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9 告白。

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『どうした、ヴィクトリア嬢』

 まさか、茶をしただけで、いきなり泣かれるとは。

「すみませんパトリック様、私は、とても狭量なんです。なのに殿下は、それが、とても、心苦しいのです」

 コチラの事実を明かさなかった弊害が、とうとう出たか。

『安心しろ、俺も悪夢を見た事が有る』

「そんな、パトリック様」
『本当だ、だからこそ関わらない道を選んだんだ。諦めたんだ、俺は』

「その、では、後の事は」

『国は、滅んだ』
「あぁ、やっぱり」

『近隣諸国は見逃さない筈だ、それこそ幾ら間者を排しても、全く情報を閉ざす事は不可能。しかもあんな大事、伏せられるワケが無い』

「大変、申し訳」
『いや、それは俺もだ。ただ謝り合うより、以降の対策だ、良いな?』

「はい、ありがとうございます、パトリック様」

 礼を言われる筋合いは、全く無い。
 俺は皇妃を何度も死なせた、敢えて害されるのを見逃した事も有る、話し掛けられても敢えて無視した事も。

 今となっては、殆ど同じ反応だった事に感謝すべきだったな。
 半ば人形だと思い込み、何度も繰り返した、繰り返せたんだから。

 だが、もう、本当に次は望んでいない。
 彼女は生きて、人なのだと完全に認識してしまったんだ。

 もう繰り返させたくは無い。
 起きるべきじゃない、何度も繰り返す理不尽で不条理な人生は、そもそも存在すべきじゃない。

『それと、他にも仲間が居るんだ』
「そうなんですね」

『もう良いだろう、クララ』

「クララ?」

《お嬢様、申し訳、御座いませんでした》
「クララ、私こそごめんなさい、不甲斐無い令嬢で」

《いえ、もう私が以前に言った事は全てお忘れ下さい、皇妃だけが令嬢の幸せでは無いのです。どうか、生きて幸せになって下さい》
「それはクララもよ、ねぇ、クララは結婚はしたの?」
『したからこそだろう、したからこそ後悔しているんだ、そんな事になるとは思わなかったんだろう』

《ですが、今なら分かります、気配は有ったのだと》
『それは結婚を経てこその結果論だ、お前は以前も、不幸にするつもりで励まし隠していたワケでは無いだろう』

《勿論です、ですが》
「良いの、分かってるわクララ。それよりお相手よ、どう?良い方だった」

《はい、私には、本当に勿体無い方で》
「そう、良かったわ、先達が居てくれるなんて心強いもの。私は仕事ばかりで、だから夫婦について」
『それは傷に塩を塗ると思うが』

「あ、ごめんなさい、違うの」
《いえ、夫婦のあるべき姿は、ご両親です。例え最高位であろうとも、愛の無い結婚を諸外国は許してはおりません》
『だからこそアレが焦った部分も有るんだろうな、お前には勿体無い、どうせ愛が無いのだろうと揶揄られ取られそうになっていたからな』

「どなたに?」
『南方のレウス王子だ』

「あぁ、誂いがお上手な方ですが」
『アナタの窮状を知っていて、アレに本気だと、そう示していたんだ』

「彼は側室をもう持たないと仰っていましたし、正妻様のご相談しか。あぁ、そうなんですね、その合間に煽って下さったんですね」
『どうやら、らしいな。俺も詳しくは知れなかったんだ、下手に関わればアナタに被害が及ぶと思ってな』

「どうやら嫉妬深いそうですからね、彼がお伺いしたそうで、ご迷惑をお掛けしました」
『いや、アレは事故だろう、気にするな』

 ヴィクトリアには、食中毒が起きたとだけ伝えて有る。
 現皇妃はヴィクトリアを好いていた、いつでも、だからこそアレが余計に気に入らない部分も有ったんだろう。

 それに、アレの愚行を知る前に俺に殺されたんだ、恨む気持ちも分かるが。
 そもそも、親の育て方が悪いから歪んだ面も有るんだ、八つ当たりは大概にして欲しい。

「ふふふ、コレなら私は生き残れそうですね」
『おう、任せて下さい、ヴィクトリア皇妃』

「ダメですよ、不敬が過ぎます。もう、冗談でも止めて下さい」
『で、アナタはどうしたいですか』

「少し、思い出して頂きたいんです。何故、どうして私は愛されなかったのか知りたいんです」
『簡単な事なので予測は付いているんですが、アナタだからこそ納得は難しいかも知れません』

「教えて下さいませんでしょうか」
『憶測だと言う前提で、聞いて下さい』

「はい」

 彼女に納得を促す必要は、俺には無い。
 同じ道を歩ませる位なら、例え俺が誤解されても構わない。

 例え今世で早世しようとも、俺に悔いは残らないだろう。



『すまないヴィクトリア、どうしても答えが出せなかった。パトリックかセバスをと考えていたんだが、すまない』
「あ、いえ。ですが、もっと、他に信頼出来る方を探すべきかと」

『あぁ、僕もそう思う』

 皇帝とは、幼い頃から非常に大変なのだと、私も理解しているつもりです。
 けれど、私にお支えする甲斐性は無いのです殿下。

 いつか死んでしまうなら、私は愛を知り、幸せを味わいたい。

 そもそも絶対に私でなければいけないワケが無いですし、現に私はアレクサンドリア殿下以外でも良いと思っているのですから。
 私でなければならない理由など、実はとても些末な事の筈なんです。

 聡明であるなら、賢明な判断が出来るのなら、ご理解頂きたい。

 少しでも私を愛している、フリでも良かったのに、彼はしなかった。
 彼に愛する事は出来無いのだと思っていたんです、来訪者様により愛を知ったのだとすら思っていた。

 けれど、彼は。

「すみません、皇妃にはなれませんがお力になりたいと思い、出しゃばりました」
『いや、ありがとうヴィクトリア』

 彼は優しく柔らかく微笑んでいる。
 来訪者様はいらっしゃらないのに、私に情愛を示し、表現している。

 彼は、出来なかったワケでは無い。
 しなかっただけ。

 彼が愛を囁けば囁く程、私を愛すれば愛する程。
 私は堪らなく悲しくなってしまう。

 何故、どうして前世の私は愛されなかったのだろう、と。

 いえ、本当は分かっているんです。
 私が苦も無く王妃教育を受けている、彼の愛を必要としていない、自分が皇帝だから傍に居てくれているに過ぎない。

 そう彼が思い込んでいたのだろう、とパトリック様が、そしてセバスも仰った。
 セバスも覚えているだなんて驚きでしたが、殿下が変わった事を思えば納得も出来ます。

 彼が、殿下が変わるには様々な要因が必要となる。

 そして、簡単に戻ってしまうかも知れない事も、来訪者様の事も考えなければならない。
 彼女は必ず現れるだろう、と。

「どうか早まらないで下さい、私はまだ候補の身、本当に相応しい方が現れるかも知れません。どうか、お気持ちを乱さず、お願い致します」

『すまない、ヴィクトリア』
「いえ、お茶は如何ですか?今日はミントが良く採れたので、ハーブティーになっているんですよ」

『あぁ、頂くよ』

 無傷で振り切れないのなら、最悪は私が泥を被るしか無い。
 毒を盛る女など、流石に愛すべきでは無いと理解して下さるだろう。

「どうぞ」



 どう足掻いても、パトリック様は王宮に関わらずにはいられない。
 けれど、今回こそ、解放されて頂きたい。

《どうして、私が指示した、と》
『皇妃様に分かる様に理由を説明したいんですが、そもそも、ご理解頂けるかどうか』
『私から説明しよう』

《皇帝》
『愛しい妻よ、我々は子育てに失敗したんだ』

 皇帝までも、前世を。

《アナタ、そんな、あの子は少し不器用なだけで》
『だからこそ気を付けてはいた、婚約者選定も、だが優秀過ぎたんだヴィクトリアは、優し過ぎたんだ』

《ヴィクトリアは良い子よ、だからこそ》
「失礼致します皇妃、私からも説明させて頂けますでしょうか」

《セバスまで、そうなのね》
「皇帝、何番目の前世か知る為、ご説明をお願いしても宜しいでしょうか」
『あぁ、そうか、何度も繰り返しているのだな』
『俺が、ですね。幸いにも他の者は1度だけ、そして皇太子に至っては0、どうやらアレにだけ前世の記憶が無いんですよ』

『そして、来訪者は必ず訪れる、か』
『はい、流石は皇帝、ご賢明であらせられる』

『心にも無い事を言うな、どうせ呆れているのだろう、何度も何度も失敗した愚か者だと』
『他国の間者もおりますし、一部は仕方が無い事だとは思いますが、天才が凡庸な者の扱いが上手いとは限らない。しかも実子となれば尚の事、期待が上乗せられても仕方が無いかとは思いますが、コレも何度も経験した上で改めて言わせて頂きます。俺はアナタ方を見下げている、酷く』

『国が滅ばなかった時は』
『0です、何度も試行錯誤しました、それこそアナタを殺したりもしました。けれど、何もしなければ何度でも皇太子はヴィクトリアを処刑し、セバスは何度も腹を引き裂き取り出した。良かったですね皇妃、あの光景は悲惨過ぎた、壮絶と表現しても足りませんよ』

《アナタ、一体》

『あの子は酔い、記憶が無い時に閨を共にし妊娠させた、だが不貞だと騒ぎ処刑した。私達は来訪者により妨害を受け、知らせが届いた時にはもう、あの子は狂っていた』



 愛していた、嫉妬して欲しかっただけだ。
 違う、何かの間違いだ、僕が皇妃を殺す筈が無い。

 一通り騒ぐと、今度は何も無い場所を見て絶叫する。
 その繰り返し。

 どうして、もっと素直に、正直にならなかったんだと。
 南方のレウス王子の問いに、息子は不意に正気に戻り、答えた。

『愛を請えば、欲張りだと呆れられてしまうかも知れない、見捨てられてしまうかも知れない。こんなにも不出来な自分を責めず、何も言わないのは彼女だけ、だからこそ愛を示して欲しかった。家族として心配するのでは無く、恋する乙女の様に声を荒げて欲しかった、自分と同じだけ愛して欲しかった。そう呟き、レウス王子に処刑されました』

《そんな》

『私は、育て方を完全に間違えたのだと悟った。期待を掛け過ぎていた、そして少しでも落胆などすべきでは無かった、ただ健やかに育っている事にだけ感謝すべきだった。あの子は賢くなくとも、感覚は私達と同等、察していたんだ私達の落胆を』

《私は、落胆なんて》
『自分の愚かさが強く出てしまったのかも知れない、そう言っていたんだ、言わずとも子には伝わってしまう。現に違うだろう、今のアレクサンドリアは素直だ。そして、君達の影響も有るのだろう』
『俺が関わったのは最近ですよ』
「私もです、思い出したのはヴィクトリア様とほぼ同時期ですから」

『まぁ、思い出す時期も、どの時の前世かもバラバラだが。主要な人間で思い出していないのは』
『ウチの息子だけ、か』
「だからこそ手を引いて頂いた方が、宜しいかと、お互いを傷付け合う事になるかも知れません」

《けれど、あの子が思い出さないまま、それこそ今度こそ》
『皇妃、そう望んでいるのはアナタと王太子だけなんですよ』

《アナタ》

『お前は、同じ事をされても許せるかも知れない、だがそれは私がお前を愛していると分かっているからこそ。その愛に疑問が生じたなら、どうだ』

《けれど、ヴィクトリアは分かって》
『以前のアレクサンドリアが自らの行いと考えを言わない限り、納得はしないだろう、あの子は処刑を経て中身は大人と同等。だが、嬉しそうに刺繍をし、料理をし、走り回っているそうじゃないか。あの子にも私達は期待し過ぎた、あの子の幸せを奪い殺したのは、私達でも有るんだよ』

 苦を苦と思わぬ才能、それと優しさを持っていた。
 だからこそ、いつか、と私達も期待していた。

 いつか、素直になれるだろう。
 いつか思いが通じ合う筈だ、私達のように、と。

《娘も、欲しかったの、あの子の子を、抱きたかったの》
「皇妃、それは殿下のお子でなくても叶う事、どうかヴィクトリア様の幸せもお考えになって下さい」

 今回も妻は、産めぬ体になってしまった。
 けれども、どうしても私は側室を迎えられなかった、出来なかった。

『すまないが、下がってくれないか』
『はい、では』
「失礼致します」

《ごめんなさい、アナタ》
『良いんだ、私こそすまない』

 私は、子より妻を優先させた。
 凡庸な息子だと分かっていながらも、一身に国を背負わねばならない状況にしたのは、私だ。
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