無能勇者

キリン

文字の大きさ
上 下
11 / 14
霧隠れの森編

無能勇者、怒りの赫雷

しおりを挟む
 イグニスさんとの雑談を楽しんでいると、霧に包まれた森が見えていた。ーー「霧隠れの森」、目的地についたのである。

「霧が木々の隙間から溢れ出ていますね、どういう場所なのでしょうか、ここは……」
「ルファースさんの話によると、人間に害はないらしいぞ。元々ここには村があって、魔獣の類を警戒して霧の魔法をかけたらしい」

 イグニスさんは頷きながら、興味深そうに「霧隠れの森」を見ていた。仕組みさえわかってしまえば何てことはないが、たしかにこの森は、所見で入ろうとは思わないだろう。そう思うほどには不思議な感じがして、なんだか踏み入ってはいけない気がしたのだ。

「どうしますか? ルファース殿の話なら、夜でもこの森の中なら魔物は出ないとのことですが」
「入っちゃおう。ここらへんに宿もないし、いざとなったらポケットの中に色々入ってるから」

 イグニスさんは俺の回答に深くうなずき、その上で森に足を踏み入れた。俺もあとに続くように、恐る恐る切りの中に足を突っ込んだ……ひんやりと、なんとも言えない感覚が、全身を包んだ。

 森の中は霧で覆われていて、ほとんど何も見えなかった。俺は不安になり、ポケットの中からロープを出した。

「イグニスさん、これを命綱に……」

 返答が来ない。

「……イグニスさん?」
『聖剣を手に入れたいと言うからには、まずはお前の力を示してみろ』

 声が森にこだまして聞こえてくる。誰の声だ? 何が目的? いや、そんなことよりも……!

「イグニスさんはどこだ!」
『そんなことよりもお前の力を示せ』

 聞く耳を持たない。俺が怒りに震え、加護も何もない鉄剣の柄に手を掛けた……その時だった。

『ーー試練、開始だ』

 声と同時に、霧の向こう側から『何か』が現れた。









 霧の中になにかがいる。あれは間違いなく人ではないことだけは確か……だが、一体どんな攻撃方法で、どのぐらいの体躯なのかがさっぱり分からない。

(まずは様子を見るか? いや、それじゃ駄目だ……先手必勝!)

 体中に魔法という魔法を掛けまくる。先刻の戦いで見せられたあの赤い光……あの力で、相手が動く前に捻り潰す!

『ガァォァァォ!!』
「ぐわぁ!」

 横殴りの一撃、予想以上に早く、威力が大きい! ベルグエルの足元にも及ばない感じだけど、だったらなんで俺が遅れを取ってるんだ!?

「くっ……ううっ……」
『勢いよく挑んだが、あれがお前の切り札か?』
「そうだったら、なんだよ!」
『その程度の強化魔法が、お前の切り札なのか?』
「え……?」

 我に返って、自分の体が普通だということに気づく。そんな、まさか……体のどこも光っていない!? 

(畜生! だから魔法を使っても、そのままの効果しか出なかったのか!)
「げほっ……ごほっ、がはっ!」
『ーーお前にはがっかりだ』

 直後、痛みに悶える俺に追撃が襲いかかる。ギリギリのところで避けたが、それでも風圧でふっとばされた。

「っ……!」

 逃げて、逃げて、逃げ回る。攻撃のことなんて考えない、とにかく一旦逃げなければ。まずは、この森の外に出なければ。

 滅茶苦茶に俺の心臓を掻きむしる不安、俺を殺そうとする追撃者、森から聞こえた謎の声、消えた仲間の安否……課題があまりにも多すぎて、息切れしながら気が遠くなった。

(もう、駄目だ)

 心の中でかつての仲間と、新たな仲間に謝り続ける。やはり俺には、聖剣のない俺ではどうすることもできなかったのか? ーーああ、誰かーー。

「勇者が言うセリフじゃねぇだろそれ、まぁいいけどよ」

 願いが聞き届けられたのか、現れた「誰か」の一撃が、追撃者を両断したのであった。










 その一撃は、とても鋭く強いものだった。
 使用した武器も並大抵の代物ではない、それはそうなのだが……それ以上に俺は、その一撃に纏わされたモノに驚きを隠せなかったのだ。

(赤い光、いいやあれは……高密度の魔力!? 溢れ出しているに過ぎないのか、あのレベルで!?)

 にわかには信じられない現象が目の前にあった。あのレベルの魔力があくまで「おまけ」なのだとしたら、あの一撃に込められた魔力はどれほどのものだろうか。想像するだけで、俺は怖かった。

「お前にも、できると思うけどなぁ」

 バチバチと赤い雷鳴を轟かしながら、霧の中の男は言う。懐かしいような、奇妙な感覚を従えて。

「コツを教えてやるよ。ーー怒れ、なんでもいいから……とにかくブチ切れろ」

 そう言い残し、俺が手を伸ばした時には既に姿はなかった。何だったのだろう……切り捨てるには余りにも引っかかる疑問。その横で、俺は納得もしていた。

(怒り、か……)

 そうだ、あのときも俺はベルグエルに対しての怒りでいっぱいだった。今の男ほどではなかったが……怒れば、あの赤い光が出せるのかもしれない。

『試練は続くぞ』
「!!」

 先程の男が倒した筈のモンスターの首がくっつき、再び俺に襲いかかってきた。間一髪で避け、俺は再び剣を握りしめた。

(いきなり試練試練って言うけどよ……)
「わけ分かんねぇんだよ、こんのクソヤロォォォッッヅヅ!!」

 バチッ。まるで静電気のような音が鳴り響き、赤く帯電した俺の一撃が放たれる。その一撃は森一帯の霧を晴らし、そこにはなかったはずの一本道があった。

『……ひとまずは、合格だ』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

勇者パーティに裏切られた劣等騎士、精霊の姫に拾われ《最強》騎士に覚醒する

とんこつ毬藻
ファンタジー
勇者グラシャスとともに魔族討伐の旅を続けていた騎士の少年レイ。彼は実力不足を理由にグラシャスから劣等騎士と馬鹿にされていた。 そんなある日の夜、レイはグラシャスが闇組織と繋がっている現場を目撃してしまう。そしてこともあろうに、グラシャスだけでなく仲間の聖女や女弓使いまでもが闇組織と繋がっていた。 仲間の裏切りを受け、レイはその場で殺されてしまう。しかし、生と死の狭間の世界でレイに語りかけてくる者がいた。 その者は闇の精霊姫を名乗り、とある代償と引き換えに、レイに新たな力と命を与え、蘇らせてくれると言う。 彼女の提案を受け入れ、新たな命を手に入れたレイは、最強の精霊騎士として覚醒し、絶大な力を使い、世界を無双する。 「待っていろグラシャス、お前は僕……いや、俺がブッ潰す……ッッ!!」 ※ 残酷な開幕から始まる追放系王道ファンタジーです。 ※ 「小説家になろう」「ノベルアッププラス」にて先行公開の作品   (https://ncode.syosetu.com/n2923gh/)となります。 ※ 本作はとんこつ毬藻・銀翼のぞみの合作となります。

処理中です...