松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第5章 作家と作家。

1 騒々しい作家達。

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「おいおい、とうとう、あの作家と例の作家がくっ付いたぞほら」

《とうとうか、話題作りも結構だけれど、男同士でくっ付くとは》
「取っ組み合いの喧嘩をしていたと、他の雑誌で見たんだけれどねぇ、実に驚きだよ」

《それも、どうせ話題作りだったんだろう、八百長だ八百長》

「けれども君、話題作りで男と出来てるなんて言えるか?」

《まぁ、作家でもなけりゃ無理だな、目立ちたがり屋の単なる頭のタガが外れた者だとしか思われないだろう》
「まぁ、確かにな」

《で、件の作家の本は面白いのかね》
「それだよそれ、話題作りも必要無いだろう面白さなんでね、だからこそコレは真実じゃ無いのかと」

《その文句、その雑誌の売り文句だろうに》
「もしかすれば、真実かも知れない。いやー、この雑誌も中々でね、こうしたゴシップは滅多に載せないんだけれど。だからこそなんだよ」

《売り上げでも下がってるのかね》
「そうでも無いさ、コレの前の刊も売り切れで、3軒回ってやっとだ」

《ほう、なら君の愛読書か》
「是非美味い物を持ってウチに来たまえよ、全刊揃っているよ?」

《好き者だね君は》
「コレが面白いんだから仕方が無い、仕方が無いんだよ」

《何が食いたい》
「天神通りの白焼きだな、今の時期は旬だろう」

《それ程の価値が無ければ、次は君に奢らせる》
「どうぞどうぞ、泊まる算段をしておくれよ、コレで意外と中身は濃厚なんだ」

《成程ね、なら1つ買いに行くか》
「1つと言わずに2つ買おう、きっと君も気に入る筈だ」



 喫茶の窓際で話していた彼らは、そう言って仲良く会計を済ませ、店を後にした。
 きっと彼らは、鰻の白焼きを肴に、家で密造している酒で一杯やるのだろう。

 そして、あの本に昂らされ。
 彼らも。

『明知君、アレはきっと今晩にもヤってしまうのだろうね』

「どうしてそうなる」
『僕らの事を熱心に話していたんだ、さぞ男色家に違い無い』

「どっちがだ」
『それは勿論、話題を出した方だよ、あんなセンシティブな事を彼と共有するだなんて絶対に気が有るに違いない』

「コレだから、男同士を盛らせる作家は脳が腐っとると言われるんだ」
『醸すと言い給えよ、耽美とは香りを醸し出す男同士の世界を指すもの同然、そして耽美と言えば僕の分野。というか女を使って男を盛らせている君も、相当に根腐れを起こしていると思うけどね、女同士をまぐわせるとか本当にどうかしている』

 彼は僕が作家に成り立ての頃、作家になった僕の後輩だ。
 そして事あるごとに好敵手だなんたと、一々張り合って来た。

 同じ艶本作家では有るが、全く分野が違うと言うのに。
 それこそ百合と薔薇、全くもって競う様な間柄でも無いと言うのに。

 百合と薔薇を持ち立ち並べば、偉く目出度い色と話題性なものだから、すっかり一緒に取材される事が多くなり。
 どうにも顔見知りの仲に。

 そこで件の取っ組み合いだ。

 仕掛けて来たのは彼だ。
 悔しかったら、コチラに来れば良い、と。

 コチラはフラれたばかりで、あまりに腹立たしい物言いだったから、つい買ってしまった。

 まぁ、一方的に殴ったのは僕だけれどね。
 喧嘩を売った割に、彼は防戦一方で。

「アンタが、昔、百合を書いていただろう」

『表に出て無いのに、どうして』
「俺はアンタが読ませた友人の、弟だ」

『何て事を、なら君は』
「勝手に読んだ、アンタ達が銭湯に行って、メシを食ってる間に」

 何でも、風邪で寝込んでいたけれど、体調が幾ばくか戻り兄を探してウロウロと。
 そして僕の未発表の原稿を読み。

『読み?』

「どんな助平が書いてるのかと思えば、普通だった。そしてアンタは氷菓子を買って来てくれて、絵本まで読んでくれた」

『あぁ、あの坊主かぁ、立派になって』
「だから、アンタと同じ道に行こうとしたのに、気が付いたら違う場所に居たんじゃないか」

『そう良かったかね、アレ』
「いや、だから何とか知り合えるんじゃないかと、そうした下心が有ったのに。アンタは」

『アレはねぇ、売れたかった時に無理に書いたんだよ、僕は男色家だからねぇ』

 戦国時代でもあるまいに、特にゲン担ぎだと言うのでも無い。
 何の理由も無しに、何となく男ばかりを好いてしまった。

 かと言って、上手く行く事は殆ど無い。
 精々遊ばれるだけ、面白い事は何も無い、何も無さ過ぎて鬱憤だけが溜まっていった。

 そんな時、遊び場に社長が来ていて、面白い愚痴を聞かせてくれたら金をやると言っていて。
 そしたら偉く気に入られて、書にでもしろ、と。

 今でもだけれど、当時は純文学だ詩だと流行っていた時代で、僕はそれらを真似て書いてみた。

 けれど、どうにも合わない。
 もう少し他の方法にしなさいと言われて、あの百合を書いたワケだ。

 でそれが足掛かりになり、そのまま男同士の艶本、薔薇を書いてみろと言われ。
 ホイホイ書いたらまぁ、売れてくれた。

 だからこそ、大事に原稿は仕舞って有る。
 見せたのは僅かな者だけ、盗作は何処でされるか分からないからと、社長に言われての事なのだけれど。

 成程、見せた先の身内に読まれてしまう事も有るとは。

「もう少し、穏便に知り合う予定だった」

『いや、うん、煽らず何某の弟だと言えば済んだろうに』

「そう、弟とは、思われたく無かった」

『何でだろうねぇ』

「惚れた」
『あの百合に』

「アンタにだ」

『好かれる理由が全く分からん』

 分からんけれど、男日照りだったもんで、ついうっかり食べてしまった。
 顔は好みと言えば好みだし、体も。

 まさか、その為だけに鍛えたのか、あのひよっこ坊主が。

「アンタは優しいし、声が良い」
『何てチョロイんだ坊主、ダメだよそんなチョロくては、コレからの男色家の道は酷く険しいぞ?』

「アンタだけが相手をすれば良いだろう」

『それもそうか、どうせ飽きるか子供が欲しくなって捨てるんだろうし、精々可愛がって貰うよ』



 好いている相手に、全く信用されないのは堪える。
 確かに俺は半ば嘘を付いていた、知り合いの弟だと、敢えて言わないでいた。

 けれど。

「はぁ」
「もー、どうしたんですか先生、あの方とは上手くいったのでは?」

 俺も、彼が拾われた先の社長の会社に世話になっている。
 どうしても艶本の作家になりたい、百合作家になりたいと頼み込みに行くと、直ぐにも快諾して貰った。

 雑用をしつつ、様々な艶本を盗み読みさせて貰い。
 彼を思い描きながら、百合として書き続けていると、彼が薔薇作家として出る事を知り。

 俺は、酷く裏切られた気持ちだった。
 あの原稿を、あの声で読まれる妄想を糧にしていたのに、異性愛者だと思っていたのに。

 彼は同性愛者だった。

 その事もまた、裏切りに思えた。
 異性愛者だろう、だからこそ百合作家になったのに、と。

 今思えば、甚だ八つ当たりが過ぎるとは思う。
 けれど、何故か、どうしてもゆるせなかった。

「林檎さん」

「はいはい」

「どうせ飽きて捨てるか、子供が欲しくなって捨てるんだろう、と言われました」

「あー、あらあらあら、まさに色恋沙汰ですね」
「俺が黙っていたのも有るとは思うんですけど、どう、信じて貰えば良いんでしょうか」

「先生の百合達なら、どうなさると思いますか?」

「彼女達なら、思い切りが良いので、それでも一緒に居ると思いますが」

 皮算用だった。
 抱けば、抱かれれば、いつか信じて貰えるんじゃないかと。

「贈り物はどうですか?」
「あの人は、あまり物に執着しない、と」

「物には、ですけど花は好きですし景色も好きですよ、案の素地になる様な場所を贈るのはどうですか?」

「流石ですね、林檎さん」
「いえいえ、コレも受け売りですよ、とある先生が欲しがらないお相手に捻り出した案ですから」

「成程」
「美味しい食べ物、美味しい景色、それこそ土台になりそうな舞台にも行く。ある種の、そうですね、同じ舞台の同じ設定の企画を通してみます。共同で取材に行かれたら、きっと何か見付かるかも知れませんよ」

「ありがとうございます、宜しくお願いします」
「いえいえ。さ、書いて下さい、締め切りが来る前に仕上げをお願いします」

「はい」
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