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第四章 ラブコメって言ったら学園じゃね…

第350話 見せて貰おうか、お前たちの想いとやらを (2) (side:クラスメート女子)

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最悪だった。
私のこれまでの努力も、それまでの人生も、そのすべてを馬鹿にされた気分だった。
男少女多のこの世の中で女性が男性と付き合う事、それはほんの一握りの成功者にしか許されない夢の行為。
しかもその相手が誰もが羨むイケメンだとしたら、その可能性がわずかにでもあるのだとしたら。
私の決意は固かった。来る日も来る日も、決してめげず投げ出さず、只管に己を苛め抜いて、やっとの思いでつかんだこのチケット。

入学式の後に行われた新入学男子生徒のお披露目会。
この世に素晴らしいイケメンは実在した。
桜泉学園中等部からの内部進学生徒は全員が見目麗しいイケメンと言うだけでなく、その態度や発言もこちらを気遣う優しさを兼ね備えたパーフェクトイケメンたちであった。また外部進学生徒の中にも同等の、それ以上のイケメンも存在した。
ここは神の国か何かなのか?
私立桜泉学園高等部のみなさん、あなた方の仕事は完璧です、ありがとうございます。
この時私はこれまでの人生が全て報われた気がした。
そして極めつけはやはり”hiroshi"様、もう何もかもが違う、他の男子生徒と比べる?あり得ない。彼は完全に別格、降臨されし大天使、それが”hiroshi”様。
その日私は夢心地で一日を過ごす事が出来た。

それがどうだ。
一夜明けて登校すれば、クラスにいるのはイケメンとは名ばかりの性格ブスのわがまま男。確かに顔は一般よりいいかもしれないけど、あの真のイケメン軍団を見てしまった私たちにとってはただの騒がしいマネキンにしか見えない。
少しは”hiroshi”様を見習ったらどうだと声を大にして言いたい。
これは決して私一人の意見ではない、クラスメートの女子たちが皆同じような事を考えているのはその顔を見れば明らかだ。

「おはようございます。はい、席について下さい。今日は皆さんに昨日紹介できなかったもう一人の男子生徒を紹介します。」

それは突然もたらされた吉報であった。そうだこのクラスの男子は予定では二人、あと一人男子生徒がいたではないか。私たちは全員ワクワクとした心を抑え、彼の登場を待った。

彼は教室へ入ると、ゆっくりと教壇脇へと進んだ。

「始めまして、外部進学生徒の佐々木大地と言います。皆さんよろしくお願いします。」

しっかりと頭を下げた礼儀正しい美しい挨拶。そしてしばらくの後に上げられたその面立ち。
特徴のないのっぺりとした顔。他に表現のしようもないつまらない容貌。

何でだ~~~~~!!
いや、ここ桜泉学園だよね、イケメンの巣窟私立桜泉学園高等部だよね!?
なぜおまえの様な人間がココにいる!?おかしいでしょ、私のこれまでの努力は?懸けてきたあの涙の日々は?
ふざけるな~~~!!

この教室の全ての思いは一つだった、”お前じゃない”。


「ちょっといいかしら?」

放課後、私たちの行動は早かった。
これは許されざる事態、決して許容してはいけない状況なのだから。

「君たちの言いたいことは分かった。身も蓋もない言い方をすれば”ふざけるな、イケメン寄越せ!”と言う理解で間違いないかな?」

そんな私たちの思いとは裏腹に、彼の態度はいたって冷静だった。まるでこの事態は想定済みだと言わんばかりに話は進んでいった。

「”文句があるなら実力を示せ”、この後陸上部のグラウンドに集合だ。お前たちもスポーツ推薦で入学したんだろう。だったらその力を発揮して意見を通してみろ。」

それはこの私立桜泉学園の校風であり理念。
彼はその言葉を残し一人教室を後にした。

”ねぇ、どうする?”
”勿論行くに決まってるじゃない、こんなの許す訳にいかないわよ。”
”私はパ~ス。そんな暇があったら練習するわ。あくまで目標はAクラス入りですから。”
”私も遠慮させていただきます。出会うべき殿方はただ一人ですので。”

意見は分かれたが、大半のクラス女子が陸上部の専用グラウンドに向かう事で話はまとまった。

「さて、クラスメートの諸君、よく集まってくれた。皆の言わんとしている事は一つ、”イケメン寄越せ”、この認識で間違いはないかな?」
陸上部専用グラウンドでは、のっぺり顔の男が私たちの登場を待っていたとばかりに出迎えていた。
彼の言う通り私たちの憤懣はただ一つ、”イケメン寄越せ”なのだ。

「ではまずイケメンをご用意しよう。木村君来てくれ!」

彼がそう言うと、部室棟の辺りから一人の男子生徒が現れた。それはまさに私が求めたイケメンその人であった。

それからの話は耳を疑うものであった。彼とあるゲームをしてそれに勝てばこのイケメンが私たちGクラスに移動してくるというのだ。
そしてその証拠として提示されたのは理事会の承認書類であった。

「君たちに負担を強いる以上私も進退を懸けようというのだ、公平な勝負だろう?」

この男は本気だった。自らの退学すら懸けてこの勝負に挑むと言うのだ。

ゲームのルールは至ってシンプルであった。目の前を逃げるこの男の背中にタッチするだけ、制限時間は三十分以内。最初こいつは勝負を投げているのかと思うほどこちらに有利な内容であった。

「準備は良いかな?では早速始めよう。陸上部の先輩方、合図を頼む。」

こんな事で一人の生徒を退学に追い込んでもいいのだろうか?躊躇する心はあった。しかしこのゲームを用意し提案してきたのは彼なのだ、ならばその意気には敬意をもって答えなければならない。
”せめて一瞬で終わらせてあげる。”
余りにも馬鹿げたこのゲーム、しかしこの馬鹿で誇り高き男の為に、私は全力で挑む決意をした。

”位置について、用意”
”ビ――――――――――ッ!”

スタートの合図、クラスメートが一斉に走り出した。
中でも短距離を得意とする者のスタートダッシュは目を見張るものがあった。
私も負けじと彼の背中を目指した。

”速い!”

ここに来て予想外の事態が発生した。速いのだ、彼の背中が遠いのだ。
中学総体陸上短距離でメダルを取る様なクラスメートがいた、バスケットで表彰台に上る様な生徒がいた。
にもかかわらず誰一人として彼に追いつけないのだ。

当初あった彼との距離の差は十メートル、それが時間が進むにつれどんどんと離される。開始から五分が経過した時点で彼に追走していた短距離選手が脱落した。全力疾走をよく五分も耐えたものと褒めてもいいくらいだが、これで私たちと彼との距離は決定的に離されてしまった事になる。
悪夢はここからさらに加速する。段々とスピードが落ちる私たちとは対照的に徐々にスピードの上がる彼、そしてついに周回遅れのクラスメートが出始めてしまったのだ。

「はい、お疲れさん。」
軽く声を掛け背中をポンと叩く、その屈辱。
これまでの努力が人生が全てが否定されてしまう。
後は恐怖だ、逃げて逃げて逃げて、いつしか私たちは追跡者から獲物へと成り下がっていた。

「はい、終了~。」
最後の仲間が捕まったのは、開始から二十分が経過した頃だった。

「俺はお前たちスポーツ専科の領域で戦い勝利した、文句はないよな!」
誰もが声を出せない。
これまで決して負ける事がないと思っていた自らのフィールドで、完膚なきまでに負けたのだから。

「それじゃこの話はここまでだ。木村君、協力ありがとう。この後陸上部の先輩方との約束で体力測定ランをやるけどどうする?」

「いや、どういたしまして。勿論それにも参加するが時間はどうする?すぐ暗くなるぞ。」

「そうなんだよね、だからフルバースト一時間でお願いしてある。」

「了解した。道具はそこのテーブルに置いてあるぞ。」

彼は暫くテーブルの前で何か作業をしていた。
”ガバッ“
おもむろに脱がれたジャージ、中に着込んでいたのは半袖短パンのトレーニングウエア。
すらりと伸びた足、発達した太もも、引き締まった脹脛。がっしりとした大胸筋。

”タン、タン、タン”

一歩一歩踏みしめられた確かな歩み。その美しいまでのフォーム。

「あのお方ってもしかしてSaki様?えっ、なんで?後ろにいる方ってもしかしてモデルの木村英雄さんだったの?
あれってスタジオS&Bの現役モデルじゃない!!」

こちらの様子を伺っていた観客から聞こえてきた驚きの声。
そこには美しい肉体を惜し気もなく晒した二人のイケメンが、颯爽と歩いて行く姿があった。

体力測定ランフルバースト、開始!
"ダダダダダタダダダダダダダタダダ"

物凄い勢いで走り去って行く彼らと陸上部部員たち。
ハハハ、何あれ、勝てるわけ無いじゃない。
この日私たちは、己の弱さを徹底的に思い知らされたのであった。
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