夢なら覚めてよ

ゆるふわ詩音

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日常

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 「今日も無事、仕事を終えました」

白衣から私服に着替えた僕は小さく呟き、すぐさま更衣室を出た。

病院の関係者出入口から出ると、空に星が散らばっていた。

静かに冷たい風が僕の身体を冷やす。

いつもの準夜終わりの景色そのまま。

イヤになるくらい変わらない日常。

「早く帰ろう」

街灯頼りにただただ帰路にたつことにする。

 僕の名前は雲母恵月(きららめぐる)。

看護師4年目の25歳だ。友達も恋人もいない。

貸アパートで一人暮らしをしている。

ここから20分くらい。

駅前の通路を通ればもう家と言っても過言じゃないかな。

飲み屋街も通った先にあるけど、寄る気はない。

看護師の仕事が終われば、僕には何も残っていないから、ただ家に帰って寝るだけ。

あの人を失ってからずっとそうなんだ。


 あっという間に駅前地下通路に入る。

夏なのに、ここも冷たい空気が身体を包み込む。

「かえろぉ~かなあ~~かえるのおぅよそおかなあうあん~~」

飲み屋街から来たのか、酔っ払いのおじさんがこっちに向かってくる。

いっぱい飲んだようで千鳥足だし、酒臭そうだし、大声で歌うのがもう受け付けない。

早く帰りたいから足早に通り過ぎるために歩みを速めた。

「おっと! ごめんなさいねぇ」

すれ違いの時になぜかおじさんが寄り掛かってきて、コンクリート壁に追い込まれた。

「 にいちゃん、なかなかいい体してるねぇ。おっちゃんと一杯付き合わない?」

虚ろな目の赤い顔。

だらしなく開いた口から荒い息。

そして、虫酸が走るように無理やり身体をまさぐってきた。

苗字が女の子みたいだし、顔も可愛らしい方だったから昔は大変だった。

そんな時、ヒーローがいたのに。

「やめて……くだ、さい」

もう誰も助けてくれない。

あの人はいないから。


僕にそんな趣味はないから気持ち悪い。

ひたすら身体を振って抵抗する。

嫌で嫌でしょうがなかった。

だ、れかーー


  「そこのおじさん、早く自分の家に帰った方がいいで?」

いきなりの低い声に酔っ払ってた男性が少し離れる。

すると、金髪の若者が見えてきた。

「だ、誰だお前!?」
 
男性が大声を上げる。

若者は動じずに男性を睨んで、口パクで何かを言った。
 
それを見た男性は体を震わせ、すぐ逃げるように走り去っていった。

 「困ったやつだぜ」

藍色のデニムのセットアップを来た彼はトントンと近づいてきた。

「大丈夫か? 怖かったやろぉ」

さっきより少し高い優しそうな声を出した金髪の若者は僕に微笑みかけてきた。

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