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第2章 医師と絵師。

4 絵師と医師。

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《あら急に、どうしたのかしら林檎君》

「実は犯人が捕まりまして、今日にでも先生に事情聴取が有るかと」
《あら、そんな事を教えて良いのかしら》

「はい、お仕事は勿論、女性なりの事情が有るだろうからと、少し余裕を頂きました」

《あまり良い報告では無いのね》
「はい。ですが、こうした事も有り、会長から指示を頂いたんです。次にお時間を頂けるなら、社では無く例の作家先生の家で打ち合わせを、と。ですが先生は中身に興味は無いと仰ってましたので、お選び頂こうかと」

 ごめんなさいね、中身に興味が無いと言ったのは、嘘なの。

《良いわ、私も身の安全が気になるし、もっと見れるのよね件の品を》
「はい、先生次第ですが」

《そう、宜しくお伝え下さい》
「はい、では」

 そうして暫くすると警官が家に訪ねて来て、私は署へ。
 そして顔見知りとなった刑事から、犯人と、呪われた理由を聞かされ。

 本当に、意外な人物、意外な理由で。

《驚きました》
『あぁ、私もだよ』

《しかも、呪いって、本当に》
『いやいや、アナタまで信じてはいけない、それでは犯人の思う壺だ。コレは寧ろ守られた結果だと思ってみてはどうですか、強い守護霊に守られただとか、ご先祖様の行いが良かっただとか』

《信心深いのですね》
『いやぁ、まぁ、職業柄も有りますな。ゲン担ぎもしますし、不運が重なる現場も見てきましたかからね』

《あぁ》

『コチラから、病院へ事情を説明しましょうか』
《そうですね、何処から漏れて病院に迷惑を掛けるか分かりませんので、指示に従います》

『では、暫くお待ち下さい』

 そして私は3日間の有給休暇扱い、以降は状況次第だそうで。

《お世話になりました》
『いえいえ、では』

 そうして家まで送って頂き。
 新聞を開くと、私の事件は無し。

 初めて、雑誌社や警察を信じられたかも知れない。
 私の為に、しっかりと情報を守ってくれた。

 ただ、人の口に戸は立てられない、いつか何処からか漏れてしまうだろう。

 けれども、少なくとも刑事さんや林檎君では無い。
 彼らは信頼に足り得る者だ。

 確かに、私は何かに守られているのかも知れない。

 医者にも当たり外れが有る様に、警官にも当たり外れが有る。
 けれど今回、私は良い人達に巡り合えた。

 厄年にも、良い事は有るのね。



「今日の新聞も大丈夫そうでしたね」
《そうね、ありがとう》

 今日は女医先生を伴って、絵師の方の家へ。

 ちょっとした郊外に有り、隣近所からも遠いので、とても静か。
 先生を隔離し守るには、丁度良いんですよね。

 強面ながらも女受けが良いお顔なので、色んな意味での隔離なんです。

「松書房の林檎でーす、お邪魔しますねー」
《ふふふ、合鍵だなんて、勝手知ったる仲なのね》

「そうなんですよー、なんせウチで可愛がっている絵師ですから」

 男性の使用人を付けているんですが、基本的には隔日で来て頂いています。
 全く生活能力が無い方なので、ほっとくと粥しか食べませんからね、無頓着なんです。

 暮らすのも食にも。

 だからこそ、なんでしょうか。
 やけに女性にモテる。

 今回、女医先生は敢えて非常に質素な出で立ちで来て頂けて、助かります。
 幾ら大人の女性とは言えど、何か有っては困りますから。

『あ、あぁ、今日か』
「はい、コチラ例の女医先生です」
《お邪魔します》

『あぁ、どうぞ』

 そして、早速ですが勝手にお茶を淹れ。
 企画の打ち合わせを始める事に。

死体愛好ネクロフィリアの女医、ですか》
「男の医者が、となると生々し過ぎますし、しかも未だに男社会ですから」

《ですが、いえ、でしたら男性医師に無理矢理させられているモノにして下さい》
「成程、風刺が利いてますね」
『なら看護師か女医か判らない程度の白衣にしたら良いんじゃないか』

「破かれて、ですね、成程」
『悪い、口を挟んだ』
《いえ、寧ろ先生のお邪魔になっていないか心配なのですが》

『手で書いてるから口は動かせる、そこそこ器用なんだ』
《成程》

「では、幽霊画の件に移りますね」
《はい》
『同じく女医の幽霊画だ、アンタで描かせろ、手は出さない』

「先生、先ずは会長に許可を得てから、次に女医先生の許可次第です」
『おう、本気だと言っといてくれ』

「分かりました、電話で確認してみますけど、断られても拗ねないで下さいね」
『おう』

 そして、会長は女医先生と話したい、と仰ったので代わったのですが。
 会長が何を仰ったのか、女医先生は了承してしまいまして。

「良いんですか?昨今はモデルになると呪われる、との噂も」
《それもお伺いしたわ。でも、厄年だからこそなのか、ある意味で幸運に恵まれているから。それのお裾分けと、運試しにね、何もしないと自堕落しそうなのよ》

「ですけど」
《それこそ、女遊びにいついてもお伺いしたわ、でも私も良い年の女だし。事件の事で知っているでしょう、事情》

「はい、少しは、ですけど」
《心配しないで、使用人の方が来て下ださるそうだし、走って逃げ出す足は有るわ》

「あ、来て下さるんですね」
《ふふふ、年増を心配してくれるなんて、優しいのね》

「見えませんよ、今日は更にも増して厄女には見えません」
《ふふ、ありがとう》

 そうして僕は使用人の方と交代し、次の場所へ。
 もっと余裕が有る時にお付き合いしたかったのですが、女医先生の有給中が良いだろう、と。

 コレで少しは、気晴らしになってくれたら良いんですけどね。



《アナタは、緊縛絵師の小夢さゆめ 怜子先生では》

 私が彼に会いたかったのは、コレを問う為。

『別に隠すつもりは無い、林檎君も知っている事だし』
《こうしてお聞きしたかっただけなんです、そしてお礼を、先生の双方の作品がとても好きなんです。いつも素敵な絵を、ありがとうございます》

 私達医者は、あまりこうして感謝を伝え、礼を言う機会が無い。
 上手く言えただろうか、伝わってくれただろうか。

『手紙でも良いんじゃないか』
《出してはおりますが、読んで頂けているのか、どんな者が先生の作品を気に入っているのかまではお分かりにはならないかと。私も偽名で出させて頂いておりますから》

『君は、どう思うんだろうか』
《羨ましい、ですね、縛られるのが羨ましい。信頼出来る相手が居る、それがとても羨ましいですね》

『古傷でも有るのか』

《まぁ、良い年ですから》
『良ければ案にする』

《では》

 私には、少し嫉妬深い婚約者が居りました。
 それは私にとっては可愛く思え、些末な事だと思っておりました。

 ですが、仕事の帰りに私が男性看護師と話している所を見掛け。
 その日は不機嫌にも黙ったまま、そう私を家まで送り届けてくれて、そのまま部屋へ。

 少しの嫉妬は、私には愛しい情愛表現の1つだったのですが。

 《他の男にも、こんな風になるのか》

 そう言われ、私の気持ちは一気に冷めた。

 彼が嫉妬から少し乱暴にした事も、コチラの懇願を敢えて無視する事さえも愛しかった。
 けれど、この一言で、私は冷めてしまった。

 舌打ちをし、突き飛ばし、それでも抵抗するので股間を蹴り飛ばし部屋から追い出した。

 どんなに謝られても、もう許せませんでした。
 思ってもいない言葉は口からは出ない、それは流石に言い過ぎかも知れませんが、聞いた事も無い文言は出ない。

 彼が酷く下賤の人間の様に思えて、もう、ダメでした。

『それで、別れる事は』

《直ぐには》

 嫉妬から出た言葉。
 少し意地悪な事を言っただけ。

 愛しているなら、少し位の事は許せ。

 呼び出された友人知人から窘められる中、元婚約者の母親から言われた言葉が、最も不愉快で不快だった。
 だから私はこう言った。

 アナタ達にとっては、些末な事なのね。

 そう言うと彼女達は黙りつつも、動揺した。
 だから私は続けて言葉を紡いだ。

 そんな言葉を吐き続ける事を許し続け、一生、阿りつつ機嫌を伺い続けたいならお好きにどうぞ。
 私はそんな相手と一生添い遂げるなんて不愉快で堪らない、どうか私の事は忘れて下さい、ではさようなら。



『そうして友人を失ったのか』
《元から居なかったんですよ、それらを友人とするには、残ってくれた本当の友人に失礼ですから》

『それでも、傷付いただろう』

《少しは》

 縛り付け、解放してやりたいと思った。
 心の底から沸き立つ様な情欲、情愛。

 孤高で高嶺の花を選定してやりたい。

『少し縛らせてくれ』

《へ》
『服の上からだ、触らない、その絵をアンタにやる』

《あ、え、はい》

 立場、役目、責任。
 それらに縛られた人間は、更に縛られたがる。

 敢えて不自由になる為、仕方無いのだと思い込む為に。

『痛みを与える事は無い、気を張る必要は無い、力を抜け』
《はい》

 自由は面倒だ、選ぶには胆力が居る。
 何度も何度も選び続ければ疲弊する。

 選択肢が2つだけなら良い。
 その選択肢が幾つも有る中、複数を選べるとなれば、更に悩む事になる。

 それら全てを考えるまでも無く、1つに絞らせる。

 縛り、拘束し、不自由を与える。
 ソレだけしか選べない様にしてやる。

『どうしようもないだろう』
《はい》
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