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第二章 中二病には罹りません ー中学校ー

第229話 年末恒例、歌謡歌合戦

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(side:現場プロデューサー)

「マイクテストOK、全て問題ありません。」
「モニターチェック、一カメ二カメ三カメ、問題なし。交代要員の配置も完了しています。」
「ステージ前、警備員の配置終了。総員ヘッドホン着用状態でこちらの指示を待っています。」
「緊急用スモークの配備問題ありません。いつでも行けます。」

昨年の"hiroshi"の惨劇。決して忘れる事の出来ないテレビ史上類を見ない大混乱。男性保護観察局より指導を受ける事態に発展したあの事件は、テレビ業界に携わる者として魂に刻み付けられた恐怖であった。
あの惨劇を繰り返してはならない。
今年の歌謡歌合戦には"hiroshi"を呼ばない事としよう。年初の編成会議でそう決まったはずだったのに。
「今回の歌謡歌合戦は前半と後半の二部構成にします。前半を木元ディレクター、後半を代々木ディレクターが担当してください。」
生贄だった。
代々木の奴は制作局長のお気に入り、歌謡歌合戦を担当したという箔を付けさせたいんだろう。そして番組自体を前半後半に分ける、こうする事で問題の責任はそれぞれの担当が負う形になる。
"hiroshi"は未成年の為、午後八時以降の生放送出演は放送倫理規定で禁止されている。つまり問題の責任は確実に前半番組プロデューサーの私が取るのだ。
これを生贄と呼ばずしてなんと言うのか。
今年に入ってからも"hiroshi"の人気は衰えるどころかさらに加速する勢い、このままどこまで伸びるのか。

「じゃあ、みんな覚悟は良いわね、トップバッターはあの"hiroshi"よ。全員、心して掛かるわよ。」

「「「はい!」」」

「本番用意、3,2,1.」


「さあ、始まりました年末恒例歌謡歌合戦。司会はわたくし、今年からジムで鍛えて筋力を増強した轟五郎と。」
「今年はもう暴走しません、轟さんに羽交い絞めにはされません、伊集院ミホでお送りします♪」
「ミホちゃ~ん、本当勘弁してよ~?大丈夫かな~。」
「轟さん大丈夫ですって、今年に入ってからの男の子たちの活躍って凄いんです。ですからその映像を見まくって耐性つけてきましたんで♪」

心配そうな表情の轟とかわいくガッツポーズをとる伊集院。
滑り出しはまずまず、この調子で頑張って頂戴。

「ではトップバッターはこの人、昨年の鮮烈デビューから一年半、前回の歌謡歌合戦の模様は皆様にも強く残っていると思います。この一年で更に大きく成長し、ますます魅力的になりこの舞台に帰ってきました!
歌っていただきましょう、曲は"hiroshi"で[Remember]」

”タンッ、タンッ、タンッ”

ゆったりと優雅に歩くその人は
亜麻色の柔らかな髪を靡かせ
優しく楽し気な笑みを浮かべ舞台に降り立った

会場は静まり返り
彼の一挙手一投足を見逃すまいと
固唾をのんで見守っていた

艶を含んだ柔らかそうな唇が開かれる

「こんばんは、"hiroshi"です。みんなにこの舞台でまた会えて凄くうれしいよ。
今日は楽しんで行ってね。
じゃあ歌うね。[Remember]」

優しくも物哀しげなメロディー
"hiroshi"は静かに歌い出した

"言葉に出来なかった 想いがたくさんある
伝える事の出来なかった 言葉が胸の中に

楽しい日々はすぐに過ぎて 季節は移り変わっても
僕は今でも君の事 今でもずっと 思い続ける

二人で行ったあの公園も
喧嘩して 仲直りして 笑い合ったね

今でもずっと これからもずっと
Remember you"

右の手を胸の前にやり伏し目がちに握りしめる彼
見ている者が切なくなる
彼の悲しみを癒してあげたい
この胸に抱いてずっと寄り添いたい

”二人で行ったあの公園も
喧嘩して 仲直りして 笑い合ったね

今でもその影を追いかける
街角も 街路樹も 人混みの中も

今でもずっと これからもずっと
Remember you"

「一カメ、二カメ、三カメ、無事か返事をしろ!交代要員、すぐに代われ、全員動きが止まってるぞ!
警備員、総員配置に付け、暴動が始まる!気合を入れろ、決して誰も舞台に上げるな!!」

ウチのスタッフは、くそ、全員涙を流して動きを止めてるじゃないですか、これは暴走の一歩手前じゃないですか!

「傾注、意識をしっかり持て、我々が倒れれば番組が死ぬ!
泣くなとは言わん、各自おのれの使命を果たせ!返事は!」

「「「・・・・・」」」

駄目か、轟さん伊集院を確保、よくやった。そのまま押さえつけていてくれ。
舞台袖から演者が、警備員を突破した!?
まずい、このままじゃ・・・。

”ワオーーーーーーーーーーーーン”

どこからともなく聞こえる獣の遠吠え

”カツンッ、カツンッ、カツンッ”

喧騒の中、なぜか鼓膜を揺らす靴の音

舞台中央にはいつの間にか一人の男性が
漆黒のコートを身にまとい白き仮面を付けたその男

”バッ”
男が右腕を振るう、それと同時に左右の舞台袖から次々と現れる黒い衣装を纏った男達
宙を飛び、地面を駆け抜け、交差し、蹴りを交わし様々なアクションを繰り広げる黒き流星

人々は動きを止め、ただただその様子を伺い続ける。

「街は今、深い眠りについた。
人々は、昼間の喧騒を忘れ、ただ己の巣にて惰眠を貪る。
だが忘れるな。
俺たちはいつでもその牙を磨いている。
闇は常に隣にあるのだから。」

”ゾクッ”
低く闇の底からのぞき込む様な声音
まるで耳元で囁かれたかの様にすべての意識が持って行かれる
なにが、いったい何が起きているの!


”この街はすでに眠りに就いて 人々の心は失われて
全ての希望は闇に溶けて消えてゆく

己を失った幼子たち ただ言われるがまま息を吐いてる
昨日と今日の違いが分かっているのか

A~~~~ 目を覚ませ 己を見ろ それが本当の自分なのか
耳を澄ませ 声を聴け お前の心が叫んでいる

研ぎ澄まされたその牙で 闇を切り裂け”

”ブヮッ”
一気に噴き出す汗、完全に曲の世界に引き込まれ体中の血が滾り巡る。
先ほどまでの切なさがまるで嘘のように消えている。
今は舞台を縦横無尽に暴れまわる漆黒の男達から目が離せない。

「一カメ二カメ三カメ、画は撮れているか!一瞬たりとも逃すんじゃない、この舞台を全国に届けるぞ!」
「「「了解しました、ディレクター!!」」」

”A~~~~ 街を駆ける 孤独な 獣たちよ
戦い 傷付き 敗れ去っても

再び 立ち上がり 声を上げろ
己の 命を 燃やし尽くして

研ぎ澄まされたその牙で 闇を切り裂いて
走り抜けろ 街を切り裂いて~”

舞台中央で熱唱していた女性を中心に男達が集う
まるで彼女を守るかのように

そんな彼女の隣には白い仮面の男
まるで愛おしそうに番いに寄り添う狼の様に

”バッ”
再び右腕が振るわれる
男達が女性とともに舞台袖に消えていく
舞台中央には漆黒の衣装を纏った白面の男ただ一人

「”咲夜”で[街を切り裂いて]。
夜はまだ始まったばかりだ、存分に宴を楽しむがいい。」

”カツンッ、カツンッ、カツンッ”

ゆっくりと去っていく彼。
その低くそれでいて優しい声音は、
いつまでも鼓膜を揺さぶり続けるのでした。
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