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第2章 医師と絵師。

6 絵師と従姉妹。

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『何で黙ってた』

《あぁ、聞かれなかったので》
『言えよ』

《何故》

『自分から勝手に期限を決めて』
《あぁ、勝手に期限を決められたのが嫌でしたか、失礼致しました》

 袖にする事は有っても、こんなに袖にされる事は無かった。
 だから俺は黙って捻じ伏せ、強硬手段を取った。

 けれど、何にも本音を言わなかった。

 それが堪らなく悔しくて。
 中折れした。

『何でなんも言わないんだよ』

《私だって良い年なんですし、分かりますよ、どうせ遊びでしょう》
『いつだって俺は本気だった』

《なら相応の扱いをすれば良かったんじゃないですか。誕生日を知ってます?食べ物は何が嫌いで何が好きか、私の良く行く好きな場所を知ってます?何も知らなくてもヤれるから聞かない、言わない、で飽きるだなんて大概にして下さいよ》

『そんなの知ろうが知るまいが』
《なら、何故言わないかも分かるでしょう、アナタと同じ考えだからですよ》

 知れば知っているだろう、と圧を掛けられ、知らなければ知れと強要され。

 知ったら知ったで、今度は何で分からないんだとゴネられる。
 そして知ろうが知るまいが、裏切られる。

『なら、聞いたら言ったのかよ』
《聞く意味によりますね。でも知れば責任が生まれる、知った責任を取らなければいけなくなる、だから何も聞かなかったんじゃないんですか》

 その通りだ。
 その通りだった。

『何で惚れてくれないんだよ』

《惚れてますよ、だからこうして抵抗せずいるんじゃないですか》
『嘘だ』

《はぁ、そうやって他の女と比べられても困ります、比べて遊びたいなら他の女でやって下さい》

『アンタが良い』

《一応年増なんで結婚もそれなりには考えているんです、もう少し年の》
『アンタが良い』

《分かってますか、結婚とは何か》
『ずっと一緒に居る事だろ』

《餓鬼ですね》
『アンタよりはな』

《まぁ、良いですよ、どうせ大した貰い手も居ないでしょうし》
『俺は本気だ』

《はいはい、じゃあ役所に行って紙でも貰って来て下さい》
『分かった、但し財布も鍵も預かるからな』

《お好きにどうぞ》



 それから1日連れ回され、籍を入れる事に。
 会長は私が良いのなら、と保証人の欄に名前を書き、もう1つの欄には会長の奥様が。

 そして彼の家の近くの役所に出し、今は彼の家へ。

『ココに住めよ』

《不便》

『まぁ、確かに少し』
《以前に勤めてた病院から、形態を変えるから戻って来てくれないか、と打診されてるんですよ》

『は』

《ただ、都会に居る旨味も無いから断ったんですけど、居るならお受けしようかと》

『あぁ』
《なので、通いで良いですかね》

『何で』
《交通の便が不便なので》

『車屋に送り迎えさせる』
《お金は誰が出すんですか、かなり掛かりますよ》

『なら俺がソッチに行く』
《女漁りの、まぁ、良いですよ》

『そんな事はしない』
《まぁ、結婚してからの浮気は犯罪ですからね》

『惚れてるからしない』
《はいはい、家を探さないといけませんけど。まぁ、交通費よりはマシでしょう》

『あぁ、病院の近くは高いのか』
《妥当な場所で、妥当な金額を探しておきますよ、アナタは描いてて下さい》

『逃げるなよ』
《今更逃げませんよ、今は》

『俺は捨てない』
《飽きないとは言えないでしょう、でも浮気したら女にしてやりますからね、では》

 まぁ、私は形成外科医では無いので、出来ませんけど。



「色んな意味でおめでとうございます」
《ありがとう林檎君、ごめんなさいね、1日で決まった事なの》

「結婚は、ですよね」

《まぁ、そうね》
「ふふふ、お仕事も復帰なさるそうで」

《そうなの、だからこうした席に出られるのは今だけだからって、連れ出されたのよね》
「お綺麗ですよ」

《ありがとう》

 今日は絵師先生の個展の千秋楽、最終日。
 なので先生は本来なら出るんですが、絵師先生は面倒だからと出てもほんの2時間も居ない事が有り、最初から居る事は初めての個展以来。

 しかも、誰かと連れ立っては初めてでして。

 最初は楽しそうに見せびらかしていたのに、今は奥様を僕に預け、再び招待客の中へ。
 嫉妬ですかね、褒められると無表情になり、ぎゅっと腰を抱き寄せてらっしゃって。

「奥様は嫉妬なさらないんですか?」

《ふふふ、敢えて表に出さないだけよ》
「成程」

 流石、作家先生の奥様たるもの、もう既に扱いを心得てらっしゃるんですね。

《大丈夫よ、会長も居るのだし、お仕事に行って》

「すみません、会長に言ってから行きますね」
《はい、行ってらっしゃい》

 会長が居るのは勿論、警備も居るのでお任せし。
 僕は原稿を取りに向かいました。

 それにしても、お料理美味しかったなぁ。



「彼はまだ25、なのに33の」
《アナタ、誰?》

「私は、彼の女よ」

 彼の下絵でも見た事が無い様な、可愛らしいお嬢さん。

《そう、どうも、正妻です》
「い、医者なら医者と結婚なさいよ、どうして彼と結婚したのよ」

《彼がどうしても、と》
「嘘よ、どうせアンタが言い寄ったんでしょう」

《残念ですけど逆ですよ、家まで来て縋り請うたのは》
「アナタが、アナタが何か脅したんでしょう!」

 あぁ、面倒だわ。

『どうした』
《あぁ、アナタの女に騒がれて困ってるの》

『誰だお前』

 あら、本当に知らない方なのね。

「わ、私は」
《お知り合いじゃないの?》
『見覚えが全く無い』

「酷い!お嫁さんにしてくれるって言ったじゃない!」

《あら》
『知らん、全く覚えが無い』

「お、大きくなったら、結婚してやるって」

 彼はまじまじと彼女の顔を見つめ。

『あ、従姉妹の』
「そうよ!酷い!ずっと待ってたのに!!」

 はぁ、面倒だわ。

《私、休むから好きにしてて》
『あ、あぁ』



 1回位は、と。
 自慢するついでに来たら結局俺は酷く嫉妬してしまうし、こうした面倒事が起こる。

 外に出ても良い事なんか1つも無いな。

「どうして」
『はぁ、確かに言った気がするが。いつ、何処でそんな約束をしたのか全く覚えて無い、そもそも何十年前の子供の口約束だよ』

「それは、私達の家で」
『じゃあ証人は』

「居ないけれど、でも」
『なら無効だろ、と言うか今まで何の音沙汰も無しで、そんな事が通るとでも本当に思ってんのか?』

「約束し」
『幾ら覚えてても連絡が無かったらコッチだって約束を破棄するわ、それにだ、そんな約束が有るからって黙って何もしないでいきなり出て来て結婚って。俺が金持ってるからとしか思えない、都合が良過ぎるだろ、嫌だね、俺は絶対にそんな女とは約束が有ろうが無いかろうが結婚しない』

「ぅう」
『あぁ、思い出した。そうやって泣いて何でも思い通りにしようって魂胆が見え見えで、黙らせる為に、仕方無く言ったんだったわ。俺さ、大嫌いなんだ、そうやって涙を暴力的に使う女。まだ悔し涙の方が色気が有る、だからガキは嫌いなんだ、乳臭過ぎて反吐が出る』

「酷ぃ」
『なら帰れよ、ココは俺の場所だ』

 あぁ、時間の無駄だった。
 嫉妬すんのが嫌で手元から離したが、やっぱり手元に置いておくのが1番だな。

《アナタ、面倒だと良く喋るのね》
『おう』

《ふふふ》

『年なら気にするな、俺と大して変わらなく見えるんだ』
《でも産むには若い方が良いわよ》

『だからってアレは無いだろ』
《まぁ、ちょっと、幼稚が過ぎるわね》

『はぁ、家なんて出るもんじゃないな、その服のまま家でヤってれば良かった』
《あら、私は美味しい物を食べれたから楽しかったわよ》

『どれが美味かった』
《食べてみるなら教えるわ》

『食べる食べる、腹減った』
《じゃあ、行きましょうか》



 僕が去ってから、大立ち回りが有ったそうで。
 当然、新聞部も来ていたので、一面に載る事に。

「もー、どうして僕が出て行ってから騒動が起こるんですかぁ」

《ふふふ、残念だったわね、本当に直ぐだったもの》
「あーぁ、1度離れたフリします、以降は」

《そうね、ふふ》

『俺の女とあんまり仲良くしてくれるなよ』
「あ、先生出来ました?」

『まだだが』
「はいはい、お触りも何もしてないんですからさっさと仕上げて下さい」
《頑張ってね、先生》

『おう』

 新聞の一面には、幽霊画家は愛妻家、との表題が掲げられ。
 奥様の顔を不機嫌に隠す先生と、その先生の手の奥でニッコリと微笑む奥様が。

 それがまた、非常に妖艶に写っており、新聞は完売となりました。

 まぁ、そのお陰で忙しくなり、先生はプンスコとご立腹なのですが。
 直ぐにご機嫌は治ります、奥様さえ目端に置けば落ち着く、立派な旦那様になり。

 少しして父親になりました。

 厄女と厄男。
 コレで1本誰かに書いて貰いましょう。
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