コレで借り1つだなんて、お得ですね神宮寺さん」
《僕も僕で得はしましたからね、可のを成仏させる事が出来ましたから》

「ありがとうございます」

 彼女は、きっと地獄に行っても、きっと3日で戻って来るだろう。
 糞野郎の妻が、改めて糞旦那と共に供養がしたい、と。

 で、例の和尚を紹介させた。

 それに俺も、林檎君だって冥福を祈ってる。
 コレで何千年も地獄に落ちるだなんて、あまりに酷だろう、救いがなさ過ぎる。

《お地蔵さんへのお供え物、買いに行きましょうか》
「浅草の松風にしましょう、それときんつばも」

《良いですね、そのままお参りに行きましょうか》
「ですね」

 酷で救いの無い世に、誰が産まれたがるかよ。
 だから救ってくれよ、神でも仏でも良いから、どうか蜘蛛の糸を垂らしてやって欲しい。



『ひっ』

 彼は、すっかり怯える様になってしまった。
 彼女と似た背恰好の者に、押し入れに、私に。

《大丈夫、何もいないわ》

 それでも私は、離縁しなかった。
 彼を愛しているから。

『悪かった、本当にすまなかった』

 亡くなった彼女の気持ちが、痛い程分かる。
 私達を騙した事意外に、彼に何も不満は無い。

 けれど、許せない。

《良いのよ、大丈夫、アナタが良い子で居続ける限りは捨てないわ。大丈夫、良い子に出来るわね》
『する、だから捨てないでくれ、頼む、捨てないでくれ』

 出版には何の異存も無い、もし娘が、息子がこんな風に騙されるならと思うと。
 私は相手を絶対に許さないだろう。

 そして、こんな男の子供として産うむなんて、と。
 きっと私を恨む筈。

 だから私は産まない、産みたいけれど、こんな血筋は残すべきじゃない。
 女盛りを捨て様とも、私は彼女の復讐を称賛する、世の為に書いた彼女を嘆賞する。

 彼女は復讐を果たした。
 そして今でも果たし続けている。

 なら、私も。

《良い子にさえしていれば、捨てないわ》
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