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あなたはお姉ちゃんですか?

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「お姉ちゃんも泣いてたの?」

 よく見たら、別人であるお姉ちゃんの目も泣いたみたいに真っ赤で、頬にはうっすらと涙の跡があった。
きっと、お姉ちゃんも泣いてたんだ。

「あ、ああ、そう、悲しくて……」

 気付いてなかったのかな、お姉ちゃんは慌てたように両手で目元に触れようとした。
 でも、それは出来なかった。
 手に何か分厚いノートを持っていたから。

「それ、なに?」

 思わず目で追って、尋ねる。
 中身は大体予想がついてるけど、なんでいま持ってるのかなって。

「これ……。そうだ、Aちゃん、お願いがあるんだ」

 自分の手に持ったノートを見て、思い出したように彼が言う。

「お願い?」

 お姉ちゃんは私にお願いがあって戻ってきたってこと?

「うん。この小説を書ききって賞に出してほしい。これが未練なの。私がこの小説を書けない理由はお別れのときに言うから」

 お姉ちゃんはそう言いながら、私にノートを差し出した。

 お別れ、その言葉が私の胸をぎゅっと掴む。
 それに、私、お姉ちゃんのお願いを叶えられないかもしれない。

「お姉ちゃん、知ってるでしょ? 私は小四以来書いてないんだよ。そんな急に書けるわけないんだって」

 私はノートを受け取らなかった。ううん、受け取れなかった。
 身体を離して、少し距離を取る。
 
 お姉ちゃんに勝てないからと小四でやめた物書き、そこから三、四年くらい経ってる。
 いまさら私に小説なんて書けるわけがないよ。

「お願い、Aちゃんにしか頼めないの」

 ノートを持った手と何も持ってない手を合わせて、必死な顔でお願いされる。
 いつもお姉ちゃんは人に何かをお願いするとき、この仕草をするんだ。

「……分かった。やってみるけど、失敗しても文句言わないでね?」

 ここで断ったら、お姉ちゃんとは二度と会えないのかもしれない。
 そう思って、私はお姉ちゃんからのお願いを受けることにした。
 手に持った分厚いノートは少し重たい。

「ありがとう、Aちゃん。これから会うときの場所と日にちと時間は私が決めるから」

 彼は嬉しそうな顔をして私に言った。
 私たちにはきっと連絡手段がないんだ。
戻ってきたお姉ちゃんがスマホを持ってるとは思えないし、テレパシーもなさそうだし。

「次はいつ?」

 さっそく聞いてしまう。
 本当は家まで一緒に来てほしい。

「次は明日の放課後、Aちゃんの学校の前で」
「私の?」

 悩むことなく告げるお姉ちゃんに私は聞き返した。
 私が通っている中学校はお姉ちゃんが通っていた中学校と違って、電車に乗る必要がある。わざわざ遠くにしなくても、と思うけど。

「そう、ここだと、ほら知り合いが多すぎて話しにくいから。私の存在が他の人にバレたら消えちゃうし」
「消えちゃうの?」

 それは困る。
 私は慌てた。

「うん、だから両親にも会えない。私が話していいって言われてるのはAちゃんと知らない人だけなんだ」

 淡々とお姉ちゃんが言う。
 お姉ちゃんには神様か何かと約束したいろいろな制約があるみたいだ。

「他の人にも見えるんだ?」
「見えるよ、普通に。変な動きしたら注目される」

 そう言って、彼はクネクネと変な動きをした。
 横を歩いていく会社員の人がチラッとそれを変な目で見て去っていく。
 お姉ちゃんは「ね?」と笑った。
 いつもだったら、私もお姉ちゃん何してるの、って笑えてたかも。
 でも、心配なんだ。

「お姉ちゃん、本当に明日も会える?」

 本当に、本当に明日も会える?

「うん、約束する」

 お姉ちゃんは私の目を真っ直ぐに見て、静かに頷いた。

「指切りしていい?」
「いいよ」

 私が尋ねるとそっと差し出される右手。
 小指を絡めると、体温がちゃんとあった。
 温かかった。

「生きてる……」

 せっかく涙が止まったのに、また泣きそうになる。

「そうだね。ほら、約束しよ」

 そっと差し出される右手の小指。

「うん。嘘吐いたら針千本飲ます、指切った」

 お互いの小指におまじないをかけて、静かに解く。

「それじゃあ、Aちゃん、私もう行かなくちゃ。また明日」

 一日に会える時間が決まっているのかも。
 お姉ちゃんは慌てたように言って、私に手を振った。

「うん、またね、お姉ちゃん」

 私も手を振って、去っていく彼の背中を見えなくなるまで見つめていた。
 お姉ちゃんなのに彼って変な感じ。
 でも、明日もお姉ちゃんと会えるんだ。
 お別れの準備なんて出来てない。
 まだ一緒にいたいよ、お姉ちゃん……。
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