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愛妻家の上司にキスしてみたら
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あれから、なんの進展も後退もせず、あいかわらず係長とのキスをする関係は続いている。
これからどうしようかとか、その話については触れていない。
キスをする時も無言だ。
2人とも何か言おうとしているけど、何をどう口に出したらいいかも分からない、そんな雰囲気はある。
そんな中、青山くんの担当した案件が決まり、そのお祝いで、久しぶりにみんなで食事をしに行くことになった。さすがに係長も参加してる。
結構大きな契約がまとまったこともあり、案の定みんな上機嫌で、思い切り酔っぱらう。
明日も休みだけど、みんなハメを外しすぎないでね。
私はあんまりお酒に強くなくて、気分が悪くなることはあっても、記憶を無くすくらい酔えることがない。ジュースみたいなカクテルを数杯、飲んだだけだ。
九九を後ろから言えるくらい正気を保っているが、それでもアルコールで、体は熱く、ほわほわした感じだ。
藤沢係長は酔うととてもかわいい。
饒舌になり、ずっと笑ってる。
年上の人なのに、こんなにかわいいなんて卑怯すぎる。母性反応をくすぐられる。
わたしとキスをするときの、男の色気を纏った係長を思い出すと、そのギャップに萌える。
わたし、我慢できるだろうか…
二次会がお開きになり、次の店へ向かう流れ。
千鳥足でずっとニコニコと笑っている藤沢係長は、さすがに家に帰さなければ不安だ。
立ち止まって何かと思えば、道沿いのレンガばりのお店の外壁をペタペタ撫で始めた…
これは明日絶対覚えてない…
キスがどうこうとか色気めいたものより、心配が先に来るレベルだ。
「みなさん!さすがにこの係長まずいんで、わたし、途中まで同じ方向なんで、連れて帰りますね。」
「おれ、おくってくよー!おんなのこ1人じゃむりれしょー?」
「青山くんは今日の主役でしょー!ほどほどにしなよねー。じゃ、お疲れ様でしたー!!」
呂律の回ってない青山くんを他の人に任し、
手を挙げてタクシーを停め、係長と一緒に乗り込む。
「運転手さん、とりあえず、市役所方面へ向かってもらっていいですか?」
走り出したタクシーの中で、無言で俯く係長。
気分が悪いんだろうか。
「係長、大丈夫ですか?お家帰りますよー。」
ミネラルウォーターを差し出しながら。背中をさすりそう問いかける。
と、そっと膝に乗る係長の手。
ふと見た表情は、さっきまでと全然違い、会社で見る係長の顔だ。
「かかりちょ…」
「次の交差点を右で、市役所の先のコンビニ前で停めてください。」
そう、しっかりとした口調で運転手さんに告げた。
何か買いたい物でもあったのかなと、そう思ったけど、タクシーも精算をして帰してしまった。
「いい歳なのでお酒に飲まれるほどの飲酒はしないです。水川さんと一緒に歩きたかったんです。話、できるかと思って。上手に酔った振り、できてました?」
そういって係長は、優しく笑った。
「…係長、わたし、心配してたんですからね。」
コンビニでホットコーヒーを2つ買って、飲みながら2人、歩く。
近くの公園に入り、なんとなく、2つ並んだブランコに座る。
キーコ、キーコ…
音を鳴らしながら、ゆっくり、揺れる。
「どうしようかとずっとずっと考えてました。」
「はい。わたしも、最近係長のこと、ずっと考えてました…」
深夜の静かな公園に、2人の声が響く。
お酒のせいか、火照った身体にブランコの冷たいチェーンが気持ちいい。
「そうだね、水川さん最近ぼーっとしてるし、僕のせいで仕事に影響与えるのも本望じゃないからね。水川さんいないと、僕、仕事できないですから。」
「そんなこと…。ごめんなさい。わたし、そんなダメな状況だったんですね。自分であまり、気づかなくて…」
確かに最近業務時間内に予定してた仕事が終わらないことが多々あった。仕事に影響を出してしまうほど考えてる時間が多かったのは、本当に情けない…
「青山くんは、彼氏とうまくいってないんじゃないかって、心配してました…ごめんね。水川さんにも彼氏いるよね。俺、水川さんのこと全然考えれてなくて、自分のしたいようにキスしてしまって…本当にごめんなさい。」
「あ、いや、そう、ですね。いたことはいたんですけど、先月に別れたんです。」
「…そうだったんですね。僕の、せいですか?」
揺れてるブランコを止めて、係長がこちらを見る。
わたしは、なんとなく係長と目を合わせるのが怖くて、ブランコを漕ぐ。
「まぁ、どうなんでしょうね。自分でも気づかなかったんですけど、
最近、自分といても楽しそうじゃないねって。いつも考え事してるって。他の男の事、考えてるんじゃないかって。
違うけど、でも、その通りだなって…。お別れしちゃいました。」
一年半、お付き合いをした彼氏。
20代も後半になると、結婚を意識しないこともなかった。大好きだった彼氏だ。
でも、いざ、お別れとなって、部屋にあった荷物が少なくなり、キーホルダーからなくなった合鍵、反対に戻ってきた鍵、そう言ったものを見ても、特に虚無感なんてなかったんだから不思議なものだ。
あれだけ拒否をしていたそっち側・・・・に、行ってしまったということなんだろうか。
「僕ね、恥ずかしい話、妻としか付き合ったことがないので、キスも、それ以上も、全部妻しか知らなかったんですよ。」
「…はい。」
きっとそうだろうなと思っていたから、全然驚かなかったけど、やっばりそうなんだ。
でも、恥ずかしい話なんかじゃなくて、藤沢係長にとってはそれが何よりの自慢だったんじゃないかと思う。
今までは。
「水川さんとの事は、
最初は戸惑いもあったけど、気持ちよくて、この間みたいなキスを知ってしまって、本当に自分がよく分からないんだよ。
最初は…例えば動物を愛おしむような気持ちでキスをしてて、罪悪感なんてもの全然なかったんだけど、次第に水川さんのキスが欲しくなって。ダメだって、わかってるけど、この間も、せっかく勇気出して言ってくれたのに、俺が強引にまた、キスというか、求めてしまって。あれから俺もよくよく考えて、ごめん、本当によくよく考えた結果なんだけど…
俺、君を抱きたいんだ。」
ストレートすぎる告白。
キーキーと音を立てていたブランコがピタッと止まり、辺りは沈黙に包まれる。
抱きしめたい意ではなく、それがどういうことなのかは分かるけど、理解が追いつかないわたしの心が、ドクドクと激しく鼓動を鳴らす。
恐る恐る隣を見ると、藤沢係長の真剣な目が、わたしを捉える。
「かかりちょ…」
「ごめん、俺、女性との付き合いというか距離感が、どうも分からなくて、色々考えて、最後に自分の素直な気持ちを考えたら、それだったんだ。
水川さんが欲しいって。
妻子ある身で、自分がこんなこと思うなんて信じられないし、ダメなことなのもわかってる。でも、どうしようもなくて…。
君の尊敬してくれてる俺じゃないかもしれない。本当にカッコ悪いんだけど。
嫌だったら引っ叩いてもらっても構わない。
水川さんが嫌じゃなかったら、もし、嫌じゃなかったら、お願いできないでしょうか。」
係長がブランコから立ち上がり、わたしの横で頭を下げる。
係長の影が、わたしを包む。
「そんなこと!頭上げてください!
…お願いなんて、そんなこと言わないでください。
嬉しいって、思っちゃってるんですから…
わたしも、今、それを望んでいいんでしょうか。
わたしも、キスだけじゃなくて、もっと…係長と、したかったです…」
俯きながら、隣に立った係長のジャケットの裾を握る。
係長はそのまましゃがみ込み、わたしと目線を合わせる。
そして、少し冷たくなった手で、私の頬に触れる。
「ごめん、ありがとう。」
わたしの家は、この公園から歩いてすぐのところにある、うちの会社の管理アパートだ。
もちろん藤沢係長も知ってる。
2人無言でわたしのアパートへ歩き出す。
歩をすすめるたびに、どくんどくんと、心臓が大きくなる。
アパートの階段を上り、205号室の鍵を開け、室内に入る。
わたし、朝、どんな状態で家を出たんだろう。
案の定、キッチンには朝食で使ったお皿やコップがそのままで、テーブルの上には化粧品や雑誌がそのままになってる。
「あっ、わー…散らかっててごめんなさい。
あの、…コーヒーでも飲みますか?」
「うん、コーヒーはさっき飲んだから。」
緊張してるわたしを、係長が後ろから抱きしめる。
そういえば、係長と抱き合うのは、これが初めてだ。
係長のいつもつけてる香水が香り、体を熱くする。
「水川さん、我慢のできない大人で申し訳ないんですが、キスしてもいですか?」
そう、耳元で係長の優しい声がして、わたしは後ろの係長の方を見上げる。
合わさる唇。
すっごく気持ちがいい。
「…係長、わたし、シャワー浴びたいんですけど…」
「いいよ、このままで。」
「ダメです!これだけは譲れません。綺麗にしたいので、ちょっとだけ、待っててもらってもいいですか?」
「わかった。」
拘束された体がするりと解放されて、
わたしは、そのままリビングだけさっと片付けて、
ソファに座ってくださいと、係長に言い残し、準備をしてバスルームへ。
お風呂上がって、部屋に戻ったら、もしかしたらこれまではわたしの妄想で、係長、いないかもしれない。
もし、妄想じゃなくても、酔いも冷めて、正気に戻って帰ってるかもしれない。
ぐるぐるぐるぐる考えながら、それでもしっかりと体を洗い、お気に入りの下着とパジャマを身につけて、バスルームを出る。
アルコールでふわふわした意識が少しはっきりとする。
「…お待たせしました。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
藤沢係長がやっぱりうちにいる。
ソファに置いてあったネコのクッションを抱いて。
目の当たりにしても、今の状況が夢みたいな状況で、覚悟を決めて部屋に招いたものの、ここに至るまでの過程がどうだったかも、よくわからない。
よく分からないけど、係長が今わたしの部屋にいるのは事実だ。
それは、そう。
キスのその先を知るためだ。
「係長も、お風呂入りますか?シャワーですけど…」
「じゃあ、僕もいただいてもいいですか?お気遣いありがとう。」
係長をバスルームに案内し、わたしは、一応、ベッドルームの片付けをする。
本当に私たちはそう、なるのだろうか?
わたしの家、2人きり。
邪魔をするものは何一つない。
尊敬している上司、ましてや、唇の感触を知ってしまった相手に、抱きたい、と、ストレートに言われて嬉しくないはずがない。
それが、一夜の過ちになってしまってもいい。
始まりではなく、この関係を終わらせられるかもしれないなら。
リビングで音がして、藤沢係長が戻ってきたのに気付く。
残った枕カバーを急いで替えて、リビングへ戻る。
そこには濡れた髪をタオルで拭きながら、さっきまで着てたストライプのワイシャツをダラっと着て、わたしが出してたスウェットのズボンを履いた、係長がいた。
「係長、ずるい…」
いつも会社で見る係長は髪の毛をきっちりセットして、前髪も上げて、かっちりスーツを着こなすデキる男だけど、
目の前にいる係長は、整髪料を落として、湿ったま まの髪の毛は無造作にはね、前髪も下りてる。
胸元にイニシャルの入った青いストライプのシャツに、いつも首元を飾る品のいいネクタイはなく、第3ボタンまではだけた首元、
スウェットのズボンは短くて、膝下まで裾が上がってる。
やばい、かわいい、かわいすぎる。
オフの係長ってこんなんなんだ。
ギャップにやられる。
それを毎日見てる奥さんはずるい。
わたしが同じ立場なら、毎日惚れ直してる。
「何がずるいの?」
「すみません、わたし、係長に触れてもいいですか?」
「どうしたんですか?いいですよ。」
まだ濡れてる前髪。
そこから覗く瞳。
わたしは係長に近づき、背伸びをして、右手で濡れた前髪を上げる。
いつもの係長だ。
手を離すと戻ってくる前髪のある係長。
全然違う。
「係長、家ではこんな感じなんですね。ずるいです。」
「さっきから何がずるいんですか?」
「前髪。
おろしてる時の係長、違う人みたい。こんなにかっこいいなんて聞いてない。」
「じゃあ、今から君の上司だってこと、忘れて。
1人の藤沢崇司として、君に触れてもいいかな?」
「はい、係長。あ、えっと…でも、係長って呼んでもいいですか?」
「なんでも。
おいで、水川さん。」
両手を広げた係長の胸に飛び込む。
彼の腕が背中に周り、わたしも腕を背中に回す。
休日は走ってるんですと、言ってた係長。
シャツの上からわかる肩甲骨が好きだ。
「君も、ずるいです。」
「えっ?」
「普段仕事の時は、あんなに大人っぽくて頼りがいがあるバリバリのキャリアウーマンみたいな女性なのに、こんなかわいいパジャマ着て、メイクしてない顔が、幼くて…こんなにかわいい女性だったなんて、僕も聞いてないです。」
「童顔気にしてるんです!係長だって、その顔、大学生でも通ります。」
「40のおじさんにそれはひどいな。俺も気にしてるんだよ。だから会社では絶対前髪あげてるの。威厳、ないでしょ?」
「…ずっと、前髪、あげててください。
みんながそんな係長見たら、みんな、係長のこと好きになっちゃうから…」
ぎゅっときつく係長を抱きしめる。
今はわたしのものだ。今日だけは。わたしが独り占めしてもいいのだ。
「キスしてもいい?」
「今さらですよ…」
まずはキスをしよう。
そして、その先を確かめよう。
この関係を終わらせる方法を見つけよう。
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