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加筆版

ある満月の夜

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 盈月えいげつ煌々こうこうと輝く傍ら、濃藍こいあいが広がる空を飛行する。

時は二つ。

良い子は眠りに就かなあかんねんで。

 俺はそそり立つ建物の中に負けじと閃々せんせんとする星に溜め息を吐き、少々低い建物に降りる。

下を見ると、列をす車の脇をおろかな人間がまばらに通っていた。

此処ここの街はまだ眠らんのか」

そないな独りごちをしても誰も答えてくれへんから、時は粛々しゅくしゅくと流れていく。


 「さぁ、腹拵はらごしらえや」

気力をふるい立たせ、閉眼へいがんする。

パッと大きく開眼かいがんすると、先程さきほどよりも遠く広く見渡せるようになった。

徒歩とほまわっとると、此処より低い建物の屋上に来た男を見つけた。

しばらく様子をうかがったが、他には誰もけえへん。

れよりも男は入ってきた扉から離れ、俺の視界の中心にきよった。

弄月ろうげつの様や。

黒檀こくたん襟締えりじめゆるめると、白磁はくじの首があらわになった……俺は思わず息を飲む。

今宵こよいえさはどえらい御馳走ごちそうになりそうやな」

俺は舌舐したなめずりをした後に外套がいとうを広げ、まと目掛めがけて飛ぶ。


 男は生成色きなりいろで紙の湯呑ゆのみを手に壁に寄りかかって三角座さんかくずわりをしとる。

時折ときおり濡羽色ぬればいろの髪を上げて紙の湯呑に口を付け、物憂ものういの表情を浮かべるものの、ぐにうつむいてしまう。

男は孤独こどく擬人化ぎじんかした様なやつに見えた。

確かに今宵は孤月こげつの御様子。

そう言えば、孤独な奴の血は濃縮のうしゅくされていて、きわめて美味びみやって誰かが言ってたな。

益々ますますええわ」

俺はがらにも無く鼻唄はなうたさえずり、男の元へとさんじることにした。


 愚者ぐしゃ眼前がんぜんに降り立つと、男はうつろな瞳で俺を映した。

深緋ふかひの瞳に赤のし色が入った墨色すみいろの外套をひるがえす俺……レヴィの容貌ようぼうが吸血鬼だということは明らか。

しかし、男はどうもと小さく語り、こうべを垂らすのみ。

 「アンタの血、吸わしてぇな」

俺はかすれた声で男にべる。

「いやって言うたら吸わんのか」

男は目をらさずに霧雨きりさめの様な声色で語った。

「吸うで?」

当たり前やろ、格好かっこう獲物えもののがわけ無かろうが。

結局けっきょく吸うんかい! なんで聞いたんじゃ」

男は飲んでいた湯をき出すかの様に笑うた。

なんや此奴こいつ、全然おびえてへんわ。

 
 「俺の血でええの?」

男はいまだに瞳を反らさず、平然と問いかけてきよる。

「アンタの血がええんや」

自信満々に言う俺の言葉を聞いた男は紙の湯呑を地面に置いて立ち上がる。

開襟かいきんシャツのぼたんを二、三個外し、露出ろしゅつした白磁の首筋を見た俺は、たまらずに牙を肌へ食い込ませた。

「んっく、んっく、んっく」

赤子あかごが母親からちちもらうように一心不乱いっしんふらんに吸う。

ほのかにぬくみが有るみつ頬肉ほほにくを掠め、咽喉いんこうへとするりするりと流れていく。

 甘味あまみが濃く
 しぶさは全く無く
 滔々とうとうと流るる

此様こさままさに、絶品ぜっぴんとしか言い様が無い。

「そない急がんでもええよ、逃げへんから」

何故なぜか男はポンポンと俺の頭を撫で、吸いやすくなる様に体躯たいくを下げていく。

其の甲斐かいが有ってか、より一層いっそうなめらかに流れて来るため永久えいきゅうに味わえる様な錯覚さっかくおちいる。

“ああ、ええわ“

俺は段々だんだん心持こころもちを沈静化ちんせいかしていった。

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