上 下
337 / 525
第三章 ある少年の回顧録

第333話 転機

しおりを挟む
「「「ひろし君、おはよう♪」」」

「うん、おはよう。みんなも元気?あれ?髪型変えた?前のも良かったけどこのシャープな感じも良いよね♪
おはよう。」

私立桜泉学園中等部に入学して二年が経った。僕の周りはやはり女の子で溢れていた。
小学校時代と違うのは、それが組織だったものになった事。女の子の集まりはいつしか部活動となり、その交流も部活動の一環として取り扱われる様になっていった。
桜泉学園が他の学校と違うのは、学園が率先して男子生徒の芸能活動を応援している点だろう。
僕はこの学校に入学してすぐに歌手としてデビューする事となった。
デビュー曲は小学校六年生の時に中学校受験を頑張る女の子たちを励ますために歌った曲「君と二人で」と、新しく作られた夏ソング「SummerBeach」であった。
これは始め音楽配信サイトでの小規模なリリースであったが、すぐにレコードレーベルからシングルCDとして発売され、いつしか爆発的ヒットとなった。
僕の音楽活動は学校側の配慮もありかなり限定的に行われた為、学園生活に支障をきたす事もなく自由にのびのびと過ごす事が出来た。

「ひろし君、ちょっと良いかしら?」
転機は不意に訪れた。それは中央都テレビのバラエティー企画「第一回逃走王決定戦」と言う番組に出場した事が切っ掛けであった。
この番組は最近ヨウツーベで話題の鬼ごっこ企画を、全国から男性参加者を募って行おうと言うものだった。
僕は始めこの番組自体あまり興味を持てなかった。お正月に見た鬼ごっこ企画番組の余りの酷さに辟易とした事を思い出したからだ。
でもそれは大きな間違いだった。目の前を駆け抜ける少年たち、飛ぶ、跳ねる、避ける。繰り広げられる見たこともない激闘。
アハ、アハハハハハ。
身体が、心が、これ迄になく興奮するのが分かる。僕は沸き上がる喜びを抑える事が出来なかった。
僕がここまで全力を出したのは何時ぶりだろうか、小学校六年生の時の運動会リレー以来じゃないだろうか。
いや、これはあれ以上、ここまでのワクワクは初めてだ。
僕は己の力を全力で出し切る事の出来るこの瞬間に酔いしれていた。
結果、僕は逃走王の称号を手に入れる事が出来た。この称号は、僕の中で数少ない宝物となった。

「ひろし君に第二回逃走王決定戦のオファーが来てるんだけど。」
声を掛けてくれたのは美穂先生だった。美穂先生は小学校の時の先生で六年間何かと面倒を見てくれた優しい人。中学校に進学する事でお別れになると思っていたけど、先生はこの私立桜泉学園のマネジメント部に再就職していて、僕の事をよく知っていると言う理由から、僕の担当マネージャーになっていた。
歌手デビューから次第に増える芸能の仕事に、学園は遂に芸能事務所を設立。僕は学園が主幹するこの芸能事務所、"スタジオCherry"の所属となり、以降様々な仕事を受ける事となった。
美穂先生は事務所設立の際学園側からの出向と言う形で参加、現在その代表を務めている。

「第二回逃走王決定戦ですか?ぜひ参加させて下さい。あの番組凄いですよね、あの鬼役の人達、全員オリンピック選手なんですよ。やっぱり超一流は迫力が違いますよね、参加者もみんな凄い実力者だし、僕あの番組大好きなんです。」

「そう、ひろし君が喜んでくれるなら良かったわ。事務所としても凄い宣伝になって大助かりよ。頑張ってね、ひろし君。」


「"これより、第二回逃走王決定戦本選を開始致します。"」
いよいよ始まった逃走王。
"タッタッタッタッタッタッ"

やっぱりそうだ。このゲーム、ある程度主催者側からコントロールされている。積極的に狙われる選手もいればあえて逃がされている選手もいる。
もしかしてゼッケンの色?うん、間違いない、寒色系の選手がやたら追いかけられている。
でもやるな~、あれだけ集中的に狙われているのに全然負けてない。あそこの選手なんか完全にロックオンされてるのに笑いながら逃げ切ってるし。
あははは、これが全国から駆け上がって来た精鋭。番組側の思惑なんか歯牙にも掛けてないじゃないか。
僕は前回の事を考えれば後半、おそらくラスト三十分が勝負!
クックック、いいさ、その思惑乗ってあげるよ。さぁ来い、世界オリンピック選手

「アハッ♪ひ・ろ・し・君~❤️
お姉さんと遊びましょ。」
やっぱりだ。ラスト三十分、ここからが僕の本番だ。

「お姉さんはオリンピック選手何でしょ?何の競技をやってるの?」
「ウフッ、お姉さんはね、女子二百メートルの新庄好美って言うの。これから私の事を君の身体に確りと刻み付けてあげるね♪」

「あはは、よろしくお願いしますね、新庄好美お姉さん♪」

「アハハ、玉取ったら~!」

"うゎ、速い、前回より動きが鋭い!?"

「アハハ、凄い凄い、もう全力で行くね~!」
"ブンブンブンブンバッズバッ、タッタッタッ"
"アッハッハッハッ、凄い凄い、何これ何これ。人間ってこんな動きが出来るの!?何このヒリヒリする様な緊張感、息継ぎする暇すらないんですけど!"

「「「十分過ぎたわ、解禁よ~!」」」

"ドッバババババババッガバッドバッガッズバッ"

"呼吸が、くそーーーーっ"

「ワタシ、ガ、ガーーーッ!」
"バッバッバッバッバッ"

"ウォーーーーーーーッ、負けるかーー!"
"ギュンギュンギュンギュンギュンギュンギュンギュン"

「ウォーーーーーーッ!」
「「「ウォーーーーーーッ!」」」


"ガシッ"

"ビーーーーーーーーーーッ"
「タイムアーーーーップ、終了で~~~~す!」

"ドサッ、バタッ、グシャッ"

「ヒロシ、クン・・・ヤッタワ、ヨ。」
"バタッ"

"酸素だ、酸素持って来い!!"
"こっち泡吹いて意識不明、担架急いで!"


「あは、あはははは、僕生まれて初めてだよ、全力を出してなお届かない事があるだなんて。
膝が震えて立てないや、この世界舐めてたのかもしれない。」

お母さん。
僕はお母さんがいなくなってから、ずっと理想の王子様を演じて来ていたんだ。周りの人はそれを喜んでいたし、それで良いと思っていたんだ。
でもそれだけじゃダメみたい。この世界は僕が思っていたよりずっと凄いみたいなんだ。
僕、もっと真剣に生きる事にするよ。なんてったって高宮律子の息子なんだから、こんなところで負けている訳には行かないよね。

己の心に宿った熱い想いがなんなのか。
まずは一歩、今一人の男が自らの人生を歩み始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腐女子転生 ~異世界で美少年になりました~

木兎ゆう
ファンタジー
 こんにちは、腐女子です。異世界転生して美少年になりました。  そう、自分で言うのもナンだが、かなりの美少年だ。銀の髪に青い瞳で、お肌も白くてつるつるだ。  ……と言いながら、実はもうすぐ十一歳になる今もまだちょっと半信半疑ではある。何故なら神様らしきものにも会ってないし、チート能力も授かっていない。ちなみに死因は病死だ……。 ★転生前の腐女子の様子は、公開中のBL小説『猫の王様の、なんでもない話』にある「腐女子とリアルでファンタジーな話」でチェック! こちらは腐女子視点によるライトなBLです。完全独立の短編なので、これだけ読んでも楽しめます! *今後も公開日程が決まり次第お知らせするので、どうぞよろしくお願いします。

ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編の予定&完結まで書いてから投稿予定でしたがコ⚪︎ナで書ききれませんでした。 苦手なのですが出来るだけ端折って(?)早々に決着というか完結の予定です。 ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいですm(_ _)m *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

ようこそ、ここは君が主人公の世界です

かかし
BL
―――俺はよくある異世界転移者だ。 とはいえ別にトラックに轢かれたとかじゃないし、すっごいチートを持ってる訳じゃない。 誰かの転移に巻き込まれた訳じゃないし、異世界転移した先にあったのは煌びやかな王宮でもなかった。 じゃあ真っ暗な森の中で、魔獣に襲われそうになったのかと言われるとそうでもない。 (本編抜粋) ※差別的な表現があります。ご注意ください。 どこにでもあるような、異世界転移の物語に巻き込まれた主人公(モブ)の話。 主人公は自分じゃないということだけを明確に感じながら、 それによって拗れたり卑屈になったりしながらも本人なりに懸命に生きていく話。 はたして【主人公】は誰なのか。 ………に、なれば良いなぁと思いながら書きました。 ん?これどっかで見たことあるかもしれないをテーマに書きました。 既視感が多数あるやもしれませんが、これだけは言えます。 パクリとかは、絶対にしてないです。 エールやブクマ、本当にありがとうございます! 毎日のモチベーションにしております!! 完結保証、毎日8:00に更新されます!

私とお母さんとお好み焼き

white love it
経済・企業
義理の母と二人暮らしの垣谷操。貧しいと思っていたが、義母、京子の経営手腕はなかなかのものだった。 シングルマザーの織りなす経営方法とは?

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました! スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です。 ハードな境遇も利用して元気にほのぼのコメディです! たぶん!(笑)

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

処理中です...