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第3章 霊能者と記者。

2 E橋殺人事件。

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 今思うと、あの時は少し困惑されているものの、しっかりしていたんですけど。

 アレは気を張っての事だそうで。
 今はもう、ふにゃふにゃで。

「確認は取れたんですが」
《まぁ、浮気を疑われての事なんですけど、浮気は無いです》

「その証拠なりが必要なんですよねぇ」

《仕事が、神主の補佐と言いましたが、実は幽霊騒動を収める専門なんです》

「本当なら、凄い興味をそそられてしまうんですが」

《残念ですが本当なんです、なのであちこちの神社へ行っていて》
「しかも急に連絡が入れば、成程」

《最初は良かったんですけどね、予定が立てられないとなると不機嫌になり、とうとう》
「分かります分かります、他の編集もフラれてばっかりで、なのに結婚してるなんて不思議じゃないですか?」

《ええ、ですよねぇ》

「あ、でも、何故その事を」
《霊能者だ、と言えば色々な弊害も有りますし、それこそ半人前なので証明も難しいので》

「あー、そうした悩みも有るんですね。初めてです、そうした能力を持った方とお話するの」

《でも、確か、月刊怪奇実話とか言う》
「明らかに幽霊騒動ですよ、ってのは僕の担当じゃないんですよ、他の雑誌なんです。月刊怪談実録の方なんです、ウチは虚構と真実が混ざって分からないモノを出してるんですよ」

《あぁ》
「でも良ければ取材させて頂けると助かります、怪談作家先生も居ますから」

《半人前なので、半分は何も無いんですよ》
「でも収まるんですよね?」

《その場合は、大概が思い込みなんですよ、確認出来ませんでした。と言って収まらなかった事が無かっただけ、ですから》
「成程」

《ただ、僕、怖いモノが苦手なんです》

「霊能者なのに?」
《怖いと、特に見えるんです、ですけどいつもは見えないので》

「あ、だから、半人前」
《はい》

「見えるけど、怖い」
《見えるからこそですよ、常に見えていれば慣れるかも知れませんけど。怖いと思う時だけ、見えるんです》

「それ、凄く怖そうですね」
《1度見えたらもう、負の連鎖です。怖がってしまい、また見えたら、と怯え見てしまう。だからこそ、彼女は安らぎだったんです》

「あの、そんなに、そうした問題が多いんでしょうか」

《はい。師事している方から聞く限りでは、昔は何処かに修行へ行く余裕が有ったそうなんですけど、昨今は飛び回ってばかりだそうです》
「成程」

《はい、人が増えたから、だそうです》
「あー、成程、それだけ怨嗟も増えますもんね」

《はい》

「その、師事してらっしゃる方にご連絡は」

《多分、出て回っているかと》
「あぁ、ではコチラで解決するか連絡が付くか、犯人が捕まるか」

《ですね》



 彼に話した事は本当の事だ。

「あの、良ければ最初の頃をお伺いしても?」

 今は良い案が浮かばないんだ、信用を得るにも話すか。

《あぁ、良いですよ》

 子供の頃、林間学校で怪談を聞いてしまい、怖い怖いと厠へ1人で向かった。
 そして帰りに違和感が、目端に何か違和感が有る。

 けれど、もし目を向け見てしまったら、見えてしまうかも知れない。

 その恐怖心も加わり、急ぎ足で部屋へと戻った。
 けれども中々辿り着かない、まだかまだかと急いで進んでいる時だった。

 今まで自分と同じ速度で動いていた目端の何かが、僅かに自分よりも早く動いた。

 焦りの勝っていた俺は、目で追ってしまった。
 見てしまった。

 怪談で聞いた通りの、真っ黒で、口と眼だけが有る生き物。
 その生き物は瞼が1つ、その上には縦に並んだ口が2つ在り。

 口を開くと目玉がギョロギョロと動き、瞼を開ければ歯の無い真っ赤な口がヌラヌラと。

 恐ろしいさのあまり、俺は声も出なかった。
 そして目を瞑り走り出し、そのまま廊下の突き当りに有る鏡にぶつかり。

 目覚めた時は病院だった。

「病院」
《そこからも怖かったんですけど、なので、今日はココまでで良いですかね》

「あ、すみません、怖いですよね」

 今は殆ど怖くないんだが。

《すみません、手を、良いですか》
「はい、どうぞ」

 コレが女だったらなぁ。

 コレで女だろ。
 悪くないかも知れないな。

 そこそこ快活で、年の割に若く見えそうで、どちらかと言えば可愛らしい子で。
 優しさもそこそこ、配慮は中々、しかも霊能力への理解も有る。

 はぁ、こんな女が居ればな。

《はぁ》



 とても貴重な体験談の続きは、後日にした方が良さそうだな、と。

「すみません、嫌な事を思い出させて」

《あの、1つ、思い付いた事が》
「はい、なんでしょうか」

《もしアレが1人のモノなら、多分、亡くなってますよね》
「ですね、川に流れ込む程でしたから」

《となると、もしかしたら見えるかも知れないんですよ》
「あ!成程」

《ただ、こう、怖いので》
「付き添います」

《夜の方が、やっぱり良く見えるんですけど》
「あ、1度帰りますか?」

《そうですね、身を清めたいですし》
「なら銭湯とかどうです?1人のお風呂って怖いですし、もう空いてる場所も有りますし」

《あぁ、お詳しいんですね》
「はい、と言ってもE橋通り沿いが殆どですけどね。銭湯ココの裏手なんですよ、松の湯って所なんですけど、どうしますか?」

《じゃあ、お願いします》



 それからはまぁ、至れり尽くせりだった。
 銭湯に殆ど人居らず、林檎君の林間学校の思い出話から、出版社に入った経緯まで語り続け。

 で、湯上りには瓶牛乳とラムネソーダ味のアイスクリンを差し出して来て、どっちが良いかと。

 コレは寧ろ女じゃマズい。
 コイツは男をダメにする女になる、絶対に、だ。

「はぁー、こうしてると懐かしいなぁ、良く温泉に行ってたんですよ。軽トラの荷台に皆で乗って、一応はシートを被って行くんですよ、で其々に入って待合室でダラダラ過ごす」

《それ、捕まりませんか》
「向こうも地元の人間ですし、万が一にも見つかったら、雑談して。でまぁ、安全運転でって言われて終わりですね、注意するにしても送って行けるワケでも無いんで。偶に地元民じゃない人が赴任して来た時なんかは、寧ろ乗り心地はどうなんだって、なので敷地内を1週して終わり。ですね」

《あぁ、子供が多いだとか、祖父母も居れば何往復にもなりますしね》
「ですねぇ、しかも車は高いし、それだけ乗れる車となるととんでもない事になりますし。でも一応は危ないんで、月に2回とか、それこそお隣さんとかと一緒に子供だけ連れてくとかで。今思うと、凄く良い思い出だったなって」

《大人になってからは、そこまでして行かないでしょうしね》
「かな、と、それに休みが合わないんで」

《あぁ、休みが固定じゃないんでしたっけ》
「はい、ただ分担はしてますよ、女性作家には女性の担当。気難しい男性作家さんは他の方、鈴木さんなんですけど気が付いたら結婚してたんですよねぇ、不思議」

 雑誌に関わっているだけで、こんなにスラスラと身の上話が出来るものなのか。
 と言うか、人懐っこいにも程が有るだろう、大丈夫かコイツ。

《こんな都会で、そう身の上話をして大丈夫なんですかね》
「あ、ご心配無く、詐欺に遭う間も無いので」

《すみません、お忙しいのに》
「いえいえ、コレも縁ですし、暫く仕事は鈴木さんにお任せしていますから」

《その鈴木さんが大変なのでは》
「遠出になる原稿はもう受け取っているので、近場の先生方の原稿の確認と受け取りだけで、ゲラ刷りの確認はまだ先ですから」

《結構、仕事の量が多そうですね》
「そうですねぇ、あ、近くに良い喫茶が有るんですよ。次はそこに行きませんか?」

《あ、はい》

 接待上手にしても、この若さで。
 いや、だからこそ、かなりの数の作家を抱えさせて貰っているんだろう。

 気になるな、月刊怪奇実話。
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