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第四章 ラブコメって言ったら学園じゃね…

第400話 一時の止まり木に

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注がれる湯から立ち上る煙、室内に広がる香ばしい匂い。ドリップされた黒色こくしょくの液体はカップに注ぎ直され、各々のテーブルへと運ばれる。

「ミルクと砂糖はお好みで。」
小皿に盛られたクッキーが可愛らしい。

ここは学園の溜まり場、スポーツ研究部の部室。
あの後果敢にもクラスメートの女子生徒に話し掛けた佐々木君、対応してくださった皆さん、誠にありがとうございました。

で、分かった事は、皆さん疲れ果てておられました。
彼女たち、揃って内部進学組の女子生徒さん方でした。
頑張ったんですよ、この弱肉強食の桜泉学園の中で戦い続けて来たんですよ。
でもね、現実ってそうそう上手く行く事ばかりじゃ無いですから。
スポーツ選手が頑張って結果を出して成功体験を重ね自信を付けて、やがて栄光を手に入れる。まさに憧れのサクセスストーリー。
でもその影で同じ舞台に立ちながらも光を浴びること無く消えて行く選手もいる。寧ろそうした選手の方が圧倒的に多い。
スポーツならそれでもまだ別の道をと考えを変える事も出来たかもしれない。でもそれが学業なら、進学校で常に敗者の烙印を押され続けたとしたら。
周囲からの期待と憧れ、それに伴わない自身の境遇。真面目に真摯に懸命に。周囲と己と。戦って、戦って、戦って。

疲れちゃったんですよね。
彼女たち、皆いい子だから。真面目な頑張り屋さんだから。

この学園には一定数のはみ出し者がいる。上手く学園に馴染めない、己が強すぎる。そんな彼ら彼女らの逃げ口になればと作った溜まり場。

俺に君たちをどうこうする事は出来ない。多分どんな王子様でも本当の意味で救う事は出来ないんじゃないかな。
酷な言い方だけど、君たちを救えるのは君たち自身しかいないと思う。
でも疲れたらいつでもここに来ていいからね。
ここはそんな溜まり場。はみ出し者の憩いの場。ほんの一時疲れた羽を休める、そんな止まり木。

温かいコーヒーの香りに、ほんの少し表情が緩む彼女達。
俺はそんな彼女達のカップに、もう一度お代わりを注ぎ入れるのでした。

(side : 梶原香住)

中間考査が終わった。全力で取り組んだんだけど、結果は思わしいものではなかった。
今日からは新しい教室。高等部に上がり制服も可愛いものに変わり、少しでも今までとは違う新しい自分になるんだと頑張ったんだけど。
Gクラス、それはこの学園の底辺を表す烙印。重い足取りで教室に入ろうとした時、扉の前で固まっている男子生徒に気が付いた。
彼は確か佐々木君?学園からのメールに添付されていたクラス名簿に記載されていた男子生徒の名前は、確か佐々木大地と小山慎太郎。
新入学パンフレットの紹介ではなぜか目を引く不思議な写真だと思っていたけど、実物も捉えどころのない不思議な雰囲気。
でも何処かで見たことがあるような?
あ、思い出した。あの特徴の乏しいのっぺり顔は小学校の頃のクラスメート。

「ねぇ、佐々木君ってもしかしたら桜町小学校出身の佐々木君?」

気が付けば私は彼に声を掛けていた。
彼は始め私が誰だか分からない様子だった。それも仕方がない、だって私は彼とほとんど話しをした事がなかったんだから。あの頃の私、いいえ、桜町小学校の女子生徒は全員ひろし君に夢中だった。彼が世界の全てだった。
六年生になってからはダンカンが介入する事件があってなかなかお話しも出来なかったけど、彼はいつでも微笑みと元気をくれる私たちの憧れの王子様だった。
小学校の頃他にどんな男子がいたのかと聞かれても咄嗟に出て来ないくらい、私たちの目はひろし君以外を見てはいなかった。

「あ~、思い出した、ワンパン木村事件の加害者、黄金の右アッパー、瞬殺の梶原だ~!」

うっ、嫌な覚え方してるし。あの時は受験勉強で必死だったの!苛つく俺様の相手何かしたくなかったの!
反省はしています、下手しなくてもダンカン案件ですね、でも後悔はしていません。私も若かったな~。(遠い目)

「相変わらずひろし君の推し活頑張ってるんでしょ?どうよ憧れのスクールライフは?」

その一言は私に重くのし掛かるモノだった。必死になって頑張った、そして手に入れた栄光のチケット。決して裕福ではないけれど、私をいつも応援してくれる優しいお母さん。
小学校時代の友人が、共にひろし君を求めた同志たちが。憧れと嫉妬と羨望と、それでも彼との繋がりを求め共に盛り上がった中等部時代。側にいられなくても良かった、同じ学園と言う空間にいられる、それだけでいいと自分に言い聞かせてきた。
頑張った、頑張って来た。
周囲の優しさや応援の声は、いつしか私を苦しめる重荷となっていた。

「正直疲れちゃった。」

不意に出た一言は、今まで誰にも吐き出せなかった私の心の呟きだったのかもしれない。

「梶原さん、ちょっといいかな?」

昼休みの教室、クラスメートの女子たちは皆同じクラスの小山慎太郎君の所に群がっていた。彼はGクラスの男子生徒とは思えないほど紳士的で、女子生徒に寄り添う姿勢を見せる"理想の王子様"だった。
あ、何かひろし君に似てるな。そんな感想を持つも、私はその輪に加わろうとは思えなかった。
そんな私に声を掛けて来たのは佐々木君だった。
彼は放課後来て欲しい所があると言っていた。他にも何人かのクラスメートに声を掛けていたので変な事ではないと思うけど、なぜか私は彼の誘いに乗ることにした。

そこは部室棟にある一室であった。
扉を開けると室内は綺麗に整頓されており、品の良い調度品、木製の棚に並ぶカップ、まるで隠れ家的な喫茶店といった雰囲気の場所になっていた。

「さ、皆座って。」

彼はケトルに水を入れ、お湯を沸かし始める。
ドリッパーに注がれる湯に、香ばしい匂いが室内に広がる。

「ミルクと砂糖はお好みで。」

各々の席に出されたコーヒーと、小皿に盛られたクッキー。
砂糖を一杯、ミルクを一つ。
"はぁ~。"

何かこんなにゆったりとすることって久しぶりな気がする。
一緒に連れて来られたクラスメートは中等部の頃からの下位クラス常連者たち。私、そんな事にも気が付いていなかったんだ。
お互いの目が合い、なぜか笑いが零れる。

「ここは学園のはみ出し者の溜まり場。俺が作った止まり木。
疲れたらいつでも休みに来て良いからな。」

彼は何も聞かない。応援の声も掛けない。
ただ教えてくれただけ。
"疲れたら休んでも良いんだよ"と。

コーヒーの香り漂う部室には、ゆったりとした時間が流れていた。
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