2 / 38
第1話 プール開き前の異次元プール
②
しおりを挟む
◆ ◆ ◆
弟の勇気がいなくなった。
昨日の夜、いつのまにか家を抜け出して、通っている上里小学校のプールに忍び込んだらしい。
夜中にうちのインターホンを押した勇気の友達である巧くんは怯えた様子で「勇気が、幽霊につれていかれた」と言っていた。
私の両親は彼の話を信じず、警察に連絡をした。
でも、私は本当に幽霊が勇気をつれていってしまったのではないかと思う。
だって、私は最近……、幽霊が見えるようになってしまったから。
「……っ」
下井戸中学1年、私、小森詩歩は緊張しながら、放課後、とある部室の前に立っていた。
かたく閉ざされた引き戸。
中にいる人物は分かっている。
でも、こわくて、なかなか開くことが出来ない。
もう頼れるのは、この中にいる人だけなのに。
「訳あり新聞部へ、ようこそ」
「ひっ」
物音を立てた覚えはなかったのに、急にガラッと部室の戸が開いて、1人の男子生徒が姿を現した。上履きの色からいって、2年生。
思わず、ちっちゃな悲鳴を上げてしまったけれど、にこっと笑って、これはただびっくりしてしまったという雰囲気を出す。
決して“それ”が見えているとは気付かれないように、彼にも“それ”にも。
「さあ、入って。訳あり新聞部、部長の甲斐枝 宗です」
中に入りながら甲斐枝部長は自己紹介をしてくれているけれど、やっぱりダメだ。
私には“それ”が見えている。
部長の前に大きな女の人の顔があって、ふよふよ浮いているのだ。
ボサボサの長い黒髪に黒くぽっかりと穴が空いた両目、耳まで裂けた口……恐怖でしかない。
なんで、彼はこれを憑れているのだろうか。
「小森 詩歩です。あの、その訳ありって……」
どうにか我慢して自分の名前を言って、その訳ありって幽霊のことですよね? と声に出して聞くに聞けなくて、唇だけを『ゆうれい』と動かす。
それなのに、私の横に大きな顔が移動してきて、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
部長はそれに気付いたみたいで
「君、どこまで見えてるの? 面白いね」
と爽やかに笑った。
いや、笑ってる場合じゃないんですけど。
「私、真剣なんです」
こわさをぐっと押し殺して、私は真っ直ぐな瞳を甲斐枝部長に向けた。
けれど、女の人の顔が真正面に来て、思わず、身体をずらしてしまいそうになる。
でも、いま、それをしたら女の人に興味を持たれてしまいそう。
「ああ、ごめんね、邪魔だよね。いま、どっかやるから」
ふいにそんなことを言って、部長は突然、「あっはっはっは」と笑いはじめた。
へんな人だ。
弟のことがなければ、この人には絶対に近付かない。
でも、女の人の顔はすぅっと透けるようにどこかに消えた。
「なにしたんですか?」
あれがなんなのか、ということも聞きたいけれど、いまはそれを聞く勇気がない。
「僕が楽しいことを思い浮かべると嫌がって、どっかいくみたい」
ぷっくく、と笑いながら甲斐枝部長は部屋の空気を入れ換えるように窓を開けた。
部長は陽気すぎる。それに幽霊も見えるみたいだ。
「で、なんでここに?」
私にそう尋ねながら部長が無造作に置かれた学校の椅子に座る。
机も椅子も配置がバラバラで、本当にこの部活は活動しているのだろうか、と思うほどだ。
「弟の勇気が消えてしまったんです。夜、小学校のプールに忍び込んで、一人だけ幽霊につれていかれたって、見てた弟の友達は言ってました。忍び込むのは悪いことだって分かってます。弟の自業自得だってことも。でも、弟を取り戻したいんです。両親は信じてくれないし、どうしたらいいのか分からなくて。甲斐枝部長なら、なにか知ってるんじゃないかと思って」
私は立ったまま、そう説明した。
目の前の彼なら、なにか解決法を知ってるんじゃないかと思った。
だって、へんなものを憑れて歩いているから。
それに、私が幽霊を見ることになったのはこの部長のせいだ。
下井戸中学に入学してきた私は入学式で先輩を見かけた。
もうその時から、彼の周りにはあの女の人の顔がいた。
私には霊感がなかったのに、それが見えてしまったのだ。
それからちょこちょこと何かが見えるようになって、私的には霊的なチャンネルみたいなものが部長を見たことによって合ってしまったのではないかと思う。
部長がその女の人を憑れている理由は知らないけれど。
「その小学校って、上里?」
すっと足を組みながら、甲斐枝部長はそう聞いてきた。
「そうです。上里小学校では、前からプールに少年の幽霊が出るって噂になっていました。私が通ってるときも水泳の授業中にプールの中で姿を見たとか、こっちを睨んでたとか、そういうのがあって、でも、どっかにつれていかれたとかはなくて……」
考えたら、勇気のことがますます心配になってきた。
「よくある幽霊や都市伝説の話で異次元につれていかれることは多々ある。そこから勝手に戻ってきたとか、二度と戻ってこなかったとか、そういうのもマチマチだけど……君の弟は気が弱い?」
「そうですね、いつもすごい弱気です。こわがりで」
戻ってこなかったとか、こわいことを言われているけれど、私は正直に答えた。
「一緒にいた友人は?」
「とても明るい子です」
一緒にいた巧くんという子は明るくてクラスで人気があると勇気から聞いたことがある。
「ほう」
私が答えて、数秒後、部長はなにかを理解したようにそう頷いた。
「なにか分かったんですか?」
一歩踏み出して、部長との距離を詰める。
ふっと部長が笑った。
「僕が思うに、その幽霊は気が弱い人間しかつれていけないんだよ。元気で活気のある大人数とか相手に出来ないから、静かに睨んでるだけ」
なんでそんなこと分かるんですか? と聞きたかったけど、その前に部長が続けて口を開いた。
「じゃあさ、本当は強気の人間がそこに迷い込んだらどうなるんだろうね?」
って。
弟の勇気がいなくなった。
昨日の夜、いつのまにか家を抜け出して、通っている上里小学校のプールに忍び込んだらしい。
夜中にうちのインターホンを押した勇気の友達である巧くんは怯えた様子で「勇気が、幽霊につれていかれた」と言っていた。
私の両親は彼の話を信じず、警察に連絡をした。
でも、私は本当に幽霊が勇気をつれていってしまったのではないかと思う。
だって、私は最近……、幽霊が見えるようになってしまったから。
「……っ」
下井戸中学1年、私、小森詩歩は緊張しながら、放課後、とある部室の前に立っていた。
かたく閉ざされた引き戸。
中にいる人物は分かっている。
でも、こわくて、なかなか開くことが出来ない。
もう頼れるのは、この中にいる人だけなのに。
「訳あり新聞部へ、ようこそ」
「ひっ」
物音を立てた覚えはなかったのに、急にガラッと部室の戸が開いて、1人の男子生徒が姿を現した。上履きの色からいって、2年生。
思わず、ちっちゃな悲鳴を上げてしまったけれど、にこっと笑って、これはただびっくりしてしまったという雰囲気を出す。
決して“それ”が見えているとは気付かれないように、彼にも“それ”にも。
「さあ、入って。訳あり新聞部、部長の甲斐枝 宗です」
中に入りながら甲斐枝部長は自己紹介をしてくれているけれど、やっぱりダメだ。
私には“それ”が見えている。
部長の前に大きな女の人の顔があって、ふよふよ浮いているのだ。
ボサボサの長い黒髪に黒くぽっかりと穴が空いた両目、耳まで裂けた口……恐怖でしかない。
なんで、彼はこれを憑れているのだろうか。
「小森 詩歩です。あの、その訳ありって……」
どうにか我慢して自分の名前を言って、その訳ありって幽霊のことですよね? と声に出して聞くに聞けなくて、唇だけを『ゆうれい』と動かす。
それなのに、私の横に大きな顔が移動してきて、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
部長はそれに気付いたみたいで
「君、どこまで見えてるの? 面白いね」
と爽やかに笑った。
いや、笑ってる場合じゃないんですけど。
「私、真剣なんです」
こわさをぐっと押し殺して、私は真っ直ぐな瞳を甲斐枝部長に向けた。
けれど、女の人の顔が真正面に来て、思わず、身体をずらしてしまいそうになる。
でも、いま、それをしたら女の人に興味を持たれてしまいそう。
「ああ、ごめんね、邪魔だよね。いま、どっかやるから」
ふいにそんなことを言って、部長は突然、「あっはっはっは」と笑いはじめた。
へんな人だ。
弟のことがなければ、この人には絶対に近付かない。
でも、女の人の顔はすぅっと透けるようにどこかに消えた。
「なにしたんですか?」
あれがなんなのか、ということも聞きたいけれど、いまはそれを聞く勇気がない。
「僕が楽しいことを思い浮かべると嫌がって、どっかいくみたい」
ぷっくく、と笑いながら甲斐枝部長は部屋の空気を入れ換えるように窓を開けた。
部長は陽気すぎる。それに幽霊も見えるみたいだ。
「で、なんでここに?」
私にそう尋ねながら部長が無造作に置かれた学校の椅子に座る。
机も椅子も配置がバラバラで、本当にこの部活は活動しているのだろうか、と思うほどだ。
「弟の勇気が消えてしまったんです。夜、小学校のプールに忍び込んで、一人だけ幽霊につれていかれたって、見てた弟の友達は言ってました。忍び込むのは悪いことだって分かってます。弟の自業自得だってことも。でも、弟を取り戻したいんです。両親は信じてくれないし、どうしたらいいのか分からなくて。甲斐枝部長なら、なにか知ってるんじゃないかと思って」
私は立ったまま、そう説明した。
目の前の彼なら、なにか解決法を知ってるんじゃないかと思った。
だって、へんなものを憑れて歩いているから。
それに、私が幽霊を見ることになったのはこの部長のせいだ。
下井戸中学に入学してきた私は入学式で先輩を見かけた。
もうその時から、彼の周りにはあの女の人の顔がいた。
私には霊感がなかったのに、それが見えてしまったのだ。
それからちょこちょこと何かが見えるようになって、私的には霊的なチャンネルみたいなものが部長を見たことによって合ってしまったのではないかと思う。
部長がその女の人を憑れている理由は知らないけれど。
「その小学校って、上里?」
すっと足を組みながら、甲斐枝部長はそう聞いてきた。
「そうです。上里小学校では、前からプールに少年の幽霊が出るって噂になっていました。私が通ってるときも水泳の授業中にプールの中で姿を見たとか、こっちを睨んでたとか、そういうのがあって、でも、どっかにつれていかれたとかはなくて……」
考えたら、勇気のことがますます心配になってきた。
「よくある幽霊や都市伝説の話で異次元につれていかれることは多々ある。そこから勝手に戻ってきたとか、二度と戻ってこなかったとか、そういうのもマチマチだけど……君の弟は気が弱い?」
「そうですね、いつもすごい弱気です。こわがりで」
戻ってこなかったとか、こわいことを言われているけれど、私は正直に答えた。
「一緒にいた友人は?」
「とても明るい子です」
一緒にいた巧くんという子は明るくてクラスで人気があると勇気から聞いたことがある。
「ほう」
私が答えて、数秒後、部長はなにかを理解したようにそう頷いた。
「なにか分かったんですか?」
一歩踏み出して、部長との距離を詰める。
ふっと部長が笑った。
「僕が思うに、その幽霊は気が弱い人間しかつれていけないんだよ。元気で活気のある大人数とか相手に出来ないから、静かに睨んでるだけ」
なんでそんなこと分かるんですか? と聞きたかったけど、その前に部長が続けて口を開いた。
「じゃあさ、本当は強気の人間がそこに迷い込んだらどうなるんだろうね?」
って。
12
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

秘密
阿波野治
児童書・童話
住友みのりは憂うつそうな顔をしている。心配した友人が事情を訊き出そうとすると、みのりはなぜか声を荒らげた。後ろの席からそれを見ていた香坂遥斗は、みのりが抱えている謎を知りたいと思い、彼女に近づこうとする。
踊るねこ
ことは
児童書・童話
ヒップホップダンスを習っている藤崎はるかは、ダンサーを夢見る小学6年生。ダンスコンテストに出る選抜メンバーを決めるオーディション前日、インフルエンザにかかり外出禁止となってしまう。
そんな時、はるかの前に現れたのは、お喋りができる桃色のこねこのモモ。キラキラ星(せい)から来たというモモは、クローン技術により生まれたクローンモンスターだ。どんな姿にも変身できるモモは、はるかの代わりにオーディションを受けることになった。
だが、モモはオーディションに落ちてしまう。親友の結衣と美加だけが選抜メンバーに選ばれ、落ちこむはるか。
一度はコンテスト出場を諦めたが、中学1年生のブレイクダンサー、隼人のプロデュースで、はるかの姿に変身したモモと二人でダンスコンテストに出場することに!?
【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。
https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

魔界プリンスとココロのヒミツ【完結】
小平ニコ
児童書・童話
中学一年生の稲葉加奈は吹奏楽部に所属し、優れた音楽の才能を持っているが、そのせいで一部の部員から妬まれ、冷たい態度を取られる。ショックを受け、内向的な性格になってしまった加奈は、自分の心の奥深くに抱えた悩みやコンプレックスとどう付き合っていけばいいかわからず、どんよりとした気分で毎日を過ごしていた。
そんなある日、加奈の前に突如現れたのは、魔界からやって来た王子様、ルディ。彼は加奈の父親に頼まれ、加奈の悩みを解決するために日本まで来たという。
どうして父が魔界の王子様と知り合いなのか戸惑いながらも、ルディと一緒に生活する中で、ずっと抱えていた悩みを打ち明け、中学生活の最初からつまづいてしまった自分を大きく変えるきっかけを加奈は掴む。
しかし、実はルディ自身も大きな悩みを抱えていた。魔界の次期魔王の座を、もう一人の魔王候補であるガレスと争っているのだが、温厚なルディは荒っぽいガレスと直接対決することを避けていた。そんな中、ガレスがルディを追って、人間界にやって来て……

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
ひとりぼっちのネロとかわいそうなハロ
雪路よだか
児童書・童話
ひとりぼっちの少年・ネロは、祭りの日に寂しそうに歩く少年・ハロルドと出会う。
二人は、祭りではなくハロルドのお気に入りだという場所へ向かうことに。そこで二人は、不思議な不思議な旅へ出ることになる──。
表紙画像はフリー素材サイト「BEIZ images」様よりお借りしています。

忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる