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第三章 ある少年の回顧録

第329話 ひろし君の日常

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幼稚園の生活は順調だった、僕の周りにはいつも可愛い女の子が群がっていた。前の僕、この際中の人でいいかな?中の人曰くこの世界はめちゃくちゃ美人が多いとの事。幼稚園の女の子もその保護者の女性もみんな綺麗な人ばかり。でもその中でも上下を付けたがるって言うんだから、人の業は度し難いよね。
女性が綺麗ならそこから生まれる男の子だってカッコいいはず。この幼稚園にも少ないけど男児が何人か通っている。
探してみるといたいた、やっぱりいるよね格好いい男の子。僕程じゃないけど結構モテそうなのに今じゃ一人で遊んでいる、女性の本能って怖いや。
すぐそばで遊んでるのはボヤッとした顔の男の子。
”あれだったら俺でも勝てるぞ”、中の人の呟きには僕も同感。ごめんね女の子を独占しちゃって。君の分まで僕が幸せになるから許してね。
なんだろう、彼を見ていると物凄く優越感が湧いて来るんだけど。多分中の人のコンプレックスを刺激するんだろうな。ずっと虐げられてきたから尚更に。
彼にはあまり関わらない様にしないと、僕の性格が歪んじゃうからね。

「ひろし君、これからは外部発信の時代です。ひろし君もツブヤイターを始めませんか?」
幼稚園入園記念に貰ったスマホをいじっていると、倉持さんがそう提案してきた。
確かに色んな人の反応を見る事は理想の王子を行う上で重要かもしれない。
僕は早速自分のアカウントを作り呟きを始めた。

「”今日は幼稚園でみんなで遊びました。明日も晴れるといいな。❤”っと、こんな感じでどうかな?」

「いいんじゃないでしょうか。こう言ったものは、特別感を出そうとし過ぎると長続きしません。日常の何気ない一コマとひろし君と言う存在を知ってもらう事に注視して行きましょう。」

ツブヤイターやブロックの様なSNS記事を上げるサイトは、お母さんの様な男優や他の芸能人など、多くが宣伝として利用する手段の一つらしい。

「これでまた多くのひろし君ファンが出来ますね。理想の王子様に一歩近づけたんじゃないですか?」

「どうだろう?でもお母さんが喜んでくれるなら単純に嬉しいかな。」

「喜んでくれますとも。律子さんも益々演技に磨きが掛かってますからね、新作のVTRがあるんですけど一緒に見ます?」

「見る見る、お母さんの演技って本当に勉強になるから。」

僕は倉持さんと仲良くお母さんのVTRを見る事にした。やっぱりお母さんは凄い、お母さん最高!


(side:高宮律子)

「はい、カット。いいですよ律子さん、また腕を上げたんじゃないですか?これなら女性の人気独り占めですって、今度のドラマもウケますよ~。」

「監督はいつもお世辞ばっかりなんですから、まぁ僕もより高みを目指していますから、こうして欲しいといった意見はどんどん言ってくださいね。それを咀嚼し昇華するのが僕の役割ですからね。」(ニッコリ)

”キャー、高宮様~❤”

今日の撮影も無事に終わり、僕は男優”高宮律子“からただの母親”高宮律子”に戻っていく。私は良く憑依型の役者だと言われる事がある、普段との乖離が激しいからだ。それだけ役にのめり込み、理想の男性像を作り上げていると言う事なんだが。

私の理想の男性、それは高校時代同級生であった高見屋君。男少女多の世の中で女性に怯えるでもなくかと言って傲慢に振る舞うでもない、誰にでも優しく爽やかに話し掛けてくれる私の憧れ。
演劇部に所属し、男性役をしていた私に優しくしてくれた唯一の男性ひと

当時から容姿に優れていた私は多くの男性から声を掛けられる存在だった。でも彼らは私が男性役をやっていると知ると何か気持ちの悪いものを見る様な目になり私の元から去っていった。”騙された、ふざけるな、気持ちが悪いんだ。”数々の罵声を浴びせられるも、私は男役を止める事はしなかった。なぜならそれが私の夢だから。
女性に優しく素敵な笑顔を向けてくれる理想の男性、実在しないのなら私が演じて見せる。私の決意は強かった。
そんな私に笑顔を向けてくれたのが写真部に所属する高見屋君だった。彼は文化祭に出品する写真のモデルになってくれないかと言い、私の男役の姿を撮影してくれた。彼とは色んな話をした。理想の男性像、女性から見た今の男性はどうなのか、これからの男性と女性の関係について。
私は徐々に彼に惹かれいつしか彼を愛するようになっていた。
「ごめんなさい。私はあなたの想いに応える事は出来ないの。」
私の想いは叶う事はなかった。泣いて立ち去ろうとする私に、彼は自分の隠していた秘密を話してくれた。
「本当にごめんなさい。私はあなたの事が嫌いで断っている訳じゃないの。あなたの事は大好きよ?でも男性として好きになる事が出来ないの。なぜなら私の心が男性のソレではないから。」
高見屋君は素晴らしい男性だった。でも心が女性のものだったのだ。
「あなたの演じる男役、本当に素晴らしかったわ。まさに理想の男性。私、あなたの演技大好きよ。こんなに気持ちの悪い人間に言われても嫌かもしれないけど、これからも頑張ってね。」
寂しそうな顔をして去ろうとする高見屋君。今度は私が彼を抱き止めてこう言った。
”ずっとお友達でいてください”と。

彼との親交はそれからも続いた。私が芸能の道に進んでも彼は温かく応援し続けてくれた。彼の方がよほど茨の道だろうに弱音一つ吐かずに、いつも優しい言葉を投げかけてくれた。
私がある程度この世界で認められ世間でいう順風満帆と言われるようになった時、私はある決心の元、彼の仕事場を訪れた。

「律子ちゃんお久し振り、テレビ見てるわよ。本当に立派になって私も嬉しいわ。今日は突然どうしたの?なんか思い詰めたような声だったから心配したんだけど。」

「うん、今日は高見屋君にお願いがあって来たの。単刀直入に言うね、高見屋君、貴方の精子を私にください。」

深々と頭を下げお願いする私。困惑の表情で考え込む高見屋君。

「貴方が女性と結婚出来ないと言う事は十分理解しています。あなたと無理に結婚したとしてもそれはいずれお互いを傷つける。でも私はあなたの子供が欲しい。あなたのような素晴らしい人間の子供を育てたい。無理を言ってるのは十分理解しています、断ってくれても構いません。どうかお願いします、私にあなたの子供を育てさせてください。」

「そう、でもそうなると今迄みたいなお付き合いは出来なくなるわよ。私のような人間の子供だと知ったら、絶対に子供が苦しむから。あなたにそれが出来る?一生の秘密になるのよ?」

「覚悟は出来ています。きっと立派な人間に育てて見せます。」

私は彼の目を真っ直ぐ見詰めた。彼の目はとても綺麗で私はいつまでもこうしていたいと思った。

「分かったわ。私の子供、貴方に託します。」

彼は私に寄り添うと優しく抱きしめてくれるのであった。

「本当によろしいのですね?それではこれより高見屋真弓様の精子を高宮律子様に譲渡し、人工交配を行う手続きに入らせていただきます。」

人工授精の手続きは彼の登録している射精管理所で射精管理官立会いの下、恙なく行う事が出来た。精子の譲渡登録は本人立ち会いの元であれば行う事が出来る為だ。

「じゃあ、律子、ここでお別れしましょう。これ以上一緒にいると変に未練が出てしまうわ。
わたし、あなたの演技好きよ。子育てがひと段落したら必ず復帰してね、貴女がテレビに出るの楽しみにしているから。」

「高見屋君も頑張ってね。あなたの写真が世界中の人々に感動を与えるって、私信じてるから。」


あれから高見屋君とは一度もあってはいない。連絡のやり取りも。
でも見ていて高見屋君。何時かあなたと同じ”タカミヤ”の名前を持った男性が世間をあっと言わせて見せるから。
だってあなたと私の子供なんだもの、絶対世の女性を幸せにするんだから。

スマホの住所録、高見屋君の名前に目をやりながら、私は一人ほくそ笑むのだった。
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